多分二人で過ごす何度目かのクリスマスかも。
「乾杯」
薄暗い店内で悟とイビルアイ、二人の声とともにクラスが軽く合わされる。
悟のグラスに入っているのはちょっと奮発したバイオワイン。イビルアイのグラスに入っているのもバイオオレンジを使ったフレッシュジュースである。イビルアイの見た目と年齢の差異をいちいち店員に説明したりするのが面倒なので。そもそも吸血鬼は酒で酔えない。
今日の二人はクリスマス・イヴということもあって少し贅沢に、アーコロジー外の店としてはそれなりに上級の店を予約して食事に来ていた。
クリスマス・イヴということもあり落ち着いた店内はカップルや家族連れで満席になっていた。悟たちも2ヶ月も前から予約をしなければ席を確保できなかっただろう。
ワインをひとくち口に含んで難しい顔になる悟。
「
結構した割にあまり感動するほどのものではなかった。
合成酒よりは美味しいのだろうが、悟は最近ほとんど飲んでいないので比較対象としていまいちピンとこない。
「そうか、こっちはまあまあかな? 多分」
「俺もそっちにしておけばよかったかな…?」
「やらんぞ」
「大丈夫、いらないから」
そんな風に会話を楽しみながら料理を待っていると外の奇妙なざわめきをイビルアイは感じ取った。
「なんだ? 何か外が騒がしいぞ?」
「そうか? 俺は聞こえなかったけど」
「いや、何か騒いでいる。何かあったのか…?」
「クリスマスだし酔っ払いが騒いでるんじゃないのか?」
「そのくらいならいいんだがな…。念のため…」
イビルアイが手を上げ悟に補助魔法をかけようとした。
その時だった。
――――KABOOOM!!!
突如として巻き起こった目も眩む閃光。叩きつけられる衝撃波。舞い散る破片。そして熱風。
戦闘態勢に入っていなかったイビルアイはいきなり飛んできたテーブルの天板を躱しきれず直撃を受け、体重の軽さもあって吹き飛ばされてしまう。
様々なガレキとともにゴロゴロと転がるイビルアイ。
高位吸血鬼であるイビルアイには魔力のこもっていない攻撃は無効であるため痛みはないが、体中に降り注いだ細かなガレキと埃でおめかししてきた衣服は汚れてしまった。
「何が起こった…?」
頭を振って埃を払いつつ立ち上がり、周囲に目を向ける。
――――周囲は爆撃を受けたかのような地獄絵図が広がっていた。
イビルアイは知る由もないが、貧困層の中の貧富の差を妬んだ最貧困層が仕掛けた爆弾テロにより店内に仕掛けられた4つの爆弾が同時に起爆したのだ。
それによって店内は粉砕され、あらゆる調度品がぶちまけられ爆弾の破片とシェイクされ煙を上げていた。
もちろん店内の人間も無事ではなく、あちこちで火傷と傷を負った客たちが苦痛と助けを求めるうめき声を上げ、目の前には血の滴る誰かの右腕が落ちている。
「はっ!? サトル!? サトル無事か!?」
慌ててあたりを見渡すと、幸いにもすぐに少し離れたテーブルの下敷きになってうめいている悟の姿を見つけた。
「サトル!」
「あ…あぁ…、いってぇ…」
頭から血を流しながらうめき声を上げる悟に駆け寄るイビルアイ。
そしてテーブルをどかすと悟の姿に息を呑んだ。
右腕はおかしな方向にネジ曲がり右足には大きな裂傷が出来ている。そして右胸には太い金属の部品が突き刺さっていたのだ。
即死する傷ではない。だが、このままでは命にかかわる致命的なダメージだ。
「ああっ! サトル! サトルぅっ!」
イビルアイは歯噛みする。信仰系魔法詠唱者ではない自分は回復魔法を使えない。さらに、今日はデートだからとおめかしするために無限の背負袋とその中に入っているポーションを持ってきていなかったのだ。
今の自分には悟を救う手段がない。
――――否、一つだけ、イビルアイには悟を救う手段があった。
(サトルを…眷属にすれば…)
だが、それは悟を自分と同じ永遠に呪われし夜の化物に変えるということだ。
自分の愛する男を。自分と同じに。
ひどく甘美な誘惑でもある。そうすれば悟は永遠にイビルアイのものになる。
たとえ自分と同じ苦しみを味合わせることになるとしても悟は永遠に自分と一緒に居てくれるようになるのだ。
「サトルぅ…」
イビルアイは泣きそうな顔で悟の顔を覗き込む。
悟を救うにはこれしかない。大義名分はある。だが…悟はそうまでして本当に助かりたいだろうか?
自分は吸血鬼になって大いに苦しんだ。もし人生をやり直せるなら、250年前のあの日あの時に戻れるのなら、自分は吸血鬼になどならずに済むように行動するだろう。
――――それでも、それでも自分は悟を失うのが嫌だ!
「サトル…」
少し決意を固め悟の苦しそうな顔を見つめる。
その瞬間。
「アイ…たす…けて…」
苦しげな顔であえぐように、それでも決断を感じさせる目でイビルアイを見つめる悟。
悟もイビルアイが何をしようとしているのか気づいたのだ。
そして、その最後の一歩は自分で踏み出さなければいけない。イビルアイだけに決断を任せてはいけないと本能のように感じ取っていた。
イビルアイを愛する鈴木悟として、自分の決断でイビルアイと添い遂げなければいけないのだと。
イビルアイの顔に決意がみなぎる。
たとえどうなっても、悟を死なせたりしない。
「サトル…。愛してる」
人間と吸血鬼としての最後の口づけを交わし、イビルアイは悟の首筋に牙を突き立てる。
そして、愛する男の血液が自分の体内に流れ込んできた瞬間、イビルアイは新たなスキルの芽生えを感じた。
そのスキルは『王族化』。『
一瞬戸惑ったが、イビルアイは迷うことなくスキルを使用する。
やがて悟の心臓が止まり、悟はイビルアイの『ヴァンパイア・プリンス』としての二度目の生を受けた。
「サトル…」
しばらくの時間が経ち、スキルの完全なる発動を感知したイビルアイが悟の首筋から口を離し、悟の顔を覗き込む。
「サトルっ…!」
イビルアイの呼びかけに応えるように悟が目を開いたが…。
「うっ、ぐがぁ!!?」
悟が全身の違和感に絶叫する。
胸の中から何かが何かに押し出されるように盛り上がっていき…。
「サトル!? 大丈夫か!?」
「ぐあっ!?」
血しぶきとともに悟の体内に埋め込まれていた人工心肺装置が排出される。
同時に後頭部に埋め込まれたジャックも排出され床に落ちた。
その傷跡は見る間に塞がっていったが、イビルアイは慌てて悟を揺する。
「サトル!? サトル…! 大丈夫か!?」
「ああ…。遥かにいいよ…」
身体に埋め込まれた機械類が肉や骨を突き破って排出され、折れたはずの腕がメキメキと音を立てて治っていく様子には少々冷や汗もかいたが、今や全身には凄まじい力がみなぎっていた。
今までの身体とは何もかもが違う。
「これが吸血鬼の力か…」
その言葉を聞いてイビルアイは思わずサトルから目を逸らしてしまう。
本当に悟を吸血鬼にしてしまったという悔恨の感情が湧き上がってきたのだ。
「ああ、サトルは…、もうこれで…」
「アイ」
強い口調でイビルアイの言葉を遮るサトル。
イビルアイが悟の顔を見上げれば、悟は力強い笑みを浮かべてイビルアイを見つめていた。
「アイ。助けてくれてありがとう」
「サトル…」
「愛してるよ…。キーノ…」
そのまま二人の影が一つに重なる。
こうして、やがて夜の王者として永遠に地球に君臨する吸血鬼カップルが誕生したのであった。
リア充爆発しろとの熱い声にお応えして。
ところで今更ですが番外編については時系列の整合性とか考えていません。
番外編が起こった可能性と起こっていない可能性が常に重なり合って存在しているシュレーディンガーの番外編です。