願おう。
憎しみで戦うのではなく、希望のために戦っていたのならば誰もかも救えたのかもしれない。
だからその道化を甘んじて享受しよう。
その選択が、人に光をもたらすのかもしれないから。
――人と巨人が共存できる世界を作れますように。
巨人と戦う人類にとって、切り札は二つ存在する。
まず一つ目は調査兵団に所属する人類最強ことリヴァイ兵士長。彼の実力は兵士でなくとも、人であるならば聞いた事がない者はいないと言われる程だ。
そして二つ目は少々特殊な事例を示す。兵士達が属するのは調査兵団、駐屯兵団、憲兵団の内の一つだが、それから外れた組織が存在する。
その名称は『革命の進軍』と呼ばれる第四の組織であり、高い巨人討伐率と戦死者ゼロと言う成果をたたき出している―ただし構成員は三名しかいないため、戦死者ゼロは別段誇るべき話でもないのだが―。
異常と言う言葉が相応だろう。その組織はたった三名しか属していないというのに、調査兵団ですら比較できない程の巨人討伐率を出している。故に彼らを英雄と称える者もいるのだ。
ただし、入隊条件が非常に厳しいのだ。新兵の首席でも容赦なく弾くため、数年は人員の変化などまったくない。
だがそれでも英雄譚に憧れ、そこを目指す者は後を絶たない。
「……」
下らない話だ、と内心呟く。
レネ――黒髪の青年は乗馬したままウォール・マリアの町を見ていた。
彼こそ第二の切り札である『革命の進軍』を率いる長であり、リヴァイ兵士長と同等の実力を持つと言われている英雄である。
彼が率いる『革命の進軍』、その象徴であるのはマフラーだ。レネは両腕全体にマフラーを巻いており、副官である青年アルトは右腕全てをマフラーで包んでいる。
無論意味こそあるが、その真意を知る事が出来るのはレネが心を許した者だけだろう。
紅一点であり、最後の構成員でもある少女エストリアはレネの隣におり鼻歌などを歌っている余裕っぷりである。彼女もまたレネが心底から認めた者の一人なのだ。
「……隊長、ご気分でも?」
「いや、問題ないよアルト。ひとまずこのまま兵舎に戻りたいところなんだが」
賛美の目を向けられるのは性に合わない。
それは副官を務める男性、アルトも同じ事だ。だというのに彼は苦笑を溢していた。
「そうは行かないでしょうね。ほら、あそこの子供なんて隊長に興味深々みたいですし」
アルトが指さす方向、そこには二人の子供がこちらを見ていた。薪を背負った少年と少女の姿。少年は快活そうな笑みを携えており、少女の方は赤いマフラーを巻いている。
少年はレネと目が合ったと悟って、元気そうに両手を振った。
「返してあげたらどうですか?」
「……そうだな」
軽く手を挙げると、少年はさらに立ち上がって大きく腕を振るう。
その姿に――ズキンと頭痛が走る。
痛みの理由を悟る前に馬がその歩みを止めた。
「あの、レネさんですよね! リヴァイ兵士長と同格と言われている!」
「あぁ、それがどうした?」
レネの目の前にいるのは、男の姿である。たった三人しかいないとは言え―ちなみに三か月ぶりの出撃だ―わざわざ行進を止めてまで話そうとする意味が分からない。
「どうしたら、貴方の元に来れますか!?」
「……理由を聞こう」
馬から降りて、青年の元まで歩いていく。
彼の瞳は好奇心に満ち溢れていた。恐れを知らない光の瞳。
純粋無垢なその様を少しだけ、羨ましいと思う。
「俺、兵士になって家族を楽させてあげたいんです!」
「それが理由なら俺達の元に来る必要はない。駐屯兵団か、憲兵団にでも入ることを進めるよ。一応、これでも急いでいる身だ。失礼する」
青年を押しのけて、アルトとエストリアを先に進ませる。
口笛を吹くまでもなく戻ってきた馬に跨り、レネは青年のいる方向へ顔を向ける。
「言っておくが、俺は家族だの仲間だのと言った理由での入隊など考慮しない。泣き落としは通用しない」
「ッ!」
今度こそ、レネは青年に向き直る事無く馬を進ませた。
「今日も収穫は無かったですねー」
「そうだな」
のんびりと喉を潤しているエストリアに、雑な返事を返してレネはソファへと座り込んだ。
三か月――その月日を掛けても、彼の記憶障害は治らなかった。記憶のピースは必要な時に限って中々見つからないものだ。
いくら戦闘においては優れた結果を残したとしても、やはり構成員が少なく情報は手に入り辛いのはネックである。リヴァイから話を聞き出すのもいいが、それはそれでアルトが迷惑になるだろう。オルオの扱いは難しいのかもしれない。
はぁと溜息をついて、天井を見上げた。いい加減シミを数えるのも慣れてきたところである。
「隊長、何か思い出したことは?」
「……そうだな、今日が何か大事な事があるって言うのは覚えてるんだが」
空は黄昏の時だ。
風が窓を叩く――その音が何かを呼び覚ます。
「……おい、アルト。今何年だ」
「はっ、845年です」
「ウォール・マリアの門兵のリーダーは誰だ」
「ハンネスという男です」
「今日、早朝に出るはずだった調査兵団のリーダーは」
「キースと言う男だったはずですが」
瞬間、レネは机の上に置いていた立体機動装置を手に取る。
マントを羽織り、剣の調子を確認し出撃体制を整えた。
窓から煙が見える。それは蒸気であり、彼らには見慣れた光景だった。
「アルト、エストリア! 出撃準備が終わり次第ウォール・マリア市街に出撃しろッ! 俺は先行しておくッ!」
「ハッ!」
「了解しましたッ!」
窓を開け、そこから立体機動装置のワイヤーを射出させる。背後では忙しい音を立てて二人が準備をしていた。
アルトとエストリア、彼らはレネの行為に疑問を持たない。彼が死ねと言ったら死ぬだろうし、腹を切れと命じたのなら躊躇無く切るだろう。
だからこそ、二人は信頼に値するのだ。裏切りはあり得ない。レネの持つ思想、それは口外になれば、人々に笑われるか敵視されるかのどちらかだ。
故に――革命の進軍は入隊条件が厳正となっているのだから。
「邪魔だ!」
立体機動装置を巧みに操り、巨人を次々と切り捨てて、レネはある場所へ一直線に向かっていた。
そこには既に巨人が立っており、右手に女性を握りしめている。
まさしく捕食の時だった。
「――させるかよッッ!」
その歯が女を砕く寸前、剣の刃がうなじの肉を削ぐ。
一撃、二撃と振るわれる刃はその巨人を絶命させるには十分な致命傷を刻ませる。彼の総員が返り血に染まる。
「ッ! 気を失ってるのか!」
立体機動装置の射出地点の場所を選ぶ暇は無い。すぐ傍まで迫って来ていた別の巨人の脇へ射出し、一時的な支えにして地面への落下を開始する。
女性――カルラ・イェーガーを抱き抱え、ワイヤーを支えに着地して、体勢を整え――迫る巨人から距離を取るべく射出地点の詮索を試みる。
「隊長ッ!」
ザンと言う斬撃の音と共に巨人が地面に倒れ、消滅した。そしてレネの眼前にアルトが姿を現す。彼の総身も血に染まっており、ここまで来るのに手間をかけたらしい。
「アルト、エストリアは!?」
「はい、避難民に近い位置にいる巨人を掃討させています!」
「そうか。……」
腕の中にいる女性の姿。
意識は失っているが、それでも息は微かに呼吸している。
「隊長……そちらの方には恐らく後遺症が」
「分かってる。だけど……だけどそれでもようやく助けられたんだ。……ずっと、ずっと悔やんできたから」
「……分かりました」
レネは腕の中で眠るカルラの姿にポタリと涙を溢す。
脳裏に駆けるのはかつて救えなかったその姿。
「……母さん」
そう呟いて、彼は嗚咽を漏らす。
助けられてよかったと。
例え自身の行いを正当化させるための偽善であったとしても、家族の命を救う事が出来たのだ。
ならばそれに勝る喜びはないはずだから。
「……ウォール・マリア突破、か」
新聞の記事を見ながら、レネはつい数年程前の出来事を呟いていた。
あの後、エストリアでも抑えきれなかった謎の巨人により、壁が完全に突破されてしまった。――結果として、それは人類の一時的な敗北だろう。
レネ達の活躍があったとはいえ、ウォール・マリアが占領された事は紛れもない事実である。
あの時彼が助けたカルラは記憶喪失になってしまい、今は立体機動装置などを作る工場で働いている。だが思えばそれで良かったのかもしれない。一度巨人に喰われかけた一般人がまともな生活を送るには、それしか手が無いのだ。
「レネさんー、今日も兵舎でゴロゴロするんですかー?」
「その言い方はやめろ。……そうだな、ちょっと懐かしい光景でも見に行こうか」
「隊長、どこかに出向かれるならお供しますが」
「いや、大丈夫だ。新兵達の訓練を見て来るだけだよ。この距離なら歩いて行ける」
「……」
アルトとエストリアの表情がわずかに曇る。
彼らはレネの正体を知っているのだ。だからこそ、今回の彼の行動の意図が読めない。
「……アルト、お前はオルオとの組手があるんじゃなかったのか?」
「いえ、すぐに終わらせるので然程時間は不要かと」
「……エストリア、お前はペトラやハンジと何か話があったんじゃあ」
「すぐに終わらせますよー?」
この二人をどのように言いくるめようか、少しばかり悩みながらレネは大きなため息をついた。
「……」
結局、無力は無力のままだ。気高い理想、誇り高き心、曇りなき眼――それは形骸に過ぎない。世界に抗える力を以て、それらは初めて意味を成すのだから。
ジャン・キルシュタインは眼前の光景を見て、素直に思う。
突如現れた超大型巨人によって壁が破壊され、市街戦の幕が切って落とされた。既に戦闘開始から数時間が経過しており、このままでは犠牲は増える一方だ。
立体機動装置のガスも残り僅かであり、本部に向かえる量こそ残っているが肝心の本部には巨人が密集しているため近づけない。立体機動の最中にガス切れでも起こせばその時点で敗北は確定だ。
「……お前ら、迂闊に突っ込むんじゃねぇぞ」
まだだ。まだ様子を見なければ。
そう思った途端、一匹の巨人のうなじの肉が飛ぶ。
さらに続けて二匹、三匹と巨人達が絶命していく。
「!」
立体機動による三次元戦闘――間違いなく兵士によるものだ。しかしほとんどの兵士のガス残量が僅かとなっている今、あれほどの動きを行えば簡単にガス切れする。
だというのに、その兵士は凄まじい速度の立体機動を行い次々と巨人を掃討していた。一人だけではない。人影が見える事から恐らく複数で本部周りの巨人を殲滅している。
「……っ、今の内に飛び込めッ!」
ジャンの言葉に残っていた兵士のほとんどがアンカーを射出させ本部へと飛び込んだ。
レネは既になまくら同然の刃を投擲し、巨人の目へと直撃させ視力を奪う。その巨人のうなじの肉をアルトの刃が切り裂いた。
柄だけとなった剣に刃を装填し、アンカーを本部の頂上へ突き刺し一気に上昇する。それと同時にアルトとエストリアもレネへと続く。
「レネさん!」
「エストリア、現状を説明しろ」
「はい、超大型巨人の襲撃によって現在市街戦の最中です。少数の重傷者が出ていますが今のところ死者はいません」
「……ですが、既に兵士として戦えない者が大勢出ています」
前もそうだった分、今回は奇跡的に間に合ったカタチだろう。恐らく訓練兵も何名かは肢体のどれかを喰われている。飲まれた彼らが巨人の胃袋で溶かされる前に、胴体を捌いたり手や口元を切り落とすなど、ほとんど強引に近い戦法だ。
レネやエストリア、アルトの三人によって何とか最悪の事態は免れている現状だ。
「……クソッ、俺が思い出すのがもう少し早かったら」
五体満足で助ける事が出来たのかもしれないというのに。
舌打ちする。
悔いのある選択しか残されていない。
「隊長、ともかく今は訓練兵達の救出と巨人の掃討を急ぐべきです。悔やむのは後でも出来ます」
「……あぁ、そうだな」
視界の隅に映る黒い髪を持った巨人の姿。
傍らを三人の兵士達が立体機動で移動していた。
金髪の少年と黒い髪の少女。それがレネの本能を刺激する。
「レネさん……」
「あぁ、分かってる。そのために俺はここまで来た。後には引けない。だから……やるしかないだろう」
巨人が巨人を殴り飛ばす光景。
それに微妙な感想を抱きながら、レネは静かに目を細めた。
「……おい、何だよトロスト区奪還って」
兵士達の苛立つ声が聞こえる。
巨人達に占領されたトロスト区を取り返すべく、調査兵団駐屯兵団の連合は巨人掃討作戦に移るのだ。
その内容もまた奇天烈なモノであり、エレン・イェーガーの巨人化を使いトロスト区の穴を塞ぐと言う破天荒な作戦だ。
ピクシスの言葉にその場にいた兵士達が口々に怒りの狼煙を上げる。
「なお! 今回の作戦には革命の進軍こと、レネ、アルト、エストリアの三名も参加する!」
「何……!?」
「英雄が、見れるのか?」
ピクシスは僅かに言葉を切ると、背後で控えているレネとアルト、エストリアの三人に目を向ける。
「彼らからの言葉がある! 心して聞け!」
エレンを連れて背後へ下がるピクシスと入れ替わるようにして、三人は断崖の近くまで立つ。
革命の進軍に属す証、腕に巻かれたマフラーが風によって翻る。
「すげぇ……初めて見た」
「あの人達が戦ってくれるのか? 俺らと一緒に」
「偽物じゃねぇよな……」
レネは微かに目を瞑り静かに声を挙げる。
それは叫ぶという行為ではなかった。ただ簡単に喋ると言うだけの行動。
だというのに、その言葉は兵士達の耳へ強く届いていた。
「俺からは簡単に言わせてもらう。今回の戦いで、巨人に対し恐怖を覚えた者は少なくない。既に腕や足を失って、戦う事が出来なくなった者も多い。そして今から行われる作戦もまた犠牲となる者が出るだろう。もしかするとそれは俺やその隣にいる二人かもしれないし、お前達の傍にいる仲間かもしれない」
その言葉は重かった。
宗教を語る牧師や商会の人間よりも遥かに強かった。
「友がいるだろう、家族がいるだろう、恋人がいるだろう。だが俺達は兵士だ。戦う事を命じられ、殺す事を責務とされた戦士だ。だから俺はいつか死ななければならない。それはお前達も同じことだ。アルトもエストリアもいつか死ぬ時が来る」
死ぬ――その言葉にレネは何の感慨も抱いていない。
その姿は兵士達にとって心に刻む刃となる。
「だからこれだけは忘れるな。死ぬ時は大切な人じゃなくて、俺の事を思え。そして――俺を深く憎悪し、罵ってから死んで行け。お前達の大事な人を不幸にさせた俺を許さず、呪いながら喰われろ。――英雄と呼ばれておきながら、人一人を救えなかった俺を決して許すな。以上だ」
人の嘆きは聞く者を恐怖に誘う。人の怒りは聞く者を奮起へ導く。
これはレネなりの励ましなのだ。
俺を英雄だと崇めたいのならまずお前達が生きろ、と。
聞いた誰もが悟る。
彼は死ぬ者全てを背負って戦うつもりなのだ。
自分に怒り、失望し、何一つ助けられなかった者のために彼は戦うと。
“……”
エレンは、レネの姿を見る。
その目は何故か――酷く寂しげだった。
「……さて」
トラブルもあったが、無事に穴を塞ぐ事に成功し今は入団希望を募る期間の最中である。
レネは用紙に書かれている四人の訓練兵達を見ていた。
「アニ・レオンハート、ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、ユミルの四人か」
「彼らもまた俺達と同じなんですね」
「あぁ……だがユミルはなぁ」
彼女は確かクリスタを守るべく行動しているはずだ。
だとすれば勧誘にはクリスタも同伴させなければならないが、ユミルが彼女から離れる事などあり得ないだろう。
故に候補は三名。だが、それを信じてくれるかどうか。
「ユミルは除外だ。三人に声を掛ける。アルト、彼らを招集してくれ」
「ハッ」
レネが声を掛けて僅か数分で、彼は三人を集め、見事にレネの元へと帰ってきた。
副官としての素質は最早疑いようもないだろう。
まだ訓練兵に過ぎない三人は、よくわからないと言った表情だがその周囲には微かな殺気を纏っている。
「単刀直入に言う。アニ・レオンハート、ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー。君達三人には俺達のところへ来てもらいたい」
「……待ってください、レネさん。俺達はまだ新兵です。やるなら他のヤツらでも」
「いや、君達で無ければダメだ。ここの入隊許可を君たちは現に持っている」
レネに続きアルト、エストリアもマフラーを外す。
素肌が露わになった彼らの両手には凄まじい量の傷跡が残っていた。
「! それは……」
「あぁ、革命の進軍に入隊する条件はたった一つ――巨人化する力を持つ事だ」
レネの言葉に三人が身構える。
三対三、確かに戦うにはちょうどいい人数だろう。
「俺には使命がある。はたすべき使命だ。そのためにここまで戻ってきた」
「……何を、言っている?」
レネの言葉にライナーが怪訝そうに彼を見る。
「革命の進軍の目的はたった一つ。それは公に出来るものではないし、話せば間違いなく疑われるだろう」
「……その目的は」
「――人類と巨人の共存。双方の言語が通じ合えばきっと、そんな未来が出来るはずだ。俺はそう信じている」
アニ、ライバー、ベルトルトの表情が唖然としている。
彼らの前へエストリアが一歩踏み出した。
「心配はいりませんよ。レネさんは私達を大切に思ってくれています。私もアルトさんもレネさんに救われたからここにいる事が出来るんです」
「エストリアの言う通りだ。俺は隊長に救われた。だからこの人の道を作る。もし人類がこの人に牙を向いたのなら、俺が人類を皆殺しにする。この人が人類を守るなら、俺も人類を守る。そう断言出来る」
「……お前らな、そういうのは本人がいないところで言え」
はぁ、と溜息をつくレネの姿に三人は思う。
この人は本当に信じていいのだろうか。
自分達のためなら、本当に命を投げ出してくれるのだろうか。
「巨人のメカニズムは未だに分からん。だが俺が分かっているのは、このままじゃ人と巨人のイタチごっこは永遠に続くと言う事だ。百年間、人と巨人は争い続けてきた。憎しみを憎しみで繋ぐ戦いは破滅しか生まない。
だったら――共存できる道を探すしかないだろう。同じ『人』同士だ。出来ない話じゃない」
「……それで、レネさんはどう動くんですか」
「調査兵団からの情報を待つ必要がある。奇行種ならば、それは俺達の仲間である可能性が高い。迅速に向かわねば、他の巨人に捕食されて死亡してしまう」
「本当に、出来ると思ってるの。巨人と人の共存なんて……」
「あぁ、思ってる」
アニの言葉に対し、レネは即答する。
彼の瞳に不安などどこにもない。ただ叶えるために戦う。それだけだ。
「……心配するな、必ず俺が守ってやる。大切な仲間だ。世界全てを敵に回してでもな」
レネの言葉は、異端である者を引き付ける何が秘められていた。
三人の入隊から数日後、レネは調査兵団からの呼び出しを受けウォール・ローゼの市街を歩いていた。
歩いている人間が一人もいないという状況が何か気にかかる。
“……思ったよりも早く感づかれたな”
既に革命の進軍に属していた者は遠くへ避難させているはずだ。巨大樹の森ならば、調査兵団を相手取っても少数で戦えるだろう。
後は、自分のやるべき事を果たすだけだ。例えそれが夢物語だったとしても。
「……」
「久しぶりですね、レネさん」
「あぁ、トロスト区以来か」
レネの目の前にいるのは三人の人物。
エレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルト。
彼らが武装している所を見るとやはり荒事は確定らしい。
「……」
「……」
「……」
「……これは何の真似だ、調査兵団。まさかたった一介の人間にこれほどの人員を回す必要があるとは思えんが」
途端、周囲の住宅及び路地から兵士達が姿を現す。
レネの全方位を囲み、誰もが警戒の目で彼を見ていた。
遠くへ視線を向ければ団長であるエルヴィンの姿が見える。
「レネさん、今から僕の言う事が本当に間違っていたならすぐに言ってください。貴方は嘘をつける人じゃないから」
「……」
「革命の進軍は、エレンと同じ巨人化する能力を持った者が集まっている。そしてそれを率いるレネさんもまた巨人化の力を持っている」
「……」
「嘘ならそのマフラーを外してください」
レネの手は動かない。彼はマフラーを外そうともしなかった。
何人かその光景に膝を着く。
「……お前はいつでも秀才だったな、アルミン。それで、どうして俺が巨人化出来ると分かった?」
「貴方の経歴を調べました。レネさん、貴方はほとんど何の訓練も受けずに兵士として合格し壁外調査へ単独で向かい生存しています。これは巨人化する力が無ければ到底為し得ません」
「……」
「もう一つ、革命の進軍の出撃タイミングがほとんど良すぎるんです。全て巨人が襲撃を仕掛けてきた時、貴方は既に戦場にいました。それは予め巨人が襲撃すると分かっていたからじゃなかったんですか?」
「……あぁ、そうだ」
「ッ! 裏切り者が!」
兵士の何名かが抜刀する。だが彼らはレネに睨まれその場に硬直した。
「レネさん、ここで投降して――」
「――そして、もう一つ僕から個人的な確認をさせてください」
ミカサの言葉をアルミンが遮った。
周りの兵士が動揺したことから、この行動は計画の範疇外だったらしい。
「僕はさっき、貴方が巨人の襲撃を分かっていたから出撃タイミングが良かったと言いました。ですがそれは分かったんじゃなくて――既に知っていて、思い出すのに時間が掛かったから負傷者を出してしまったんですよね」
「……」
「そして何の訓練も受けずに兵士となり活躍が出来たのは、巨人化する力を持っていただけじゃなくて、立体機動装置や剣の使い方を熟知していたから」
「……」
「アニもライナーもベルトルトも、あの三人が巨人化出来る事を知っていたから誘ったんですよね。それは――巨人化した彼らと出会っているから」
「……」
「お、おいアルミン。お前何を」
「……こう思いたくは無かった。少しでも考えてみればわかる事だったんです」
レネ。
「同じ人間が二人いるなんてあり得ない」
Rene。
「それが間違っていた。巨人の生態は不明。どこから来ているのかも分からない。だけどもし未来から来る巨人がいたなら夢で終わる話じゃない」
Eren。
「そのマフラーが大切な人の形見で、忘れたくない最愛の人だからずっとつけてる」
エレン。
「レネさん、貴方は――未来から来たエレン・イェーガーなんですよね」
アルミンの言葉に、全員が息をのんだ。
ただ一人、レネだけが苦笑している。
「……あぁ、そうだよアルミン。俺はお前の言う通り、未来から来たエレン・イェーガーだ」
「ッ! 嘘!」
「嘘じゃない。俺は未練があった。残すべき選択を選べなかった。共に戦った人を、仲間を、親友を、そして最愛の人を――守れなかった」
レネのマフラーが解かれる。
その両手には多くの歯型がついており、彼がどれだけ指を噛み切ってきたのかを現していた。
「それは俺が巨人を一匹残らず駆逐するという復讐心を抱いていたからだ。それが間違っていた。憎しみの戦いに希望なんて待っているはずがなかった。
だから俺は――人と巨人が共に暮らしあえる世界を作るために未来から来た。そのせいか思い出すのに時間が掛かって、間に合わなかった事はあったが」
もしそれがレネで無ければ笑い飛ばせていただろう。
だが、彼の言葉が嘘ではない事など誰にでもわかる事だった。
「結果としては救えたさ。母さんは記憶喪失にこそなったが、まだ生きている。トーマスもミーナもナックもミリウスもフランツもハンナもマルコも、トロスト区の戦いで巨人に喰われず生きている。穴を塞ぐ時も死んだ者はほとんどいなかった。リヴァイもミケもオルオもペトラもエルドもグンタも生きている。第104期調査兵団は誰一人として欠けていない。――それが、俺の望んでいた未来の一つだ」
「……じゃあ貴方の傍にいた私は」
「死んだよ。俺を庇って、倒れた。……俺の世界では、誰一人も助けられなかった。だから今度こそ助ける。そう心に決めた」
レネが構える。
それは巨人化していたエレンの体勢と似ていた。
「だからその邪魔をするなら――少し痛い目にあってもらう」
「ッ、掛かれ!」
レネへ殺到する兵員達。
それは、悲劇の始まりに過ぎなかった。
「……どういう事だよアルミン。レネさんが未来から来た俺って」
「……僕も分からない。だけど、レネさんが捕獲する対象になっているのは違いないんだ」
アルミンとミカサはエレンを引きずるように遠ざけた。
何らかの手段でレネがエレンを奪取してくると思ったが、それは徒労に終わった。
だが問題はどのようにして、レネを取り押さえるかだ。今はまだ巨人化していないからいいものの、もし巨人化されれば多大な犠牲が出るだろう。
そしてレネは徒手だが、凄まじい戦闘能力を発揮していた。彼を取り押さえようと周囲から迫る兵士達を次々と殴打し、吹き飛ばしている。
壁に叩きつけられた兵士達は呻いており即死の者は一人もいない。
「剣だ、剣を使って腕をそぎ落とせッ!」
「――」
数名が剣を抜き、レネへとびかかるが回し蹴りで吹き飛ばされる。
それは異常な強さだった。
ただ体が強いというだけの話ではない。精神もまた肉体を稼働させるに十分な領域へ達しているのだ。
人に限らず巨人に限らず、その時の生命ほど強い者はない。
「どうせ巨人なんだ、殺せッ!」
立体機動装置のアンカーがレネへと迫る。
全身を捻るように躱して、彼は指揮官と思わしき男をにらんだ。
「――! ミカサ・アッカーマンを狙えッ!」
「!」
途端、レネの動きは変わる。ミカサの元へ一直線に向かうべく、立ちふさがる兵士達を叩き潰していく。体を抉る刃を意に介さず駆ける。
「アルミン、ミカサを急いで……!」
「退路を塞げ!」
ミカサの背後を兵士達が覆う。
逃げる事は出来ない。
「拘束兵器、打てッ!」
「ちぃっ!」
三人の元へたどり着いたレネがエレンとアルミンを遠くへ投げ飛ばす。
ミカサを抱きしめるようにして庇う。
途端、彼の背中へ矢じりの雨が殺到した。隙間なく埋め尽くされた刃が血を溢す。
「……エレン?」
「ミカサ……無事か」
初めてミカサはレネの顔を近くで見た。
それには微かにエレンの面影がある。
何故――気づいてやれなかったのか。
「よかった。……ようやく、お前を守れた。……もうこれで、何の悔いもねぇや」
「……やだ」
「……この世界の俺と仲良くな。……お前の幸せを、祈ってる」
「……待って、行かないで」
ぐらりと傾くように、レネは地面へ倒れこむ。
倒れた彼の周囲へ、血だまりが広がる。
「取り押さえろッ! ミカサ・アッカーマンを引き離せ!」
ミカサが数人の兵士によりレネから引き離される。
屈強な兵士達が倒れたままの彼を見下ろす。
「しかしバカみてぇに強かったな。あのガキも鍛えりゃそうなるのかねぇ」
「ま、後は実験か解剖かのどっちかだろうが……!」
兵士達のところへ、突然巨大な岩が投げつけられる。
それに何人かが巻き込まれひき肉となって辺りに血液と内臓をぶちまけた。
見れば壁の上に、巨人が立っている。男型の巨人であり、小柄だが大岩を容易く投げたその実力は計り知れない。
何より――その表情はどこか憤怒の形相をしているように見えた。
「ッ! 馬鹿な! 10メートル級しかないヤツがどうやって……」
「違う、背後に超大型巨人がいるぞ!」
その後ろには皮膚のない60メートル級の巨人の姿。
途端凄まじい地響きが鳴り、扉の一部を三体の巨人が破壊し、ウォール・ローゼ市街へと進撃する。
「壁が破られた!? 馬鹿な、巨人が連携だと!」
女型が二体、そして鎧をまとった男の巨人が一体。
その数五人――それにレネを含めればちょうど、革命の進軍全員がそろう。
彼らの目的は嫌でもわかった。
「まさか、コイツを助けに来たのか!?」
三体の巨人は脇目も振らずに投げられた岩を目印にして猛進してくる。
巻き込まれればひとたまりもない。
「おい、早くしろッ! このままじゃ捕獲した意味が無くなるぞ!」
「無理だ、装置ごと動かさねぇと!」
女型の巨人の蹴り、怒りが含まれたその一撃は装置を木端微塵に破壊した。
もう一匹の女型の巨人が倒れているレネを掌に乗せる。
「……エス……トリア……?」
レネの言葉に巨人が少しだけ頷いた。
三体は突破してきた扉の方を向き、再び疾走を開始する。
“……結局、無駄だったか”
薄れる意識の中で、レネはそう呟く。
助けられなかった。
人と巨人の共存は最早叶いそうにはない。
ウォール・ローゼが突破された以上、人類は更なる苦戦を強いられ滅亡への道を歩んでいくに違いない。
“違う。……違う、俺が望んでいた事はそんな事じゃない! 俺は、俺はただ――”
涙がこぼれる。
無力な自分を嘆くように、彼は嗚咽を漏らした。
“皆が――誰もが幸せで平和に暮らせる世界が、欲しかった”
また記憶障害が起こるだろうが、仕方がない。
手に入りそうで入らない世界。今度こそ叶うようにと。
そう願って、レネ――エレン・イェーガーは左手の親指を噛み切った。
願おう。
憎しみで戦うのではなく、希望のために戦っていたのならば誰もかも救えたのかもしれない。
だからその道化を甘んじて享受しよう。
その選択が、人に光をもたらすのかもしれないから。
――人と巨人が共存できる世界を作れますように。
嘆きは終わらない。
レネ
Rene
eの文字だけを入れ替えると
Eren
エレン。
このEは「永遠」を意味するeternal。
繰り返しは終わらない。
ただの偶然ですハイ。