コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 そろそろ、タグにA(オール)・H(ハイル)・L(ルルーシュ)と入れるべきなのだろうか………


PLAY:05

 神聖ブリタニア帝国。首都ペンドラゴン。

 今や、世界の半分近くを支配し、強さを掲げ、弱者から搾り取った富と贅が蔓延するこの首都。

 その首都において、一際、燦然と妖しく輝く皇城の一室で、今、ブリタニア皇族を始めとする一部の権力者が集い、会議とは名ばかりの欲と驕りに満ちた話し合いが行われていた。

「いやはや……、一時は、どうなるかと思いましたが、これで、長年騒がしかったエリア11も、静かになりますな」

「ええ、それにユーフェミア様も、これでナンバーズの贔屓など、いかに愚かしい行為か分かっていただけましたでしょう」

「妹君への教訓を兼ねた、エリア11の鎮静化。一挙両得、いや、一石二鳥と言いますかな? ともあれ、さすがはシュナイゼル殿下。実に素晴らしいご采配でありましたな」

 揃って貼り付けたような笑みを顔に浮かべ、明け透けに下心を持って、擦り寄ろうとしてくる権力者達にシュナイゼルは、困ったような、それでいて悲しそうな表情で首を横に振る。

「いえ、ユフィには可哀想な事をしてしまいました。こうなる事も視野に入れていたとはいえ、私は純粋にあの子の平和への夢を応援していた。このような結果になってしまった事は、実に残念でなりません」

 嘘か真か。どちらとも、誰にも分からせない程に、精巧な仮面を被り、そう悲しそうに言うシュナイゼルに、うんうん、と呑気に頷く男の姿があった。

「そうだね。ユーフェミアの夢は実に素晴らしかった。血を流すことなく、争いを終わらせようとしたんだから」

 本気でそう思っていそうな、第一皇子オデュッセウスの言葉に、シュナイゼルがええ、と返す。

「哀しいじゃないですか。人と人がいつまでも争い続けるのは。今回のユフィの行いは、平和に世界を一つに纏めようという試みでした。失敗したとはいえ、賞賛に値します」

「うんうん、そうだね。実にそうだ」

 どこまで本気なのか。ともあれ、第一、第二皇子が共にユーフェミアの行いを庇うような発言をしたため、遠回しにユーフェミアの行いを愚昧なものと言っていた者達は、居心地悪そうに咳払い等をして、場をやり過ごそうとした。

「ま、まあまあ。何にせよ、これでエリア11も平和になる事ですし。であるなら、ユーフェミア様の夢も僅かながら叶ったと言えましょう」

 そう言って露骨に話題を変えようとする人物に、他の者達も追随する。

「そ、そうですな。とにかく、エリア11の矯正エリアへの格下げは必然のものとして、今後のイレブンの取り扱いやサクラダイトの収益について―――…」

 この時点では、まだ、コーネリア率いるブリタニア軍と黒の騎士団が戦闘を開始したばかりである。

 にも関わらず、ここにいる者達は、既に勝ったものとして、話を進めていた。

 それについて、シュナイゼルは何も言わない。

 戦いの行方については、概ね、シュナイゼルも同意見だからだ。

 利権やら何やら、熱が入り始めた連中の話をとりあえず耳に入れておきながら、シュナイゼルの思考は別の事に向けられた。

 エリア11の今後については、シュナイゼルには興味がない。いや、そもそも始めから興味など抱いてはいない。

 今回の事についても、ただ、出来る事があったからしただけであり、別段、特別な事をした訳ではなかった。

 だが、そんなシュナイゼルだったが、ほんの少しだけ、ゼロに興味を抱いた。

 能力とか、志とか、そういうものにではない。

 敢えて言うなら、その姿勢、か。

 ブリタニアという強大な敵を前に、たった一人で堂々と向き合うその姿。

 それが、重なって見えたのだ。

 昔日に喪われた、この胸に熱を灯らせた愛しき存在に―――。

「―――――」

 珍しく感傷に浸った自分の思考を切り替えるために、シュナイゼルは小さく頭を振った。

 そういった理由から、ゼロに興味を抱いたわけだが、それも、もう失われていた。

 特区式典で重傷を負ったはずのゼロが命を繋ぎ止め、戦いを仕掛けてきた事はシュナイゼルにとっては意外な事だったが、今までのゼロの行動から、その力量を正確に読み取っていたシュナイゼルは、ゼロにこの窮地を乗り越えることは出来ないと踏んでいる。

 よしんば、ここを乗り切れたとしても、ここで戦力を失ってしまえば、今後の情勢下で再起は不可能に近い。

 ふう、とつまらなさそうにシュナイゼルはため息を吐いた。

 何故、ゼロがこんな選択をしたのか分からない。

 だが、それを知ろうとはシュナイゼルは思わなかった。

 もう、彼の運命は決まってしまった。どんなしがらみがあったにせよ、それを振り払えなかったのなら、それがゼロの限界だったというだけだ。

 なら、もう興味を惹くものは何もない。

 そう結論付けると、シュナイゼルはゼロについて、考えるのをやめる。

 ちらり、と視線を周囲にやれば、激しく議論を交わす出席者達の奥、上座に位置する場所に誰も座っていない席が目に入った。

 その光景に、僅かばかり苛立ちを孕んだため息を吐くと、シュナイゼルは今後の世界情勢と、ブリタニアの版図拡大について思案し始めるのだった。

 

 『前回』の戦いにおいて、ルルーシュの最後の敵として立ちはだかったシュナイゼル・エル・ブリタニア。

 この世界においても、一、二を争う程に知略に富んだ彼ではあるが、そのシュナイゼルをもってしても、まだ、分からなかった。

 不敗を誇り、およそ不安など何も感じられない超大国、神聖ブリタニア帝国。

 その足元が、砂上のそれに変わりつつあることを。

 シュナイゼルですら、気付かずにいた……。

 

 

 そして、舞台は再び、エリア11。日本に戻る。

 遠いブリタニア本国において、誰もその勝利を疑っていなかったブリタニア軍と黒の騎士団、延いてはコーネリアとゼロの戦いは、彼等の予想を覆し、ブリタニア側の劣勢となっていた。

 質も数も問題ない。軍隊としては、黒の騎士団など比べるべくもない程に完成されている。

 本来であれば、敗ける要素など見当たらないだろう。

 しかし、そんなブリタニア軍も、地獄より舞い戻った魔王には敵わずに、彼の手の平の上で、終始踊らされ続けていた。

「相変わらず、見事なものだな」

 突発的、かつ派手な広範囲攻撃で相手を混乱させ、その間隙を突いて、動きを読んで先回りさせた部隊で奇襲を掛ける。

 一瞬でそれらの事をさらりとやってのけた魔王に、魔女は感嘆の声を上げながら振り返った。

「場所も状況も限定されている状態だ。相手の心情を読む事など容易く出来る。そこにドルイドも加われば、この程度の事など造作もない」

 未来予知さながらの超速演算も、今のルルーシュにとっては特に難しい事ではない。

 足を組み、頬杖を突くという、いつものスタイルのまま、ルルーシュは事も無げにそう言った。

「ほう? だが、いいのか? 仕込んでおいた策を使ったというのに、ブリタニア軍は、随分と元気みたいだぞ?」

 指揮系統を分断し、奇襲と速攻でそこそこ敵を削る事が出来たとはいえ、まだ、致命的と言える程には、ブリタニア軍は崩れていない。

 現状、こちらに有利とはいえ、この後の展開次第では、まだ、どう転ぶか分からない、そういった状態だった。

 それを心配したC.C.だったが、返ってきたルルーシュの言葉に目を丸くさせられる事になる。

「当たり前だ。削りすぎないように加減したのだからな」

「何?」

 思っていた以上に、驚きが顔に出たのだろう。

 視線を合わせたルルーシュが、その表情をふっ、と和らげた。

「この状況で時間も労力も使う殲滅戦など馬鹿げている。下手に追い詰めて、ヤケになられても困るからな。番狂わせが起きない程度にしか減らしていない」

 加えて、今の黒の騎士団は戦場を知らない。

 追い詰められる経験はあっても、敵を追い詰める経験は無いに等しい。

 そんな彼等に、殲滅戦をさせるのは、色々な意味でリスクが大きすぎた。

「なら、どうするつもりでいるんだ? てっきり、私は、ここでコーネリアとブリタニア軍を倒して、日本を解放するつもりだと思っていたが……」

 そう疑問を口にするC.C.に、ルルーシュは、いや、と首を横に振る。

「この戦いが局地戦でしかない以上、ここで勝っても決定打にはならない。…正直に言えば、ここでコーネリアを倒す必要は全く無いと言ってもいい」

 今後のためにもな、と続けるルルーシュにC.C.は、ますます訳が分からないという顔をする。

「なら、何のために、こんな戦いを仕掛けたんだ?」

「それは、もう少しすれば分かる」

 したり顔で、答えを濁すルルーシュに、む、とC.C.は面白くなさそうに眉を寄せた。

「まあ、何でも良いがな。油断して足元を掬われるような真似だけはするなよ?」

「あり得ないな」

「ほう? 随分と自信たっぷりに言うじゃないか?」

 妙に自信ありげなルルーシュに、C.C.がそう言うと、ルルーシュは、当たり前だろ? と余裕の笑みを浮かべて、口を開いた。

「お前がいるんだからな」

 根拠も何もない。

 そもそも、ルルーシュらしくない、ただ、お前がいるから、という無条件の信頼に、C.C.はキョトン、とした顔になる。

 だが、それも一瞬。

 その言葉の意味を理解すると、C.C.は思いっきり顔をしかめながら、鼻を鳴らして、ルルーシュからバッ、と顔を背けた。

「……くそ、不意打ち……、というか、コイツ、誑しぶりが凶悪になってないか…………?」

「何を言っている?」

 顔を背けて、ブツブツと何やら呟き出したC.C.にルルーシュが問いかけるが、C.C.は何でもないッ、と言って話を変える。

「そ、それより、いいのか? 戦場の方は。このまま、膠着状態で」

 それに、ルルーシュはふむ、と頷くと思考を巡らした。

 交渉、―――黒の騎士団とブリタニア軍の決戦が決まってから、五時間。

 そして、戦闘が始まってからも、大分時間が経過していた。

「頃合いか――?」

 時間の経過具合と、戦場の状況を確認したルルーシュが、小さく呟く。

 倒す必要はない。だが、今後の展開をスムーズにしておくために、もう少しだけ、コーネリアとブリタニア軍の動きを鈍くさせておく必要があった。

 そのための準備は、既に整っている。

 後は、タイミングだけが問題だったのだが―――……

「――――よし」

 今まで、数々の勝機を見逃さなかった自身の直感に従い、ルルーシュは次の作戦の決行を決断した。

 

 

 左手に持った銃器が火を噴き、ハーケンが素早く射ち出される。

 木々の合間をすり抜けながらの、流れるような連続攻撃だったが、それを難なく回避した紅蓮は、その勢いのまま、コーネリアのナイトメアに迫る。

 伸ばした右手で捕らえ、必殺の一撃を与えようとするが、その動きを見せた途端、コーネリアは木々を盾にしながら、紅蓮から距離を取った。

「なかなか、やるじゃない」

 紅蓮よりも機体性能で劣るナイトメアを駆使し、一進一退の攻防を演じるコーネリアにカレンが皮肉混じりの賞賛をする。

『みくびるな、と言ったはずだ。小娘』

 何処となく、上から目線な物言いに、カチン、ときたカレンだったが、直ぐに落ち着けと言わんばかりに深呼吸をして気持ちを安定させる。

 コーネリアは侮れない。こちらが、攻め気を見せれば、するり、と抜けていくかのように絶妙な距離を保ち、様子を見ようと攻め気を抑えれば、躊躇いなく踏み込んでくる。

 性能に劣ろうとも戦い方を熟知し、互角に戦ってみせるのは、さすがは、音に聞こえた、と言うべきなのだろう。

 そんな相手に、感情に任せた迂闊な攻撃は出来ない。

 それに、ゼロからもコーネリアを殺すな、と厳命を受けている。

 だから、カレンは逸りそうになる気持ちを何度も抑え、努めて冷静に戦いを進めていた。

 そうして、気持ちを落ち着け、再び、攻撃を、とカレンがそう思ったところへ。

『カレン』

「ゼロ!」

 信頼する指揮官からの通信に、カレンが喜びの滲んだ声を上げた。

 

(―――? 気配が変わった?)

 何度目かになる紅蓮の猛攻を凌ぎ、距離を取ったところで様子が変わった敵にコーネリアが警戒を強める。

(何か、仕掛けてくるつもりか)

 相手の機体が前傾姿勢になり、こちらに突撃しようという気配が強く伝わってくる。

「いいだろう」

 不敵にコックピットの中でそう言い放ち、コーネリアも、また迎撃の体勢を取った。

 ――先に動いたのは紅蓮だった。

 ランドスピナーが唸りを上げ、鋭い動きで距離を詰めてくる。

 迎え撃つコーネリアが銃を乱射するも、驚異的な反射を見せる敵に銃弾は、ひたすらに空を切り続ける。

「ならばッ!」

 後退しながら、再び放った銃が敵ではなく、周囲の木々を撃ち抜くと、それらが紅蓮を押し潰そうと倒れかかってくる。

 しかし、銃弾すら避けてみせるカレンにとっては、ゆっくりと音を立てて倒れようとする倒木など障害物にもならない。

 案の定、あっさりと避けた紅蓮が、倒木によって巻き起こった砂塵の中から姿を現すが、それこそが狙い。回避しきったその瞬間を狙っていたコーネリアがそこに銃を放つ。

 必殺のタイミング。

 狙い澄まされた無数の銃弾が、紅蓮を撃ち抜こうと迫る。だが、……届かない。

 重たい音を立てて発生した輻射波動の障壁が、迫る鉛弾の全てを溶かし、塵に還す。

 そのまま、触れるもの全てを溶かす赤光の盾を掲げて襲い掛かろうとする紅蓮。牽制に放たれる銃弾の悉くを溶かしていく紅蓮から、コーネリアは一瞬、目を離す。そして、銃弾の残弾数をチェックし、残り少ないことを確認したコーネリアは、手にしていた銃を、―――紅蓮に向かって投擲した。

 弾薬の詰まった銃が、輻射波動の障壁にぶつかり爆発する。

「もらったッ!」

 銃の爆発を目眩ましにしてコーネリアの機体が滑るように紅蓮の横に移動し、爆発に動きを止めたその横っ腹にランスを叩き込む。

 銃を投げ捨てるのと同時に動き出し、爆発から間を置かず繰り出された会心の一撃。

 並の相手なら、それで片が付く。それほどに練られた一撃だった。

 しかし、それでも、届かない。

 コーネリアの機体がランスを繰り出すより早く、紅蓮は大きく後方に飛び退く事で、それを躱わした。

 銃を犠牲にした必殺の一撃を躱わされ、コーネリアは舌を鳴らすが、まだ、チャンスは続いていた。

 空中で身動きが取れない紅蓮の着地際を狙おうとコーネリアは追撃に移る。

 中空を舞う紅蓮が、そんなコーネリアに向けて、飛燕爪牙を放ってくるが、コーネリアはそれらを弾き落とす。

 そして、着地した紅蓮がその衝撃を殺そうと機体を深く沈めた、その間際を狙い、コーネリアは今度こそ、必殺の一撃を繰り出そうとして――――、

「――――ッ!」

 視界の隅で、上空に佇む漆黒のナイトメアが赤い光を放つのを目にしたのだった。

 

「姫様!」

 ゼロの乗る大型ナイトメアフレーム、ガウェインがコーネリアのいる地点にハドロン砲を放つのを見たダールトンが、コックピットの中で焦燥に駆られた声を上げる。

 直ぐ様、レーダーを確認し、まだ、コーネリアの信号が消えていない事に、ほっ、と息を吐く。

 だが、安堵出来たのも一瞬。

 今、コーネリアは敵のエースと指揮官の双方から攻撃を受けていることになる。

 例え、コーネリアであろうとも、そんな状態で何時までも無事でいられる保証はない。

 逸る気持ちが大きくなる。

 しかし、早々に駆けつけたくとも目の前に立ち塞がった敵は、ゼロが現れる前まで、日本における奇跡の代名詞だった男。

 そう、易々と越えていく事は出来なかった。

(一か八か……)

 先の戦闘での負傷も相まって、限界の近いダールトンが、荒い呼吸を繰り返しながら、勝負に出ようと考えた。

 その時だった。

「な――――」

 お互いに攻撃の隙を窺いながら、対峙していた長い髪付きのナイトメアが、突如として反転。

 その場から、離脱していった。

 突然の、その行動に戸惑うダールトンだったが、すぐに、その狙いに気付く。

 反転した藤堂のナイトメアが向かう先。

 そこは。

「姫様が狙いかッ!」

 不味い。そう思ったダールトンが後を追うようにナイトメアを全力で走らせる。

 敵の主戦力二人に狙われているところに、さらに、藤堂が加われば、姫様は………。

 最悪の事態が思い描かれ、それを振り払うように、ダールトンは追い縋る藤堂のナイトメアの背に銃を放つ。

 しかし、高速で移動しながらの攻撃では上手く照準が定まらない。

 それどころか、余計な動作を行っているせいで藤堂との距離は詰まるどころか、さらに開いていく。

「く………ッ」

 銃撃が無意味と理解したダールトンが銃を手放す。

 少しでも、機体の速度を上げるため、他の武装も。

 そうして、脇目も振らず、ただ、追いつくことのみに専心したのが良かったのか、藤堂との距離が詰まっていく。

「姫様は、やらせん………ッ」

 十分に距離を詰めたダールトンが、主に襲い掛かろうとする敵の無防備な背中にハーケンを放とうとする。

 止める。姫様の元へは行かせない。

 忠義の心が暗闇にボヤける黒の機体を、はっきりと捉える。

 高められた集中力が、振動に軋む身体の痛みを忘れさせ、その視界に、討つべき敵の姿のみを映し出した。

 そう。

 その忠義故に、視界には、藤堂一人しか映らなかった。

『ダールトンッ!!』

「ッ!?」

 反応出来たのは、奇跡に近かった。

 数々の修羅場を潜り抜けてきた本能のままに、反射的に左腕を差し出す。

 そこに、銀の爪が顎の如く噛み付いた。

 藤堂の機体を死角に迫り、それを飛び越えて襲い掛かってきた紅の機体の右腕が。

 頭がそれの危険性を認識するよりも早く、身体が機体を操作し、左腕をパージする。

 直後、左腕が赤熱に歪み、爆散した。

 至近距離での爆発にコックピットが揺さぶられ、ダールトンは痛みと振動に歯を食い縛った。

 窮地は終わらない。

 衝撃に耐えるダールトンの耳に、危険を知らせるアラートが飛び込んできた。

 ハッ、とするダールトンの目に、先程まで背を向けていた藤堂のナイトメアが、再び反転し、自分に迫ってきているのが見えた。

『―――御免!』

 機体を反らそうと全力で操作するも間に合わない。

 日本刀に似た造りの刀剣が、閃光を引いて振り抜かれた。

 

 敵の刀剣が振り抜かれ、部下のナイトメアの右腕が宙に舞う光景に、ギリッ、とコーネリアの歯が鳴った。

(初めから、私ではなく………ッ)

 ここに至り、コーネリアは敵の狙いに気付くが遅かった。

 先程の攻撃。

 コーネリアの不意を突く形で撃たれ、しかし、難なく回避したゼロのハドロン砲による攻撃。

 ゼロであれば、奇襲や不意打ちを仕掛けてくるとコーネリアは思っていた。そして、先程のがそれだとも。

 だが、違った。

 あれは攻撃ではなかったのだ。

 黒の騎士団の最大戦力が。

 コーネリア達が、その意図に気付く前に、最速、最短で標的に到達出来るようにするための。

 攻撃の体を装った、―――()()()だったのだ。

「おのれッ!」

 本来のコーネリアであれば、あるいは、気付いていたかもしれない。

 しかし、総大将である自分が単騎でいる状況と、ゼロであるならば、という先入観が彼女の認識に遅れを生じさせた。

 そして、その遅れは致命的だった。

 視線の先、暗闇に溶けて消えそうな距離に、忠臣の機体が小さく映った。

 かろうじて、命を繋いでいるものも、両腕を失い、苦し紛れに放ったハーケンを断ち切られ、もはや、死に体と言っていい在り様だ。

「ダール、……クッ、邪魔を、するなぁッ! ゼロぉ!!」

 風前の灯火とも言える部下を救おうと、コーネリアが急ぎ駆けつけようとするも、それを許すゼロではない。

 上空から、何度もハドロンの禍々しい光が撃ち出され、それに行く手を阻まれたコーネリアは、ダールトンに近づくことが出来ずに怨敵に怒りの声を上げる。

「ダールトンッ! 下がれッ、一度後退しろッ!!」

 この状況下で、それがどれ程に無茶な命令か、コーネリアも承知していた。

 しかし、視界の先で、今にも消えそうな部下に、それでも、叫ばずにはいられなかった。

『―――、ひ、……、ッ、…………さま』

「ダールトンッ!?」

 ノイズにまみれた通信の中に、コーネリアは自分に向けられた声を確かに聞いた。

 もう、内部のシステム周りすらボロボロなのだろう。

 まともに音を発することも出来なくなった通信で、その一言だけは、ハッキリとコーネリアの耳に届いた。

 

『――――御武運を』

 

 耳に慣れた爆発音が、やけに煩く聞こえた。

 

 

「ダールトン将軍ッ!?」

 ダールトンのナイトメアの信号が消失した瞬間、暗い森の中で奮闘していたグラストンナイツの一人が、堪らず絶叫する。

 根っからの軍人であり、偏見で物を見ず、純粋に能力を評価してくれるダールトンを慕う軍人は多い。

 特に彼に直接見出だされ、育てられてきたグラストンナイツのメンバーにとっては、父とも呼べる存在だった。

 それ故に、彼等を襲った衝撃は大きかった。

 そして、そんな隙を見逃さない歴戦の強者が、黒の騎士団の中には、しっかりと存在した。

「ワリィな」

 動揺から大きく隙を見せたグラストンナイツとの距離を詰めた卜部は、そう呟くと手にした近接武器を一閃。

 敵の機体を真っ二つに切り裂いた彼は、その光景に、ようやくノロノロと動き出そうとしていた、もう一人のメンバーに向かって、手にした武器を投擲。

 瞬く間に、厄介な敵を二人、撃破する。

 一方、違う場所でも、仙波が部下を率いて、精彩の欠いた動きをしているブリタニア軍を相手にしていた。

「限界のようだな」

『だな』

 劣勢からの信頼する上官の撃破という事実が追い打ちになったのだろう。

 あからさまに逃げ腰になっているブリタニア軍に、卜部と仙波は畳み掛けるように、攻撃を仕掛けていった。

 

 

 何がなんだか、分からなかった。

 勝てると思っていた。勝てると信じていた。

 力量は上。数も上。状況すら、こちらに有利だった。

 例え、相手が開戦以降、最大最悪のテロリストだとしても、こちらには数ある戦場を勝利で飾ってきたコーネリアがいるのだ。

 危険は、重々承知している。

 でも、本気になった自分達であれば、勝てると思っていた。

 今までにも、経験し、乗り越えてきた修羅場のように。

 乗り越えられると、そう、思っていた。

 なのに。

 これは、何なのだろう?

 何故、敵を追い詰めていた我等が、追い詰められている?

 何故、我等は、複数の敵に追い立てられるような戦いを強いられている?

 いや、そもそも、今、我等は戦っているのか? それとも、必死に逃げているのか?

 まるで、夢から覚めたと言わんばかりの現実の落差に、ブリタニア軍人達の認識はついていけない。

 それでも、培ってきた経験と、一流にまで鍛え上げられた軍人としての矜持が彼等を戦場に踏みとどまらせていた。

 だが、ダールトンという信の篤い上官の撃破が、その危うく保たれていた精神の均衡を崩した。

 疑問が、不安になり、恐怖に変わる。

 現状の覚束なさに、敗北を感じてしまう。

 数々の戦場を越えて、それでも遠かった死の感覚が鮮明に頭を過った。

 じわり、じわりと心を浸食する負の感情に、遂にブリタニア軍が屈しそうになる。

 その時―――、

 

『これで勝ったつもりかッ!? ゼロ!!』

 

 オープンチャンネルでそう叫ぶ、意志のある声に彼等の心は繋ぎ止められた。

 

 

 ブリタニア軍の心に忍び寄る恐怖を払拭するほどに、憤怒の熱を帯びた雄叫びを上げて、コーネリアがゼロの乗るガウェインに向けて突撃する。

 好機だった。

 部下を倒すために、自分に取り付いていた敵のエースは離れ、自分とゼロを遮るものは何もない。

 ここで、ゼロを倒せば、戦局は一気に傾くどころか、戦いそのものに決着を付けられる。

 そして、自分の力量であれば、例え、相手が強奪された最新鋭機に乗っていようと勝てる自信がコーネリアにはあった。

 そう思えば、ダールトンはコーネリアに勝利の機会を与えるために散ったと思えた。

 故に、単騎であっても特攻を迷わない。

 いや、ここは、だからこそ、だろうか。

 本来なら、指揮官たる将の単身での突撃など、愚の骨頂だ。

 しかし、ことコーネリア軍においては、それは最大最強の戦術だった。

 絶対的強者であるコーネリアが、単身で突撃し、敵を薙ぎ払う事で、敵対する者達に強さと威容を見せつけ、戦意を挫いたところを即時殲滅する。

 今日まで、ブリタニアの強大さを示してきた必勝戦術。

 コーネリアにとっては、単純明快ながら必殺とも言える戦術だった。

(殺る、ここで貴様を終わらせる。―――ゼロ!)

 このチャンスを無駄にはしないと、コーネリアは一人、ゼロに立ち向かう。

 さながら、その光景は物語の一幕に見えた。

 劣勢に立たされた戦乙女が、己を庇った部下のために、一人、悪に立ち向かい、これを討とうとする。

 成程、美しい話だと思えた。

 そして、コーネリアは、その物語を完成させるに足るだけの力を持っていた。

 この戦いが終われば、彼女を語る英雄譚が、また、一つ、増えたことだろう。

 

「迂闊が過ぎたな、コーネリア」

 

 正義を悉く。

 あまねく英傑を地に這わした。

 悪逆皇帝が、その物語に登場していなかったならば、だが…………。

 

「チェックメイトだ」

 

 

 黒のキングが、白のクイーンを弾き倒した。

 

 コトン、と。

 

 コロコロ、と――――。

 

 

「が………ッ」

 突然、機能を停止し、動きを止めたナイトメアの慣性にコーネリアは荒々しく息を吐き出した。

 身体を大きく前後に揺さぶられ、一瞬、暗転した視界が戻ると、コックピット内は非常灯のような赤い光に包まれていた。

「く…………!」

 停止した機体を再起動しようと、コーネリアがガチャガチャとコンソールを操作する。

 だが、機体は何の反応も見せない。

「これは―――」

『ゲフィオンディスターバーだ』

 コーネリアの疑問に答えるように、ゼロの声が外から響いた。

 

 ゲフィオンディスターバー。

 それは、以前、任務で、枢木スザクの乗る第七世代ナイトメアフレームすら止めた、サクラダイト反応を無効化する兵器の名前だった。

「どうやって誘き出すか、悩んでいたが、まさか、自分から嵌まりに来てくれるとはな」

 もっとも。

 コーネリアであれば、こうするだろう、とルルーシュは読んでいたが。

 自身の強さを信じるからこそ、最終的にコーネリアは将としてではなく、武人として動こうとする。

 だから、少し揺さぶれば、単純かつ単調な特攻戦術を使ってくるだろうと、ルルーシュはそう考えていた。

「先程までの采配は中々だったが……、まあ、そこが貴様の限界だったのだろう」

 動きを止め、格好の的となっているコーネリアの機体にガウェインが両腕を向ける。

「終わりだ、コーネリア」

 十指から射出されたハーケンが、コーネリアの機体の四肢を砕いた。

 

「ふぅ………」

 コーネリアの機体が戦闘不能状態に陥るのを確認すると、ルルーシュは大きく息を吐いた。

「手加減というのも、随分、難しいものだな」

 そう呟くルルーシュを振り返って、C.C.は訊ねた。

「いいのか、殺さなくて。後々、面倒になるんじゃないのか?」

「意味がない。忠義の篤いブリタニア軍を死兵に変えるだけだ」

 半ば、勝利を確信し浮わつき始めた黒の騎士団では、主を失い、その仇を取らんと命を捨てて向かってくる死兵の相手は出来ないだろう。

 同じ理由でコーネリアを捕らえることも出来ない。

 虜囚の辱しめを受けるくらいなら、死を選ぶ。

 あれは、そういう存在だとルルーシュは理解していたからだ。

「とりあえず、転がしておけ。それで十分、役に立つ」

 相変わらず要領を得ない説明に、眉を寄せるC.C.。

 その様子に、もう少しだけ説明しようか、とルルーシュが口を開こうとした時だった。

 敵接近を知らせるアラートが、コックピット内に響いた。

 素早く敵の照合を行い、表示されたその機体名にC.C.は複雑な表情をする。

「おい。何で、コイツが、このタイミングで、ここに来るんだ?」

 不機嫌とも、面倒とも感じられる声でそう言うC.C.。

 しかし、そんな魔女とは裏腹に、魔王の表情は明るかった。

 カメラに映し出された白い機体を懐かしそうに見つめ、ルルーシュは嬉しそうにその口を開いた。

「来たか。信じていたよ」

 

 

 ――――――我が友よ。

 

 




 次回予告。

 ルルーシュ「俺達は、友達だからなぁ!!」

 ルル様、皇帝モード全開。
 果たして、妹すら敵わなかった皇帝ルルーシュに、親友スザク君は勝てるのでしょうか?

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