二日連続投稿、いってみます。
「説明しろ。一体どういうことだ?」
黒の騎士団関係で、放課後を待たず学園を後にしていたルルーシュは、帰ってくるなり部屋にいたC.C.にそう言い放った。
自分のテリトリーで騒ぎがあったことで苛立っているのだろう。問いかける口調が些か乱暴だった。
しかし、ルルーシュがそんな反応をするだろうことは分かっていたので、特に気にした様子も見せずC.C.は口を開いた。
昨日、ついに届いた、かつての愛用のぬいぐるみをギュッと抱き締めながら、ぽつり、ぽつりと。
マオが以前の契約者であること。契約の遂行が叶わなくなったため彼の元を去ったこと。そんなC.C.を追いかけてきたこと。そして、C.C.を奪ったと思っているルルーシュを敵視していること。
自身の心情については言葉を濁したが、極力話せる範囲でのことをC.C.はルルーシュに話した。
「……契約を果たせなくなったというのは、前に言っていたギアスに蝕まれた状態と考えていいのか?」
「そうだ。今のマオはギアスを自らの意思でコントロール出来ず、およそ物事の判断がつけることの出来ない状態だ」
ルルーシュの苛立たしげな舌打ちが部屋に響く。
およそ、考えうる最悪の展開だった。
自分の正体、弱点、行動パターン、その他騎士団に関する極秘情報も。
それらを自分を敵視する人間に全て握られているのだ。それも、まともな精神状態とは言い難い相手に。
どう考えても楽観視できるような状況ではない。
迅速に片をつけなくてはならない。だというのに、相手はこちらの張った罠や行動を看破してくるのだという。
最大限打てる布石を打ち、事に当たる戦略を旨とするルルーシュには相性最悪の敵と言えるだろう。
だが、何とかしなければならない。出来なければ、何もかもが終わってしまう。
焦燥に駆られたルルーシュが状況を打破するための策を頭の中で次々と模索していく。しかし、有効的な策は思い浮かばない。更にこうしている間にマオが外部に決定的な情報を漏らすのではという思いがルルーシュの焦燥に拍車をかけていく。
なので、C.C.に名前を呼ばれた時も、およそ友好的とは言えない視線をルルーシュは彼女に向けていた。
「頼みがある。マオの事は私に任せてくれないか?」
「……信用しろと言うのか? 元はと言えば、貴様がソイツに見切りをつけた時に片をつけなかったのが原因だろう!」
「そうだ。だからこそ、私が自分の手でケリをつけなくてはならないんだ」
睨みつけるルルーシュの瞳を見返したC.C.の強い瞳に、思わずルルーシュは怯んだ。
本当に大切なものは遠ざけておくものだ。
かつて、C.C.はルルーシュにそう語った。生き方だ、と。
今もそれは決して間違っているとは、C.C.は思っていない。
魔女と呼ばれ、多くの人々に疎まれ、それに値するだけの罪を重ねてきたこの身には、常に危険と殺意が付きまとう。近くにいれば、その猛り狂う炎に身を焼かれることもあるだろう。
事実、C.C.の側にいたから、関わったから、庇ったから。それが理由で命を落とした人達がいたことをC.C.は知っている。
だから、間違った考えではないのだ。
でも。
それは、きっと言葉で言うほど簡単なものではないのだろう。
例え、大切が故に遠ざけたのだとしても、見向きをしなくなったのなら、それはもう――。
(ああ、そうだな……)
誰ともなしにC.C.は内心で呟いた。
今なら、分かる。今なら、向き合える。
(私は、マオを捨てたんだ)
幸せになれる可能性があるなら。一人でも生きていけるかもしれないなら。
何も殺す必要はないだろうと。
そんなことは無理だと分かっていたのに。
そうやって、都合の良い言い訳をして、自分の行為を正当化して、――逃げ出したのだ。
(マオのことだけじゃない……)
嚮団や、マリアンヌ達にしてもそうだった。
出来る出来ないはともかく、本来なら早々に決心をつけなくてはいけないことだった。
でも、結果を出すことを、その現実と向き合うことを恐れて、なあなあに先延ばしにしてしまった。
そして、その帳尻を合わせる羽目になったのがルルーシュだ。
日常を削り取られ、親しい人を失い、両親の真実に涙する事になってしまった。
だからこそ、逃げ出すわけにはいかないのだ。
いや、そうでなくとも。
過去と、自分のしてきたことと向き合い、その責任を取れないようでは、きっと。
明日を望む魔王の隣を歩むことなんて出来ないだろうから。
だから……。
「頼む、少しでいい。私に自分のしたことのケジメをつける時間をくれ」
C.C.の真摯な瞳がルルーシュに向けられる。ルルーシュもまた、そんなC.C.の真意を問うかのように真っ向から彼女を見据えた。
かつてにおいては、こういった時、C.C.はルルーシュと視線を合わせることは殆どなかった。
真っ向からルルーシュの瞳を覗き見るには、隠し事や後ろめたさが大きかったからだ。
でも、今は違う。隠し事はともかく、自分がしたことに対する後ろめたさが消えた訳ではない。それでも、その視線を逸らそうとはC.C.はしなかった。
無言のまま、まるで見つめ合うかのようにお互いの瞳を覗き込む。
永遠に続くのでは、という陳腐な物言いが似合う空気が二人の間に暫し漂い続けていたが、その終わりは程なくやってきた。
「――――――」
紫紺の瞳が閉ざされる。
同時にルルーシュの纏っていた空気が和らいだようにC.C.は感じた。
ルルーシュは何も言わない。
無言のまま、C.C.の前から離れ、クローゼットの前に移動するとおもむろに着替え出した。
「ルルーシュ?」
突然のその行動に、C.C.は戸惑いを乗せてルルーシュの名を呼ぶ。
ルルーシュは答えない。そのまま、着替え終えるといつもの大きめのバッグを肩に下げて、C.C.の前まで戻ってくると、未だ戸惑い顔の彼女にスッと何かを差し出した。
「三日だ」
差し出されたのは、カードと携帯だった。
「三日くれてやる。その間にケリをつけろ」
「……いいのか?」
「自分で言い出しておいて、何だそれは?」
「いや……」
ノロノロと手を出して、カードと携帯を受け取る。
顔を上げることは出来なかった。今の自分の顔をルルーシュに見られたくなかったからだ。
「分かっていると思うが、三日の間にアイツが俺を狙ってきた場合は――」
「分かっている。その前に終わらせる」
「なら、いい」
言いたいことは言い終わったのか、ルルーシュは最後にベッドの上で俯き、受け取ったカード等を強く握るC.C.を一瞥すると部屋の外に向かって歩き出した。
「俺は騎士団の方を調整してくる。お前も動くつもりなら、早くするんだな」
悲愴な決意を漂わせながら、C.C.はああ、とだけ返事を返した。
そんなC.C.を残し、部屋の外、廊下に出たルルーシュが後ろ手にドアを閉める。
扉が閉められ、お互いの姿が完全に消えようとした、――――その直前。
「勝てよ、C.C.。自らの過去に。そして、行動の結果に」
いつか言った、誰かの声が聞こえたような気がした。
「――――ッ!」
弾かれたように顔を上げる。しかし、その視線が目的の人物を捉えるよりも早く、パタン、という音が全てを隔てた。
残されたのはC.C.一人。後には何もない。余韻すら、僅かにもなかった。
ほんの一瞬。空耳や幻聴と言っていい程、軽く遠く響いたその声。でも……。
「ふん、縁起でもないな」
その後、一年も離ればなれだったんだぞ。
そう言って、不敵に笑う魔女の心に確かに届いていた。
二日が経過した。
太陽が真上から、大分西に降り始めた頃。
人気のない小さな公園でC.C.は遅めの昼食を取っていた。
公園の入口近くで、過剰に人目を窺いながら、露店を開いていた名誉ブリタニア人から買ったホットドッグを、もぐもぐと小さな口で頬張る。
「………ふ、ぁ」
漏れた生あくびを、一緒に買ったコーヒーで流し込む。しかし、C.C.を襲う慢性的な睡魔が消えることはなかった。
この二日間、少しでもマオを誘き出す可能性を上げるため、C.C.は一時ルルーシュの部屋を出て、租界の外れにある小さなホテルを仮の住まいとしていた。
そこを拠点に、マオが接触してきやすいよう人気のない場所を選んで、日がな、あちこちと歩き回る。
最初の内は『前回』の情報を駆使し、マオの潜んでいる場所を探り当てようかとも考えていたC.C.だったが、心が読めるマオが相手では追い詰めても逃げられる可能性が高いことと、よくよく記憶を探れば『前回』ではロクな情報を得ることが出来てなかったことを思い出して諦めることを選んだ。
加えて、下手に探して警戒心を煽るよりは『待っている』という風な態度を装っていた方が、マオの性格上、釣られやすいだろうという共犯者のアドバイスもあって、C.C.は待ちに徹することに決めた。
「………ぁ、ふ」
再度、漏れた欠伸を噛み殺す。
退屈を表す態、と言うわけではない。単純にC.C.は寝不足だった。
夜遅くまで、人気のない場所を点々としていたというのもあるが、無機質で味気ないホテルの部屋は寝心地が悪かったのだ。
事ここに至って気付いた、自身の新たな一面にC.C.も驚く。どうやら、自分が思っている以上にC.C.はあの部屋に安心感を抱いていたらしい。
もっとも、あの部屋の何に安心感を抱いていたのか、と言われれば答えを濁すだろうが。
「あと半日……」
手の中で携帯を弄びながら、C.C.はぽそりと呟く。
それは約束の三日の刻限までの時間だった。
流石に焦りを感じなくはなかったが、さりとて何か出来るというわけではない以上、待つことしかC.C.には出来ない。
去り際にルルーシュを殺すようなことを仄めかして消えていったマオだったから、ルルーシュの事も危惧して、時折様子を見に行っていたが、どうやらルルーシュは三日の間は籠城を決め込むことにしたようだった。
友人や人気の多い場所にいて一人にならず、彼の弱点とも言えるナナリーの側にも自分や誰かしら人を置くようにして、学園の外に出ようとしない。
完全に守りに入ったルルーシュが相手では、さすがにマオも手を出しようがないだろう。
だからこそ、接触するなら自分の方だろうとC.C.は考えている。
「――――っ」
冷たい風に身体が反射的に震える。
視線を空に向ければ、空が僅かに赤くなり始めていた。
どうやら、長いこと物思いに耽っていたらしい。
そろそろ場所を変えた方が良いか、と思ったC.C.が腰を上げたその時、手の中の携帯が軽快な音を立てた。
「………」
表示された知らない番号に、思わず携帯を握る力が増した。
逸る気持ちを抑えて、C.C.は携帯を耳に当てた。
相手は、――――予想通りだった。
先と変わらない無邪気な声が通話口から響く。
その内容の殆どが意味の無いものだったのでC.C.は聞き流していく。
知りたいのは、一つ。自分を、魔女を招待する、その場所。
そして、長い言葉の羅列の先、ようやくそれが告げられた。
約束の場所は、かつてと同じ。――クロヴィスランド。