◆◇◆◇◆◇
いよいよ目前となった対抗戦。人気のない時間帯のアリーナで、簪と悠李は誰にも見られぬように特訓していた。簪がそうしたい、とのことからこうなった。
「はぁっ、はぁっ……。ゆーくん、タフだね……」
「そりゃ、あんなのが父親なら、いやでもタフになるさねぃ」
簪の為に、悠李もラファールを借りて簪と組んでいるが、果たして本番ではどうなるのかはわからない。もしかしたら、レンタルISになるのかもしれないし、ドレッドノートで出させて貰えるのかもしれない。打鉄を使っている簪の動きは、シャルロットよりも遥かにスマートかつスピーディーに感じたが、それでも悠李の反応には追い付けない。
このレベルでも、ISを振り回す、ということは厳しいのだろうか。悠李の速度にISがついていく為に、悠李はアシストを切って、なるべく自由に動かしているのだ。
「うーん、でもやっぱり、カスタムの方が使いやすいねぃ」
「ゆーくん、そろそろ上がろう」
「ん、そうだね。疲れを残しちゃいけないからねぃ」
ラファールから離れ、紫色のボディスーツで地面に降り立った。簪も打鉄を解除して悠李の隣に寄り添う。心なしか、かなり近い距離ではあるが、それが簪の、悠李へ抱く感情であるのだろう。悠李も気づいてはいるが、それにどう答えていいのかはわからない。自分には、シャルロットも、楯無もいる。様々な女性との関係でこんなに悩むのは初めてだ。
「ま、これなら勝てるっちゃ勝てるさね」
「うん、私も、勝てるって思える」
「自信ついたじゃない。これなら安心だねぃ」
意気込みは充分だろう。後は当日のコンディション次第だ。悠李がうーんと伸びをして、地べたに置いていたコートを羽織った。後は教師がやってくれるだろう、更衣室へ向かい、上から制服を着て、寮に帰る。簪は専用機の組立の為に技研に行った。手伝うとは言ったが、「自分一人でやらねば意味がない」と言われて断られてしまった。彼女の意思を尊重したい悠李は、その言葉に従った。
寮に帰るまでの道程は、そこまで長くはない。その時間を更に短くするために、悠李は移動術を使いながら帰っている。空中に飛んで、自分の背後の空気を魔力で瞬時に固め、それを蹴って高速移動する。連続してそれをやっているため、空中を走っているかの様に見える。
それを使っている所を見られても、別に気にはしない。
寮の入口とは正反対の所に出て、そこから外壁を蹴り、自分の部屋の窓に向かう。かなり高い場所に位置しているが、落ちる気配は全くない。部屋に着くと、それに気付いたシャルロットが窓を開け、一旦壁から離れ、空中を蹴り、部屋に飛び込んだ。
「おかえり」
「うん、ただいま。ひっさしぶりにトリックスター使ったわぁ」
「それ、実戦でも使うの?」
もし使われたら、対処の仕様が無いだろう。それでも、悠李と当たったら、勝ちに行くための立ち回り方を考えねばならない。それには、一夏をどう扱いならすか。それがポイントになるはずである。
「つーかれたねぃ。着替えてこーよぉっと」
「あ、シャワー使う?」
「ん?隣行ってくるよ。今一夏しかいなかったし、後でオフロにも行きたいし」
「わかった」
悠李はタンクトップとジャージを持って、ノックして一夏の部屋に入る。腰のバンドを外し、全て脱いでから着替え、ジャージを履いたときに、一夏が悠李の背中を見て、自分より一回りも大きく筋骨隆々な様子、そしてこの男の独特のオーラが感じ取れた。
――俺は、なんでラグナを怒っていたんだろう。
セシリアと鈴がラウラに襲われた時に、悠李の介入を拒んだ理由がわかる気がする。こんなのが入ったら、彼女らの力が発揮できないから彼女達のためにはならない。痛みを負って経験することも大切だ。悠李の背中は、傷は無いのにその痛みを背負って生きてきた証がある。
「一夏、ただい――ま」
「あ、おかえり箒さん」
「な、なんでお前がここにいるんだ!?」
悠李がタンクトップを着ようとしてたその時に、剣道の自主練習から戻ってきた箒が、筋肉の塊と鉢合わせし、顔を真っ赤にした。気にせず素早く服を着て、悠李は自室に戻った。
「筋肉……筋肉が……」
「箒?どうした?」
「筋肉……っ!!」
急に箒が一夏の上着を脱がす。やはり、悠李とは大違いの、締まった身体である。腹筋が割れてはいるものの、悠李の様に大きいわけではない。
「一夏!!お前はもっと筋肉をつけろ!!」
「なんだ?!どうした突然?!」
「そんな身体ではブラックモアには勝てん!!」
「身体の問題じゃないだろ、あれは……」
筋肉に固執する今の箒は、どこかおかしい。そこまで悠李の身体に魅了されたのか、もしくは落ち目を感じたのかはわからないが。
◆◇◆◇◆◇
そして、トーナメント戦当日。まだ寝たがっている身体をゆっくりと起こしたシャルロットは、珍しく寝過ごしている悠李を起こそうと、彼の身体を揺さぶった。
「悠李、起きなきゃ……」
「むぅん……しゃる……」
「おはよう悠李、顔洗って、アリーナ行くよ」
「ん……くぅ……」
起き上がったと思ったら、シャルロットを自分のベッドに引きずり込み、更に寝ようとする悠李。タンクトップ越しに覗く胸元に抱かれ、シャルロットは振りほどこうとするも、中々離してくれない。
「お、おおっ、起きなきゃダメだよ!!」
「んー……キスしてくれたら起きるー」
「き、キス!?」
「しないとこのままシャルをたべちゃうよぅ」
「た、たべっ?!それって、ええええ……!?」
「なぁに悶えてるのさぁ、シャルちゃんよぅ」
途端に、頬に冷たい何かが感じられた。慌ててシャルロットが気を確かにすると、上はタンクトップだが、下は制服に着替えていた悠李がシャルロットのベッドに腰掛けて、きんきんに冷やした冷蔵庫の紅茶を頬に当てていたのだ。今のは夢か、とどこかシャルロットが残念そうにしていると、悠李がくすくすと笑いながら茶化した。
「そんなにやらしい夢を見てたの?シャルはえっちだねぃ」
「はぁっ!?ち、違うよっ?!」
「はあはあ言ってたくせにぃ」
一日の始まりから恥ずかしい思いをしてしまった。しかも、よりによって悠李にそれを見られるとは。変な妄想が夢にまで出てくるとは思いもしなかった。顔を朱に染め、ゆっくりと起きて着替え始めた。悠李はそれを部屋の外で待ち、シャルロットが出て来たら、二人で朝食を摂って歯を磨いた後、アリーナに直行する。人だかりが出来ているロビーの、液晶モニターを見て、今日の組み合わせを確認した。
「あ、あった」
「1試合目からか……」
一番最初の試合から、完全に作られているシナリオだ、と二人は感じた。無論、その相手も例外ではなく同意であった。
"ラグナ・ブラックモア&更識簪 vs. ラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒"
「どう料理するかねぃ……」
「少なくとも、ボーデヴィッヒさんは、ラグナが相手すべきだね」
「嫌だね。かんちゃんでも充分勝てるさ。それに、今日の僕は"リヴァイヴ烈"を使うからね」
千冬が悠李から譲られたリヴァイヴ。それを彼女は"烈"と愛称している。それを今朝受け取った
ようで、待機状態の小刀を制服の胸ポケットに忍ばせていた。
後ろからポンポンと、悠李の肩を叩く者がいた。振り返れば、そこには簪が微笑みながらISスーツ姿で立っていた。
「もう試合?」
「うん。そろそろ」
「ラグナ、頑張ってね」
「ありがと、シャル。行こっか」
上着を脱ぎながら、簪と共にピットに向かう。ボディスーツを着ずに、仕事着のアンダーウェアと薄手の黒いシャツを着ていたのを見て、シャルロットは彼が本気で戦いに行くのだと認識した。
「やりすぎなければいいけどな……」
◆◇◆◇◆◇
準備が出来た簪を傍目に、悠李はベンチに寝そべりながら小刀を弄んでいた。
「ゆーくん、そろそろ……」
「ん。あ、そうそう、かんちゃん。ボーデヴィッヒさんは任せた」
「わかった。ゆーくん、篠ノ之さんが終わったら手伝ってくれる?」
「うん、いいよん」
AICのことは敢えて話していない。そして、箒とはすぐに決着をつけるつもりはない。簪自身がラウラを倒すことで、更なる自信を付けさせたいから、それが悠李のねらいだった。
悠李が小刀を左手に握り、薄く笑いながら眼を瞑った。瞬時にリヴァイヴ烈が悠李に応え、薄っぺらな装甲と、新たに増設された6つのスラスターを展開する。
「全アシスト、オフ。サーチもマニュアル、っと。ハイパーセンサーなんざいらない」
「目茶苦茶な設定しちゃダメだよ」
「これが一番使いやすいのよね、僕は」
ピーキー過ぎるその設定。千冬でさえも手こずったのだが、100%を引き出す使用法は悠李のこの設定だ。烈の漆黒の姿に、悠李の今の服装。呼応、とは、このことを指しているのだろう。
簪が先にフィールドに出て、悠李はゆっくりと戦場へと降り立ち、すぐにこちらに視線を突き刺して来るラウラを感じた。ハッ、と悠李が鼻で笑いながら、同じく巌を付けた箒に視線を向けた。片手にグランドスラム、そしてもう片手にヴェントを握る。
「軽く捻ってやるかねぃ」
試合開始と共に、悠李に瞬時加速で飛び掛かってくるラウラと箒。なるほど、2対1で一気に潰そうという作戦か。巨大な長刀を思い切り横に凪ぎ、二人の軌道を分断させる。そのあとで、箒の後ろからヴェントを叩き込んだ。
「飛び道具かっ……!!」
「避けたねぃ、だけど逃がさないよん♪」
「減らず口はそこまでにして貰おう――」
「あなたの相手は、私よ」
射撃時を狙って、ラウラがワイヤーブレードとレールガンを放つ。それを打鉄のブレードで遮ったのが簪。悠李はおまけに、ラウラにも弾丸をくれてやり、その後すぐに箒との距離を縮めた。
「いくぞ、ブラックモア」
「どこからでもおいでなさいな。僕は避けはするけど放棄はしないよ、箒さん♪」
「チェストォッ!!」
またもや瞬時加速で、しかも今度はスティンガーで悠李に突っ込んできた。面白い、と悠李はグランドスラムを胸に携え、彼も瞬時加速で、オリジナルのスティンガーを放つ。
剣先がぶつかり合い、箒が力負けして腕を弾き飛ばされた。悠李はそのまま、この前の様に切り上げ――ハイタイムで彼女を自分の頭上に打ち上げる。
だが箒は、自分の位置を利用し、悠李にブレードを突き立てようと、ブレードを下に向け、降下し始めた。
「その首、貰った!!」
「読めていないとでも?見え見えだよん」
ヴェントをぽいと放り投げ、身を後ろに引き、そのまま箒の頭に、回りながらグランドスラムを振り下ろした。これもこの間と似た攻撃方だ。瞬時に頭をブレードで守り、シールドエネルギーは削られるものの、最小限の損失で済ませる。
「へえ、反応速度は上がったねぃ」
「お前のおかげだ、なっ!!」
すぐさま反撃の体勢に出ようと、悠李から離れ、両手でブレードを持ち直す箒。彼女は眼を瞑り、心を落ち着かせるかの如く、しんと先程の勢いを殺した。
「カウンター狙いかねぃ……。おっけぃ、ならそれに応えてあげよう」
悠李はグランドスラムを箒に向け、スラスターにエネルギーをチャージする。瞬時加速だ。打鉄より何倍も速い速度で彼女目掛けて飛んでいく。刃を横にし、凪ごうとした時、箒は眼を開けてブレードを悠李に振るった。
「そこだぁっ!!」
「はーい、ざーんねんっ♪」
確かに、タイミングは調度であった。剣を振るスピードも、狙いも随一であった。
だがしかし、悠李は箒の前でくるりと身を回し、ブレードの軌道を避けて、華麗に彼女に一撃を食らわせたのだ。
「まだ、敵わんか……」
「んー、いい線イってたんだけどねぃ。カウンターのお手本、見せてあげようじゃなぁい」
今度は、悠李が箒の立場に成り代わった。彼はしっかりと眼を開け、しかし身体に無駄な力は入れずに両手でグランドスラムを持って彼女に向かい合った。
――勝負は、この一瞬で決まるだろう。
教訓だと思えばいい。これを糧にする。箒はそう思い、自分が今出せる全力を悠李にぶつけようと、スラスターを吹かし、彼に突撃して行った。
「喰らうがいい!!」
「……Checkmate.(決まりだねぃ)」
その太刀筋は光の如き速さであった。上から下へと切り下ろす箒のブレードの軌跡より早く、グランドスラムの右払いが彼女のシールドを破壊した。