アイちゃんリアルへ行く   作:シュペルロ・ギアルキ

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最終話 アイちゃんリアルを統べる

 男は大型バンの助手席に座ってスチール缶に入ったオーガニック・コーヒーを飲みながら寛いでいた。

 イビルアイを攫おうとしたあの男である。

 見目は悪くない。先祖代々富裕層な彼の家は代々見てくれの良い血統を取り込んでおり、また定期的にトレーニングジムでスポーツをしている身体は十分引き締まっている。

 更には常に人の目を浴びながら生きてきたことで培われた仕草や表情の動きによって人の好感を十分に引き出す術にも長けているためである。

 生まれながらに全てを手に入れたカチグミ…それが彼だ。

 

 彼は部下たちにイビルアイを確保してくるよう命じているが実のところそこまで真剣にイビルアイを求めているわけではない。

 イビルアイの容姿はたしかに美しいが、ただ美しい程度の娘など彼のコネクションを使えばいくらでも購入することが出来るのだから。

 それでもあえてなぜ一般人に手を出すのかと言えば、それは彼らが必死で抵抗し、それでも圧倒的な力の差の前に屈服し絶望に沈むさまを美しいと感じるからだ。

 彼にとって下層階級の人間とは飼育キットの中のアリと同レベルの存在といえる。

 アリが飼育キットの中に立派な巣を作り上げた頃、人は割り箸を突っ込んで巣を崩壊させるのだ。アリは必死で割り箸に噛みつき抵抗するだろう。手元まで登ってきて指に噛み付くかもしれない。だが、割り箸にも人間にもアリの一噛みなど通用しない。儚い抵抗も虚しく巣は蹂躙される。その様のなんと美しく切ないことか。

 アリでもこんなに感動できるのだ。もしそれが人間だったなら更に感情移入できより大きな感動を得ることが出来る。無力な存在が自分では抗えない大きな力に翻弄され、蹂躙され、打ちのめされ、儚くも散っていく…。その哀れな姿に彼は性的興奮さえも感じるのだ。

 それに比べれば攫った娘を犯し陵辱することなどそのドラマの中にあるちょっとしたワンシーン、添え物にすぎないと言っても過言ではないだろう。

 

 今回の娘はどうしようか?

 戸籍や個人情報の調査をしたところ二人はどうも親子ではないようで、いまいち何の繋がりによって同居しているのかわからないのでどのくらいの絆があるのか試していくのもいいかもしれない。

 娘の目の前で男を拷問に掛け娘が男を助けるために何処までするか試してみるか、逆に男の目の前で娘を拷問して娘のためにどこまで出来るか反応を見るか。

 めくるめく愉悦の時間を夢想し顔を歪める。

 ふと、その耳朶にザァッという雨とも風とも違う耳慣れない音が入り込む。

 

「ん?」

 

 顔を上げ窓の外に目を向けたその瞬間。

 

 バチバチッ!

 

 何かが弾けるような音とももに両腕に激痛が突き刺さった。

 

「ぎゃああ!!」

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「うがあああぁぁっ!!」

 

 腕を折られた激痛に身悶えする悟。

 折られた腕を押さえて転げ回りたいが、全身を4人がかりで押さえ付けられていては悟の運動不足気味な体力ではとても跳ね除けることは出来ない。

 

「ぐううああああぁぁっ!!」

 

 男たちは悶える悟の動きを抑えようと更に力を込めて押さえ付け、悟の折れた腕に鋭い痛みが走り悟の口からさらに悲鳴が上がる。

 

「……次だ」

 

 リーダー格の男が再び男たちに合図をし、今度は左腕が縁石に立てかけられる。

 

「………ふぅー…」

 

 溜息をつくような音をガスマスクから漏らすとリーダー格の男は悟の左腕の上に再び足をかける。

 それを見て身をすくませ身体を硬直させる悟だが、その程度で耐えられるものではない。

 しかし、そこに微かに響く小さな着地音。そして、くぐもった奇妙な声が続く。

 

「…っ!?」

 

「《クリスタル・ダガー/水晶の短剣》!」

 

 声が響くより一瞬早く反応し、身を翻し回避行動を取っていたリーダー格の男以外の全員の身体に無数の鋭い水晶の塊が突き刺さりバタバタと倒れる。

 押さえ付けられていた悟も開放され、ようやく激痛を訴え続ける折られた右腕を抱え込み身体を丸める事ができた。

 

「うぅぅあぁぁぁ…っ!! いってぇ…」

 

 身を翻したリーダー格の男は体勢を崩したまま懐からリボルバーを取り出すと声のした方向へ向け、微かな明かりを受け闇に浮かぶ白い仮面の少し下に向かって躊躇なく発砲した。

 パァン! という乾いた音ともに撃ち出された鉛玉は、冒険者としてのフル装備を持ち出してきたイビルアイの胸元にあたって弾かれる。

 一瞬で体重移動を行い体勢を立て直しもう1射。今度は姿勢も安定しているため仮面に覆われた頭部を狙う。

 イビルアイは先程の1射でこの攻撃が躱すまでもないものだと気付いていたが、流石に眼前に迫ってくるのには少々に不快感を覚え、軽く身体を傾けて弾丸を躱す。

 その動きを見てリーダー格の男は悟った。この存在は自分の手に負えるようなモノではないということを。それでも彼は生きるために足掻く。

 イビルアイを睨んだまま丸まるように蹲った悟に銃を向ける。わずかでも“あれ”の意識をそらすことが出来れば逃げるチャンスが生まれるかもしれないとの考えであるが…。

 

 ごきっ!

 

 右手に激痛。そこに目を落とせば全く目を逸らしていなかったはずのイビルアイがすぐ近くに居てその小さな手で拳銃ごと男の手を握りつぶしていた。

 

「ぐっ!」

 

 呻きつつ握り潰された銃から右手を引き抜き、突き飛ばすように前蹴りを放つ。

 しかし、その蹴りはイビルアイにあっさりと片手で掴まれてしまう。

 

 ぼきんっ!

 

「ぐあっ!?」

 

 掴んだ足を片手で握りつぶすイビルアイ。そして、イビルアイは手の中に水晶の刃を作り出しながら振りかぶり…。

 

 ずどんっ!

 

「うぐっ…お……」

 

 情けも容赦もなく放たれた突きがリーダー格の男の胸を貫いた。

 

 イビルアイが水晶の刃から手を離すと同時に崩れ落ちるリーダー格の男。

 

「………さ……幸…子…」

 

 ごぼごぼと血を吐きながら最後に小さく呟き、男は永遠に動かなくなった。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 イビルアイは無様に腕を押さえ脂と汚れにまみれた地面にうずくまる悟に歩み寄ると、腰にぶら下げたポーチから治癒ポーションを取り出し、その背中に浴びせた。

 アダマンタイト級冒険者であるイビルアイが持つポーションは当然錬金術と魔法によって作られた最高級品であり、その青い液体は悟の外出用の防水コートにシミひとつ付けず悟の身体に吸い込まれていき、悟の傷を癒やす。

 そして数えること数秒。

 悟の震えが止まり、折れた腕を恐る恐る動かし、手の平をにぎにぎと開閉させる。

 

「大丈夫か?」

 

 イビルアイはもう大丈夫だろ、という意味を込めて悟に声をかけるが、悟から帰ってきたのは恨みがましい雰囲気を漂わせた声だった。

 

「遅いよ、アイ…。すっごく痛かったんだから…」

 

 その恨み言にイビルアイは呆れたように切り返す。

 

「お前がメッセージで『殺されはしないようだから救助は後回しにして周辺のクリアから行え』って言ったんじゃないか」

 

「それでもさぁ…」

 

 文句を言いつつも立ち上がる悟。ポーションのお陰で身体に一切の痛みは残っていない。

 目を落とせば血まみれの男たちが倒れる凄惨な現場。ガスマスクを外せばきっとむせ返るような血の匂いもするのだろう。

 しかし…。

 

「案外、なんでもないんだな…」

 

 悟はそれを見ても何の感慨も沸いてこないことに微かに戸惑う。自分を痛めつけた者たちが無残に死んだことで胸がすくわけでもなければ、自分()()が人を殺したことへの罪悪感を感じることも、無残な死体を見てしまったことに対する恐怖や嫌悪感も浮かばない。

 身体に突き立つ魔法で出来た水晶の煌めきが現実感を奪っているのか、ただ単に悟がDMMOのやりすぎで「ゲーム脳」になってしまったのか。

 あるいは、あとになって悪夢にうなされるのかもしれない。

 頭を振る。

 今はどうでもいいことだ。

 

「それで、アイ。殺していないんだよな?」

 

「ああ。ちゃんと動けない程度にとどめておいたよ」

 

 くいくいっ、と手招きをするイビルアイに続いて、道を進み、曲がり角を曲がると大きなワゴン車が視界に現れた。

 もっとも、普通の人が見ればその異常な状態に驚くことだろう。フロントガラスには幾つもの穴が空き、砂に半ば埋もれるようにして座礁しているのだから。

 悟はもちろん驚かない。

 なぜならそれは悟がイビルアイに「司令官が近くにいるようなら必ず捕まえてくれ」とお願いしたことによって成されたことだからだ。

 

 悟が近づき、フロントガラスから中を覗き込む。

 運転席には胸に水晶を撃ち込まれ絶命した男が倒れ込み、助手席には両腕を水晶で貫かれた男が苦しげに身悶えしていた。

 その顔には見覚えがあった。先日ショッピングモールでイビルアイに手を出そうとしていた金持ちの男だ。まさか本人が来ていたとは…。

 ひとまず搭乗者は誰も車を動かせない状態であることは確認できたのでサンドフィールドを解除してもらい、ドアを開ける。

 

「ごほっ…ごほっ…。助けてくれ…。命だけは…」

 

 ドアが開いたことで車内に流れ込んできた汚染大気に咽ながら弱々しく命乞いをする男に、悟は難しい顔をする。

 

「どうしたものか」

 

 ゲーム時代のノリで別に伏せていた部隊を捕獲してみたが、そいつらの装備を剥いだりアイテムや金をせしめることが出来るわけでもないことに今さら気づいてどうしたらいいのか悩み始めたのだ。

 そんなことを悩みながら考え込む悟を見上げながらイビルアイが悟の袖を引っ張って注意を引く。

 

「アイ?」

 

「私にいい考えがあるぞ」

 

 振り向いた悟に向かってイビルアイは満面のドヤ顔で漠然と失敗フラグを感じさせる言葉を放った。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 悟は豪華な自室からアーコロジーの天井に設置された人工太陽の夕暮れを眺めていた。

 天井の色は茜色と藍色に染まり、東の空にはポツリポツリとLEDの星の輝が浮かび始めている。

 既に自然界からは失われた美しい風景である。

 

「でも、ナザリック第六階層の空と比べたら…な…」

 

 ポツリと呟く悟に部屋の奥から声がかかる。

 

「まだ言ってるのか? そんなことより食事が出来たぞ」

 

「ああ、ありがとう! すぐに行くよ!」

 

 返事をした悟は広く、豪華なリビングを横切りキッチンへと向かう。

 

 現在悟が居るのはアーコロジーの中でも一等地の小高い丘に建てられた庭付きの一戸建て住宅である。

 当然悟が自分の経済力で手に入れたものではない。

 数ヶ月前、イビルアイを狙って悟を襲撃した男(悟はもう名前を忘れてしまったが)をイビルアイは眷属とし、そこからさらに芋蔓のように辿って世界を牛耳る八大企業のことごとくを支配下に置いたのだ。

 イビルアイは最初、程々に眷属を作って自分の存在を隠匿し続ける方向で考えていたらしいが、吸血姫であるイビルアイが非常に多くの眷属を作り支配することが出来ると知ってテンションの上がった悟が「やれるとこまでやろう!」と悪乗りし、本当に行き着くところまで、すなわち世界征服するに至ったのである。

 ぶっちゃけ悟も終わってからやりすぎたと思ったりはした。

 しかしやってしまったのだから仕方ないと開き直って贅沢の限りを尽くす…、とはいかず、開き直っても所詮根っこからなんとなく小市民臭が抜けない悟とイビルアイは支配した者たちが所有していた物件の中からそれなりな感じで落ち着ける程度の豪邸を見繕い、そこで自由な生活を満喫していた。

 

「あれ? なんか今日は豪勢だな?」

 

「ん…、まあな…」

 

 悟は食卓に並べられた普段より豪華な食事に目を見張る。

 権力と富の頂点に立ち、物を買うという概念さえ必要としなくなった二人が食べる食材はもちろん有機物循環システムで作られた合成食材でも、クローン培養されたバイオ食材でもない。

 全て工場で徹底管理して育てられた天然食材(遺伝子調整済み)である。

 そしてイビルアイは悟との共同生活の間に料理に目覚めでもしたのか、使い切れないほどの金と権力を得ても変わらず毎日料理を作っては悟と二人一緒に食べていた。

 そんなイビルアイだが、今日は悟の賛辞の言葉にもあまり反応せず、どこか浮かない顔をしていた。

 

「アイ?」

 

「…うん。いいから、まずは食事にしよう」

 

「…分かった」

 

 食事を促すイビルアイに了解し食事を始める悟だったが食事中も変わらずいまいち浮かない表情をしているイビルアイが気になってせっかくのご馳走がうまく喉を通らない。

 

(うー、きまずい!)

 

 そんなことを考えながらも食事の手を止めない悟だったが、イビルアイが唐突に匙を降ろしたことで手を止める。

 

「アイ?」

 

 悟の声に一つ溜息をつくとイビルアイは機械のように平坦に言葉を発した。

 

「調査の結果が出た」

 

 調査? と頭にハテナマークを浮かべる悟を無視するようにイビルアイは言葉を続ける。

 

「私が元の世界に戻る、この世界と私の世界を行き来する方法についての調査だよ」

 

「あぁ…」

 

 悟も思い出した。かつてイビルアイの世界に本当にユグドラシルプレイヤーが、この世界の人間が渡ったというのならば、そしてそれがもし人為的に引き起こされたものだったのなら、それを利用してイビルアイを元の世界に帰還させる手段が見つかるのではないか? と考え眷属に命じて異世界移動に関する技術や研究、実験について調査をさせたのだ。

 しかし、イビルアイの表情を見ればどのような結果だったのかは一目瞭然だろう。

 

「そんな研究や実験は無かったってことか?」

 

 コクリと頷くイビルアイ。

 それを見て悟は胸を締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「その…イビルアイ…。俺は…。俺が…」

 

「いいんだ、大丈夫だ。この結果はちゃんと覚悟していた。そりゃ、少しはがっかりしたけれども」

 

 少しだけ笑うイビルアイ。その儚げな笑顔に悟は思わず赤面してしまい、視線を彷徨わせる。

 

「私はこの世界で生きる。それしか無いし、その覚悟も出来た」

 

 イビルアイの表情が意を決したように硬くなり、悟の目を見つめる。

 

「それでも、私にも耐えられないことはある…」

 

「耐えられないこと…」

 

 イビルアイにじっと見つめられて怯んでいた悟だったが、イビルアイの表情の中に大きな弱さを見出し、スッと心を冷やした。

 

(俺がアイを支えてやらないと…)

 

 悟の目に力が宿ったのに気付いたのか、イビルアイの愛らしい顔に僅かに安堵が宿る。

 

「ところで、ここ数ヶ月で大量の血を吸って眷属を作ったせいか私は成長したみたいなんだ」

 

「う、うん…」

 

 唐突な話題転換に一瞬面食らうもイビルアイが何を言おうとしているのか聞き逃すまいと真剣な表情で相槌を打つ悟。

 

「私は成長して、新しい力が生まれた。今、私はたった一人だけ()()()()を作ることが出来る」

 

「仲間…? 眷属じゃなく?」

 

「そうだ。眷属などではなく私の仲間に。誰かを吸血鬼の王族にする力だ」

 

 ユグドラシルにはPCやNPCに自分の種族をコピーするような能力など無かったが…。などと一瞬悟は考えたがすぐに思考から振り払う。これはゲームなどではなく現実(リアル)の話なのだ。

 

「…私はこの世界で生きていく。それはいい。でも、一人ぼっちで永遠にこの世界を彷徨い続けるのは嫌だ」

 

 イビルアイの声は震え始めている。

 

「私はかつて孤独だった。孤独が当然だと思っていた。温もりなんて得られないと、得る資格なんて無いと思っていた……」

 

 イビルアイの言葉には様々な感情が複雑に混じり合い乗っており、人間関係の機微に疎い悟ではイビルアイの心情を深く推し量ることなど出来ない。

 

「でも、もう孤独じゃない。温もりが孤独を拭ってくれた。……もう私は誰かの温もり無しで生きていくことは出来ないんだ……」

 

 イビルアイは無意識の内に目を閉じ、祈りを捧げるように、何かに耐えるように硬く手を組む。

 

「…アイ」

 

 だが悟はイビルアイが言葉を続けるより先に口を開き、その声の硬さにイビルアイがピクリと震える。

 

「アイのことを孤独になんて、俺がさせないよ」

 

 悟の声はどこまでも真剣だった。

 

「アイ…。俺がいつまでもアイと一緒にいる。だから…」

 

「…さ…サトル…」

 

「だから俺をアイと同じ吸血鬼にしてくれ」

 

 悟の強い告白に、イビルアイの美しい瞳から涙が零れ落ちる。

 その様子を見てオロオロしだす悟。泣いている女の子を前にうまく対応できるほどの経験が悟にはない。

 そんな悟に溢れる涙を拭いながらイビルアイは無理矢理のように笑顔を作って悟に笑いかける。

 

「キーノだ」

 

「え?」

 

「私の本当の名前だ。キーノ。その名前で、もう一度さっきのセリフを言ってくれないか?」

 

 先程まで泣き笑いだったイビルアイがもうイタズラっぽい笑顔を浮かべて自分に期待の目を向けていることに気付く悟。

 色々と言いたい気分になったがぐっと堪え、一世一代の告白の言葉をもう一度繰り返した。

 

「キーノ…」

 

 そしてその日の夜、死の支配者(オーバーロード)として永遠に地球に君臨し続ける吸血貴のカップルが誕生した。

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