コードギアス ~遠き旅路の物語~   作:アチャコチャ

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 ぐぬぅ……。一ヶ月以内に間に合わなかった。いや、日数で数えれば……?(悪あがき)


PLAY:30

 東京郊外。旧シンジュクゲットー。

 かつては人気に溢れ、伝説の始まりに滅び、そして、今、別の意味で人気が失せたこの地の一画に、反して、がやがやと人が集まる場所があった。

 景観を損なう廃ビルの地下の地下、租界建設時の旧都の取り壊しと建設ラッシュのゴタゴタによって生まれ、そのまま忘れられた地図にも描かれていないその場所は、特区式典以前、黒の騎士団のアジトの一つとして使用されていた場所だった。

 故に、そこに集まっているのも、当然、日本の英雄黒の騎士団。

 日本の独立の功労者達として、本来なら人々から尊敬と感謝の目で見られていても可笑しくない彼等だが、今はまた、人目を忍ぶかのように、このアジトに揃って集まっていた。

「ッたく。何で集合場所が、来るのがめんどくせぇ此処なんだよ。政庁で良いだろうが」

 当然ながら、日本の英雄と言う事は、ブリタニアにとっては最大のテロリストと言う事になる。そのアジト、それもあのゼロが使用を良しとするレベルとなれば、セキュリティも、勿論高い。

 出るにも入るにも、暗証やら何やらで一苦労させられるし、トウキョウ決戦からこっち、東京の中央区画の方に居を移していた者達にとっては、外縁部からゲットーに降り、そこから地下の更にその地下と、とにかく遠い。

 となれば、騎士団一辛抱の利かないこの男が騒ぎ出すのも時間の問題であった。

「仕方ないでしょ。政庁は政治を行うところ。日本政府が本格的に動き始めたなら、そっちに譲るのは当たり前じゃない」

 ぶちぶちと不満を漏らし続ける玉城に、良い加減煩いとカレンが突っ込む。

 これまで、騎士団本部兼ゼロの悪巧みの発信源として使われてきた政庁も、日本の独立と再出発を機に日本政府に明け渡している。英雄とはいえ、黒の騎士団はあくまで武力集団。再始動のこの忙しい時に、頭では戦えない部外者が居座っていても邪魔にしかならないのだから、これも当然の成り行きと言えるのだが、玉城には違うのだろう。

 ちッ、と不服そうに舌打ちすると、何もない床を苛立たしげに蹴り付けた。

「駄目なら駄目で、もっと近くて良い場所、いくらでもあんだろうによ。何だって、天下の黒の騎士団が今更……」

 その気になれば、高級ホテルだろうと軍事基地だろうと使いたい放題なのに、わざわざこんな不便なアジトを使うのは、人一倍承認欲求の強い玉城にはへりくだっているように感じられて嫌なのだろう。

 不貞腐れた様子で、だらだらと壁際に向かうや、だらしなくその場に座り込んだ玉城に、カレンは処置なしとばかりに腰に手を当てて、首を振った。

「でも、実際、何の用なんだろうな? 最近は活動らしい活動なんて、全くしてなかったのに」

 そんな二人のやり取りを、扇グループの面々はいつものように苦笑しながら見守っていたが、ふと気になった事が出来た杉山が仲間内に話を振ると、そうね、と井上が頷いた。

「東京の治安維持も、政府が編成した首都警備隊や再編中の警察に少しずつ譲るようになってきてるし……。仮に戦うにしても、ね。正直……」

「……だな。扇は何かゼロから……、って、あれ? 扇は?」

「扇なら、ゼロに呼ばれたって、さっき出ていったぜ」

 問い掛けようとして、自分達のリーダーがいない事に気付き、きょろきょろと辺りを見回す南に、吉田がそう答える。

 そこでカレンも、扇がいなくなっている事に気付き、本当だ、と言いながら首を回して………、例の如く、あの女もいない事に気付いて、ふん、と荒々しく鼻を鳴らす。別にムカついてない。

「にしても、いつまで待たせるつもりだ。もう、かれこれ三十分は経つぞ」

 懐から取り出した携帯で時間を確認し、未だ現れないゼロに痺れを切らした千葉に、全くだね、と朝比奈が同意する。

「用があるなら、早くして欲しいんだけどね。僕らはともかく、藤堂さんは暇じゃないんだしさ」

 相変わらず、反抗的な感じが見え隠れする二人の態度に軽く肩を竦める卜部の横で、同じく苦笑していた仙波は二、三度咳払いを入れると口元の弛みを揉み消して、藤堂に向き直った。

「そう言えば。聞きましたよ、藤堂さん。日本政府から再編される日本軍の指揮を任されたとか」

「む。いや、それは……………」

 おめでとうございます、と頭を下げてくる部下に何やら言い淀む藤堂だが、彼がはっきりと何かを告げるより早く、話に食い付いた若手二人が目を輝かせて、話に割り込んできた。

「そう! そうだとも! 日本軍の総指揮……、トップだ! 藤堂さんが………ッ!」

「まあこれまでの藤堂さんの功績を見れば当然だけどね。何しろ日本で唯一ブリタニアに土を付けた厳島の奇跡。日本解放戦線の要。藤堂さんがいたおかげで、日本がずっとブリタニアと戦い続けられた事も考えれば、むしろ引き立てが遅いというか」

「お、おぉ、そうだな、………そうだな」

 感極まり言葉に詰まる千葉と、平然としているようで、その実、興奮に震える指先で無意味に何度も眼鏡を押し上げている朝比奈の勢いに押され、仙波と卜部は若干後ずさるが、それはそれとしてめでたいのは確かだ。

 ゼロが現れるまで、日本唯一の希望として、儘ならずとも抗い続けた藤堂の苦難の日々を知らない部下はいない。

 その苦労が報われたとなれば、仙波や卜部とて喜ばずにはいられない。正直、場所が場所なら、四人で藤堂を胴上げしたいくらいだった。

「おめでとうございます、藤堂さん」

 喜色に染まる心に、その厳めしい顔を珍しく破顔させた卜部が拍手と賛辞を送ると、藤堂は若干の躊躇いを見せつつも、ありがとうと素直に感謝を返し、だが、と直ぐに渋面に戻って首を大きく横に振った。

「お前達の気持ちは有難いが、まだ確定ではなくてな。先方にも少し考える時間が欲しいと、今は返事を待って貰っている」

「それはまた………、どうして?」

 驚き、目を丸くする部下達の質問に、藤堂は答えない。閉口し、沈黙する藤堂の雰囲気は重苦しくも悩ましく、そこに何かしらの葛藤を見た古参の部下二人は、何となく藤堂が何に悩んでいるのかを察した。

 義理堅く、忠義に厚く、そして不器用。それが藤堂鏡志朗という男である。

 おそらく、故人とはいえ、将と仰いでいた片瀬よりも立場が上になる事、袂を同じくしている黒の騎士団の今後の見通しが立たない状態で我先に足抜けする事に負い目を感じているのだろう。

 心情的には断りたいのかもしれない。だが、時世がそれを許さない事も重々承知している。

 長い抵抗活動の中で主だった将校達は殉職し、日本解放戦線の崩壊で最後の砦たる片瀬も喪った。ゼロの国外追放が決定している以上、もう藤堂くらいしか再編される日本軍をまとめあげられる人材は残されていない。

 最終的には折れる、――引き受ける事になるだろう。藤堂も、理性の上ではもう意思を固めているに違いない。

 だから、後はこの不器用な男が自分の気持ちにどう折り合いを付けるかなだけで。

「…………しかし、千葉じゃないが、確かに遅いな。ゼロ」

 若干、わざとらしさを感じさせる口調ではあるが、話を逸らすべく声を上げた卜部の言葉に、藤堂を説得しようと詰め寄っていた若手二人を含めた四人の視線が、一気に集まる。

「………確かに。時間に関して、ゼロはいつも正確だったからな。………何かあったのかもしれん」

 同じく意図に気付き、話を逸らそうと追随した仙波ではあるが、自分で口にした内容に思うところが出来たのか。次第に慎重になる口振りに、藤堂も顎に手を添えて一つ唸ると、誰かを様子見にやろうと顔を上げた。

「すまないが、誰か―――」

 そう指示を出すべく、口を開いた時だった。

 一瞬、部屋がどよめいた。次いで、波が引くように静かになる。

 それだけで分かる。誰が来たのか。

 確信に開きかけた口を真一文字に結び直し、入口の方へ顔を向ける。そこに案の定、彼はいた。

 ゼロだ。

 黒い仮面、黒い装束、黒いマント。その出で立ちの全てを黒に染めた日本の真の英雄は、後ろの扇と周囲からの視線を引き連れたまま、静かな足取りで部屋の真ん前まで来ると、幹部とひしめく団員達の方へ向き直った。

(あれ……………?)

 その光景に疑問を覚え、カレンは入口の方へ視線を向けた後、もう一度部屋の中をぐるりと見渡す。

 いないのだ。ディートハルトとラクシャータが。

 てっきりゼロと一緒に来るものだと思っていただけに、カレンは黒の騎士団においても重要な位置を占める二人の姿が、この場にない事に首を捻る。

 加えて、もう一つ。

「おい、扇の奴、どうしたんだ………?」

「何か、顔色が……、いや、最近はずっと悪かったけど………」

「何かあったのかしら………?」

 ひそひそと小声で交わされる仲間達の会話に、カレンも心の中で頷く。

 先程、ゼロに呼ばれたと出ていった扇。その扇の顔色が、目に見えて悪くなっていた。

 最近の顔色の悪さに輪をかけて、である。

 血色の悪かった顔からは血の気が失せ、普段から優柔不断故に泳ぐ事が多い視線は更に落ち着きを失くし、表情も何処か心此処に在らずだ。

 具合でも悪いのだろうか。

 もはや病人のようなその様相に、カレンは心配になって駆け寄ろうとするが、それより早くゼロが口を開いた為、一度踏み出そうとした足を止める。

「揃っているな」

 黒い仮面をゆっくりと左から右に動かし、必要な面子が揃っている事を確認する。

「一体何の用なんだよ。わざわざこんなところに呼び出して、そのくせ、やたら待たせやがって……。おい、ゼロぉ。何だか知らねぇが、とっととしてくれよ。こっちはもう、此処に来るまでで足がパンパンなんだからよぉ」

 だるいったらねぇぜ。

 そう言って、天下のゼロを相手に管を巻くのは、勿論玉城である。

 壁に背中を預け、だるいと言う足をみっともなく地べたに投げ出し、まるで酔いが回った酔っ払いのような、だらしない体勢からの玉城の愚痴を耳に入れるだけで聞き流したゼロは、何事もなかったかのように話を続ける。

「今回、集まってもらったのは他でもない。黒の騎士団の今後についてだ。これについて決定した事を、今より説明する」

 ざわり、と部屋が騒いだ。

「決定……? 初耳だな、幹部(私達)は何も聞いていないぞ」

「感心しないね。組織の今後を自分一人で決めるなんてさ。いくら君でも、少し勝手過ぎるんじゃない?」

「不満があるのであれば、後でいくらでも()()()()()()。まずは此方の話が先だ」

「………千葉、朝比奈。とりあえず話を聞こう」

 有無を言わさず話を進めようとするゼロに、千葉と朝比奈の表情が険しくなるが、更に食って掛かるより早く藤堂が二人を押し止める。

「それで、ゼロ。決定した事とは………?」

 その一言に、部屋が静まり返る。

 期待、不安、反抗、嫌悪。それぞれに、それぞれの思いを浮かべながら、自分達の先行きを告げるゼロの言葉を待つ幹部達と一般団員達。

 そんな彼等の姿を、もう一度。

 もう一度だけ、ゼロはゆっくりと見回した。 

 そして――――……。

 

 

 

「機密情報の移転、及び抹消。概ね完了しました、ゼロ」

 遡ること、数十分前。

 同アジト、ゼロの私室にてディートハルトは進捗状況の報告を部屋の主に行っていた。

「地下協力員……、レベルCまでの情報取得者への対応も完了です。必要情報以外がそちらに漏れた形跡がないのは既に確認済みですので、後は此方で使用していた連絡手段を処分すれば、彼等は唯の一般市民に戻る事が出来るでしょう」

「そうか。……団員達と幹部に関しては?」

「一般団員達については問題ないかと。Bレベル相当の情報が外部に漏れたとして、今後の活動に影響が出る可能性は0.3%程です」

 ですが、とそこで流暢に報告を行っていたディートハルトの声に、若干の苦味が混ざる。

「藤堂、扇を加えた幹部連も含めた場合、数字は21%にまで跳ね上がります。これは無視出来ない数字かと」

 ふむ、と存外落ち着いた声に、ディートハルトは手元の端末から顔を上げる。

 目に入ったのは、仮面の下、身に纏う衣装よりも漆黒の髪。机にもたれ、思案に俯く表情は、大半が髪と口元に添えられた手によって隠れて見えないが、それでも髪の合間から垣間見える、美しくも危なげな紫紺色の輝きは、ゼロを至上とするディートハルトを陶酔させるには十分で。

「…………それで。如何なさいますか?」

 咳払いを一つ。うっかり、明後日の方へ飛びかけた思考をニュートラルに戻し、ディートハルトは事前に用意していた策を、それとなく訴える。

()()は整えておりますが…………」

 何の、とは言わない。それで十分である。

 上に数十トンものコンクリートを抱える地下の空間。そこに勢揃いしている不確定要素。これで察しが付かない人間は此処にはいない。

 だから、ルルーシュが首を横に振ったのは、明確に否定の意志があっての事だ。

「よろしいのですか? 後方に不安を残す事になりますが……」

「分かっている。だが、アイツらには、まだ利用価値がある。これから先、盤上に配置する必要性もある以上、ここでの処理は早計だ」

 曲がりなりにも、ブリタニアという超大国を相手に生き延び、決して多くはない数で国を取り戻した連中だ。

 手持ちの戦力としてはそうでなくても、戦略としてはその限りではない。多少リスクを抱え込む事になるが、先の展開を考えれば、ここは伏せ札として残しておくべきというのが、ルルーシュの判断だった。

「とはいえ、懸念は尤もだ。漏洩の可能性がある情報のピックアップと優先度の設定。ルートの予想と対策。ダミー情報の設置。……セキュリティレベルの引き上げも必要か」

「分かりました。それについては、私が。………それとゼロ。こちら、指示されていたものではありませんが………」

「うん? 名簿か? 何のリストだ?」

()()()()()()()()()()()の、です」

 意外な内容に目を丸くするルルーシュに、ディートハルトがニヤリと笑う。

「かねてより、いざという時を考え、私の方で声を掛けていた者達ですが……、恐らく()()()()は満たしているかと」

「成程、抜け目ない……、いや、ここはお前の用意周到さを褒めるべきか」

「恐れ入ります」

 粛々と頭を下げるディートハルトに不敵に微笑み、ルルーシュは手渡されたリストに目を通す。

 人数はそこまで多くない。全部で二十名程か。だが、今後の台所事情を考えれば、たったこれだけの人数であろうと見た目の数字以上に価値はあるし、それが事情を知るディートハルトからの提示となれば、更に期待値は高まる。

 その証拠に。

「ほう。ラクシャータもか」

 今後の活動に必要な人材として、さてどう引き入れたものかと思い悩んでいた人物の名前が、既にリストに記載されている事にルルーシュが感嘆の声を漏らす。

「彼女とは、同じ作り手として意見が合いますので……。尤も、紅蓮については不満があるようですが」

「だろうな。だが、代わりのパイロットに当てがない訳ではない。……そうだな。その辺りの事も含め、私の方でも話を通しておいた方が良いだろう」

 特に問題ない事を確認し、パタリと名簿を閉じて、表情に期待を滲ませているディートハルトにリストを返す。

「嬉しい誤算だ。よくやってくれた、ディートハルト。やはり、お前は優秀だ。卓越している」

「あ、ありがとうございます! 光栄です、ゼロ……………ッ!!」

 狂喜に表情を歪ませ、勢い良く頭を下げるディートハルト。気のせいだろうか。元から、リアクションに大袈裟なところがある部下ではあるが、最近、より一層応答の時の反応が激しい気がする。大丈夫だろうか、色々と。

「……………」

 頭を振る。余計な考えが浮かぶのは、まだ思考に余裕のある証拠か。集中力が散漫になってきた証明か。

 どうでもよい考えを首を振って散らすと、ルルーシュは僅かとはいえ、部下の働きによって生まれた余裕を生かすべく、計画を修正、一部を前倒しにする事を決める。

「ディートハルト、日本に関してはもう良い。後は、私の方で処理しておく。お前は手持ちの案件が片付き次第、一足先に中華へ飛べ」

「中華に? ……特殊通信回線(ライン・オメガ)が必要になると?」

「それもある。が、………………おい」

 斜め後ろ。更に視線を落とし、ルルーシュは指先でデスクを叩く。

 すると、今の今まで、部屋に一つ残された椅子を独占し、机に突っ伏す形で部屋のオブジェへと成り下がっていた魔王の共犯者は、もぞもぞと懐からメモリーカードを取り出すと、顔を上げないまま、ルルーシュの方へカードを滑らせた。

「これは?」

「中華のとある地方の地形図だ。幾つか入っている。少し古いが、村落の場所や流通ルートも記載済みだ。お前には、その中から潜伏場所として使えそうな場所の絞り込みを頼みたい」

 ガツン、と机を通して足に振動が伝わる。どうやら、古いという言葉がお気に召さなかった魔女が、足癖悪く机を蹴り飛ばしたらしいが、事実なのだから仕方ない。無視する。

「それと、もう一つ」

 そう言って、掌にメモリーカードを落としたまま、差し出され続けていたディートハルトの手に、もう一枚、カードを滑り落とす。

「トウキョウ決戦から今まで、私に接触してきた中華内のレジスタンスのリストだ。これの選定も、お前に任せたい」

「選定……、ですか? 失礼ながら、現地でまとまった戦力を確保したいのであれば、武官の黎星刻に接触するのが、一番かと思われますが」

「政権を交代させるだけなら、そうだろうな。だが、私が目指すところには、それだけでは足りない。それに、あの男の能力は買うが………、いや、()はまだ決め付けるべきではないな」

 彼の願い、彼の主。二人の関係、絆。上手くすれば、物語が一つ作れるかもしれない。

「いずれにせよ、駒として必要になる。保有する戦力、組織の規模は考えなくていい。必要なのは団結力。リーダーを支持し、命令系統が明確な組織が選定の最低条件だ」

「例えば、扇グループのような、ですか?」

「そういうことだ」

 ふッ、と何だかんだでチームワークだけはあった件の彼等の事を考え、小さく笑うルルーシュの前で、ふむ、とディートハルトは指示された内容について吟味する。

 仮にも、参謀である。ゼロが何を戦術目標として自分に何をさせたいのかは良く分かる。

 だが、肝心の戦略目標が見えて来ない。ここから、どうするのか。何処を終着点に考え、何を目指しているのか。ディートハルトにも、さっぱり分からなかった。

 尤も、だからこそ、撮り甲斐がある(素晴らしい)のだが。

「分かりました。この件に関しては、どうかお任せを。必ずや、ご期待に応えてみせましょう」

 そうして、改めて掌に落ちた二枚のカードを見やる。

 ゼロから手渡されたもの。即ち、奇跡の種。

 果たして、これが芽吹いた時、そこにどのような光景が広がっているのか。

 それを想像するだけで、自然と速くなる足取りと呼吸をディートハルトは抑える事をしなかった。

 

 何やら鼻息荒く、足早に部屋を出ていったディートハルトを見送ると、一段落付いたルルーシュは、ふぅ、と息を吐き出し………、そんな自分に気付くと小さく舌を打った。

 握り拳を額に当て、調子を整えるように数度叩く。

 疲れている訳ではない。だが、理想(入力)現状(出力)の差にストレスを感じている事は否めない。

(計画を前倒しに出来たとはいえ、やはり、手が足りない。今後の流れをスムーズにしておく為にも、インド軍区と『前回』の超合集国参加国には早めにコンタクトを取っておきたかったが、ディートハルトが使えないとなると………)

 既に、ディートハルトには多くの問題を預けてしまっている。いくら優秀とはいえ、これ以上は無理だろう。

 ルルーシュも、今はまだ日本を動けない。咲世子もC.C.も動かす事が出来ない以上、現段階では保留にするしかなかった。

 せめて、後、もう一人。広報や渉外を担当出来る人材がいれば、話は変わってくるのだが………。

(ないものねだり、だな。全く、本当に我ながら人望がない………)

 皇帝の時(いつぞや)と同じ台詞を吐きつつ苦笑し、益の無い思考を打ち切る。

 いつもの事だ。駒はあっても、仲間が少ないのは。

 C.C.にも指摘されていた。人を中々信用出来ないルルーシュの悪癖である。

 分かっている。

 だからこそ、欲しいのだ。今度こそ―――。

「甘いな」

「……久しぶりに聞いたな、その台詞」

「私も、今更、お前にこんな台詞を吐く必要が出てくるとは思わなかったよ、坊や」

 久しぶりに聞く台詞、声音。それなりに温情がある魔女が遊びもなく、絶対零度にまで声の温度を下げる時は、いつだってルルーシュの甘さを責める時だ。

 額から拳を外し、思考に沈んでいた瞳を開ける。

 振り向く事はしない。それが気に障ったのか、自分に向けられる魔女の視線と口調が鋭くなった。

「まさか、『前回』の事を忘れたとか言わないだろうな? 今の変態はともかく、他の連中を()()も付けずに放し飼いにするとか、また裏切りにでも遭いたいのか?」

 C.C.の苦言に、ルルーシュは答えない。答えるつもりもないのだろう。

 ただ黙して、前だけを見ている。その様子を、暫く観察するように見つめていたC.C.だったが、やがて無駄と悟ったのか。ふん、と鼻を鳴らして顔を逸らした。

「別に、お前がそれで良いなら構わないがな。篩にかけた小石に躓くような、みっともない姿だけは晒してくれるなよ」

「なら、ちゃんとお前が俺を見ていろ」

 沈黙。

 その後、もう一度鼻を鳴らして、顔を伏せる。別に緩みそうになる口元を隠す為だとか、そんな事はない。

「……………それで」

 一分後。漸く、小波立った心を落ち着けた魔女が、再び真剣な表情と声で問い掛ける。

「……いいのか? 本当に」

「……ああ」

 問い掛けに、今度は応える。前は向いたままだが。

「『前回』の事がなくても、此処が限界だった。………正直、持ってくれた方だ。最悪、日本が独立した時点で、切れていてもおかしくなかった」

 正体を明かさない、――明かせない秘密主義のトップ。それによる心証の悪さ。不信感。反発。そこに、いよいよ明かされたゼロの正体。『前回』の事を考えれば、本当に、良く此処まで持ってくれたものだと思う。

「だから、此処までで良い。……どのみち、ここから先は寄せ集めの軍隊でどうにかなる話じゃなくなる。戦い抜くには、どこかで作る必要があった」

 数だけなら、問題ない。既に中華の攻略に目処が立っている以上、超合集国設立に向けて、大きな障害は存在しない。そして、超合集国さえ成れば、超合集国憲章の下、各国の軍事力を統合して、一大軍事組織に仕立てる事が出来る。

 だが、それだけでは今までと変わらない。『前回』の黒の騎士団に届いても、それだけでは足りないのだ。勝つ為には、最後まで戦う為には、更にその先を望む必要がある。

 つまり―――……

「必要なんだ、今度こそ、本当の意味で。俺の……、ゼロではない俺の、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士団が」

 出し惜しみは出来ない。悔いは残せない。

 騎士に剣。賢者に杖。弘法は筆を選ばずと言うけれど、一杯のコップに大海が収まらないのも事実。

 ならば、その知略を、その才覚を、頭脳を、叡知を。一度は、世界を手中に収めた、その類い稀なる才能を十全に振るうには、相応の戦士がいる。

 そう。ほんの一握りであっても。かつての終わりに、ルルーシュの願いに、覚悟を以て集ってくれた彼や彼女達のような。

「ふぅん………?」

 そんな、驚いたような曖昧な声を上げたのは、そのほんの一握り。

 一瞬、目を瞠るように切れ長の瞳を丸くした少女は、しかし、直ぐに目を細めると、くすりと笑いながら、目の前の男の腰を小突いた。

「それは、また、随分と前途多難だな。お前には世界を壊すより難しいんじゃないか?」

「それが分かっているなら、何時までも油を売っていないで働け。人手が足りないんだ」

 ちょっかいを止めない魔女の手を払いつつ、ルルーシュは用事が終わっても、のんべんだらりと部屋に居座り続ける事に小言を言おうと振り返り……、いつもとは僅かに違う色を宿す視線と瞳に毒気を抜かれて、開きかけた口を閉ざす。

 代わりに、はぁ、と今度こそ疲れた溜め息を吐き、懐から取り出した写真をC.C.の目の前に広げた。

「……東京に潜入しているのは確認済みだ。アレが相手となると、咲夜子でも荷が重い。お前の守りが必要だ」

 ちらり、と視線を投げれば、そこにあるのは数枚の写真。

 気取られる事を嫌ってか、遠目の監視カメラや隅に少しだけ姿が映るピンぼけの写真ばかりだが、これだけで十分、相手が自分達の予想した人物であると分かる。

「……狙いは、やはり、ナナリーか?」

「あるいは、いや、あわよくば、お前だろうな。なら、一つにまとめておいた方が、動きが読みやすい」

 ついでに、守るべき存在は一処に集まってくれていた方が良い、とは言わない。

「裏をかいて、直接、お前を狙ってくる可能性は?」

「あり得るのか?」

「………いや。……ない、だろうな」

 糸を引いている人物の性格を思い出し、一瞬だけ考える素振りを見せるが、すぐに無いと断じる。

 V.V.がマリアンヌの子であるルルーシュを疎んでいるのは間違いないだろうが、間接的であろうと、この危険人物に手を出す度胸はないだろう。

 やるなら、もっと遠回りに。小賢しく、相手の弱点から攻める。もしくは、遠巻きにして完全に関わらないか。そう考えれば、狙いはやはりナナリーかコードを持つ自分に絞られる。

「そういうことだ」

 思考を読んだようなタイミングで声が掛かる。考えながら眺めていた写真が持ち上げられ、追うように視線を上げれば、懐に写真を仕舞う共犯者の顔に辿り着いた。

「無力化する為の策は用意してある。だが、肝心のお前にふらふらされていたらタイミングが掴めない。だから、戻れ。………お前がナナリーを気遣って、適度に距離を取ろうとしているのは分かるが」

「………別に。息苦しいのが嫌だっただけだ」

 殆ど顔も合わせた事がない人間が、四六時中側に居るというのは、それだけでストレスになる。元々、丈夫とは言い難く、兄が離れた事で心身共に弱り切っていたナナリーだ。適度にガスを抜かねば、身体が持つまい。

 先日の件もある。故に、C.C.は何かに付けてはナナリーの側に、気心の知れた咲夜子が居られるよう計らっていた。

 とはいえ、それもそろそろ限界である。襲撃者の存在が確認出来た以上、警戒レベルの引き上げは必須。その相手が彼であるなら、尚更だ。ナナリーへの負担は憂慮すべき事ではあるが、死んでしまっては元も子もない。

 C.C.もそれを理解しているのだろう。気怠い、緩慢な動きではあるが、餅のように伸びきった身体を丸めると、のそりと立ち上がった。

「……極力、咲夜子を回すようにはしておく。アレのギアスもお前には効かないだろうが、……………くれぐれも慎重にな」

 そこで気を付けろ、と素直に言えないのは性格か、若さか。

 ともあれ、心配されるのは悪い気分ではない。ひらひら、と手を振って答えたC.C.は少しだけ口の端を吊り上げると、ご機嫌なまま部屋を出ようとして――……。

「…………C.C.」

 躊躇いを含んだ声に呼び止められ、足を止めて振り返った。

「何だ?」

「……………いや」

 らしくなさすぎる歯切れの悪さ。そのまま途切れ、言葉を失った男の様子を、しばし黙って見つめていたC.C.は嘆息を一つ、入口の方へ向き直るのと同時に口を開いた。

「……食べるようにはなってる」

 一言。それだけであるが、それで十分だろう。

 それ以上何も言わず、ドアを開く。

「あ……………」

 すると、タイミング良く……、悪く、丁度部屋に入ろうとしていた人物と鉢合わせた。扇である。

 一瞥し、横をすり抜け、入れ替わるように扇が中に入る。

 その時、僅かに、出ていくC.C.を扇は何か言いたげに見るが、結局、何も言わずに視線を切るとルルーシュへと向き直った。

「ゼロ。その、呼ばれたと聞いたんだが………」

「………ああ。……アイツに何か用でもあったのか?」

 少し遅れて返答。若干乱れた気持ちを落ち着かせつつも、目敏く扇の反応に気付いたルルーシュがそう質問すると、扇は曖昧に笑って首を振った。

「いや、………何でもない」

 本当に、何でもない。

 ただ、C.C.の姿を見た時、思い出したのだ。

 今の少女が、あの夜、路地裏の闇に消えていった彼女について知っていた事を。

 だから。

 だから――――、何だ?

「何でも、ないんだ………」

「……そうか」

 呻くように答える扇の姿に、何となく答えを察したルルーシュはそれ以上の追及を止め、扇もまた空元気なりに表情を作ると、話題を本題へと切り替える。

「それで、ゼロ。俺を呼んだのは……?」

「ああ、それについてだが、……正直、今のお前に託すのは少々酷だと思うが、他に任せられる人材もなくてな」

 痩せこけた顔付きで、自分の前に立つ組織のNo.2の姿に悩ましく思いつつも、話を切り出す。

「これから、黒の騎士団の今後について、団員全員に伝える事がある。まずは、その事について、お前に話しておこうと思う」

 勿体つけた前置きから、事の重要性を感じ取ったのか、扇が表情を引き締める。ごくり、と鳴った喉は緊張か、覚悟故か。

 どうやら、中身は見た目ほどボロボロではないらしい。完全ではないものの、公私を切り替えようとする扇の姿に、少しだけ先行きに安堵を覚えた。

 

 だから、ルルーシュは口元に微かに笑みを浮かべて――――………。

 

 

 

「――――――――――え?」

 呟いたのは、一体、誰か。

 沈黙が場を支配する。今後の予定として、ゼロが口にした一言は誰の頭にも浸透しなかったのか、誰もが喋る事なく呆然とした顔付きでゼロを見ていた。

「え? ―――あ、え?」

 だが、それも永遠という訳ではない。

 じりじり、と火が付くように再び空間がざわつき始める。意味を飲み込めず、騒ぐ者。意味を飲み込んだからこそ、騒ぐ者。どちらにしろ、混乱している事には変わりない。

「あ、あの、ゼロ!」

 そんな中で、一番最初に意味を持って言葉を発したのは、やはりと言うべきか、カレンだった。

「すみません、今の発言って、どういう………」

 とはいえ、混乱しているのはカレンも同じこと。繰り出された質問は、理知的には程遠い。

 ―――いや、少し違うか。

 混乱しているには違いないが、その質問には、多分に懇願が含まれていた。

 聞き間違いであって欲しい。嘘であって欲しい。

 そんな想いが、震える声音から垣間見えた。

「今、言った通りだ」

 しかし、そんな少女の想いも、魔王が相手では意味を成さない。

 冷酷なくらい冷静に、残酷なくらい普段と変わらない声は迷いなく、同じ台詞を繰り返すべく言葉を重ねていく。

「既にブリタニアとの停戦は成り、日本政府もその機能を取り戻しつつある。ブリタニア軍の撤退は、まだ全てが完了した訳ではないが、近くその作業も終了し、日本はブリタニアの影響から完全に解放されるだろう。……これにより、君達の悲願は達成されたと私は判断した。故に、諸君と私が轡を並べる理由も、もはや存在しない」

 弱者の味方。強者の敵。悪を挫いて、正義を為す。

 それが黒の騎士団が掲げる大義であり、設立理由である。

 だが、実際に、そう思って加入した団員がどれ程いるだろう?

 本当に、正義の為にと戦いに身を投じた者が、どれだけいただろうか?

 率直に言おう。そんなものは建前だと、誰もが分かっていた。

 分かっていて、黒の騎士団に入ったのだ。日本を取り戻す為に。ブリタニアを倒す為に。

 ゼロとて、同じ。彼も、彼なりの目的と打算の為に正義を掲げたに過ぎない。………その根底にある、願いの色については、ともかく。

 故に、両者の間にあったのは、結局のところ、共通の目的と利害の一致。

 ならば、この結末は、当然の帰結であると言えよう。

 

 

「私は、君達、黒の騎士団との関係を、今この時を以て放棄する」

 

 

 二度目。一度目と変わらない、淡々とした決別の言葉が団員達の胸に刺さった。

「事後については、扇に託した。私の方でも、君達の今後に融通を利かすよう、日本政府を始め、可能な限り取り計ってある。これを機に退団を考えている者、戦いを離れようと思う者は――――」

「ちょ……ッ、ちょっと待てよッ!」

 あくまで淡々と話し続けるゼロに、もはや我慢ならんとばかりに、玉城ががさつに声を張り上げて割り込んだ。

「い、一方的過ぎるだろうがよッ! そりゃ、俺達は日本の為に戦ってきて、それが返ってきて、その、お前とも色々あったけどよ! それでも此処まで一緒にやってきたんだし、そもそも黒の騎士団を作ったのはお前じゃねぇか! なのに、何を勝手に決めて、勝手にほっぽり出そうとしてんだ! お前がいなくなったら、黒の騎士団は、俺達はどうすりゃいいんだよッ!」

 がなり立てながら、愕然とする団員達を押し退け、玉城が最前列から飛び出してくる。

「それについては、もはや私の関与するところではない。好きにするといい」

「好きにって……、何だよ、そりゃ! ふざけんなッ!」

「では、どうするつもりでいた?」

 無責任にも思える発言に、顔を怒りと苛立ちで真っ赤に染め、ともすれば、今にも殴り掛かりそうな玉城に、しかし、当のゼロは腹立たしいくらい冷静な声で、荒ぶる感情に水を掛ける。

「私が国外追放されるのは、周知の事実だ。この決定が覆る事がない以上、私が日本に留まる事はない。そんな私に付いて、折角取り戻した日本を追い出され、他の国の誰とも知れない誰かの為に生命を懸けて戦い続けるつもりでいたと、お前達は言うのか?」

「そりゃ……、そんなの…………」

 改めて問われ、口ごもる。

 そんな玉城から視線を外し、他の団員達に目を向ければ、俯いたり、顔を背けるのが見えた。

「真に覚悟がある者については構わない。まだ私と戦い続ける意志があるのなら、歓迎しよう」

 個々人に限れば、ゼロに付いていこうと考える者もいるだろう。

 ゼロのカリスマに当てられた者。ブリタニアを潰したい者。あるいは、別の。

 だが、組織の総意としては?

 それは、見回した彼等の顔付きを見れば、十分に分かる答えだった。

「……最終的な判断については、各々各自に任せる。退団も残留も………、黒の騎士団の名も君達に残すが、存続か解散か、その辺りも含め、良く話し合い、決めると良い」

 目的を失った武装組織など、残しておいても愉快な事にはならない。だが、ゼロが抜けるとはいえ、黒の騎士団の名前にはまだ威力がある。残しておけば、牽制になる。

 果たして、どちらが良いのか。もはや、他人事になったルルーシュには、どちらでもどうでも良かった。

 たとえ、転んだ先で、薬になろうと毒になろうと。ルルーシュにとっては、使い道が変わる程度にしか意味合いは変わらないからだ。

「最後に。………此処まで正体の分からない、私のような人間に、よく付いてきてくれた」

 そう呟いた口から、意図せず息が溢れた。そんな自分に気付き、こっそりと苦笑する。

 思えば、随分と苦労させられた。

 揃わぬ足並み、足りない練度。資金不足の解消に地道な裏工作。そこまでやって結果を出しても、幹部との摩擦は消えず、猜疑心は募り、『前回』には遂に追い出された。

 全く、思い出しても、ロクな記憶がない。繕わず言ってしまえば、自分も含め、実に最低な軍隊であったと言えるだろう。

 でも、そんな彼等でも、いなければ、何も始まらなかった。

 たった二人だけでも生命を懸けてくれなければ、親友を助けられなかった。

 不承不承でも、自分に協力してくれなければ、腹違いの妹と友人達を救う事は出来なかった。

 最後には敵として終わったが、彼等がいたから戦い続けられたのも事実。命懸けの戦場に、自分を信じて赴いてくれたのも事実だ。

 だから。

 だから、せめて、最後くらい相応に。

 

「………ありがとう」

 

 感謝を伝えて、幕を引こう――――。


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