やはり俺たちの高校生活は灰色である。〜古典部と奉仕部の邂逅〜 作:発光ダイオード
折木はゆっくりと口を開く。
「…XとYは最初からこの問題の事を知っていた。何故ならふたりとも平塚先生とグルだったからだ。部活動選別宣言の内容自体は以前から決まっていたという事だから、恐らく先週にでも三人で話し合ったんだろう。そして単刀直入に言うと……Yは千反田、お前だ」
突然の名指しに部室内がざわめき、由比ヶ浜はなんでなんでと騒ぎたてる。
俺が由比ヶ浜を落ち着かせているのを他所に、Yと言われた千反田は折木をまっすぐ見つめ尋ねる。
「どうして私なんですか?」
尋ねられた折木も千反田をまっすぐ見返して応える。
「お前は最初、紅茶の準備をする雪ノ下を手伝って紙コップやスティックシュガーを机に並べていった。別にそれ自体はおかしくないし、お前の性格から手伝いを買って出るのも頷ける。だが、普通初めて来る所ならそういう物がしまってある場所なんて分からないはずだ。それにも関わらずお前は何の迷いも無くそれらを取り出していた……つまりそれは、お前が以前にもこの場所を訪れ同じ様に紅茶の準備をしたことがあるという事を意味する」
思い返してみると千反田の紅茶を準備する様があまりにも自然だったため気がつかなかったが、確かにここに来たばかりのヤツがスティックシュガーの場所など知っているのはおかしい。
「そして平塚先生に紅茶を持って行ったとき、お前は“砂糖はいらなかったですよね”と聞いた。これは質問ではなく確認だ。お前は先生が紅茶に砂糖を入れないのを知っていたんだ」
「…なるほど。そう言う事でしたか」
千反田は納得した様に頷く。俺も折木の推理に聞き入っていると、由比ヶ浜が袖を引っ張ってくる。気がついて見ると、由比ヶ浜が小声で話しかけてくる。
「ヒッキーはスティックシュガーの場所知ってた?」
「…いや、知らねぇな」
「だよねぇ、私も」
由比ヶ浜はえへへと小さく笑う。
まぁ確かに俺も由比ヶ浜も紅茶は飲む専だし、ぶっちゃけスティックシュガーの置き場所なんて興味ないのである。ただそんな事言ったら雪ノ下に殺されそうなので、ここは黙っておこう。
「ちょっと二人とも、何こそこそ話してるのよ」
伊原に注意されたので何でもないと答え、俺たちは姿勢を戻し折木の話に意識を戻す。
「…恐らく話し合いがされたのは奉仕部の部室だろう。この部屋にXと千反田と平塚先生がいたとして、これだけではXの正体は分からない。しかし、ここに集まっていたのが古典部及び奉仕部の顧問、そして古典部の部長と言う事になればX足り得るのはただ一人、奉仕部部長の雪ノ下だけだ」
全員がXと言われた雪ノ下を見る。当の雪ノ下は口元に手を当て、少しの沈黙の後に口を開く。
「……確かに折木君の話を聞けばそうと思えるけれど、それは千反田さんがYという事からの推測でしかないわ。それとも、他に何か証拠があるのかしら」
理由としては十分な気もするが、どうやら推理というのは決定的な証拠がなければ成立しないらしい。
すると、雪ノ下に証拠の提示を求められた折木は俺を見て尋ねてくる。
「比企谷、お前は雪ノ下から怪盗十文字は“じゅうもんじ”と読むと言われたそうだな」
「あぁ、それに由比ヶ浜もな」
俺がそう答えると由比ヶ浜も頷く。
「十文字……普通に読めば“じゅうもじ”だ。なのに何故わざわざ“じゅうもんじ”と読むのか……。それは雪ノ下が普段から十文字をそうよんでいるからだ。俺たちの学年にはちょうど十文字という名前の生徒が居る」
「十文字かほさんだね」
福部がなるほどという様に答える。
「…でもそれってちーちゃんの友達だから?」
伊原は疑わしげに折木に視線を向ける。
「苦しいわね。確かに十文字さんとは知り合いだけれど、知り合いの知り合いが知り合いとは限らないんじゃないかしら」
雪ノ下はにやりと笑う。
確かにそれだけでは説得力に欠ける。
「…まぁそんな都合のいい事は言わないさ。それだけじゃない。十文字が雪ノ下と千反田のどちらとも知り合いであれば、互いの名前が話の話題に上がっていても不思議じゃない。千反田もお前と同じ様に有名人だしな。それに“桁上がりの四名家”の話は里志が触れ回ったせいで学校内でもそれなりに知られた話になっている。現に比企谷や由比ヶ浜も知ってたくらいだ」
確かにいつ頃からだったかは覚えてないが、教室で戸部がやべぇやべぇと騒ぎながらその名を口にしているのを度々耳にした。それはいつの間にか俺の頭にも刷り込まれていて、“桁上がりの四名家”と聞くと戸部の顔と声が浮かんで来るので非常にうざい。
「つまりこの話は学校中のほとんどの生徒が……俺たち古典部を含め、今この場にいる全員が知っている事になる。ただひとり、知らないと答えた雪ノ下以外はな」
部室内の視線を一身に浴びる雪ノ下は黙ったまま動かない。そんな雪ノ下を見たまま、折木は話を続ける。
「雪ノ下、お前は由比ヶ浜に“桁上がりの四名家”の事を尋ねられた時“初めて聞いた”と答えた。比企谷にユキペディアと呼ばれ、里志が一目置くほど博識な雪ノ下が、学校中で知られている話を聞いた事が無いなんておかしな話だ。つまりお前は千反田と知り合いであるという事を隠そうとするあまり、誰でも知っている様な情報でさえも知らないと答えてしまったんだ」
やめてっ、ユキペディアとか言わないでっ!後で怒られるの俺なんだからっ!
俺の心の叫びが聞こえるはずもなく、折木はひと呼吸置いて、チェックメイトとでも言う様に言葉を放つ。
「全員が知っているはずの事をただひとり知らない……これがお前がXである証拠だ」
静まり返った教室で全員が雪ノ下の返答を待っていると、雪ノ下はゆっくりと口を開く。
「…ひとつ質問してもいいかしら」
「あぁ」
「最後に姉さんの事を聞いたのは何故?」
雪ノ下の質問に、折木も少し考えた後に答える。
「……里志がお前の姉の話をした時、お前は不機嫌そうな表情をした。そしてさっき俺が質問した時も同じだった。話を聞いてお前たち姉妹が不仲なのは何となく分かったが……それとは別に、実はお前と同じ様に二回とも同じ行動をとっていたヤツが居たんだ」
折木の言葉を聞いて、頭の中にひとり思い浮かぶ人物がいた。俺が千反田を見ると、他の奴らも気付いて千反田を見る。折木もそれを確認してから話しだす。
「俺がお前に姉の事を尋ねたのは、千反田の反応した理由を知るためだ。最初は、話の逸れた里志を諌めるために言ったのかと思った。しかしその後二人が知り合いという可能性を考えた時、実は千反田はお前の姉の話を止めるために口を挿んだんじゃないかと推測した。そしてさっき、俺の質問とお前の返答で推測は確信へと変わった。千反田はお前と姉の仲が悪い事を知っていて話題にならないようにしていたんだ。普通姉妹仲の話なんて知り合い程度の相手には言わない。だからお前と千反田は知り合い以上の、もっと親しい関係なんじゃないかと思ったんだ。そこまで分かれば、後は話の筋に理屈をくっつけるだけだ」
折木の話が終わると、部室は再び静寂に包まれる。
「まったく、見事なものね……」
雪ノ下はそう呟いて微笑んだ。
その言葉を聞いて、平塚先生が雪ノ下に尋ねる。
「雪ノ下、折木はどうだったかな」
「そうですね…性格には難があるけれど、噂通りの推理力でした」
雪ノ下はそう言いながら折木を見る。あまり褒めていると言えない様な言葉に折木はため息をつく。
「…まぁ、何でこんなことしようと考えたのかは分からんがな」
「それは折木君の話を数人から聞いていたからよ」
「俺の話?数人?」
折木は訝しげな顔をする。
「千反田さんに十文字さんに入須さん、それと学外の人間からあなたがこれまでに行った推理の話を聞いていたのよ」
どうやら折木も噂の流れる様な人間らしい。しかし何故そんな人間ばかりこの部室に集まっているのか…。そう思うと有名人も噂の人も、案外どこにでも居るものなのかもしれない。
「それであなたの推理が奉仕部の活動に有用かを確かめたくなったのよ」
「…なんて迷惑な話だ」
「ごめんなさいね」
微笑みながら謝る雪ノ下に、折木は呆れた様に椅子にもたれ掛かる。
「それにしても二人が知り合いだったなんて、全然分からなかったわ」
「確かに初対面らしいよそよそしさもあったし、演技力もたいしたものだね」
肩を落とす折木を他所に伊原と福部は感心した様に言う。
「それは私と雪ノ下さんが小学生以来、つい先日まで会った事がなかったからですかね」
「えっ!?それってどう言う事?」
千反田の言葉に驚く由比ヶ浜。
「家のお付き合いで、中学に上がるまではよく一緒に遊んでいたんです。両親に連れられてお互いの家に泊まった事もありますよ」
千反田は懐かしむ様に言う。
「それがどうして会わなくなっちゃうの?」
伊原も尋ねる。
「中学校に上がった時に学区が離れたという事もありますが、家の都合で会う時は陽乃さんだけ連れられて来る様になったからですかね…」
千反田はそう言った所で、はっとした様に口を抑えてちらりと雪ノ下を見る。雪ノ下は気にする様子を見せずに紅茶に口を付けた。
「…で、これからどうする?今日は話し合いって事だったけど部活は合併させるのか?」
俺が話題を逸らす様に言うと、みんなそう言えばそうだったと思い出した。
「はいっ!賛成ですっ」
由比ヶ浜と千反田が手を挙げて答える。
「まぁホータローの推理も役に立ちそうだし、依頼を受けてたら文集に載せるネタも見つかるかもね」
「私もいいと思う」
「俺は推理なんてしないぞ」
各々意見を言う。
「では、反対意見もない様なので奉仕部と古典部は合併するという事でよさそうね。比企谷君もそれでいいかしら」
若干一名の意見を無視して、雪ノ下は俺に聞いてくる。
「…おう」
俺が答えると、雪ノ下はこくりと頷き平塚先生を見る。
「先生、奉仕部と古典部は合併する事に決めました。ですので、私たちの顧問をお願いしてもいいですか?」
「あぁ、任せたまえ」
雪ノ下に聞かれ、先生は安心した様に答える。それを見た俺たちも、やっと心配事から解放されて安堵した。
「あっ!名前決めようよっ、新しい部活の名前!」
由比ヶ浜が突然思いついた様に言う。
「そうですね。大事な事ですしね」
「でも古典部と奉仕部って関連性がないからちょっと難しいね」
「いっそ全然違うのにしちゃうとか?私可愛いのがいいなぁ」
あれこれ盛り上がる女子たち。どうしてこうも話題が絶えないのか…。
「君たち、盛り上がるのもいいがもうこんな時間だ。続きはまた明日にしたらどうかな?」
平塚先生に言われ時計を見ると、最終下校時刻がすぐ迫っていた。気がつくと教室は夕陽に染められ、紅茶と同じオレンジ色に煌めいている。
「雪ノ下と千反田は部活登録用の書類があるから職員室まで取りに来てくれ」
先生はそう言うと先に部室を出て行き、俺たちも急いで帰り支度を始める。
それから全員で部室の鍵を返しに職員室に向かい書類を貰った後、雪ノ下たちは親睦会という名の女子会をすると言って仲良く行ってしまった。
残された男子の分け隔てない虚しさは言うまでもなく、数分佇んだ後、思い出した様に下校するのだった。
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帰り道、だんだんと暑さが増してくる季節だが、風も少し吹いているせいか涼しく、今朝から張りつめていた空気からも解放されて、何となく心地の良さを感じていた。
折木たちとぽつぽつ歩いていた俺は先程の推理について思い返していると、ふと気になる事が浮かんだ。
「…なぁ折木、なんでお前は最初に千反田がYだと分かったんだ?」
俺が聞くと俯きながら歩いていた折木はこちらを見る。
もともと千反田がYだと分かったから雪ノ下がXだと分かったんだ。であれば、なぜ何もない所から千反田とYを結びつけられたのか…。
「……実は千反田の事は最初から疑っていたんだ」
折木はぽつりと言う。
「えっ、どうしてだい?」
福部も興味を持って話に入ってくる。
「千反田は好奇心の猛獣だ。興味のある事なら何にでも首を突っ込む。今回の事なんてその筆頭だろう…」
折木がそう言うと、福部はうんうんと頷く。
「あいつは気になる事があると“私、気になります”と言って俺に謎を解かせようとする……だが、今回は違った。あいつは“私、気になります”ではなく、俺に“分かりますか”と聞いて来た。興味を惹かれそうな絶好の問題にも関わらずだ。それで、あいつの興味が“XとYの正体”ではなく“俺が問題を解けるかどうか”という事だと分かった時、俺は千反田がこの問題の事を知っているんじゃないかと思った。そしてそんなヤツはXとYの他にいない」
折木の話を聞いてYが千反田だと納得したが、それよりもこいつが意外と周りをよく見ているんだと感心した。千反田を理解しようとする姿勢、そして千反田の折木に対する信頼……こいつらは俺が思っているよりも深い関係なのかもしれない。
「それよりも俺は里志の事の方が気になる」
そんな事を思っていると、折木は福部に話しかける。
「えっ、僕何かしたっけ?」
福部は見に覚えがなさそうに首を傾げる。
「お前比企谷を“学校一の嫌われ者”と言った時、庇おうとしただろ。そのせいで俺は最初お前たちがXとYなのかと疑った……まぁ、すぐに取り下げたけどな」
「何ですぐ取り下げんだよ…」
それじゃまるで俺に友達が居ないみたいじゃねぇか…まぁ実際居ないけども。
「あぁ、それかい。比企谷君を庇ったつもりはないんだけどね、どっちかって言うとフォローかな。でもその相手は比企谷君じゃなくて摩耶花さ」
「伊原を?」
「摩耶花はああ見えて、まだ中学の頃の事を引きずっているんだ。性格上、自分が許せないんだろうね。そしてそこにホータローと似た状況の比企谷君の登場さ。摩耶花は心中穏やかじゃなかっただろうね」
「…なるほど、それでか」
折木が納得した様に頷く。自己紹介の時にも思ったが、こいつらにも昔色々とあった様だ、あえて聞こうとは思わないが。それにしても……
「お前ら、部員同士仲いいんだな」
「まぁ里志と伊原は付き合ってるからな」
福部はいやぁと言って恥ずかしそうに頭を掻く。
福部は何となく俺や折木と違う様に見えたが、まさか彼女が居る程にリア充だったとは…。そう思うと、福部の顔がだんだんと憎たらしいコンチキショウに見えてきた。
「それはどんな恥ずかしいエピソードがあるか知りたいな」
俺が意地悪く言うと折木も乗ってくる。
「ほう、それは気になる」
迫る俺たちに顔を引きつらせて笑う福部。
「えっ、いやー、そんなに面白いものでもないよ。それにっ、そう言う話なら僕は比企谷君の方が気になるなぁ」
「何がだよ?」
「雪ノ下さんと由比ヶ浜さん、どっちと付き合っているのかなって思ってね」
「なっ…」
福部はしてやったりという顔で笑う。
「ほほう、それは気になる」
折木もくるりと手のひらを返して福部の話に乗ってくる。
「ばっか…あいつらとは別にそんなんじゃねぇよ」
「そうかい?それならよく学校に現れる美人の大学生、雪ノ下さんの姉でもある雪ノ下陽乃さんかい?それとも文化祭で出会った総武神山高校の生徒会長でもある、城廻めぐり閣下かな?」
「なっ…」
こいつ、マジで余計な事ばかり知ってやがる。確かに知識の幅の広さは雪ノ下以上かもしれん。
「ほほーう、それは気になる」
「うるせぇ、さっさと帰るぞ」
俺はニヤニヤ笑いながら迫る二人を無視して、逃げる様に先に進む。
「あっ、ちょっと待ってよ」
それから俺は追いかけて来る福部に捕まり、折木に追いつかれ、更には福部の与太話を延々と聞かされて家路に着く事になる。
この出会いが俺たちの未来にどう影響するのか知る由もないが、どうせ明日から騒々しい毎日を送るハメになるのだから今は考えないでおこう。明日の事は明日の俺に任せる事にする。
ともかくとして、古典部と奉仕部の邂逅は果たされたのだった。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
初めて投稿してから一年程経つのですが、投稿できない期間が半年程続きました。
今回は感覚を戻そうと書き始めたのですが、誤字や語彙力の無さ、謎の仕立てなどまだまだお粗末だなぁと思うばかりでした。
これから投稿を重ねるうちに、少しでもマシになったらなと思います。
最後まで読んで頂きありがとうございました。