戦火の玉響   作:凱旋門

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二話

 少女がうっすらと目を開けると、そこには白い天井が広がっていた。

 もちろん、知らない天井だ。自分の家の天井も確かに白だが、ここはなんというか質感が固い気がする。近くに変な機械もあるから、多分病院とか……そんな感じだろう。

 開いていた窓からじめじめした空気が室内に入り込み、しかしそれが今ではとても心地よく思えた。

 少女は自分の体を見ると、着ていたはずの高校の制服はなく、代わりに入院着らしきものを着せられていて、頭には包帯がぐるぐる巻きにされていることがわかった。

 少女は自身のほっぺをペタペタと触る。そうしてやっと自分が生きていると実感できた。そうすると、とても安心した。自分は生きていたのだ。宇宙人に襲われたにも関わらず、こうして生きることができている。

 しかし、目から涙はでなかった。実感はできているが、まだ夢ではないかと疑っている自分がいる……そんな感じだ。だから涙なんてものはでてこなかった。

 ただ、風に揺られるカーテンの先の景色を眺める。

 緑生い茂る木と、水色と青と紺が混ざっているような美しい空、そしてそこを優雅に流れる白い雲が見えた。

 とても心が落ち着く風景だ。日本人が常に求めている風景が、これのような気がした。

 そん風景を何分くらい見ていただろうか。しばらく経ったころに入り口の引き戸が開けられた男がした。

 慌ててそちらを向くと、そこには見覚えのない男が一人と、医者らしい女が一人いた。見た感じどちらも二十代だろう。まだ若さが感じられる。

「……あの、あなたたちは?」

 少女はたまらずにそう聞いた。

 自分が今どこにいて、どんな状況にあるのかを知っておきたかったからだ。

「あー、私はこの病院の医者。あなたの手当てをしたのは私なの。それでこっちのは……あなたの叔父さんの……ほら、自己紹介」

 軽くウェーブがかかった美人な医者がやけに馴れ馴れしく男に振った。

 少女はそれにつられて男の方を見る。

 革ジャンにジーパンという、なんというか少し変わった服装をしているその男は、こちらを見て、あっという顔をしてから優しく微笑んだ。

「俺は(くれない)(がい)。親父から聞いてるかどうかは知らないが、一応お前の従兄だ」

 そう言って男……凱は手を差伸ばしてきた。おそらくは握手をしようということなのだろう。しかし、少女はそれどころではなかった。

 その瞬間に少女は思い出してしまったのだ。宇宙人に喰われた叔父さんのことを。

 少女が吐きそうになると、凱という男は素早く小さなゴミ箱を差し出し、背中をさすってくれた。そしてその間に少女は考える。

 叔父さんに子供がいたなんてことはまったく知らなかった。そもそも叔父さんは独身で、童貞賢者を守りきっているはずなのだ。

 喉から物が這い上がってきて、とても嫌な味がする中でも少女の頭はその疑問の答えを求め続けた。

――この人は、一体誰?

 しかし、今はそんなことがどうでもいいようにも思えた。そんなこと、もうどうでもいい。もう何も私は知らない。何も考えたくないのだ。

 

 凱は病室のドアを閉めて少し歩き、ソファーに座って「はぁぁ」大きくため息を吐いた。

 さっきの数分だけで一気に今日のエネルギーを半分ほど消費してしまった気さえする。

 病院の廊下に人気はなく、また節電の影響で電気もついていないし、窓も近くにはないので、少し薄暗かった。

 そうして俺がぐったりとソファーに腰かけていると、目の前に何かが差し出された。少し顔を上げて確認すると、先ほど一緒にいた女性医師――椎野(しいの)七海(ななみ)が缶コーヒーをあげると言わんばかりにこちらへ押し出していた。

「あんがとさん」

 凱はそれをゆったりと受け取り、プルタブを開ける。

――プシュ。

 と、気持ちのいい音がした。

 そして凱はそれを喉に流し込む。瞬間に苦い味わいが口内を支配する。

「……で、一体いつまであの子に嘘つくの。お人好しさん?」

 凱はコーヒーをズズッと啜りながら、少し考える。

 『嘘』そうだ。俺はあの子に嘘をついている。俺はあの子の従兄などではなければ血縁関係にあるわけでもない。赤の他人だ。今の時代、高校生なんて思春期まっしぐらのガキを拾ったところで特になるようなこと、ほとんどないというのに、変な癖がでてしまった。

 なんというか、見過ごせなかったのだ。必死に生きようともがく女の子を見殺しにはできなくて、比較的距離も近く、なおかつ友人である七海が医者として働いているこの病院まで運んできたのだ。いつまでかなんかはどうでもいい。助けたかったから助けた。残念なことに自分は後のことは考えない主義だ。後のことは後で考えればいい。

「……さぁな。そんなもん気分次第だ。き、ぶ、ん、し、だ、い」

「でもいつまでも従兄で通すのは無理だと思うよ? うちは」

 どうでもいいことだが、七海はたまに関西弁がまじることがある。めちゃくちゃへたっぴでいろんな方言がグチャグチャになっているが、こいつは出会ったときからそうだったためか、今ではまったく気にならなくなっていた。

「そんときはそんときだ。……んじゃ、俺は一回家戻るわ」

 凱はそれだけ言うと、ソファーから立ち上がり飲みきった缶コーヒーをゴミ箱に捨ててその場から立ち去ろうとする。そんな凱に、七海は言う。

「本当に優しいねぇ~。いつかうちと結婚してぇ~」

 そんなことは無視をして凱は歩いた。

 なぜだかはわからないが、七海は昔から何度も告白みたいなものをしてくる。しかしそれほど本気に言っている風に聞こえないからおそらくは嘘だ。……というか、そう思いたい。あんなめんどくさい女と結婚したらマジで死んでしまう。




 ※この話はフィクションであり、実在の人物、団体、国家などとは何の関係もありません。そして、もしも誤字などがありましたらご報告をお願いいたします。感想お待ちしています。
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