コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

41 / 51
 私には、まだ約束がある―――。


PLAY:23

 ひゅん。ぱすん。からん。

 

 放たれたダーツが、的に当たる。

 ふんわりとした放物線を描き、狙い通りにダーツ盤に当たったダーツは、しかし、刺さる事なく下に落下。ころりと硬い床に転がった。

 単純なようで、中々に難しい。

 自らの手から投げ放たれ、無惨な結果に終わったダーツから視線を切ったC.C.は、口に咥えたピザの先を指先で押し込むと、再度、するりと構えて、ダーツを投じる。

 

 ひゅん。ぱすん。からん。

 

 だが、結果は再び場外。

 死屍累々よろしく床に転がる無数のダーツを、しばらく面白くなさそうに見下ろしていたC.C.だったが、気分を切り替える為か、あるいは単に食指が動くからか。その光景を視界から追いやると、新たにピザを食べようとカウンターに置かれていた皿に手を伸ばした。

 予めカットしていたピザの一片を持ち上げる。

 時間が経ち、少し固さを取り戻したチーズを指で舐め取り、C.C.は、はむりとピザを咥えた。

 途端に、口の中に広がるジューシーな味わい。

 共犯者お手製のピザは、多少の時間の経過では、その味を損なわない。

 新たに頬張った好物の味に、C.C.は機嫌良さそうに鼻息を漏らすと、カウンターにもたれかかって室内に視線を這わせた。

 ムーディーな音楽と雰囲気が盛り上がるよう明るさを調節した照明に彩られた政庁の豪華な娯楽室。

 おそらく、時期と時間と人が違っていれば、下卑た欲と女と金と品のない笑い声でごった返していたであろうこの場所も、時期と時間と人が違ってしまえば、この人気の無さである。

 いるのは二人。

 ピザを食べながら、興味本位でダーツに興じる魔女と、半ば仕事着と化した学生服の上着を脱いで、何人掛けだか分からないソファに一人腰掛けた、こんな場所にまで仕事を持ち込んでいる魔王だけであった。

「そうですか。無事に成って何よりです」

 甘い声が魔女の耳朶に触れる。声だけなら、この場に似つかわしいその声を辿るように視線を移せば、携帯を片手に微笑む共犯者の姿が目に入った。

「いえ、私は何もしていませんよ。協力を取り付けられたのは貴女の力です」

 労りの言葉を掛けながら、更に笑みが深くなる。何時もなら、電話中であろうと多忙で止まらない手が止まっているあたり、どうやら電話越しの相手はそれなりに気を遣う人物のようである。

「ええ。では、細かい報告はその時に……」

 そう言って電話を切ると同時に動き出したルルーシュの手の動きに合わせるように、くるりと身体ごと視線を切ったC.C.がダーツを手に取りながら、興味無さそうに口を開いた。

「婚約者との密談は終わったか?」

 ゼロの声質。けれど、柔らかい口調から相手が神楽耶であると当たりを付けた魔女がからかい半分に問い掛ける。

「ああ」

 対して、共犯者の返答はぶっきらぼうなこの二声のみ。

 ちょっと前までなら、不機嫌そうに否定してきたのにこの投げやりな対応。

 少し、むっ、としたC.C.だったが、それを押し隠して努めて何でもない風を装うと、言葉を続けた。

「随分と楽しそうだったが、何かあったのか?」

「神楽耶が交渉を担当していた国の幾つかが、日本への援助に応じたそうだ。復興の物資支援だけでなく、援軍の用意も約束してくれた国もあるらしくてな。思っていた以上の好感触に神楽耶も喜んでいた」

「ほう?」

 意外な内容だったのか。驚きに眉を上げたC.C.が、その勢いのままにダーツを放った。

「まだまだ、一人で立てない日本にこの段階でそこまで入れ込む国があるとはな」

 暫く前に、日本はブリタニアから国土を取り戻すという偉業を果たしたが、あくまで首都のみ。

 下手に擁護して、ブリタニアに目を付けられる事を考えれば、現段階で日本に積極的に働きかけるのは中々に度胸のいる決断だった。

「お前の入れ知恵か?」

 ぱすん。からん。

 床に落ちていくダーツから目を逸らしながら、ニヤリと魔女が笑い掛けた。

「大した事はしていない。『前回』、超合集国に参加した国の中で、日本に好意的だった国をリストアップしただけだ。後はおまけ程度に、各国が抱える問題について、少しアドバイスをしたが、それくらいだな」

 手元の書類から顔を上げないまま、さらりとルルーシュが答える。

 アドバイスは、あくまでアドバイス。それを活かすも殺すも使う者次第。

 活かし切れたのなら、それは神楽耶の実力であり、神楽耶の功績だと。

 ――もっとも、普段と変わらないルルーシュの反応を見るに、神楽耶の努力は織り込み済みであったのであろうが。

「何にせよ、これでまた一つ状況が動いた。いざという時、外から睨みを利かせられるというのは、ブリタニアの判断に大きく圧力を掛ける」

 今回の成果で、日本とブリタニアの戦争に第三国の介入という可能性をねじ込む事が出来たのは大きい。

 いざという時、背後から撃たれるかもしれないという可能性は、例えば、ブリタニアが日本に全戦力を投入しての超短期決戦でゼロを討とうとした場合、彼等の進軍に些か以上に躊躇いを生じさせる事になるからだ。

 そして、その躊躇いは、その分だけ、ゼロに反撃の時間を与える事になる。果たして、ブリタニアがゼロを討つのが先か。戦力集中に伴い、手薄になった戦線やエリアをゼロが食い破るのが先か。

 どちらの骨が先に断たれるか、分からなくなれば分からなくなるだけ、ブリタニアは起死回生の策に出る踏ん切りが付かなくなるだろう。

 となれば、この状況。何がブリタニアにとって最も『合理的』となりつつあるのか。

 そう考えたルルーシュの口元に微かな笑みが浮かんだ。

 そんなルルーシュの気配を敏感に感じ取ったのか。ダーツ盤に視線を固定したままのC.C.の表情にも喜色が浮かぶ。魔王がご機嫌な内は魔女もご機嫌なのか。どことなし、上機嫌な様子でダーツを放つC.C.だったが、その機嫌も放たれた直後、落下するダーツと同じ軌道を描いて急降下するのだった。

「むぅ………」

 良い加減、的に刺さらないダーツに唸り声を上げる。長い年月を生きる中で、多くの娯楽をそつなく嗜んできた彼女であるがこの遊戯とは相性が悪いのか、絵に描いたような不器用さを披露していた。

 膨れっ面のまま、新たなダーツを手に取る。プライドか、意地か、それとも、ただの気紛れか。何にせよ、諦めるという選択肢は、今の彼女にはないらしい。ダーツを掲げ、数メートル先のボードに狙いを定める少女の顔は、苛ついた様子はあれど、一転して、らしくない真剣なものへと変わっていた。

 そんな様子を感じたからなのか。単に、これ以上の失敗は面倒事に繋がると経験則から判断したのか。それとも、こちらも同じように気紛れなのか。

 狙いを定め、投げる速度とタイミングを測っていた少女の手首が、待ったでも掛けるかのように男の手に抑えられた。

「――――?」

 思考が没頭していた世界から戻ってくる。ぱちぱち、と目を瞬かせ、邪魔をされた不満と共に疑問を込めて、魔女は後ろの共犯者を振り返ろうとするが、それより早く、魔王が動いた。

 手首を抑えていた手が離れ、その指先が這うように魔女の白い指先に絡む。次いで、腕から肘に伸び、最後に、肩に置かれたもう片方の手が、少女の身体の向きと立ち位置を調整する。

 時間にして、数秒。どうやら、ダーツの投げ方を教えてくれているらしい、と少女が気付いた時には男は既に側を離れていた。

 色気もへったくれもない、風が吹いていったかのようなやり取り。

 男が女に遊びを教えるという、年頃の男女の心を擽るようなシチュエーションをして、この反応は流石に如何なものかと言いたくなるが、当の本人に気にした様子はなく、対する魔女も慣れたもの。

 少しだけ、何か言いたげな視線でルルーシュを一瞥しただけで、すぐにボードに向き直った。

 そして―――。

 

「――――お」

 

 タンッ、と小気味良い音が立ち、驚いたように短く声が上がった。

 少々の不満はあったが、それでも、律儀に直された通りに投げたのが功を奏したのか、先程までの的外れが嘘のようにボードの上にダーツが突き刺さった。

 ようやくの成果にC.C.の表情が緩む。さっきまでの大暴投を忘れたかのように得意気な笑みを浮かべると、祝杯でも上げようというのか、追加のピザを頬張る為にカウンターへと手を伸ばした。

「それで?」

 遊んでいるのか、口元からチーズを長く伸ばしたC.C.が、唐突にそう口にする。

「これから、どうなるんだ?」

 真上に伸ばしていたチーズが切れ、重力に従って垂れ落ちてくる。それを器用に舌の上で受け止めたC.C.は、唇の油を指先で拭うとルルーシュの方へ顔を向けた。

「お前の暗躍で各地のエリアは経済、統治両面でダメージが深刻化。無駄に広げた戦線の活発化で主力は散り散りでまともに動けない。加えて、今まで上手く誤魔化していた問題が表面化して、貴族と政府の連携は最悪。それに伴う俗物達の暴走。頼みの綱のシュナイゼルはゼロに釘付け」

 くるくる、と手の中のダーツを弄びながら、改めてルルーシュのやり口に感心する。

 いくら、未来の情報があり、東京奪還の功績から各方面の反ブリタニア勢力が素直にゼロの指示に従ってくれたお陰で、世界規模で足並みを揃えてブリタニアに反撃する事が出来たとはいえ、熱したナイフでバターを切るように、こうも簡単にブリタニアを切り崩すとは、皇帝時代のルルーシュを見ていたC.C.ですら思っていなかった。

 正直に言えば、もう勝負は決したも同然とC.C.は考えている。

 先程のルルーシュの話を聞く限り、ブリタニアは一発逆転の策すら半ば封じられたようなもの。シャルルにしろ、シュナイゼルにしろ、その攻略法を熟知している以上、ルルーシュが直接対決で負けるとも思えない。

 だから、C.C.は素直にルルーシュに問い掛けた。

「後は、ブリタニアが自滅するのを待つだけか?」

 今のブリタニアの内情を見れば、もう下手に手を出さなくても勝手に自分の首を締めて終わってくれる。

 そう思ったC.C.が、愉しそうに、ニヤリ、と魔女の笑みを浮かべるが、問い掛けられた側のルルーシュは、同じような笑みを浮かべるも、その首を横に振った。

「まさか。そこまで都合良くはいかない」

「何?」

 ピタ、と魔女の手の中で回っていたダーツが止まる。新たなピザに伸ばし掛けていた手を止め、驚きのままルルーシュの方へ視線を戻した。

「確かに、この状況。此方の有利に見えるが、先を見越せば楽観出来る程ではない。現状、ラウンズもマリーベルもコーネリアも各地の対応に手こずってはいるが、だからと言って、命の危険がある程、危機的状況にある訳ではない。ブリタニアの内部にも亀裂をいれはしたが、バランス感覚に優れるオデュッセウスがいる以上、空中分解するような最悪な展開は望めないだろう。経済方面も同じだ。損得勘定に限れば、ギネヴィアもカリーヌもあれで中々優秀だからな」

 次々と出る名前と共に、久方ぶりに思い出した腹違いの兄弟の事を考えて、ルルーシュは薄く笑う。

「挙げ句の果てのシュナイゼルだ。むしろ、奴なら、この状況、態々ブリタニアの膿を出すのを手伝ってくれて有り難うとか思っていそうだな」

 加えて、ルルーシュの予見が正しければ、そろそろ此方の足並みも乱れてくる。

 奇跡も慣れてしまえば、油断に繋がる。負け続きだった故、慎重且つゼロを頼みにしていた連中も、勝利が重なれば、浮かれ、目先の欲に目がくらんで独断専行に走らないとも言い切れない。

 そうなれば、苦労して作り上げたこの状況も、あっさりと水泡に帰すだろう。地力で言えば、遥かに上のブリタニア。勢いを取り戻させてしまったら、二度とこのような状況は作れまい。

「なら、何で、こんな面倒な事をしたんだ?」

 今のルルーシュが勝利も覚束ないような状況を作る為だけに、ここまで苦心するとは思えない。だが、どうやって勝つのか。それがイメージ出来ないC.C.は眉を寄せて、首を傾げた。

「ブリタニアに最悪を想像させる為だ」

「最悪?」

 鸚鵡返しに聞き返したC.C.に、ルルーシュが、ああ、と答える。

「自らの勝利を確信している相手に聞く耳を期待するのはするだけ無駄だ。だから、まず、相手の余裕を奪う。勝利を確信させている理由を崩し、不利な状況に陥らせ、負けるかも、と思わせる。そうなって、初めて()()が生まれる」

 そこで、C.C.もルルーシュの言わんとしている事が理解出来たのか。成る程、というように頷く。

「そうか。だから、お前、神楽耶を前面に押し出したのか」

 それに答えるように、ルルーシュが小さく笑った。

 

 基本的に。

 国家はテロリストとの交渉に応じない。国によって、多少見解は違うだろうが、少なくとも解決の最善手として積極的に用いようとは、どの国も考えない。

 理由を上げれば、詳細且つ多岐に渡るが、つまるところ、組織の最大単位である国家が、一組織の暴力や非人道的行為に屈してしまえば、テロの有効性を証明してしまいかねず、最悪、国家というシステムの破綻を招く恐れがあるからだ。

 特に、ブリタニアのように力で全てを抑えつけてきた国であれば尚更である。一度でも前例を許せば最後。ブリタニアに対するテロ行為に歯止めが利かなくなるのは火を見るより明らかだ。

 だから、ブリタニアはテロリストと交渉しない。

 故に、どれだけゼロが大義名分を掲げ、正義を謳おうとも彼がテロリストに分類される以上、ブリタニアが語る口を持つ事は決してない。

 だからこその、神楽耶だ。

 日本における最古にして、最も尊き血筋。それ故に、彼女の言葉は十分な資格と正当性を帯びている。

 その彼女が、日本の復活を宣言した。傍らには、桐原もいる。国土はなくとも、資格だけは政府を持つ国として胸を張るには十分だった。

 つまり、あの夜からこっち、黒の騎士団とブリタニアの戦いは、『ブリタニア内におけるテロ組織による過激活動』から『日本とブリタニアによる国家間戦争』に移行したと取る事が出来るのだ。

 そして、相手がテロリストではなく国家となれば、ブリタニアの対応も違ってくる。テロリスト相手には決して開かれなかった口も、相手が国家であるならば、という事だ。

「だが、そう上手くいくか? 負けるかも、と思ったとしても、プライドと自信だけは無駄にある奴等だ。己の勝ちを信じて、最後まで戦い続けるかもしれないぞ?」

「いくさ。何の為に、俺が中華とE.U.に手を出さないでいたと思っている」

『前回』の超合集国とブリタニアのように、世界勢力が二分されているのであれば、C.C.の言う通り、最後まで戦い続ける可能性もあった。

 だが、今はそうではない。中華は健在で、E.U.もまだ息をしている。その状態で、状況の収束にのみ国力を費やしてしまえば、たとえ、ゼロを何とかする事が出来たとしても、その後、この二大勢力を捌き切れなくなる。

 当然、そんな事はブリタニア側も理解している。だからこそ、何処かで落とし処を見つけようとするだろうというのがルルーシュの考えだった。

 

「……しかし、分からんな」

 ルルーシュからの説明を聞き終え、おおよそを理解したC.C.だったが、根本的に腑に落ちない事があった。

「そもそも、どうして、こんな回りくどい方法を選んだ? 今のお前なら、やろうと思えば、もっと手っ取り早くブリタニアを潰せる筈だ」

「もう一度、悪逆皇帝でもやれば良かったか?」

「ふざけるな」

 瞬間、怒気混じりの鋭い声が返ってくる。同時に、くるくると回転しながら飛んできたダーツが、ルルーシュの掲げた書類に遮られてソファに落ちた。

 どうやら、気に障ったらしい。

 睨み付けるように此方を見てくる魔女に、ルルーシュは冗談だという風に軽く肩を竦めた後、真剣な表情になって口を開いた。

「……違いがあるからだ」

「違い?」

 何の事だ、と思うC.C.。その疑問に答えるように、ルルーシュが言葉を重ねる。

「前に、お前とした話を覚えているか?」

「話? 何時のだ?」

「出会った頃、夕方の俺の部屋でした話だ。その時、俺が何て答えたか、覚えているか?」

 それに、ああ、とC.C.が頷く。ルルーシュがゼロとして立ち上がった日の翌日。ギアス一つで強大なブリタニアに立ち向かおうとするルルーシュと交わした会話。世界の変え方。理想。戦いの終わらせ方。その答え。

「誰かが勝てば、戦いは終わる。……お前は、そう答えた」

 そう口にしたC.C.に、今度はルルーシュが頷く。

 それは、当初、思い描いていた通りではなかったのかもしれない。でも、それでもルルーシュは、その言葉通り、『誰か』に勝ち、『誰か』を勝たせ、蔓延した戦争によって疲弊する世界を一つの結末に導いた。

「そこが、『前回』と違う。今回は、誰()が勝つだけでは駄目だ。俺にとっての勝利条件をクリアするには、誰()が勝たなくてはならない」

「誰もが……? それは……、いや…………」

 最初、要領を得ないルルーシュの物言いに渋い顔をしていたC.C.だったが、呟く内に何かに思い至ったのか、徐々にその表情が固いものへと変わっていく。

「まさか………」

 誰かが勝つ。誰もが勝つ。あまり、変わらないように思えるが、明確に違いがあるとルルーシュは示した。

 だが、ルルーシュの求めるものは、――願いは、今も昔も変わっていない。

 確かに、その旅路の中で多少望みは変化し、大きく膨らんだかもしれないが、目指した世界(もの)は何も変わりはしなかった。

 なら、違いがあるのはルルーシュの方ではなく、世界の方となる。

 では、何が違うと考えた時、C.C.の頭に浮かんだのは一つだけだった。

『前回』と『今回』の違い。

 誰も気付かない、しかし、魔王と魔女だけが知っている差異。

 つまり――――

「気付いているのか? 私達を逆行させた敵の正体と、その目的に………」

「確証はない、がな……」

 珍しく断言しない物言いだったが、それでも否定しなかったルルーシュの答えに、C.C.が目を見開いた。

「物的証拠は何もない。あくまで、推論を重ねて組み上げた仮説だ。だが、ギアスの性質に、コードの存在。人の意識を一つに纏め上げる事が出来るラグナレクの接続と、それを可能とするCの世界。そして、同時発現している俺のコードとギアス……。それ等のピースを組み合わせた時、見えてくるものが一つある」

 そして、おそらく、それこそが敵の目的なのだとルルーシュは当たりを付けた。

「それは、何だ?」

 誰が。何の目的で。自分達を利用しようとしているのか。あるいは、しようとしたのか。

 我が身とこれからも長く付き合っていくであろう共犯者の問題であるが故か。少しばかり余裕が消えた声音でC.C.は問うが、返ってきた答えは首を横に振るというものだった。

「何故、言えない?」

「敵に知られては困るからだ。……今は、僅かであっても敵を刺激するような事は避けておきたい」

 ルルーシュが施された封印を解き、コードと共に現実世界に帰還してから、もう少なくない時間が経過している。

 しかし、あの日からこっち。敵が動いた様子はなかった。

 その理由を、ルルーシュは測れないでいる。

 唯の余裕なのか。何かしら、動けない理由があるのか。

 それとも―――…

 

 

 ―――また、会いましょう?

 

 

 誰かが、お節介を焼いているのか。

 

 

 何にせよ、動かない敵を刺激する愚は犯せない。

 今はまだ、動かれる訳にはいかないのだ。今、敵に動かれたら、確実に詰む。

 慎重を期する必要があった。

「………………」

 そんな思索にルルーシュが耽る一方で。

 C.C.の眉が、キリリ、と吊り上がる。

 明らかに機嫌を損ねた様子で、ずかずかと思考に沈む魔王の近くまで来ると、不穏な気配に顔を上げたルルーシュの上に、覆い被さるようにのし掛かった。

「――――おい」

 見ようによっては、ルルーシュの太ももの上にC.C.が腰を下ろしているようにも見える。実際には、片膝を跨ぎ、やや前傾姿勢になっているものの、背もたれに付けた手が僅かな空間を作っている為、そこまで密着している訳ではないが、そんな体勢の考察よりも、どうしてこんな体勢になったのかの方が気になるルルーシュは、怪訝な表情でC.C.に問い掛けようとする。……が、直近から見下ろしてくる魔女の瞳と表情を見て、とりあえず言葉を飲み込んだ。

「……今の言い方」

 無感情な言葉が魔女の唇から零れる。ぐっ、と更に近付いた頭の動きに合わせて、C.C.の肩から、さらり、と長い髪がルルーシュの顔に滑り落ち、ヴェールのように二人の表情を隠した。

「私が信用出来ないと言いたいのか?」

 敵に知られては困る。それは、返せば、C.C.が敵に知られるような行動を取る可能性があると思われてる訳で。

 確かに、昔は色々あったが、この後に及んで、そう思われていると思うと腹が立ち、そして、それ以上に悲しくて、寂しくなる。

 それを悟られたくなくて、荒々しく強引に詰めよった訳なのだが、勿論、そんな風に考えてはいなかったルルーシュは、ただ、目の前の魔女の怒りに困惑するだけだった。

「別に、そんな事は思っていない」

 あっさりと出てきた否定の言葉に、C.C.は内心で安堵する。

 だが、ならば、何故。

「何故、話せない?」

「逆に聞くが、話しても良いのか?」

 C.C.の問いに問いで返したルルーシュの指が、C.C.の前髪を割り、その奥にあるものに触れる。

「俺達の会話が盗み聞きされている可能性は? ナリタの時のようにお前の記憶を読み取られる可能性はないのか?」

 C.C.の意思とは裏腹に、情報が漏洩する可能性がある。その可能性を示したルルーシュに、C.C.は、む、と唸ると押し黙った。

「皇帝達にバレるのは、別にどうでも良い。だが、そこから敵に情報が流れるのだけは防がなくてはならない。その可能性がないと言い切れるなら、今すぐにでも全てを話そう」

 保険は必要だからな、とルルーシュが続けるが、C.C.は口を開かない。

 ルルーシュの示唆した通り、可能性がないとは言い切れなかったからだ。

「…………悪いが、そうでないなら、今は話す事が出来ない」

 キッパリと断言する声に、魔女からの反論はない。

 納得出来たからではない。言えない理由があるのは分かったが、だからと言って、大人しく蚊帳の外に置かれていろ、と言われて素直に頷ける程、彼女は物分かりの良い性格をしていない。

 だが、世界にすら勝利したルルーシュをして、ここまで慎重に成らざるを得ない敵であるとも分かってしまった為、無理に聞き出す事も躊躇い、結果として、彼女は肯定も否定も出来ないまま、沈黙するしかなかった。

 そんなC.C.の葛藤を感じたのか。

 俊巡するように、一瞬、視線を彷徨わせたルルーシュが、何か言おうと口を開きかけた時だった。

 甲高い音が、二人の空間に割って入ってきた。ルルーシュの携帯が鳴る音だった。

「…………私だ」

 タイミングを削がれたルルーシュが、嘆息気味に一つ息を吐くと、携帯に出る。

「……そうか。思ったより粘った方だな。……いや、私が行こう。手は出さなくて良い。見失わないようにだけしておけ」

 手短に用件を伝え、携帯をソファに放る。

 そして、改めて、正面を見やれば、先程の怒気が込められた瞳から打って変わって葛藤と感情に揺れる瞳とかち合った。

 その瞳を、しばし、じっと見つめるルルーシュ。

 だが、やがて、根負けしたように、ふぅ、と小さく息を吐き出すと、ゆっくりと頭を持ち上げた。

「……心配しなくても」

 こつん、と小さな音を立てて、二人の額が触れあう。

「お前には、最後まで付き合って貰う。置いて行くつもりはないし、時が来れば、きちんと全て説明する。だから、今は納得して、大人しく俺に使われろ」

 口調は相変わらず。けれど、声はいつもよりも穏やかに。

 ある意味、暴君のような、信ある言葉が、唇が触れ合いそうな距離から紡がれた。

 額の熱と、互いの吐息を感じながら、黙って視線を交わし合う。

 完全に納得した訳ではないだろう。

 けれど、ルルーシュの言葉はしっかりと胸に溶けたのか、C.C.は感情を飲み込むように、一度、静かに瞳を閉じた後、ルルーシュの上から退いた。

 身体を反転させて、ちょこん、とルルーシュの隣に腰を下ろす。

 一応の納得を見せたとはいえ、彼女なりに今の問答に思うところがあったのか、普段のようにだらしなく寝そべる事なく、何かを考えている。

 そんなC.C.の様子を横目に、ルルーシュはソファに放っておいた携帯を手に立ち上がると、背もたれに掛けていた学生服の上着に袖を通し始めた。

「……何だ? 何か用事でも出来たのか?」

「報告があった。放っておいた鼠が、ちょろちょろと動き出した、とな。適当に処理させても良かったんだが……、丁度良い、C.C.、お前も来い。意見が聞きたい」

「意見? また、悪巧みでもするつもりか?」

 悪い事を考えていそうな気配を感じて、C.C.は軽口を叩くが、ルルーシュは、意外にも、まさか、と首を横に振ると、何を思ったのか、おもむろにソファに転がっていたダーツを拾い上げた。

「そこまで、大した事じゃない」

 小さな笑みを浮かべ、ペン回しのように指の上でダーツを一回転させる。そして、ボードの方に首を巡らすのと同時、それを投げ放った。

 

 

「――――ただの実験だ」

 

 

 ダンッ、と獲物を射抜くような鋭い音を立てて、ダーツがボードの真ん中に突き刺さった。




 更新再開という。

 そんな訳でお久しぶりになります。諸事情により、長らく更新を停止していましたが、皆様の温かいお言葉を受け、この度、更新を再開させて頂きました。
 とはいえ、もう半年近くも離れていたので忘れられてるかもしれませんが……(汗)
 それでも、また読んでやるよ、という読者の方がいらっしゃれば 、またお付き合い下さると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。