やはり俺たちの高校生活は灰色である。〜古典部と奉仕部の邂逅〜 作:発光ダイオード
01
「少し落ち着きたまえ」
雪ノ下の口撃にたじろぐ折木、好き勝手騒ぐ由比ヶ浜と千反田、呆れた様に折木を見る伊原、楽しそうにそれらを傍観する福部、そしてこの無法地帯に戸惑う俺、比企谷八幡。
言葉の雑踏をかき分け発せられた平塚先生の声を聞いて、俺たちは静寂を取り戻した。俺たち七人が囲む机から少し離れた所に足を組んで座っていた先生は、手にしていたカップに注がれた紅茶を一口飲んでから俺たちを見回した。
「君たち奉仕部と古典部は今日会うのが初めてだから互いの事を知ろうと思うのは当然だろう。なのでここはひとつ、私が君たちに問題を出そう……」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ヒッキー部活行こ!」
放課後になって早々、机に突っ伏していた俺は由比ヶ浜に声をかけられ顔を上げた。いつもならこっそりと話しかけてくるのに今日は普通に声をかけてくるなんて珍しい事もあったもんだ。
視線の先の由比ヶ浜はじっとこっちを見ていて、どことなくそわそわして落ち着きがない様に感じた。
「…おう、そうだな」
とりあえず返事をする。ホントはもうしばらく教室に居るつもりだったが、こうもあからさまに誘われては断ることもできない。戸塚でさえ、俺が教室で由比ヶ浜と話しているのを珍しいと感じるのだ。であれば当然クラスの連中は、俺たちに異様な視線を向けてくるに違いない。由比ヶ浜は気にしないかもしれないが、俺にはそんなの耐えられない。ぼっちは注目を浴びると死ぬのだ。断固拒否である。
俺は重い身体を椅子から引き剥がしのそのそと席を立つ。たがその時、妙な違和感に気付いた。誰も俺たちの事を気にしていないのである。いや、実は注目を浴びたいとかそういうんじゃないんだが、普通由比ヶ浜のようなスクールカーストの高い人間が俺の様な下位カーストの人間に話しかけると少なからず周りがざわつくものである。
だがそういう様子が全くない。みんな無関心である………ていうか、既にクラス全体がざわざわしていた。何人かが集まって幾つかのグループを作り、それぞれ神妙そうに話し合っている。なるほど…これなら俺たちに気がつかない事にも頷ける。しかもよく見るとグループの連中は別のクラスのヤツがほとんどで、このクラスの生徒は数人混ざっているだけだった。クラスの連中の顔をちゃんと覚えてる訳ではないが、さすがに初めて見る顔かどうかは分かる。どうやら俺の知らない間にこのクラスはどうかしちまった様だぞ。
「ヒッキー何してんの。早く行こうよ」
「お、おう」
廊下にいる由比ヶ浜に呼ばれはっとなった俺は、カバンを持って由比ヶ浜の後を追った。
妙な違和感は教室を出てからも増す一方で、部室に向かう途中、周りの生徒達の落ち着かないような、心穏やかでない雰囲気がひしひしと伝わってきた。廊下で眉間に皺を寄せて話合っている生徒や、プリントの束を抱えて足早に過ぎ去る生徒が幾人もいた。そして本来こういった落ち着かない生徒を注意する筈の生活指導の教員でさえも忙しなく廊下を行き来している。
これは何かある、俺はそう確信した。ぼっちという人種はこういった周りの細やかな変化に至極敏感なのである。常に周りを気にし、変化を読み取り、決して目立たないようにする。そうする事で自分を護っているのだ。下手に目立っては周りの目がひどく冷たいものになり高校生活を平穏に送れなくなる。そして散々周りに気を張りに張ったあげく、最終的には「この空気の原因俺じゃね?」という思考に行き着くまである。ソースは俺。
…まぁ今の周りの様子だったらぼっちじゃなくても気付くだろうけども。
「なぁ由比ヶ浜、なんか周りの奴らちょっと様子が変じゃないか?あとなんでおまえ教室で話しかけてきたの?」
俺は隣を歩く由比ヶ浜にそれとなく聞いてみる。
「多分みんな今朝の話きいたからじゃないかな?あたしも早く部室行かなきゃって思ったし。だからヒッキーに声掛けたんじゃん」
「今朝の話って何?」
「朝先生が話してたじゃん、忘れたの?」
由比ヶ浜は、こいつマジかよ、みたいな顔をして驚いた。なんなら少し引いてるまである。
確か朝は読んでたラノベのキリが付かず時間いっぱいまで読んでた気がする…。
「まぁなんだ、その、アレだ…聞いてなかった」
「えーっ!聞いてないとかマジありえないしっ!てゆーかヒッキーも関係あるんだからちゃんと聞いててよっ!」
由比ヶ浜は頬を膨らまして怒る。
「悪かったって。で、その話ってのはどんなんだってばよ?」
「もー、それだからヒッキーは って言われちゃうんだよ。ホントしっかりしてよね。えっと…あのね、部活が大変なんだよっ!」
由比ヶ浜は俺の小ボケを無視し、やれやれといった身振りで応える。ちょっと悲しい。
「部活って奉仕部がか?」
「奉仕部っていうか部活全部だよっ」
由比ヶ浜は両手を大きく振り何かを表現している。
「すまん、もっと分かるように話してくんない?」
こいつがアホの子だってことを忘れていた。語彙力の低さが伺える。
それから由比ヶ浜は身振り手振り色々説明してくれたが、結局部活がヤバいという情報以外全くわからないまま部室に着いてしまった。
「まぁ詳しい話はゆきのんに説明してもらうって事でー」
そう言って由比ヶ浜はへへへと笑いながらドアを開けた。
「あ、ちょっ」
できれば部室に着く前にある程度話を聞いておきたかった。由比ヶ浜にさえ今朝の話を聞いていなかったことを怒られたのだ。ならば部室にいる雪ノ下がそれを知って俺を罵らないはずがない。いやむしろ全力で糾弾してくるだろう。…ていうか部活がヤバいって何がどうヤバいんだ?
俺は学校中の異変から一人取り残された疎外感を感じつつ、雪ノ下からの糾弾をどう回避するか必死に考えながら由比ヶ浜の後ろに付いて部室に入っていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
部室に入ると、いつものように椅子に座って本を読んでいた雪ノ下はこちらに目を向ける。
「ゆきのんやっはろー」
「あら由比ヶ浜さんこんにちは。今日は随分と早いのね」
雪ノ下はそう言って本を閉じた。
「今朝先生から話があったでしょ。だから早くゆきのんと話さなくちゃって思って授業終わったらすぐ来たんだよ」
そう言いながら由比ヶ浜は背負っていたリュックを机に下ろす。
「なるほど、そういう事だったのね」
「あとヒッキーもいるよ」
由比ヶ浜よ、人をついでみたいに言うのはやめろ。
由比ヶ浜に言われ、雪ノ下は俺を見る。
「あら、比企谷君いたの?あまりにも存在感がなくて気がつかなかったわ」
「いやいや、お前さっきこっち見たろ。確実に目ぇ合ってたと思うんだけど。てか人の事空気みたいに言うの止めてくんない?」
「そうだったかしら。けれど私があなたを見ていたなんて、随分自意識過剰な発言をするのね」
雪ノ下はやれやれといった口調でため息をつく。
「それと、自分の事を空気だと勘違いしている様だから教えてあげるけど、腐った魚の様な目をしてだらし無さという有害物質を撒き散らすあなたはとても空気と呼べるものではないわよ、比企谷菌」
「相変わらず切れ味バツグンだなその口。辛過ぎて泣いちゃいそうだぜ」
俺は目に力を入れてぐっと涙を堪える。…しかしこいつは俺の言葉のひとつひとつに対して、何処からでも罵倒できるんじゃないだろうか。全く恐ろしすぎる。
「そんな事よりもゆきのん、これからどうしよう」
俺の存在についてそんな事の一言で片付けた由比ヶ浜は、雪ノ下に聞いた。
「そうね、今朝の事について色々と話し合わなければいけないわね。けれどその前にひとつ確認したいのだけれど…」
そこまで言って雪ノ下は言葉を噤んだ。何か言い辛そうに手元にある本の端をいじっている。
「その…今回の事だけれど、奉仕部は存続させる…という考えでいい…かしら?」
少し不安げに尋ねる雪ノ下に、由比ヶ浜は駆け寄って両手をがっしりと握った。
「もちろんだよゆきのんっ!それ以外考えられないよ。頑張って奉仕部続けられる様に頑張ろっ!」
にっこりと笑う由比ヶ浜を見て、雪ノ下は安心した様に微笑み返した。
「比企谷君も、それでいいかしら」
何の事かさっぱりわからんっ!
雪ノ下はこちらを見ていきなり話を振ってくるが、一体何故奉仕部を存続させるかという話になっているんだ?
……しかしこの様子から察するに、とりあえずここはYesと言っておけば間違いはないだろう…たぶん。
「あ…
「あのねゆきのん、ヒッキー今朝の話聞いてなかったんだって」
俺が答えようとすると、由比ヶ浜が言葉を遮る様に口を開いた。その瞬間はっと気付く。今のやり取りですっかり油断していたが、俺には雪ノ下に罵られるというイベントが待っていたのだった。途端に身体が強張る。由比ヶ浜もこんなところでぶっ込んでこなくてもいいのに…。恐る恐る雪ノ下を見ると先程の優しい微笑みは何処へやら、蔑みの目でこっちを見ている。
「比企谷君、あなた話を聞いていなかったの?」
「…はい」
雪ノ下は先程よりも更に深いため息をつく。
「いつもどうでもいい事ばかり気にするくせに、自分に関係のある事をどうして聞き逃すのかしら?友達の居ない比企谷君のことだから聞き逃して損をするのは自分だけなんて言うのかもしれないけれど、今その事で私や由比ヶ浜さんに迷惑をかけている事についてどう思っているのか教えてもらえるかしら」
痛い所を突かれている。ていうか突かれて痛い所しかない。今朝の自分に言ってやりたい、書を捨てよ話を聞け、と。
「…面目次第もございません」
謝罪の言葉が足りないのか、雪ノ下は口元に手を当て、依然こちらを睨んでいる。
「まぁまぁゆきのん。ヒッキーも反省してるみたいだしさ」
由比ヶ浜が俺たちの間に入って雪ノ下をなだめる様に言う。雪ノ下は由比ヶ浜を見た後、何か気を落とした様にふうと息を吐いた。
「そうね…確かにこれ以上この男に何を言っても時間の無駄でしょうし、今はやめておきましょう」
微妙に会話が成り立っていない気もするが、とりあえずこの場は凌げそうなので良しとしよう。今はってのが少し気になるが…
雪ノ下は気持ちを切り替えた様で、話を元に戻す。
「どうするか話し合う前に、色々と確認したい事もあるわ。なので一度平塚先生にちゃんと話を聞きたいと思うのだけれどどうかしら」
「そだね、なら今から職員室行こっか」
「ええ、比企谷君には行く途中で簡単に話をしてあげるわ」
「おう、よろしく頼む」
とりあえず俺たちは平塚先生に話を聞きに職員室へ行く事になった。依然なにが起こっているのか分からなかったが、とりあえず、奉仕部の存続に関わる程の大事らしい。
そんな事を考えながらいざ部室を出ようとしたその時、ドアがスパーンと音を立て勢いよく開いた。
「その必要はないっ!」
その声、国語教師なのに白衣という出で立ち、そしてノックもせずにドアを開けるガサツさ。それはまさに、今から職員室へ話を聞きに行こうとしていた相手、平塚先生だった。
「平塚先生、入る時はノックをして下さい」
「先生こんにちはー」
「随分タイミングがいいんですね。ひょっとして外で待ってたんですか?」
俺たちが挨拶すると、平塚先生は、まぁまぁ慌てなさんなとでも言う様に、俺たちの前をゆるりと横切り椅子に座る。
「雪ノ下、すまないが紅茶を入れてくれないか。少し喉が乾いてしまってな」
「あ、はい」
平塚先生に言われ雪ノ下は紅茶の準備をする。俺と由比ヶ浜は先生に促され椅子に座らせられた。どういう訳か分からないが、先生の言う様に職員室に行く手間が省けた。これで学校中が何に騒いでるのか知る事ができる。
「いやぁ、部室の前まで来たら丁度雪ノ下が私に会いに来ると言っているのが聞こえてな、ココだっ!って思うだろう?」
いや確かに思うかもしれないけど流石にやらないでしょ普通。俺と由比ヶ浜が呆れていると、雪ノ下が人数分の紅茶を机に置き、それから自らも席に着いた。平塚先生はすまないと言って紅茶を受け取り、一口飲んでほっと息をついた。
「君達も今朝の話を聞いて知っていると思うが詳しく知りたいだろうと思ってな、それを伝えに来たのだよ」
「先生ー、ヒッキー今朝の話聞いてなかったんだってー」
またしても間髪入れず由比ヶ浜がぶっ込んできた。せっかく忘れかけてたのに(主に俺が)再び身体が強張る。恐る恐る先生を見ると、やはり蔑みの目でこっちを見ている。
「比企谷、君は話を聞いていなかったのか?」
「…はい」
「君はくだらない事には執着するのに、どうして自分に関係ある事にはこうも無頓着なんだ。何かそういう縛りプレイでもしているのか?今まではそれで良かったかもしれないが、いつか本当に大切な時に取り返しがつかない事になるぞ」
「いや、そういうのさっきやったんでもういいです」
すでに雪ノ下と由比ヶ浜に散々言われた俺としては、これ以上は聞くに堪えない。
「…どうやら君は私のファーストブリットを食らいたい様だな」
先生は拳をぐっと握る。
「俺的にはもう既にニ発ほど食らってるんでどっちかって言うとラストブリット…
「よぉし比企谷、そこに立ちたまえ。そして手を後ろに組むがいい!真ん中から打ち砕くから!!」
それにしてもこの教師、ノリノリである。怒ってるのに何か生き生きしてて、すごく楽しそうだ。
「すいません冗談です。反省してます、だから勘弁して下さい」
平塚先生は席を立ち、じわりと近づいてくる。
「平塚先生、今はそんな事している場合じゃありません」
もう殴られそうという所で雪ノ下が声を発し、先生は拳をぴたりと止めた。
「比企谷君もよ。…それにしてもあなた何度同じ事言われたら気が済むのかしら」
「そうだよヒッキー、ホントに分かってる?」
「そんな何回言われても出来ない子みたいに言うの止めてくんない?俺が聞いてなかったの一回だけだから。お前らが波状的に同じとこ攻めてくるだけだから。それ以上言われたらマジで泣いちゃうんだけど」
二人がやれやれといった感じで俺の事を見ている。平塚先生も正気に戻った様で、コホンと咳をしてみんなの注目を集める。
「まぁ、今朝の話は私が詳しく説明しよう。雪ノ下も由比ヶ浜も聞いておいてくれ」
かろうじてファーストブリットを免れた俺は、傷付いた心を必死に保ちながら先生の話に耳を傾けた。