とある一方通行な3兄弟と吸血鬼の民間警備会社 作:怠惰ご都合
夏世はしばらくの間、何も言わなかったが、やがて張りつめていた緊張を解こうと、ゆっくりと息を吐いた。
「・・・・それにしても、見てもいないガストレアの種類を良く言い当てられますよね。里見さんってオタクなんですね」
「グッ・・・それを言うなよな」
「アリの巣を水没させて悦に浸ってた陰惨な幼少期がありませんでしたか?『ほーら、溺れろぉ。ノアの大洪水だぁ~。神の怒りをしれぇぇ~』みたいな感じで。ええ、楽しいですものね、わかります」
「ああそうさそうだよ殺しまくりだよ悪かったなフン!」
蓮太郎が自棄気味に告げると、横ではライが笑っており、夏世は少し楽しげに眼を細めていた。
「でもいいですね。あなたみたいなプロモーターといると退屈しなさそうです。少しだけ、延珠さんが羨ましいです」
夏世は焚火に目を落としながら言う。
「・・・・お前は、伊熊将監のようなプロモーターと居て楽しいのかよ」
蓮太郎はできるだけさりげない風を装って質問した。
「・・・・イニシエーターは殺すための道具です。是非などありません」
「延珠さんはおそらく人を殺したことがありませんね。目を見ればわかります」
「確かに延珠は人を殺した事はないが、お前はあんのか?」
「ええ、ここに来る途中も出あったペアを殺害しました」
蓮太郎は一瞬、なにかの聞き間違いかと思った。
「どうしてそんなことを・・・・・ッ」
「将監さんの命令だったので。本当はホタルの光に誘われて行った時も、同業の人間ならすきあらば同様の事をしたでしょう。将監さん曰く『トチ狂った仮面野郎をぶち殺す手柄は俺たち以外のだれにも渡さない』そうです」
蓮太郎は拳を握りしめた。
「・・・・お前は人を殺して何とも思わないのか?」
「怖かったです。手が震えました。でも、それだけです。これで二回目ですし、じきに慣れるでしょう」
蓮太郎の心にカッと怒りがこみ上げてきた。蓮太郎は夏世に掴みかかり押し倒すような体勢になっていた。
「フザケんじゃねぇッ。人殺しの一番怖いところは殺人に慣れることだ。だが自分が罰せられないと知った時、人は罪の意識を忘れていく」
「・・・・それはあなたが殺人に手を染めたことがあるから言えるんですか?里見さんは不思議な瞳をしていますね。複雑な過去をお持ちのようで。優しいのに、とても怖い瞳・・・」
「・・・・・。なあ、どうしてウチの延珠が尊大な喋り方をするかわかるか?それは自分が人類を守る立派な仕事をしていると思っているから胸を張って偉そうに喋るんだ。単純だろ?昔、延珠がプロモーター崩れの犯罪者を殺しかけたことがある。延珠は手術中ずっと塞ぎ込んでたし、助かったと聞いた時は一日中喜んで見舞いにまで行ったんだ。俺は、それでいいと思ってる」
「里見さん・・・・それは綺麗事です」
夏世は不思議そうな瞳で蓮太郎を見上げながら答える。焚火に照らされ瞳にはオレンジ色の炎が映り込んでいた。蓮太郎はゆっくり見を起こすと彼女に背を向けた。
「・・・悪ぃ。俺、なに偉そうなこと言ってんだろうな。クソッ」
「どうして?」
夏世は言いながら蓮太郎の制服の裾をぎゅっと握る。
「え?」
「・・・どうして、謝るんですか?里見さんの言ってることは正しいのに。あなたは正しい。もっと自分に自信を持ってください。渡し、いま変です。よく分からない気持ちです。里見さんに対する反論なら即座に何十個も思いつくのに、里見さんの言ってくれたことを否定したくない・・・。この気持ち、初めてなんです」
「お前・・・・」
蓮太郎の胸に不思議な感慨が湧いてきた。
やはり、蓮太郎が初対面に抱いた印象は間違っていなかったのだ。やがて彼女は袖で小さく目元を拭うと、一瞬だけ垣間見えた十歳の少女の弱さはもうなかった。そして夏世の提案により蓮太郎、ライ、アクセラレータはインスタントコーヒーを飲むことになった。
「くだらねえ」
インスタントコーヒーを飲み終わったアクセラレータは呟いた。
「えっ?」
「否定したいならすればいいだろォが。こっちは一万近く殺し続けてンだ。まァ、『
「アクセラレータ?『お前も』だって言うのか?」
「今更、何言ッちゃッてンですかァ?お前もだろうが。なァ、里見蓮太郎?」
「ああ、確かに俺も人を殺したことがある。ガストレアと化して交戦した時にな。・・・・それでも、一万近くは異常だ。聞かせてくれないか、アクセラレータ?」
『
「『
「あァ、そのために俺は『絶対的な力』を手に入れる。『学園都市最強、
「今は中断してんだよな?」
蓮太郎の問いにアクセラレータが頷く。
「なら、俺が戻ってから止めてやるよ」
「・・・・オマエが、ねェ」
アクセラレータは蓮太郎の言葉を相手にしていないようだった。
「里見さん、『天の梯子』を見ましたか?」
しばらくして夏世は悪い雰囲気を断ち切るように尋ねる。
「ああ、ここに来る前にな」
「私はガストレアとの大戦を知らない『無垢の世代』です。しかし自分の子供を目の前でむさぼり食われ、恋人を醜いガストレアへと変貌させられた『奪われた世代』の胸には、剥き出しの憎悪が見え隠れしているように見えます。世道人心は乱れ、ただ殺戮能力に特化した武器が開発されました。例を上げるなら『天の梯子』です。これは氷山の一角にすぎません。里見さんも『新人類創造計画』は聞いたことがありますよね?私たち呪われた子どもたちの戦闘能力の高さに気付いて、立ち消えてしまった計画だそうですが、かつてバラ二ウム合金の力を使って最強の兵士を作ろうとした実験があったんです。人体実験も行われていたという話を聞きます。これは大戦前の日本では考えられなかった話なんです」
蓮太郎が何と言っていいか困っている時、夏世の傍らに置かれていた黒い受信器のようなものからノイズと共に野太い男のうなり声が聞けて来て、はっとさせられた。
どうやら無線機らしい。夏世は飛びついてつまみのようなものを回すと、音は鮮明になっていき、やがてそれは連太郎にとって忘れたくとも忘れられない男の声になる。
『き・・・・・ろよ。おい!生きてんだったら返事しろよ』
声が聞こえてきた瞬間、夏世が目配せしてきた。喋るな、と言うことだろう。
「音信不通だったので心配していました。ご無事で何よりです、将監さん」
『たりめぇだろ。んなことより夏世、いいニュースがある』
伊熊将監はもったいぶるように一旦言葉を切った。無線機越しにドクロスカーフの下で笑っている姿が蓮太郎の目に浮かんだ。
『仮面野郎を見つけたぜ』
将監の言葉に蓮太郎と夏世は顔を見合わせた。
「どこでですか?」
夏世が聞くと同時に蓮太郎はポケットから地図を掴みだし地面に広げる。将監が告げたポイントを探すと、すぐに見つかる。海辺の市街地で、現在置から近かい。
『いま、近くにいる民警が集まって総出で奴を奇襲する手はずになってる。ホントはだし抜いてやりてぇところだが、まあ仮にも序列が上の相手だし、肝心のイニシエーターがいやがらねぇ。いま荒れてた手柄の話がようやくまとまったところだ。仲良く山分けだとよ、面白くねェ話だ。思えもとっとと合流しろ』
夏世の返答も聞かずに無線は切られた。確かに将監の後ろで蛮声や笑い声が聞こえていた襲撃計画が進みつつあるというのは本当なのだろう。
夏世は早速荷物を畳んで焚火を踏み始めた。
「やっぱり行くのか?」
「ええ、あんな人でも私の相棒なので。里見さんは?」
蓮太郎は自分の気持がわからなくなっていた。他の民警が始末をつけてくれるのなら、それに縋ってしまいたい気持ちもある。
だが、小さく首を振ると、蓮太郎は一旦個人的な感情を沈めて冷静に戦略分析をする。
問題なのは将監と組んだ連中の腕はどれくらいのものかということだった。序列は不明だが、背後の喧噪は、一組や二組と言う感じではなかった。少なくとも十組弱は揃っているのではないか。その中にはイニシエーターのアシストなしで戦えるIP序列千五百八十四位の闘神、伊熊将監もいる。
影胤が勝つにせよ、民警チームが勝つにせよ激戦になるのは必至だ。
「傷はどう?」
ライが聞くと夏世は黙って包帯を解き、傷が残らず治癒している事を知らせた。
午前四時。
延珠を呼び戻して、五人でトーチカを出た。
ぬくぬくと焚火にあたっていた蓮太郎たちより、外で長時間見張りに立っていた延珠の方がはるかに夜目が聞いたので、先頭に立たせることにした。
しばらく歩くと森は途切れ、見晴らしのいい平野部に出る。そこから道なりに進めば数キロで街に入れるだろうが、あえて連太郎は回り込むようにして小高い丘を目指す。
街までの直線には身を隠すものが何もない。ここは慎重を期すべきだろうという判断だった。
歩くにつれて鼻孔に潮の匂いが運ばれてきて、海が近い事がわかる。
途中、周りを背丈の高い下草が囲んだ場所に野営の後を見つけた。
煙が出るのを恐れてか、煮炊きをした形跡はないが、携帯食料の袋が散らばっている。思ったよりも所帯が大きい。
蓮太郎は焦り始めた。奇襲をかけるなら、夜討ち朝駆けが基本だ。後二時間もすれば夜が開明ける。彼らがここを出たなら、もう作戦が始まっていると考えていい。
慎重に迂回しながら街が見下ろせる小高い丘のつく。眼下に不気味なほど静まり返った街があった。
三日月型に湾曲した湾には漁船や小型のボート等が無数に係留されている。
小さな街で、大戦前も過疎化に悩まされていたのではないだろうか。当然明かりなどがないかと思いきや、教会と思しき白い建物にだけ明かりがともっていた。
突如、銃性が聞こえ息を飲んだ。最初の一発が嚆矢になり、破裂音のような銃性と高い剣戟音が続いた。
「蓮太郎ッ」
延珠が叫ぶ。
「俺たちもいくぞ」
「私は残ります」
驚いて振り返ると、夏世とアクセラレータはこちらに背を向けていた。
「どうしてッ」
ライが声を掛けた瞬間、蓮太郎たちが歩いてきた道から、四本足の獣が弾丸のような速度で飛びだしてきた。
アクセラレータは能力を使って正面からそれと衝突し、突進を弾き返した。
蓮太郎はぎょっとした。飛び出してきたのはシカのガストレアだった。上半身の皮膚の至る所を突き破って角が生えている。
夏世は弾き返され倒れているガストレアの頭部を狙ってショットガンの引き金を引いた。
「ゲアッ」という気味の悪い叫び声をあげてガストレアは吹っ飛んで動かなくなった。
「尾けられていたようです。それと里見さんには聞こえないのですか?ここで誰かが食い止めないと、勝っても負けても全滅しますよ」
言われて背後を見ると、今しがた抜けてきた鬱蒼とした森から低い鳴き声や高いうなり声が聞こえてきた。街から聞こえて来た銃声で目を覚ましたガストレアが様々な周波数帯で仲間と交信しているのだ。
夏世はしごく冷静な様子でフルオートショットガンを地面に突き立て、背嚢を下ろすとありったけの予備弾倉を地面に並べ始める。徹底抗戦の構えだ。
「じゃあ俺たちも」
蓮太郎は言うが、夏世はショットガンを天に向けると一発だけ発砲する。散弾のつぶてのうち数発が当たったのか、怪鳥のようなシルエットが一声鳴いて森の中に墜落する。
「里見さんは馬鹿なのですかッ?賽は投げられています。あなたたちはルビコン河を渡らなければなりません。その代わり、終わったらこっちの加勢、お願いします」
「ここは任せる。ガストレアを止めろ。ただし無理はすんじゃねぇぞ」
「安心してください、劣勢になったら逃げますので。将監さんをよろしくお願いします」
蓮太郎達の背中を見ながら、夏世はアクセラレータに尋ねる。
「アクセラレータさん。あなたも行ってください」
「あァ?」
「あなたがいればここは抜けられるでしょう。ですが、その間に蓮太郎さん達はやられてしまう。それはライさんも同じはずです」
「・・・・・」
「ライさんを守りたいのでは?」
「チッ。ガキが分かッたよォな事を言うな。運が良けりゃ帰りに拾ッてやる」
そう吐き捨てるとアクセラレータは蓮太郎達の跡を追った。
徐々に街が大きくなってきた。家屋や小さなビルが原型を留めているところを見ると、ここに住んでいた人たちは、ガストレアに襲われる前に早々に街を捨て東京に逃げ込んだのだろう。
原形を留めてはいるが、完全に、というわけではない。通常、暖房が使われなくなった住宅やビル等は大きな寒暖の差をモロに受け、膨張収縮を繰り返した結果、壁がボロボロになってしまう。この街に関して言えば、併せて、塩分を含んだ潮風が基材を腐食させるので、より事態は深刻と言える。
朽ち果てた街を見ながら、蓮太郎は人工的な環境の弱さをまざまざと感じた。
蓮太郎達は街に入ってからは建物の陰を縫うようにして進んだ。
無数に係留されたボートも錆だらけで、漁船に至っては幽霊船と見紛うばかりの奇々怪々な有様に感じていた。風が吹くたびに闇色に塗られたシルエットがギッと耳障りな音を立てる。
徐々に銃声がした付近に進んで行き、それに伴って蓮太郎の心臓がばくばくと拍動する。レーダーの様に敏感になった肌には、風が吹くたびにチクチクとする。
一体どうなっているのか、先程から銃声も剣戟音も聞こえてこない。影胤を倒したのなら、誰かが勝ち鬨くらい上げるだろうに。
蓮太郎は邪魔になったサイレンサーを取り外し、右手にXD拳銃、右手にライトを持つ。腕を交差させ、手の甲同士を密着させながら進む。ライトはまだつけない。出会い頭にライトの光を叩きつければ相手の視界を奪いながら一方的に銃撃できるからだ。ハリースと呼ばれるプロが使う
やがて足になにかが当たり、延珠がそれを手探りで拾い上げると、延珠は短い悲鳴を上げて放りだした。
生々しい二の腕から先は銃を握ったまま切断されていた。湯気すらあげそうなほど瑞々しい。
その時、平屋の家屋の中からゴトリと音がして、危うく発砲しそうになってしまった。
「剣は・・・・俺の剣は・・・・・・・どこ、だ」
「お前は・・・ッ。伊熊・・・・将監か」
男が声を上げながら歩いていたので蓮太郎は声を掛けた。雑貨屋のスツールにどっかりと座りこんだドクロスカーフの男は、蓮太郎の姿を認めると、ふらふらと歩み寄ってきた。どうやら目が見えないらしい。
「すまねぇ、アンタ・・・・俺の・・・・剣を知ら、ないか。あれがあれば、まだ戦える・・・・」
将監の言葉に蓮太郎は小さく口を開けて、折れた巨剣が将監の背に突き刺さっている光景を見つめるしかなかった。
将監は蓮太郎の横をすり抜けると、膝から崩れ落ちた。
もう二度と動かなかった。
事態が予想を超え過ぎて、蓮太郎の脳の処理が追いつかなかった。序列千五百八十四位の上位ランカーが倒されたことがショックだったのだ。
蓮太郎はXDの銃把を握りしめ、心の中で夏世に詫びた。
腰に差した彼のバックアップ用の銃を見つけ、簡単に検める。スミス&ウェッソン社製オートマチック拳銃、シグマ。四十口径のバラ二ウム弾がフル装填されていることを確認して連太郎はベルトに挟み立ちあがると、通りに続く角で立ち止まり、延珠に悲鳴をあげないことを約束させる。
風下にいるせいか、先程から隠しようがないほどの濃密な血臭がする。
銃を構えながら通りに出ると、声が出なかった。
一番近いものは、ほんの数メートル先にあった。
蓮太郎の一番近くに転がっていたのは、切り離されたイニシエーターの頭部だった。顔に驚愕が張り付いたままこちらを見つめている。
奥には折り重なるようにしてイニシエーターとプロモーターの死体があった。こちらは速やかに銃殺されている。通りは血の海と化しており、その中には防衛省で見た顔もちらほらあった。
蓮太郎は唇をかみ、膝から崩れそうになるのを必死で堪えた。
百メートルほど奥に扉があけ放たれた教会が見える。
壁に掛けられた燭台に煌々と灯がともっている。
「パパァ、ビックリ。ホントに生きてたよ」
その時、蓮太郎は教会の頭上に据えられた聖十字から海面を眺めているペアを見つけた。
片方は腰に差した二本の剣に、黒いワンピース。もう一方はワインドレッドの燕尾服に袖を通した仮面姿、シルクハットの怪人だった。
蓮太郎は自分の目を疑った。そのペアは大量の手練れを迎撃、全滅させた後だというのに、傷一つなかったのだ。
蓮太郎は激しい後悔に襲われ、一歩退いてしまう。
どうして、ほかの民警の応援を呼ぶまで待機していなかったのか。何度も対峙して人間離れした実力をまざまざと見せつけられた後だというのに。そうでなくとも、伊熊将監たちが手も足も出ず殺害された時点で、勝敗の帰趨は明らかだった。あの時踵を返して逃げることもで出来たはずなのに。
二回もあったチャンスをフイにした結果、かくて状況は最悪となる。今からではもう遅いのだ。
「影胤・・・・ケースは、どこだ・・・・ッ!」
「きっと来ると思っていたよ」
生ぬるい風が肌を撫でている中で、月を背後に、二丁拳銃を持った蛭子影胤はゆっくりと振り返り、鷹揚に手を広げた。
「幕が近い。決着をつけようじゃないか、里見くん」
男の声が蓮太郎達を包んだ。
次回はどこまで書けるのか、自分でも分かりません。