コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 この小説を読む際は以下のことにお気をつけ下さい。

 ・逆行もの
 ・ルルーシュ最強
 ・ルルC
 ・独自設定
 ・特定キャラの優遇、冷遇(ルルーシュ側ではないキャラの扱いが厳しいです、特にラグナレク組)
 ・原作生存キャラの死亡あり。

 以上、ルルーシュが好きでないと読みづらい内容となりますので、苦手な方はお戻り下さい。


Re:00

 抜けるような青空だった。

 

 後に青空を見上げれば、多くの人々が思い出す事になるだろう、この日。

 時代の終わりと、始まり。歴史の転換日。

 その事実を知らずにいる者達は、その胸に様々な想いを宿しながら、歴史の目撃者となるべくその中心となっている人物のもとに足を運んでいく。

 だが、その流れに逆らい、静寂に身を置く存在が一人。

 先の戦いの先駆け、神の名を冠する大量破壊兵器によって、被害を被ったとある学園に置かれた礼拝堂でその少女は一人、静かに祈りを捧げていた。

 ライトグリーンの長い髪をステンドグラスから差す光に濡らし、唯々祈りを捧げるその姿は少女の持つどこか人間味を欠いた容姿と合わせ、静謐な雰囲気を醸し出していた。

 一見すれば、敬虔な信者に見えるが彼女は神という存在を信じてはいない。

 世間一般でいう神がいるなら、自分はこの身に科せられた呪いから、とうの昔に解き放たれているだろうし、長い月日の中で相対した神と呼ばれる存在は信仰の対象と呼べるものではなかった。

 ならば、これは誰に捧げた祈りなのか。

 それは彼女にも、よくわかっていなかった。

 あえて、この行為に名をつけるなら、そう、願いだ。

 これから、死に逝く、罪深き王への小さな願い。

 瞼を僅かに震わせながら、少女が目を開く。

 小さな顎を持ち上げて、顔を上げれば琥珀色の瞳が細まる。

 降り注ぐ陽の光の強さは、建物の中にいても外の天気を窺わせた。

 もっとも、これから起こることを知る少女にとっては、この空模様は皮肉以外の何物でもなかった。

「――…」

 不意に彼女の口から音が零れた。

 小さく漏れたそれは、誰かの名前だったかもしれない。

 そして、それが切っ掛けになったのか、少女の瞳が涙に揺れた。

 

 今朝のことだ。

 その口の端から漏れた名の男を見送ったのは。

 周囲から何の気まぐれか、と思われながら学園のクラブハウスを建て直した男は数日前から其処に住み着いていた。

 本当に身が粉になるのではと思わせる程、忙しなく動き回っていた男はここに辿り着くと、これ迄とは打って変わって穏やかに時間を過ごし始めた。

 その姿を見て少女は男がやるべき事を全てやり遂げたのだと悟るのと同時に、これが彼にとっての最後の時間になるのだと気付いて胸が苦しくなった。

 それでも、それからの日々は穏やかで。

 ひょっとしたら、これからも続いていくんじゃないかと思わせるような何気ない日常は、しかし、今日という日で終わりを告げた。

 変わらない朝だった。

 いつものように、目が覚めると男の姿はなく。

 着替えることもせず、キッチンに足をやれば朝食を用意している男の背中が見え。

 その背中に挨拶よりも先に「ピザ」と言えば。

 振り返った男は、眉を寄せ、少女の姿を視界に収めると思わせ振りに溜め息を吐き、それでも文句を言うことなくリクエストに答えるためにオーブンを弄り始めた。

 そして、出来上がった朝食を二人で会話をしながらいただく。

 特に代わり映えするような話はなかった。

 あえていうなら。

 一言、二言。男の話の中に少女の未来を気にする言葉があったくらい。

 別にこれまでと変わらない、と告げれば。

 男もそうか、と答えてそれで終わり。

 後はいつも通り。

 ただ、食事の終わりの挨拶が「ごちそうさま」ではなく「ありがとう」だった。

 そして、約束の時が訪れる。

 少々絢爛な死装束を纏い、自らが用意した処刑台に向かう男の後ろをゆっくりと付いて行く。

 お互い、その胸中にどのような感情が渦巻いているかわからない。

 ただ、儚げな容姿とは裏腹にとても大きく、鮮烈な印象を与えるその背中は、これから先の、いつ終わるとも知れない人生の中でも決して色褪せずに自分の胸にあるだろうと少女は思った。

 やがて、二人の歩みは止まる。

 終着点は、男がその人生をかけて愛した存在と共にあった箱庭の終わり。

 男はそこから先に少女を連れて行こうとは思わず、少女もまた、付いていこうとは―、付いていけるとは思ってなかった。

 男が振り返る。

 これが最後になる時を、しかし、彼女はよく覚えていない。

 別れの言葉を交わしたかもしれない。あるいは無言のままで見つめあっていたか、もしくは愛を囁いていたかもしれない。

 気付いた時には、男を見送っていて。

 その足を礼拝堂へと向けていた。

 辿り着いた礼拝堂の扉に手を掛ける。

 そういえば、少し前にこの場所で同じように契約者を喪った事を思い出しながら少女は礼拝堂の中に歩を進めた。

 

 そして、今に至る。

 自らの内側に意識を向けると自分と男の繋がりを感じるので、彼がまだ生きていることに安堵の息が漏れる。

 だが、それも、もう間もなく消えるのだろう。

 世界中の罪と、負の連なりを背負って。

 この世界中で最も歓迎される死に至ることで。

 そう実感したら、もう無理だった。

 瞳にたまった涙が溢れ、頬を伝っていく。

「――…ーシュ、お前は人々にギアスを掛けた代償として…」

 かつて、ある王は湖の貴婦人から戴いた王の力を以て国の為に戦い、その死に際に臣下に命じてそれを返したのだという。

 ならば、これから死に逝く魔王もまた、同じなのだろう。

 魔女から得た王の力を以て、世界に抗い、その死によってその力に終止符を打つ。

 全ては新しい世界の為に。

 そして、人の理から外れた力に手を染めた罰として。

 ふざけた男だ、と少女は思う。

 その力を禁忌と、罪と認めながらも、それを与えた魔女のことをただの一度も責めはしなかった。

 裁かれるべきは自分だと、罪と知りながらも使い、歩み続けた自分だと言い、少女との出逢いを感謝した。

 その言葉がどれくらい、少女に祝福をもたらしたか男は知らないだろう。

 だから、少女は自らの願望を見送った。

 だから、少女は自らの想いを抑えてこられた。

 だから、少女は――…

「――――ぁ」

 不意に少女の声が漏れる。

 先程まで、確かに感じた男との繋がり。

 それが。

 ――途切れた。

 まるで雪のように。

 溶けるように。

「あ、…ぁぁ、ああ……!」

 少女の口から嗚咽が零れていく。

 いなくなってしまったと。消えてしまったと。

 そう実感していく度に、嗚咽は抑えきれなくなり。

 そして。

「る、る…しゅ……!」

 それが引き金となり、少女は悲しみを解き放った。

 蹲り溢れ出した感情のまま、泣き叫ぶ少女の声が礼拝堂に響いた。

 

 それから、どれくらい経ったか。

 人間らしい感情など、とうの昔に捨て去ったと思っていた少女は、自分でも信じられないくらいに泣き叫び、胸を痛めた。

 自分にこれ程人間らしい振る舞いをさせるくらいに深い感情が残っていたことに驚くくらいには落ち着きを取り戻していた。

 それでも、まだ、なお震える心を落ち着かせるために深く息をはき、瞳に残った涙を拭う。

 そして、泣き腫らして脱力した身体に力を籠め、立ち上がる。

 彼が、自らの道を歩み切り、彼方へ旅立ったのなら。

 少女もまた、歩き出さなければならない。

 もう一度、「生きていく」ために。

「私も、行くな…?」

 そっと、胸に手を当て呟く。まるで其処にいる存在に語りかけるように。

 私も旅立とう。

 お前が望んだ世界を見るために。

 お前に私との約束を破らせないために。

 お前に笑顔で逢えるように、旅立とう。

 そうして、旅立つために荷物を取りに行こうと踵を返した身体が、―ギクリと固まった。

 扉が開いていた。

 入るときに閉めた扉からはステンドグラスから差す光よりも多くの光が礼拝堂に入り込み、それが少女の瞳を灼く。

 だが、少女の身体を強張らせたのは其れではない。

 その光をまるで後光の様に背負い立つ何者かの存在だった。

 いつから居たのだろう。

 信心深い信徒が羽織るローブのようなものを纏っているせいで男か女かは分からないが、その某は中に入ることもせず、ただ入口に立っていた。

 片手に光を受けて輝くモノを持ちながら。

「――ッ」

 それを認めた少女が身構える。

 まさか。早すぎる。

 そんな思いが少女の胸中に湧く。

 男が死んだ以上、次は彼の周りにいた人間が狙われるだろうことは想像に難くない。

 だが、男がいなくなってから、そう時間は経過していないはず。

 ましてや、少女は彼の配慮もあって、外部の人間の目に付く場所には姿を晒すことはなかった。

 それ故に、こんなに早く自分が狙われたことに少女は驚きを覚えていた。

 しかし、実際問題、こうなってしまった以上どうこう言ってはいられない。

 素早く思考を切り換え、どうやって逃げるか少女は考えを巡らせる。

 幸い、相手は一人だ。

 隙を突いて、逃げ出すくらいは何とかなると少女は考える。

 だが、現実は彼女の予想を上回る。

「――ぁ」

 決して油断していた訳ではない。

 むしろ、相手の一挙一動に注視していた。

 だというのに。

 気付けば、自分の腹部に異物が刺し込まれていた。

「っ…」

 鋭い痛みに少女の顔が歪む。

 幸い、傷は致命傷には至らない。否、致命であっても彼女の身体はその理を覆す。

 長い時の中、疎むことはあれど、有り難く感じた事は無かったこの身の呪いに、少女は初めて感謝した。

 自分は今、死ぬわけにはいかないのだから…。

 痛みに震える身体を叱咤し、踏ん張りを利かせる。

 乱れる呼吸で、強引に肺に酸素を送り込み身体に力を巡らせる。

 そして、睨み付けていると思える程に力の宿った瞳が現状から逃れる為の出口を捉えた。

 その瞳が、急に闇に閉ざされる。

 何が、と思ったのは一瞬。すぐに目を―、額を相手の手が覆ったのだと理解する。

 意図の見えない行為に少女は若干戸惑いを見せるも、直ぐにその手を払いのけようとする。

 その次の瞬間。

 

 ドクン

 

 少女の身体が脈動した。

「!」

 心臓の音ではない。

 まるで少女の存在自体が震えたかのようだった。

 驚愕が少女を襲う。

 何か不味い事が起こっている。

 そう感じた少女は湧き上がる戸惑いと焦燥感を押し退け、相手から逃れようとする。

 だが、逃れようと懸命に少女が身体に力を入れるも、彼女の身体はまるで糸の切れた人形のように動かない。

 そして、その身体を激しい痛みが襲った。

「――、――」

 声にすらならない叫びを上げる。

 津波のように押し寄せる激しい痛みに身体が悲鳴を上げる。

 いや、違う。

 悲鳴を上げているのは、彼女の身体に巣食う呪われた力―、その源泉。

 自分の身に何が起こっているのか。その力と長く付き合ってきた少女にも分からない。

 だが、それが自分にとって良くないことであるのは感じるのか、少女は動けない身体を必死に動かそうとする。

 しかし、彼女を壊そうとする力は、彼女のそんな意思すら呑み込もうとする。

「あ……」

 意識が千々に乱れる。

 必死に繋ぎ止めようとするが、少しずつ溶けるように闇に堕ちていく。

「ル、ル……」

 心も身体も。

 消失していく中で呟いたのは一つの名前。

 それは、恐らく彼女にとって世界で一番大切な人の名前。

「すま、……な、…い」

 口にした相手の姿を思い浮かべ、謝罪する。

 それが何に対する謝罪なのか。それを考えるだけの力は、もう少女には無かった。

 つーっと涙が一筋、少女の頬を流れる。

 それを最後に少女――、C.C.の意識は闇に消えていった。




 ちまちま更新していきます。
 早い更新は期待しないで下さい。

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