Prologue.1
◆◇◆◇◆◇
空は漆黒に染められ、空気は透き通り、肌寒い気温になったころ。
とあるスラム街に、妖しく光るネオンサインの店、「Black Cherry」の中に、軍人と、オーナーが、ソファに腰掛け、二人で英語で話し合っていた。
「マジかよ……」
「正真正銘、マジモンっす。
「連れていってよかったな、グラスゴーの基地に」
「はい。それで、その噂を聞いて、上の方から、彼を日本のIS学園に通わせたいとの声が」
「なるほどねェ……」
頭をポリポリと掻くは、この店のオーナー、
彼は便利屋の職に就いており、胡散臭い仕事を好んでは必ず遂行して来る、凄腕の便利屋なのだ。その仕事も、悪魔だとか、妖怪だとか、一見子供じみた様な依頼。
だが、それは実在するのだ。彼は言う。人の心が濁るとき、現れると。
その息子――悠李について、今、イギリス軍の部下と、話し合っているところだ。
彼は軍にも所属しており、13歳で旧ソ軍にスカウト、16で中将となるも脱退し、アメリカ、オランダなどからスカウトを受けながらも、イギリスのSAS、MI5のスカウトを承諾して入った。
「で、だ。IS学園に行くのはいいとして、実際にはISを動かせない。なら――」
「ドレッドノートがあるでしょう?」
「それだな。あいつ、魔力の操作はハンパなく上手いからな」
「ただ、バレなければですけど」
「バレたらバレただ。もしくは、そっちで何か作ってやってくれねェか」
「ISは、俺は知識は疎いんですよ。それに、どっかのお嬢様優先に開発部が動いてるんで、難しいかと」
「無理ならいいや。バレないよう仕込む」
踏ん反り返って言う。だが、言っていることはなにか力があった。
部下はにこりと薄く笑いながら、出されていた紅茶を啜った。ダージリンか、流石は創龍。
しばらくして、話題の人間、悠李が、入口のドアを開け、入ってきた。軍人に挨拶をし、着ていたコートを脱いで、タンクトップ姿になる。齢15にして鍛え抜かれたその肉体は、その軍人すら驚く程だった。
「悠李くん。IS学園って知ってるかい?」
「ああ、はい。日本にある、ISの指導の為の学校でしょう?ハイスクールも混ざっているとか」
「うん。そこにね、君を入れたい、と上からのお誘いがあったんだ。この前、健康診断で来たときに、IS適性判定がC+って出てね」
「……んなバカな。ISは女性にしか動かせない筈」
「それが、君にはあるんだよ。その素質が」
驚く悠李。だが、次第に、その顔は喜びへと変わっていった。
「是非、行かせてください。面白いことなら大歓迎です。……あ、仕事は……」
「それなら大丈夫。学園側でも、君を便利屋としても扱うらしいから」
「こっちは任せろ」
「父さんだけで大丈夫?まあ、イザとなったら、キリエさんとか音姫さんがいるけど」
「だろ?大丈夫だ」
頼りっぱなしになるに違いないが、彼が言うのだ、心配はない。
いなかったら、なかったでニート状態になるのは否めないが。それでも、彼等がいないよりはマシであろう。
「あれ、じゃあ入試とかはどうするんですか?」
「パスでもいいそうだが、やりたいなら」
「やりたいです!」
「なら、そう伝えておくね」
かなり人の話を分かってくれる軍人だ。悠李は拳を握りしめ、嬉しさを露にした。
創龍が立ち上がると、悠李に荷造りの準備をするように言い、その場を一旦立ち去らせる。そしてまた部下と話し始めた。
「すまねェな、何から何まで迷惑かけちまって」
「気にしないで下さい。元々、上からのお願いでしたので、大歓迎ですよ」
「しっかし、まあ……。あいつがねェ……」
「もしかしたら、カムイ大佐にも、あるかもしれませんね」
「俺はねェだろ。流石に――」
「父さん!!僕以外にも、ISを動かせる男がいた!!」
「は?マジかよ」
悠李がキャリーケースを引っ張り出しながら、大騒ぎする。事務所に置いてあったテレビをつけると、日本語音声で、そのことが流れ始めた。
「大佐、あなたこれ、全部の国の放送受信してるでしょ」
「ああ、アンテナとか色々いじくってな。おふくろは日本人だぜ?第二の故郷なんだ。BBCでもやってるかな……」
『史上初、日本人の男性が、ISを動かしました!!その名はイチカ・オリムラ。なんとあのチフユ・オリムラの弟です!!』
「すげぇ、世界は広い!!」
悠李が嬉しそうに言った。男一人では確かに心細いが、彼も必ず学園に入ることだろう。
苦笑いをする軍人と創龍。彼も気の毒だな、と思ったが、悠李が喜んでくれるならいい。
「悠李、荷造りは終わったのか?」
「うん、服とかは全部詰めたよ。後は
おっきな電化製品とかだけど、それは空輸で頼む」
「わかった。じゃ、悠李くん。明後日に発とうか」
「はい。あれ、何で出るんですか?」
「無論、民間機だよ。君の剣とかは、軍の方で送る」
「では、よろしくお願いします」
頭を下げ、お辞儀する。軍人は、こちらこそ、と答え、悠李の手を握った。
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ロンドンの国際空港。非常に込み合っている中、悠李は成田行きの便の搭乗口で、一人アイスコーヒーを飲みながら、佇んでいた。
パスポートには、偽名の「ラグナ・ブラックモア」の字。神威悠李の戸籍はないのだ。だから、表では、この名で過ごしている。黒紫のロングコートに身を包み、動き易そうなブーツの硬いソールを地に着け、椅子に座る姿は、どこかおかしくも、非常に絵になっていた。
「あと10分か……」
「おにいちゃん!おにいちゃんも、なりたへいくの?」
「うん、ちょっと遊びにね」
「わたしはおうちにかえるの!!でも、おかあさんがいなくなっちゃって」
流暢な日本語で話す二人。悠李は英語や日本語の他に、ドイツ、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガルなど、多種の言語を話せる。
迷子の少女に、ソフトドリンクを買い与え、肩車をしてやりながら、彼女の母親を探す。
「どう?いた?」
「うん、あの人!!おかあさん!」
「えっ?知代子!はぐれちゃってごめんね!!あ、ありがとうございます」
「いやいや、お気になさらず」
少女を下ろしてやり、微笑みながら、その場を去る。だが荷物のあった場所に戻る途中、ブロンドの、青いヘアバンドをした同い年くらいの少女が、男にぶつかり、コケているのを見かけると、静かに駆け寄り、手を差し出してやった。
「大丈夫?怪我はない?」
「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます。あれ、あなた、どこかで見た気が……」
「初対面だと思うけど……」
服のホコリを払ってやりながら言った。大丈夫なのを確認し、バッグを取りに戻るが、彼女は何故か付いてきた。
「失礼ですが、パスポートを見せてくださらないかしら?」
「いいよ。はい」
「……。ああっ!あなた、IS学園の!!」
「えっ、ということは、もしかして貴女がセシリア・オルコットさん?」
「はい。イギリスからも、ISを動かせる男性が出たと聞きましたが、まさか貴方みたいな英国紳士とは……」
「ははは
……。紳士とは、程遠いんだけどね」
「いえいえ。どんな方かと思っていたのですが。どうせ、下らない男だ、と思っていましたが、貴方の様な紳士なら、わたくしは大歓迎です」
「そう。じゃ、IS学園で、初めての友達だね、僕達」
「そうですわね。でも、わたくし代表候補生ですの。貴方とおしゃべりする時間は、ないかもしれませんわね」
「すごいなぁ、流石」
えっへん、と胸を張りながら言う彼女を見て、天然そうに言った。悠李はあまり興味はないのだが。
そもそも、代表になる気はないし、どこの国にも戸籍はない。ラグナ名義ならイギリスにあるが。
「一緒のクラスなら、話せるんじゃない?」
「そうなることを願っています。あら?もう飛行機が着いたみたいですわね。それでは、成田でまた会いましょう」
何かと元気なお嬢様だ。くすりと笑って、バッグを担ぎ、ゲートを潜って、悠李はプレミアムクラスのシートに着いた。
ふかふかのシートに、心地好い景色。シートベルトを締め、日頃の疲れを癒す様にリラックスする。マッサージ椅子機能もあるらしく、それを動かしながら、本を読んでいた。
「すいません、ハーゲンダッツください」
◆◇◆◇◆◇
「悠李くんのお見送り、行かなくていいの?」
「音姫……。あいつはもうガキじゃねェンだからよ」
机に脚を投げ出しながら、雑誌を読む創龍に、彼の妻である朝倉音姫が、自宅と事務所を繋ぐドアから出て来る。そちらに眼をくれず、雑誌のページをめくりながら、かかってきた電話を、踵を机にぶつけた衝撃で受話器を取り、音姫が出た。
「……創龍くん」
「ん?」
「依頼。合言葉アリ」
「キリエぇー。依頼ー」
「いないよ?この前から旅行だって言ってたじゃない。オーナーさんなんだから、ちゃんとしてよね」
「はぁ……。仕方ねェ、行くか。ついて来るか?」
「うん!」