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「セシリア、鈴!」
「おや、王子様のご到着だよ?」
セシリアと鈴の怪我を聞き付けて、一夏が保健室に飛び込んできた。幸い大事には至らずに済み、保健室で手当を受けて、安静に、と指示を受けていた二人はベッドに寝ており、悠李は一夏が来るまでずっと二人に付き添ってやっていた。
「じゃ、僕は邪魔だろうから――」
「待ってくれ、何があったんだよ!?」
「この二人はボーデヴィッヒちゃんに負けたんだよ。セシリアと鈴さんのコンビはかなり強くなったのに、あっちはそれを上回る成長を見せてね。更にオーバーな攻撃をしていたから、余計な怪我を負っちゃったんだ」
「どうして途中で止めなかったんだよ!!一緒にいたんだろ!?」
「一夏、それを私らが望むと思う?」
「2vs1、それだけでも十分アドバンテージはありましたが、でも負けてしまったのはわたくしたちが弱いからです。それに、不必要な施しは受けたくないんですの」
セシリアと鈴が悠李を"自らのプライド"の為に庇った。それでも、一夏は納得が出来ない。負わなくてもよかった怪我な筈だ。それをさせたのは許せない。
「でもっ!?」
「"でも"もなにもないわよ。悪いのは弱い私ら。ラグナに罪はないって、戦いの当事者が言ってんのよ。納得しなさい」
「それに、仕返しはしといた」
「えっ?」
「明日、ボーデヴィッヒちゃんの首を見てみな」
生身であれだけの戦いを見せ付けた悠李に、鈴とセシリアは寒気さえ感じた。二人がかりで負けた相手を、あんなに軽々とあしらってしまう悠李は、やはり実力としては1年生最強だろう。
「あれが本気だと思うと、わたくしはやはり、ラグナさんには到底及びませんわね」
「あんなん、少しもギア上げてないよ?あれはエンジン付けただけさね」
「は……?アンタ、あれだけやっといて、それでまだ本気じゃないって言うの?!」
「僕にとっちゃあ、あのヤキモチちゃんなんか、子犬みたいなもんだねぃ」
「マジかよ……」
実際にその場で戦闘を見たわけではないが、ラウラを片手で止めておいて、そして今度は強くなったラウラを"ノープラン"で圧倒したというのは、俄かに信じられないものではあるが、だがこの男ならやりかねない、と一夏は思った。
「じゃ、後は君に任せる。ぼかぁ、やらなきゃいけないことがあるから」
「お、おう」
その場を一夏に任せて、悠李は校舎から出た。寮に戻ろうか、と思い、その方向に進んでいくと、大勢の女子が後ろからこちらに向かって来る。
「ラグナくん!」
「ん?なにかな?」
「今度のトーナメント、一緒にペアを組んでください!!」
「ペア?個人戦じゃなかったかな?」
「これ!今年からタッグマッチになったんだよ!」
ある一人からチラシを受け取ると、そこには確かに『今年度より学年別トーナメントはペア戦で行う』との字が刷られていた。へえ、と悠李は頷き、そのチラシを返す。
「いきなりだからビックリしちゃった。でも、僕はシャルと組むつもりなんだよね」
「あれ?織斑くんがデュノアくんと組むつもりだ、って言ってたんだけど」
「へえ、そうなんだ。じゃ、誰でもいいや。じゃんけんでもして決めてくれないかぃ?僕と組めば優勝は確実だからさ」
言い残して、再び寮に戻ろうとする。だが次は、本当に出くわしたくない場面に、運悪く出会ってしまった。
「チッ、何度も言わせるな……。私には私の役目がある」
「このような極東の地で、何の役目があるというのですか!!」
「うわぁ……。通り辛いねぃ……」
ラウラが千冬にひたすら踏みよる。やはり、ラウラは千冬を家族と慕っているのだ。二人のやり取りが終わるまで、どこかに身を隠していようと思い、近くの茂みに匍匐状態で隠れた。
よく見ると、先程のラウラの傷は癒えていた。は?、と悠李は疑問に思った。『あれは僕の血族か?』、と。
「銀髪はスパーダの……まさか」
「……聞こえているぞ。こそこそしないで、出て来たらどうだ」
「やっぱりバレるよねぃ」
あまりにも薄っぺらい擬装を千冬に見破られた。悠李ははぁと息を吐いて嫌々ながら茂みから出て来た。案の定、悠李を物凄い形相で睨みつけるラウラ。これといって恐怖は感じないのだが、とてもいづらい。
「貴様もっ……貴様も教官をっ!!」
「まさか。何にもしてないよぅ。千冬さんは僕の父の知り合いであり、そしてクライアントの代表」
「便利屋風情がノコノコと!!」
「言っておこう。この"ラグナ・ブラックモア"は、私の百倍は役に立つ」
「このような凡愚がそんな風に見えるなど……教官はどうかしています!」
「その凡愚にのめされたお前はなんなんだ?」
「うぐっ……」
あれよあれよと考えた、悠李を罵る口言葉が、全て自分の首へ来る。織斑一夏も憎いが、それ以上に悠李が憎い。
ぐうの音も出ないかと思ったが、ラウラは話を変えた。この話こそ、千冬に聞かせたいことらしい。
「お願いです、教官!我がドイツで再びご指導を!ここではあなたの能力は半分も生かされません」
「ほう」
「大体、この学園の生徒など教官が教えるにたる人間ではありません」
「そうか。で?実力のある人間ならいいんじゃないのか?ちょうどいいのが私の横にいるぞ」
「千冬さん、それは僕に帰れとおっしゃっているんですか?」
「何なら、アルトレア氏でも紹介しようか。私より実力ある優れた人だぞ」
「話を逸らさないでください!!」
「……あのさぁ」
あまり首を突っ込みたくはないが、ここから離れたいが故の苦肉の策だ。悠李はだるそうに口を開く。
「いい加減、おしまいにしようや。いいじゃん、君は3年間ここで千冬さんと一緒にいられるんだから」
「わ、私は……そのようなことを言ってるわけじゃ――」
「一夏に対する嫉妬心。千冬さんに褒められたいが故の暴走。全て空回り。もういいじゃん?君から千冬さんを奪おうなんて、誰も思っちゃいない。君の目からは寂しさしか見えない。別に僕に殺意を抱くのは構わないけど、もう自分のわがままで周りを巻き込むのはやめにしなさいな」
「……私はっ!!そんな陳腐な感情でここにきたのではないっ!!」
激情したラウラが悠李に殴り掛かる。あえてその拳を避けずに受け止めてやり、彼女の気を発散させた。千冬はあえてそれを不問にした。
口の中が切れ、悠李は血を吐き出した。それでもヘラヘラとしている彼の顔に、ラウラの神経が逆なでされ、飛び掛かった。
「貴様っ、貴様ぁっ!!」
「やるねぃ、さっすが、スパーダの……」
今度はちゃんとラウラの攻撃を避けた。それでもかかってくる彼女を見て、血は争えないな、と悠李は思った。
「さて、クラウスの末裔どの。もう離してやってくれ」
「クラウス……っ!?」
「あれ?スパーダの血族なのに知らんの?」
「貴様、もしや裏の?!」
「そう。神威悠李」
「因みに、ラウラはスパーダの末裔ではないからな」
ラウラを乱暴に下ろすと、さっきとは打って変わり、後ずさって悠李から離れた。顔には驚きと恐怖の入り混じった顔が、そして膝には笑顔が。
「泣く子も黙る"Black Cherry"だと……」
「黙るかどうかはわからないねぃ」
「まあ、そういうことだ。ラウラ、お前では到底敵わん相手だということが解ったか?」
「認めざるを選ないか……」
「まさに、蛇に睨まれた蛙だねぃ」
悠李がここまで恐れられる理由も判ってはいる。ヨーロッパ中に響き渡る、裏世界の住人。あまりの活躍ぶりに、表にも知られることが多々あり、軍事関係者らも知らないものは少ない。
「では、アルトレア・ブラックモアとは、神威創龍……」
「御名答」
とんでもない男を相手にしてしまった。だが、今更引き下がれない。ラウラは、意地を見せ付けるべく、悠李に言い放った。
「貴様が誰であろうと……私の邪魔はさせん!」
「いや、しないし」
やっと終わったか、と悠李が感じ取ると、二人は別方向に向かって歩き出した。ただ、悠李は元々の目的である、寮に帰ることがこんなに大変だったとは、と不満を垂らした。