黒の騎士団によって、頑強なワイヤーロープで地面に縫い付けられたナイトメアから、コーネリアが救出されたのは、黒の騎士団の乗ったアヴァロンが特区から離れ、姿が見えなくなってからだった。
「コーネリア様! ご無事ですかッ!?」
ハッチを解放し、ギルフォードは熱気が漏れ出てくるコックピット内に向かって叫び、呼び掛けた。
「コーネリア様! 姫――」
「どけッ!!」
「姫様!?」
ギルフォードを押し退け、コーネリアが荒々しくコックピットから飛び出してくる。
多少の怪我はあるが、無事と言っていい姿にブリタニア軍人達は、安堵に顔を綻ばせるが、当のコーネリアは険しい顔付きで、ゼロが消えていった夜空を睨み付けていた。
「ゼロぉぉぉ………!」
獣の呻き声のように、コーネリアは憎々しげにゼロの名を口にする。
こんな屈辱的な事があるか。
ひたすらに振り回され、弄ばれ。
命を奪う価値もないと言うかのように、おざなりに地面に転がされ。
あまつさえ、味方を釣るための餌にされた。
「――――ッ」
噛み締めた唇が切れ、血が糸の様に垂れた。
思い出しただけで、腸が煮えくり返る怒りにコーネリアの全身が震えた。
「ギルフォード! 貴様ッ、何故、奴を行かせたッ!?」
やり場のない感情が、コーネリアにギルフォードを責めさせた。
「…申し訳ありません」
主君の怒りを、粛々とギルフォードは受け止める。
言い訳はしない。その怒りは正しい。自分は、主の意を汲み取らなかったのだから。
コーネリアが、ゼロに敗北し、その生殺与奪を彼に握られた時点で、ギルフォードは戦う事を放棄した。
ゼロと黒の騎士団を刺激しないように、全軍に手出ししないよう指示を出し、彼らがここから去っていくのを黙って見送った。
全てはコーネリアの命を守る為に。
ブリタニア軍人としての在り方より、コーネリア・リ・ブリタニアの騎士としての在り方を選び、彼女の命を何よりも優先した。
それを主が望まぬと分かっていながら、彼はそうしたのだ。
そして、そうするだろうと確信していたからこそ、ルルーシュは、ギルフォードを生かしておいたのだ。
頭のなくなった有象無象の群れは、どのような行動を取るか分からない。
冷静さを欠き、統率を失い、襲いかかってこられれば、余計な時間と戦力を浪費してしまう。
だから、あえて、ルルーシュは自分の意に沿う頭を残した。
ドルイドを用いて、コーネリアの通信をジャミングし、彼女の生死を分からなくさせると共に、コーネリアに自身の命を度外視した命令を出させなくさせる事で、ギルフォードの思考を誘導した。
例えば、これがダールトンだったならば、こうはならなかったかもしれない。
生粋の軍人である彼ならば、コーネリアの命なくとも、その意思を汲み、彼女が命を落とす事になろうとも、軍人としての職務を全うしたかもしれない。
だが、ギルフォードは違う。
主君を第一に考え、主命であれば―実際には、そう思い込んでいた、だが―ブリタニアすら敵に回すという事は『前回』の戦いで、証明済みだ。
そんなギルフォードだから、コーネリアを見捨てるような選択をすることは出来なかった。
「―――クソッ!」
頭を下げ続けるギルフォードから、顔を背け、コーネリアは苛立たしげに吐き捨てる。
ギルフォードの行動は、確かに褒められたものではない。
だが、これは八つ当たりだ。
自身の不甲斐なさを誤魔化すために、部下に当たり散らしているだけだ。
ギリギリッ、と音が鳴るほどに歯を食い縛り、爪が食い込むほどに拳を握り締めて、感情を抑え込む。
皇女として、上に立つ者として、これ以上部下達に醜態を晒すことは出来ない。
何より。
今は、みっともなく、当たり散らしている場合ではないのだ。
今の状況は、最悪の一言に尽きた。
ゼロの目的は、まず間違いなくトウキョウだ。
もし、政治・経済、流通その他の心臓部であり、国の象徴とも言える首都が、敵の手に落ちれば、ブリタニアと黒の騎士団、――延いては日本との戦争の勝者が、どちらなのか、誰の目にも明らかになる。
そして、そのためにゼロはこの特区での戦いを持ち掛けてきたのだ。
皇女と言っても、皇帝ではなく、代わりのきく一エリアの総督でしかないコーネリアでは、仮にその身柄を押さえたとしても、戦争での勝利を飾るには足りない。
首都を取り戻すことは、名実共に日本が勝利するために、必要不可欠な事であり、戦いを終わらせる最善手なのだ。
当然、ブリタニア側もそれは承知だ。平時であれば、防衛に置かれた戦力は厚く、少数でしかない黒の騎士団がどれだけ奇策を用いようとも、突破できるものではない。
だが、今は違う。
サイタマから、ゼロを過剰に警戒していたコーネリアは、『決戦』という言葉に踊らされ、戦力を特区に集め過ぎてしまった。
加えて、圧倒的優位だった状況が災いして、本国はコーネリアの勝利を疑わず、援軍など用意していない。
周囲の基地から援軍を送ろうにも、空路を用いている黒の騎士団がトウキョウに到着する方が早い。
コーネリア達、主戦力はいない。
援軍は間に合わない。
トウキョウにある戦力は最低限のものでしかなく、ほぼ丸裸。
敵にしてみれば、まさに絵に描いたようなチャンスである。
(それ以上に……)
もし、これが。
もし、この全てが、ゼロの思惑通りだったなら。
コーネリアが戦力を集中することも。特派がアヴァロンで戻って来ることも。
ギルフォードやダールトンや本国の考え、その他全てを思惑通りに動かして、この状況を作り出したのなら。
戦場どころではない。
流石に考え過ぎだ、とコーネリアも思う。
だが、今のゼロの言動を思うと、その可能性は否定出来ないどころか、現実味を帯びてしまう。
底が知れない奴だとは思っていた。
だが、本気で一戦交え、その肌でゼロの力を感じ取った今、より明確に脅威をコーネリアは感じていた。
ひょっとしたら。
ひょっとしたら、奴の底は、ブリタニアを飲み込むほどに深いのではないかと。
「――――ッ」
考えれば考えるほど、深みに嵌まり、弱気になる思考を無理矢理払い、意識を切り換える。
ゼロがどうであれ、こんなところで負け犬に甘んじている訳にはいかない。
少なくとも、このまま、おめおめと引き下がるつもりはコーネリアにはなかった。
「ギルフォード、政庁と本国に連絡は?」
未だ、頭を下げ続けているギルフォードにコーネリアは問いかけると、頭を下げたまま、苦々しい声でギルフォードは答えた。
「それが……、Gー1ベースを始め、通信関連は黒の騎士団に破壊され……」
「ちっ、抜け目のない……!」
神経質なほどに、こちらの動きを悉く封じてくるゼロに大きな舌打ちが鳴った。
「どんな手段を使ってもいい。連絡手段を確保しろ。それと、残存兵力をまとめるように指示を。それが終わり次第、全速で租界に引き返す」
「了解しました」
「――ギルフォード」
痛みを堪えるような表情で、コーネリアの下を去ろうとするその背に呼び掛けた。
「そなたの忠義、感謝する」
その一声にギルフォードの瞳が揺れる。
そして、噛み締めるようにギュッ、と一度口を閉じた後、悲愴な気配を払拭し、声高らかに叫んだ。
「イエス! ユアハイネス!」
凜とした佇まいで臣下の礼を取ると、ギルフォードは駆け出していく。
それを見送り、コーネリアは後ろを振り返った。
その瞳に、夜の森を映した。
敵、味方。両者の命で、煌々と炎が灯る夜の森を。
「……許せよ」
一言、囁く。
自分に従い、そして、不甲斐なさ故に命を散らせてしまった者達に、小さな謝罪を一つ。
本来なら、丁重に弔ってやりたい。だが、時間がそれを許してくれない。
まだ、全ての可能性が潰えた訳ではないのだ。
ゼロの作戦が計画通りに進む保証はない。間に合う可能性は無いとは言い切れない。
もし、何かしらのイレギュラーが起こり、チャンスが巡ってきた時、それを不様に見送るような真似をコーネリアはしたくなかった。
「必ず、戻る」
強く、誓うように言い切るとコーネリアもまた再起のために動き出す。
散っていった忠臣達に報いるためにも、諦めず。
一縷の望みを掴むために………。
そして、――――知ることになる。
微かな希望も、僅かな望みも何もかも全てを、完全に断つからこそ。
彼の男は、魔王と呼ばれるに足る存在なのだということを。
(思っていた以上に、動きがない)
アヴァロンの艦橋。そこの端末から、ブリタニア側の情報を吸い上げていたルルーシュは、心の中でそう呟いた。
敵の動きを知るために、ブリタニア軍の通信記録や指令の履歴を漁り、各エリアからブリタニア本国に至る全ての軍の動きを調べる。
ちなみに、当然の話だが、ブリタニア全軍の動きを知ることなど、例え、ブリタニア軍人であろうとおいそれとは出来ない。
総督や皇族クラスのアクセスキーを入力して、初めて可能となる。
つまり、本来なら、外部の人間にはこんな事は出来ないのである。
――この、先の時間軸で皇帝を務めた男以外には。
ともあれ、その本来あり得ないレベルでブリタニア側の内情を獲得し、情報を吟味した結果が、先程の感想だった。
行き掛けの駄賃とばかりに、敵側の通信設備を破壊したのが効いたのか、トウキョウ租界の残留部隊は、まだ何の動きも見せていない。
慢心に胡座を掻いているブリタニア本国は、万が一にも備えていなかったらしく、増援の準備もしていなかった。
こうなるように立ち回ったとはいえ、ここまで動きがないとはルルーシュも思っていなかった。
(まだ、油断は出来ないが、この状況ならシュナイゼルはおそらく……)
その場に黒の騎士団幹部しかいないため、窮屈な仮面を外していたルルーシュは、指先で頭をトントンと叩きながら、次兄の顔を思い浮かべた。
皇帝ルルーシュと渡り合えた知将であり、その欲の無さと合理性から、ルルーシュとは違った意味で仮面を使い分けられるブリタニアの雄。
その策謀に何度も辛酸を舐めさせられたからこそ、ルルーシュはシュナイゼルの存在を決して侮らない。
――だが、今回に限れば、シュナイゼルはあまり問題視しなくても良いとルルーシュは考える。
シュナイゼルとて完璧な人間ではない。欠点は少なからずある。
直接、矛を交えれば、智謀も戦略もルルーシュと比肩しうる存在だが、両者には決定的な違いがある。
例え、微々たる可能性でも勝てるところで勝負をし、それを引き寄せる戦いをするルルーシュに対して、シュナイゼルは結果がどう転ぼうと常に負けないところで勝負をする。
不利な盤面で勝てるか分からない勝負を仕掛けるよりは、素直に引いて、その分の力を次の勝利に注ぐ。
それがシュナイゼルの
だから、今回の戦い。これから、シュナイゼルが参戦してくる可能性は低い。
他の者は分からないが、引き際をきちんと弁えている彼ならば、ここで無理な防衛戦を仕掛けてはこないだろう。
迅速に作戦を展開し、一気に戦局を傾けることでルルーシュはシュナイゼルを牽制したのだ。
(コーネリアは降した。スザクも無力化した。シュナイゼルは脅威にならない。なら、残るは……)
そう考えたルルーシュの眉間に皺が出来る。
有利な状況にありながら、不機嫌そうな表情がその顔に浮かんだ。
細かな問題はさておいて、あと一つ、対処しなければならない事が、――倒さなければならない相手がいた。
「ゼロ」
呼び声に意識が引き戻される。苦々しい気持ちを払い、振り返ると、そこにディートハルトが立っていた。
「ラクシャータから連絡が。ナイトメアの修理について相談したいことがあるので、格納庫の方へ来て頂きたいと」
「分かった。すぐに行くと伝えろ」
ディートハルトにそう答え、仮面を手に取る。
「扇、ここは任せるぞ」
「…………あ? あ、ああ。分かった、ゼロ」
ぼんやりと携帯を見つめていた扇が、間を置いて返事を返してきた。
その集中力が欠けた反応に、ルルーシュは一つ溜め息を吐くと、扇、ともう一度、彼の名前を呼んで―――
「ブリタニア人の恋人が気掛かりなのは分かるが、作戦に支障は出さないようにしてもらいたい」
思いっきり爆弾を投げ入れた。
唐突に、もたらされた衝撃の事実に真っ先に反応したのは、投げ入れたルルーシュでも、投げ込まれた扇でもなく、彼の仲間達だった。
「はあ? こ、……え、恋人ぉ!?」
「おい、マジかよ、扇! てか、ブリタニア人!?」
「一体、いつから……」
驚愕と疑問の視線と声が、扇に突き刺さるが当の本人はそれどころではない。
顔を赤くしたり、青くしたり、と色々忙しそうだった。
「ぜ…ッ、ゼロ! どこで、千草の事を………」
おろおろと挙動不審な扇。それを見て、ルルーシュの影でC.C.が肩を震わせながら笑いを堪えていた。
「どこでも何も。来ていたのだろう? アッシュフォードの学園祭に。あそこは私のホームだ。二人仲睦まじく、楽しそうにしていたと聞いているぞ」
ルルーシュの表の素性については、既に周知の事実だった。
ゼロが撃たれ、復活するまでの間に、その仮面の下を見たカレンの口から、自分の同級生でアッシュフォードの学生だと語られていたからだ。
その事を思い出し、ヴィレッタと自分の関係をゼロに知られていると理解した扇の顔から血の気が一気に失せた。
「ゼロ! 俺はッ、その、決して……!」
裏切るつもりなんてない。裏切る事をした訳でもない。
だが、疚しい気持ちが無いわけではない。
ゼロについて何か知っていそうな女性軍人を保護し、その詳細を報告しなかったのは事実だ。
情に流され、後顧の憂いを絶つことも出来なかった。
それどころか、記憶を無くしているとはいえ、ブリタニア軍人である事を知りながら、その女性と関係を持ってしまった。
本人がどう思っていようと、端から見れば敵国の女性と親密になり、それを隠していたとあっては裏切り行為に等しいだろう。
仲間内に隠し事をしていたという後ろめたさから、自身の行動をそう解釈してしまった扇は、ルルーシュが何も言っていないのにも関わらず、誤解を解こうと必死に言葉を探し始めた。
「俺も、……千草、いや、彼女も……」
しかし、言葉が上手く出ない。
緊張と焦りから、思考も口も回らず、途切れ途切れの言葉が、返って不審感を煽る。
その様子に、どうして扇がこんなに焦っているのか、いまいち事情を飲み込めずにいた他の幹部達の間にも、よく分からないが何か取り乱す理由があるのではという邪推が生まれ始めた。
「何を勘違いしているのか、知らないが……」
勝手に自分で自分を追い詰めていく扇。
それに助け船を出したのは、他ならぬルルーシュだった。
片手を上げて、上手く喋れなくなっている扇の口を制する。
「別にお前を糾弾しようとしている訳ではない。その女の素性も、お前の元に身を寄せている理由も把握している。色恋についても同じだ。覚悟があるなら、お前が誰と恋仲になろうと私は一向に構わん」
「そ、そうか。……すまない、ゼ――」
「だが、だからと言って、現を抜かして、腑抜けていいと言うつもりはない」
誤解されていないと分かり、ホッ、と安堵の息と共に身体から力が抜けそうになる扇だったが、ルルーシュの厳しい声がそれを許さなかった。
「自身の立場、その重み、――忘れたとは言わせない」
「―――ッ」
衝撃が身体を突き抜けた。
否とは言わせないと言わんばかりの鋭い視線が、扇に背負っているものの重さを思い出させる。
黒の騎士団副司令。
組織において、ナンバー2の立場にいる扇はゼロに次いで命令権が高い。
ゼロに代わり、命令を下すことも多々あるだろう。
扇の命令で、仲間達が命を落とすかもしれない戦場に向かうかもしれないのだ。
その事を扇は思い出した。
そして、その時、長い間、不甲斐ない自分を信じて支えてくれた仲間達ではなく、違う
一歩間違えれば死ぬような場所に、きちんと考えていないおざなりな命令で皆を送り出すつもりかと。
身を切りかねない程に鋭い視線でそう問いかけてくるルルーシュに、扇は己の愚かさを自覚せずにはいられなかった。
「そう、……そうだな。すまない、ゼロ。…皆も」
頭を下げて、謝罪する扇。それを見てルルーシュも重苦しい空気を和らげた。
「分かればいい。それに、ここにはいない誰かを心配するその気持ち、私も分かるつもりだ」
「ゼロ……」
一転して、こちらを案じるような言葉に扇の声が感極まったように震えた。
「だから、お前さえよければ、トウキョウにいる黒の騎士団の末端員に恋人の保護を指示しても良い」
予想もしなかったルルーシュの言葉に扇が驚いたように目を丸くする。
「……いいのか? 彼女は、その……」
「構わない、と言ったはずだ。それでお前が戦いに集中出来るなら、女の素性など些末事に過ぎん」
それでどうする? と聞いてくるルルーシュに扇がもう一度、頭を下げた。
「助かる! 宜しく頼む、ゼロ!」
「分かった、手配しておこう。但し――」
「ああ、分かっている。トウキョウ、いや、日本奪還のために、俺は全力を尽くす!」
「――良い答えだ」
打って変わってやる気に満ちた扇の様子に、ルルーシュは口の端を小さく持ち上げた。
「………言いたい事があるなら、ハッキリ言ったらどうだ?」
扇に関する諸問題を片付けて、改めてラクシャータの元へ向かう道すがら、後ろから付いてくるC.C.にルルーシュは振り返らずにそう言う。
振り返らなくても分かる。
今、この魔女がいつもの笑みを浮かべ、ニヤニヤとしているのが。
「いや? ただ、いつの間に人質を取る事を保護と呼ぶようになったのかと思ってな」
扇は気付かなかったが、ゼロの命令でヴィレッタを保護するということは、彼女の命はゼロの手の中にあるということ。
だから、これから先、扇が何か良からぬ事を企もうとも、彼女の存在が足枷になるだろう。
そう考えたからこそ、保護なんて言い出したのだろう? とC.C.が指摘した。
「随分、ひねくれた解釈だな。俺は扇が作戦に集中出来るように配慮しただけだ」
「そういう台詞は、せめて、その悪人染みた笑みを引っ込めてから言うんだな」
ちらりと振り返った横顔に、悪どい笑みを認めたC.C.が同じような表情をしながら、愉しそうに微笑む。
「まあ、でも、良かったな。これで今の時点で分かっている不確定要素は全て対処し終えたんじゃないか?」
「そうだな……」
『前回』、ブラックリベリオンを迎えた時、ルルーシュは特区でのギアス暴発から予期せぬ決戦にもつれ込む事になったが、それでも不利な状況と言うわけではなかった。
しかし、ルルーシュの預かり知らぬところで働いた多くの人々の思惑が絡み合ってルルーシュに迫り、結果、ルルーシュは敗北の運命に誘われる事になった。
だが、今回は違う。
ユーフェミアが生きている事を始め、コーネリアとスザクを先に排除し、ブリタニア側の介入を遅らせた。
裏でこそこそと動いていたらしいヴィレッタも抑えられた。
そして、ルルーシュにとって一番の懸念材料であるナナリーも咲世子の守りがある以上、何があっても万が一も無いだろう。
―――もっとも、何もないかもしれないらしいが。
「C.C.、もう一度、確認しておく。今回、V.V.が動く可能性はほぼ無いと考えていいんだな?」
足を止め、真剣な表情で向き直ってきたルルーシュにC.C.がああ、と頷いた。
「基本、アイツが前に出てくる事はない。慎重、と言えば聞こえはいいが、まあ、臆病者、ということだ」
「そうか……」
そこでルルーシュは、一度、瞳を閉じる。
そして、情報を整理し、考えをまとめると――
「つまり、あの時、V.V.が動いたのは、俺がお前のコードを継承出来るようになったからと考えていいんだな?」
静かに瞳を開き、今まで触れなかった部分に触れた。
「………何だ、気づいていたのか」
「あの時のお前の様子や、その後の言動を思い出したら、そういう答えに辿り着いただけだ」
Cの世界に初めて足を踏み入れた時、ルルーシュを守ろうと現れ、土壇場で自らの望みを明かしたC.C.はルルーシュがコードを継承出来るような事を仄めかしていた。
なら、両眼にギアスが宿ることは絶対条件と言うわけではないのだろう。
そして、いつ、継承出来るようになったのかを考えれば、この時を除いて、他に無かった。
「察しの通りだ。コードを継承出来るようになるには、継承者が
重い口を開いて、ポツポツと語り出すC.C.。
全ての感情を遠くに置き去りにしたような、儚げな表情で。
「必要な力の閾値は、ギアスを制御出来ているかで変わる。どれだけギアスを御しきれているか、どれだけ心を侵蝕されずにいるか。……だから、ギアスに完全に呑み込まれ、心が狂ってしまった者は、どれだけ力が強まってもコードを継承することは出来ない」
マオのように、と呟くC.C.にルルーシュも頷く。
要約すれば、心がギアスに侵蝕されていればされている程、必要な力の量は増えるということ。
逆に、ギアスを完全に御しきれていれば、片目の状態でもコードを継承出来るということだ。
とはいえ、それはあくまで可能性の話。
C.C.然り、シャルル然り。
コード保有者の殆ど全てが、両眼に至る程のギアスでなければ、コードの獲得は為し得なかった。
「だが、お前はそれを為した。暴走しても他者を想い涙し、その心をギアスに歪められることも無かった。他のコードは分からないが、私のコードなら確実にお前は奪う事が出来ただろう」
「成程な。それはさぞかしV.V.も驚いた事だろう」
なにしろ、自分達の計画に必要なコードが、何も知らない第三者の手に渡る可能性が、いきなり出てきたのだ。
しかも、相手は自分と弟の仲に割って入った、忌々しい女の子供だという。
V.V.には、ルルーシュの存在は母に代わり、自分の邪魔をしようとしている怨敵のように映ったことだろう。
そして、その被害妄想が膨らんだ結果が、『前回』のアレだ。
焦ったV.V.は、慌てて滅多に上げない腰を上げて、スザクやナナリーにちょっかいをかけ、ルルーシュを排しようと画策したのだ。
「だから、今回、アイツは出てこない。よく分からないコードがあるような場所に、単身でやって来れる度胸はアレにはない」
「確かに、お前の話を聞く限り、そのようだな」
コード保有者もまた、他者のコードを引き継ぐ事が出来る。
忌々しい女の息子であるルルーシュがコードを持っている以上、V.V.が自らルルーシュに接触してくる可能性は限りなくゼロになる。
(接触してくるとしたら、まずは様子を見た後……、自分ではなく、恐らく手駒を使って。……なら、来る可能性が高いのは………)
――兄さん、と自分を呼ぶ声が微かに耳の奥で響いた。
「……ルルーシュ」
先の展開を予測し、それにどう対処するか考えていたルルーシュは、こっちの反応を窺うようなC.C.の声に意識を彼女に戻した。
「何だ?」
「その……、責めないのか? 私を」
いきなり、そんな事を言い出したC.C.にルルーシュは怪訝そうな顔をする。
「今の話のどこにお前を責める理由がある?」
「それは、……いや、いい」
馬鹿な事を言った、と言ってC.C.は俯く。
初めから、C.C.は全てを知る身だった。
全ての事情も、思惑も。
周りが、他人が見えなくなっていたマリアンヌ達の関係も、そこに含まれた気持ちも。
そして、V.V.が、マリアンヌに対して愛憎ない混ぜな感情を抱き、それ故に暴挙に及んだ事も、当然知っていた。
だから、あの時、C.C.だけはV.V.の暗躍を予見出来たはずなのだ。
もし、C.C.がV.V.の行動をいち早く察知しルルーシュに忠告出来ていれば、あのような結末を迎えることは無かったかもしれない。
ナナリーが敵の手に落ちなければ。ルルーシュが単身で戦線を離れる事態にならなければ。
ああはならなかったかもしれないのだ。
それをルルーシュに責められるかも、とC.C.は内心、不安だった。
勿論、それは唯の杞憂である。
当時のC.C.が様々な想いの板挟みになっていたことは既に知っているし、そうでなくとも独占欲と被害妄想を拗らせた男の行動の責を彼女に求める程、ルルーシュは愚かな人間ではない。
むしろ―――
「感謝している、……色々とな」
思わず、と言ったように漏れたルルーシュの呟きにC.C.がキョトン、と首を傾げた。
その表情に、ルルーシュが柔らかく笑う。
ルルーシュにコードを渡せたのなら、やはりC.C.は、いつでも死ぬ事が出来たのだ。
だが、それを自らの意思で放棄した。
それが、如何なる理由から、如何なる想いからの選択かはルルーシュには分からない。
分かるのは一つだけ。
C.C.が、その時から、ルルーシュに何かを望む事なく、――もしくは、何かを望む事に耐えて、ずっと、ルルーシュの傍にいてくれたということ。
そして、全てが零れ落ちていくルルーシュの手の平の中で。
たった一つ、零れ落ちない存在でいてくれたということだけである。
「感謝って、……何にだ?」
脈絡のない感謝の言葉の意味をC.C.は求めるが、当然、その胸の内を素直に明かすようなルルーシュではない。
「特に意味はない。気にするな」
「何なんだ、それは……」
口にする言葉は、いつものままだが、ルルーシュの纏う空気がいつもより柔らかいため、反論するC.C.の言葉にキレが無い。
調子が狂う、と思うC.C.だが、決して嫌な訳ではない。その証拠に、ルルーシュに釣られるようにC.C.の顔にも柔らかい笑みが浮かんでいる。
いつになく、らしくなく、魔王と魔女に似つかわしくない空気が二人の間に流れた。
その空気を感じたC.C.が、一歩前に出ようとする。
二人の間に僅かにある距離を詰めようと、一歩前に出ようとする――――
「ちょっと! こんなところで何やってるのよッ!」
――その直前、割りこんだ怒声によって踏み出そうとした足が止まった。
「何時まで経っても、やって来ないから、探しに来てみれば………」
「カレン」
ブツブツ文句を言いながら、ズンズカやって来る赤毛の少女が目に入った瞬間、二人の間に流れていた空気は一瞬にして溶けて無くなった。
「―――――――ちっ」
何となく、惜しいところを邪魔された気分になった魔女の口から舌打ちが漏れる。
「まったく……、前の格納庫の時といい、お前は私達の間に入ってくるのが趣味なのか?」
「は? 何の事よ? ……っていうか、ちょっと! ルルー、……ゼロ! 何こんな所で仮面外してるのよ! 一応、ここは敵艦の中なのよ? どこに監視カメラとかがあるか分からないんだから、ちゃんと被ってなさいよッ!」
「あ、ああ。すまない」
もの凄い剣幕で詰めよってくるカレンにたじろぐルルーシュ。
まったく、もう。と言って怒ったように顔を背けるが、不器用ながらにルルーシュの身を、――ゼロを案じているのが、横で見ていたC.C.には手に取るように分かった。
だから、これは、きっと意趣返しなのだろう。
「そうだぞ、ルルーシュ」
にや~、とからかうように笑いながら、C.C.はルルーシュの首筋に手を回して、もたれ掛かる。
「ゼロの仮面を外すのは、
「な―――ッ!?」
「いいえ! それはいけません!」
ゼロとの仲を見せつけるようなC.C.の言動に、カレンが沸騰しそうになるが、それより早く彼女の後ろから新たな声が場に届けられた。
「これからは是非! 私の前でも!」
「え? え? 神楽耶様ぁ!? どうして、ここに?」
「それは勿論、将来の夫の様子を伺いに」
「いえ、そういう事ではなく、て……、……夫?」
その言葉の意味を上手く処理出来ず、カレンは呆けたように口を開いて、固まってしまう。
そんなカレンの横を通り、ルルーシュの前まで来ると神楽耶はにこやかに語り出す。
「実は私、憧れていることが、…結婚したら、やってみたいことがありまして。ほら、小説や映画で、新婚生活中の夫婦が出てくると、よく仕事に出掛ける夫のネクタイを妻がキュ、と締める場面があるじゃないですか? あれをやってみたいと思ってまして。でも、ゼロ様はネクタイをしておりませんから、代わりにその仮面をカポ、と被せる役目を務めてみたいと」
ですから、是非、私の前でも! と力説する神楽耶。
そこで、情報の処理が完了したカレンが、夫ぉ!? と叫び声を上げながら、再度、ルルーシュに詰め寄った。
「どういうことよ!? 夫って! いつの間に、そんな……、ちょっと! ちゃんと、説明してよ! ルルー、……ゼ、ゼ…、ああ、もう! 早く仮面被ってよ! やりにくいでしょ!」
「驚いたり、怒ったり、忙しい奴だな」
「うるさい!」
煽るだけ煽って、傍観を決め込んでいたC.C.が更に油を注ごうとするのを、ルルーシュが目線で咎めるが、C.C.は意に介さない。
「ふふ、落ち着いて下さい。紅月カレンさん。今はまだ婚約者、あくまで将来の、というだけですから」
「いや、その話は保留だと……」
もう婚約したとして話が進みそうになるのをルルーシュが止めようとするが、勿論、誰も聞いていない。
「こ、婚約者……。シャーリーといい、そこの女といい……、あ、アンタね! アンタはゼロなのよ! なのに、こんな、女の人を沢山……」
わなわな、と震えながらルルーシュを睨み付けるカレン。
アイドルに夢を見る人並みに、ゼロを強く偶像崇拝しているカレンには、ゼロであるルルーシュの周りに女の影が多い事が気に食わない、……らしい。
「あら? ゼロ様程のお方でしたら、むしろ、女の一人や二人、侍らしていた方が箔が付くのではないですか?」
「は、侍らす……、ゼロが女を侍らす………………、い、いえ! というか、いいんですか? 神楽耶様はそれで」
何かを想像したのか、頭をブンブンと振りながら、カレンは神楽耶に問いかけた。
「ええ、勿論。英雄、色を好むと言いますし、
愛人、とわざと強めて言いながら、強かな笑顔を浮かべて幼き姫君は魔女に挑戦的な視線を送る。
その意味をきちんと理解している魔女は、ふん、と鼻を鳴らして応じるように余裕の笑みを返した。
「――と、そんな訳で私は気にしません。ですから、カレンさんがゼロ様に懸想していても、私は一向に構いませんよ?」
「は? ………………はあぁぁぁぁぁ!?」
「あら? 違うのですか?」
「何だ? 違うのか?」
意外、とばかりに神楽耶が。
面白そう、とばかりにC.C.が。
顔を真っ赤にしているカレンに、そう訊ねた。
「ち、違いますよ! 違うわよ! わ、私は、親衛隊長として心配しているだけで、こんな………、こんな、ひねくれてて、カッコつけてる奴のことなんて――――!」
「カッコつけ、ひねくれ……、まあ、ゼロ様にそんな一面が?」
「ゼロを悪く言わないで下さい!!」
「何か、もう、面倒臭いな、お前」
「アンタに言われたくないわよ!」
ぎゃあぎゃあ、と――といっても、騒いでいるのは一人だけだが――姦ましい女三人。
話題の中心にいるのに、何故だか蚊帳の外に置かれているような気分を味わいながら、ルルーシュはその光景にこっそりとため息を吐いた。
「まったく、もう。時間が無いってのに……」
暫くして。
ようやく、落ち着いたカレンを先頭にルルーシュ達は格納庫へ向かう。
「カレン、ナイトメアの修理について、ということだったが、それは修理状況が芳しくないということでいいのか?」
「そうよ、……です」
ルルーシュの問いにカレンが頷く。
「手持ちの補修資材は、さっきの戦いの前に使い切っちゃったし、この艦、物資は殆ど載っけてないらしくて……。それに、トウキョウに着くまでの間じゃ、どれだけ急いでも修理が間に合わないって、ラクシャータさんが」
アヴァロンに乗り込む際、黒の騎士団の大半はナイトメアを破棄して乗り込んでいた。
先の戦いで、殆どが使い物にならなくなっていたということもあるが、いくら、少数とはいえ、流石に全軍のナイトメアは入らなかったというのもある。
なので、今、このアヴァロンにある黒の騎士団のナイトメアは主力を含め、損耗の少なかった機体だけしかなく、それでも修理するには補修資材が足りないし、時間もない。
これでは、速攻と奇襲を仕掛けたとしても、戦力が足りなさ過ぎて失敗に終わりかねない。
そう思っていたから、カレンはずっとカリカリしていたのだが、ルルーシュに慌てた様子はなかった。
「やはり、それか。なら、何も問題ない。紅蓮と第一降下部隊の機体さえ万全なら構わない」
「え?」
予想していなかったルルーシュの言葉に、カレンは驚き、振り返った。
「どういうこと? それじゃ、いくらなんでも―――」
「当てがある。武器弾薬、それにナイトメア。トウキョウに着けば、それ等が補充出来るよう、手筈は整えてある」
だから、問題ない、と言うルルーシュに神楽耶も驚いて口元を手で覆う。
「驚きました。ですが、一体、何処から? 流石のキョウトもブリタニアの目が厳しいトウキョウへ大掛かりな搬入は出来なかったはずですが」
「キョウトではありませんよ、神楽耶様。別口です」
「別口って、いつの間にそんな……?」
カレンも疑問を感じ、口を挟む。
黒の騎士団全軍を賄える程の武器、兵器を提供出来る組織がいたなんて聞いていなかったし、そもそも、そんな組織、キョウト以外に思い付かない。
「何。先程、戦いが始まる前に。ちょっと
そう言って目元を指で叩くルルーシュ。
それが何を意味するのか。
今はまだ、魔女以外、誰も分からなかった。
アヴァロン×ルルC=カレン「私が止める!」
原作、格納庫のシーン。せめて、後10秒待てなかったのか、と思ったルルCファンは自分だけではないはず。
そして、皆様ご懸念のV.V.ですが、今回は出てきません。今、出てきてもルルーシュにコードの研究材料にされるだけですので……
次からは、やっとトウキョウ決戦!
一期の終わりが見えてきた!