アイちゃんリアルへ行く   作:シュペルロ・ギアルキ

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第5話 アイちゃん買い物に行く準備をする

「本日はありがとうございました!」

 

「うん、鈴木くんもありがとうね。じゃあ気をつけて。またよろしく!」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします! それでは失礼します!」

 

 悟は得意先担当者に頭を下げその場を辞すると、ゴーグルとマスクを被りビルの外へと歩き出た。

 時刻は午後3時少し過ぎ、どんよりとした化学汚染黒雲に覆われた空はまだ薄明るい。

 今日の予定はここまで。このまま直帰できると思うと足取りも僅かに軽くなる。

 

 今までならこのまま真っ直ぐ帰って即ユグドラシルというところなのだが今日の悟は少々違った。

 バスに揺られはるばる郊外の大型のショッピングモールへと足を運んだのだ。

 

「ここに来るのは久しぶりだな…」

 

 ショッピングモール内は空気清浄機が働いているため、ゴーグルとマスクを外して鞄にしまい、案内MAPをチェックして少女用のブランド服の店を目指す。

 今日の彼はイビルアイを外に連れ出すために彼女の服を買いに来たのだ。

 何しろ服がなければ服を買いに行くことも出来ない。イビルアイが服を持っていないというわけではないのだが、それは漫画の中の中世の世界のようなデザインであり、外に連れ出すための服としては少々問題があったからだ。

 ハロウィンのイベントのときなら問題ないかもしれないが。

 

 そんな感じで女の子向けの可愛らしいお店に到着した悟だったが、入り口の段階でそのキラキラしいオーラに圧倒されかける。

 

(うおっまぶしっ!)

 

 あの中に突入すると考えると少々脂汗が額に浮かぶ。

 

(いやまて! 俺くらいの年齢なら娘がいてもおかしくない! 堂々としていれば問題はないはず!)

 

 さり気なく自分にダメージを与えるような思考をしつつ、意を決し店舗スペースに足を踏み入れる。

 キョロキョロとあたりを見回し、目的のブツの置いてあるスペースを探しているとスススッっとさりげなく女性店員が近づいてきて声をかけられる。

 

「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」

 

 一瞬ギクリとするがすぐに気を取り直し事前にシミュレートしていたように答える。

 

「ええ、知人の娘にコートをプレゼントしようと思いまして。どんなものがいいのか…」

 

 さり気なく悟の服装をチェックする女性店員。

 

(年齢は25歳から35歳くらい。職業は会社員? ちょっと使い込んでるけどスカした高級ブランドのジャケット。結構裕福と見た。家族ではなく知人の子供へのプレゼントなら更にワンランク上のものを薦めても良さそうね)

 

 そう結論付けた女性店員は悟に送る相手の年齢や体格について問いかける。ちなみに距離と視野の関係でボロボロな悟の靴は見逃してしまった。

 

「その方のお歳や体格はどのくらいでしょうか?」

 

「ええと、歳は今度12歳で身長はこれくらいだったかな」

 

 これもまた事前に決めていたように答え、手でイビルアイの身長を示す。

 

「ああ、それからその子は金髪なんですよ。海外からこっちに来てて」

 

 本当は海の外どころか世界の外だがそんなことは些細の問題である。

 女性店員はかすかに考え込む。

 

(金髪外国人の女の子…。しかもナチュラルの! 面白そう!)

 

 内心でテンションがあがる店員。

 一瞬何やら不穏な空気を感じた気がして微かに身を引く悟。

 しかし女性店員がニッコリと営業スマイルを浮かべて案内し始めたのでついていく。

 

「こちらはいかがでしょうか? こちらは近年流行のデザインになっておりまして…」

 

 そう言って女性店員がサトルに見せたのはパステルブルーのコートだ。

 大人と子供の境目にあるような可愛らしさと落ち着きを兼ね備えた奥ゆかしいデザインをしている。

 

「うーん、こんなに明るい色だと汚れとか目立ちませんかね?」

 

「この製品はこちらにありますように最新の撥水加工が施されてまして、水や汚れを弾き、メンテナンスが容易になっております」

 

 女性店員が示したタグには『水、汚れをはじく』『科学の力だ』『3年耐久』などと景気の良い文字が踊っている。

 

「なるほど…」

 

 ひとまずこれを着たイビルアイの姿を想像してみる。

 悟の脳内でこのコートを着てくるりと回ってニッコリ笑うイビルアイ。可愛い。

 鳥頭がそれを見てサムズアップする幻影が一瞬脳裏をよぎったがチョップで振り払う。

 

「これにします」

 

 値段を見ずに即決してしまう悟。あぁ、いったいどうなってしまうのか!

 

「あ、あとこれと合わせて帽子も見せてもらえますか? 髪を保護できるようなのを」

 

「それではこちらなどいかがでしょうか? こちらはコートと同じシリーズの商品でデザインも親和性が高くトータルコーディネートに…」

 

 悟の思惑は別のところにもあるのだが、女性が外に出るときは汚染大気から髪を保護する帽子を被るのは常識である。

 特に違和感も抱かず女性店員は同じシリーズの同色のベレー帽を勧める。髪の保護を主目的にする帽子はゆったりとしたベレーやハンチング、キャスケット状のものが主流だ。

 

「ふむ…」

 

 コートにプラスしてこれを被ったイビルアイの姿を想像してみる。

 悟の脳内でこの帽子を被ってくるりと回ってニッコリ笑うイビルアイ。確信的に可愛い。

 鳥頭がそれを見て拍手喝采しながら指笛をかき鳴らす幻影が一瞬脳裏をよぎったがキックで振り払う。

 

「これも買います」

 

「ありがとうございます! 他にもご一緒にプレゼントするものはありますか?」

 

 その言葉に少し考え込むが、頭を振って断る。

 

「いえ、これだけで十分です」

 

「かしこまりました。ではレジにお持ちしますね」

 

 服がレジに通され表示ディスプレイに表示される値段に一瞬目を剥く悟。思ったより高い。

 

(うわ、俺のこの服より高いじゃん…。これもかなり奮発して買ったやつなのに…)

 

 とは言え今更買いませんと言う気もない。せっかく選んだのだ。

 

「支払はカードでお願いします」

 

 ユグドラシルへの課金のために作ったクレジットカードを提示し決算する。

 プレゼント用のラッピングを断り、コートと帽子を収めた汚染大気に触れないよう密封出来る紙袋に入れてもらう。

 

「ありがとうございました」

 

 女性店員の明るい声を背にうけながら店舗を離れる。かすかな達成感と安堵のため息を吐きながら。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 悟は軋む扉を開けて今日も帰宅する。

 靴を脱いでいると悟の帰宅を察知したイビルアイが顔を出す。

 

「おかえり」

 

「あ、うん。ただいま…」

 

 イビルアイと同居して数日になるが、このただいまという挨拶にはなんとなくまだ気恥ずかしいというか、慣れない。

 まあ、行ってきますという挨拶にもまだ慣れていないのだが。

 そんな感情を噛み締めながら二人並んでリビングに向かいながら会話を交わす。

 

「今日は少し早かったな? ところでその袋は?」

 

「直帰だったからちょっと寄り道をね…。これはお土産」

 

「土産?」

 

 可愛らしく首を傾げるイビルアイに袋を渡す。

 

「開けてもいいのか?」

 

「どうぞ」

 

 受け取った紙袋をしばらく裏返したりひっくり返したりするイビルアイ。

 何をしているんだ? と悟が尋ねる前に。

 

「…どうやって開けるんだ?」

 

 どうやら異世界には密封式紙袋というのがないようだ。

 

「その赤い紐を引っ張ると口が破れるよ」

 

 袋を開けて中を覗き込むイビルアイ。折りたたまれた布を見てもピンとこなかったのか到着したリビングのテーブルに袋を置き、中身を取り出して広げる。

 

「これは…コート?」

 

「うん、今後外出するときにでも着たらいいかなと思って。イビルアイが今持っている服はちょっとさ、こっちだと浮いちゃうから…」

 

 その説明に得心いったというように頷くイビルアイ。

 

「なるほど…てれびでみたところ私の世界と服飾文化はだいぶ違うようだしな。うーん、しかしこの色は私には少し派手じゃないか?」

 

 ちょっと恥ずかしそうに苦笑するイビルアイ。こんな派手な色の服はどこかの王族や貴族の娘が着るようなものだというイメージが有る。

 

「いや、似合うと思うよ? ちょっと着てみてよ。帽子も」

 

「ああ、うん…」

 

 おずおずと袖を通し帽子をかぶるイビルアイ。悟が想像したとおり、可愛い。

 

「どうだろうか?」

 

「うん、似合う似合う。可愛いよすごく」

 

「うっ…そ、そうか…。それならいいんだが…」

 

 悟が褒めるとなんとも恥ずかしそうにモジモジするイビルアイ。とても可愛い。

 

「そ、それよりサトル! 早く風呂に入ったらどうだ! 食事もあるしな!」

 

 照れ隠しのように大きな声を出すイビルアイ。顔が赤い。

 

「…うん、じゃあ風呂に行ってくるよ」

 

 まだ先日言われた「不潔!」が心にささくれのように残っている悟は素直に風呂に向かった。

 

 そしてスチームバスでさっさと身体を清め、リビングへ戻ると…。

 

「ふふふっ…。可愛いか…。うふふふ…」

 

 などとニヤニヤしながらコートと帽子を身に着け自分の体を見下ろしながらポーズをとるイビルアイを見つける。何この可愛い生き物。

 

「何この可愛い生き物…」

 

 思わず口に出てしまったつぶやきを聞きつけイビルアイがバッと悟の方を振り返る。

 

「うあっ!」

 

 みるみる顔を赤くするイビルアイ。

 

「あー、うん。すごく可愛いよイビルアイ。似合ってる」

 

 ここまで喜ばれていると贈った側としては冥利に尽きる。頬も緩むというものだがイビルアイはその笑みを生暖かいものと理解したようで。

 

「うああぁ! そんな顔で見るなー!」

 

 悟の顔に帽子を投げつけ、うずくまる。

 恥ずかしすぎて顔が熱い。

 

「いやいや、本当に似合ってるって。そんなに喜んでくれて俺も嬉しいんだよ」

 

「うー…」

 

 うずくまったままいやいやと頭を振るイビルアイ。

 結局イビルアイをなだめ、立ち直らせるには少々の時間を要した。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 なんとかイビルアイを復活させて夕食を摂ったあと、悟は明日は休みだからと二人で生活するための生活用品を買いに行くことを提案する。

 

「なるほど、あのコートはそれで買ってきたのか」

 

「そういうこと。あとガスマスクとゴーグルも買ってきたから外出るときは使ってね」

 

「毒は無効だから本当はなくても良いんだがな…」

 

 とはいえつけずに外に出たら吸血鬼とバレてしまうのだからつけないという選択肢はない。

 イビルアイが元の世界で使っていた仮面はあからさまに怪しすぎるので論外である。

 しかし問題点は外見だけではない。

 

「ところで、外でイビルアイって呼ぶのはちょっとおかしいと思うから、もうちょっと他の呼び方に出来ないかな?」

 

 子供の名前や呼び名にイビルアイというのは流石にキラキラネームでも少々突飛だ。

 

「うん? あぁ、まあ確かにあまり普通に名前として付けるもんじゃないか」

 

「イビルアイはどんな呼び方が良いと思う?」

 

「そういわれても、私はこの国での一般的な名前を知らないからなぁ。サトルが考えれば良いんじゃないか?」

 

 アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーがいたら「絶対にやめろ!」と忠告するようなことを平気で行うイビルアイ。

 無知とは恐ろしい。

 

「うーん、イビルアイだから…。『アイ』とかかな? アイ()ちゃんとか。よくある感じの呼び方だし」

 

 ギルドメンバーたちが聞けばモモンガさんが考えたにしては思ったより遥かにまともだと胸を撫で下ろすだろうネーミングであるが、それを聞いてイビルアイは顔を真っ赤にして慌てる。

 

アイちゃん(愛する人)!? なんでそうなる!?」

 

「え? ただイビルアイの後半から…」

 

「それならエレとか…。あぁ、そうか…。翻訳されているのか私の名前は」

 

「翻訳?」

 

「ああ、私もなぜそうなっているのかは知らないんだが、私たちの世界で話し言葉が通じないということはないんだ。以前一緒に旅をしたぷれいやーが言うには音ではなく意思で会話をしているんじゃないかとか推測していたが、私もあまり詳しく考えたことがなくてな」

 

 話しながらイビルアイが無限の背負袋(インフィニティ・ハヴァザック)から筆記用具と紙の切れ端を取り出す。

 

 ――ちなみに二人はこの数日の間にお互いのことをある程度深く話し込んで世界移動やユグドラシルとリアルと異世界とプレイヤーなどについて考察したりしている。

 結論は結局『情報が足りなすぎてよくわからない』に落ち着いたのだが。

 

「たとえば、ラージア・エレ(イビルアイ)をりあるの文字で書くとこうなる」

 

 ラージア・エレとあまり上手くない文字で紙に書き取る。

 

「イビルアイは日本語出来るのか…」

 

「少しだけな。ひらがなとカタカナと数字くらいだ。これで『ラージア・エレ』だ」

 

 言葉に意味を込めず、発音だけに意識して声を出す。

 悟は少し驚いた様子でポツリと口を開く。

 

「さっきまでイビルアイって聞こえていたのに…」

 

「私にはそれも『ラージア・エレ』と聞こえるんだがな。意味は邪悪な眼とかそんな意味だ。サトルはどんなふうに聞こえているんだ?」

 

「俺にはこう聞こえる『イビルアイ』っと…」

 

 悟もペンを取りラージア・エレの下にイビルアイと書き足す。

 

「ふむ、『いびるあい』か…。イビル・アイ、イビルアイ(ラージア・エレ)…なるほどな」

 

「意味もイビルアイが言っていたような邪眼とか魔眼とかそんな意味だよ」

 

「そうか…。ところでそれがなんで『愛する人』になるんだ?」

 

「えっ!? そんなふうに聞こえたの!?」

 

 予想もしていない内容に驚く悟。流石にこのタイミングでいきなり愛を囁いたりするはずがない。

 

「ああ、何事かと思ったぞ…」

 

「あ~、うん。そうか…。ええと、この『イビルアイ』の『アイ』は外国の言葉で『眼』って意味なんだけど、日本語だと同じ発音で『LOVE』…『愛』って意味なんだよ。それで、この『愛』ってのは日本だとそのままの表記で女の子の名前としても使われるから」

 

「そういうことか…。難しいなニホン語」

 

「どうする? 別の呼び方にする?」

 

 イビルアイは少し考え込むが、確認するように問い返す。

 

「…それは普通の名前なんだな?」

 

「うん、普通。百人の内1人か2人くらいは居ると思うくらいには普通」

 

 具体的に統計を知っているわけじゃないが、悟が小学生の頃、2回ほど愛という名前の女の子と同じクラスになったことがあるような記憶があった。偶にちら見する芸能ニュースにも愛という名前の芸能人が出ていた記憶もある。

 そしてその名前をおかしいと感じたことはない。

 

「じゃあそれでいい。普通の呼び方を考えるのが目的だったんだ。私のほうが慣れるさ」

 

「それじゃあこれからはアイ()って呼ぶでいい?」

 

「う、うむ…。良いぞ…」

 

 なんかちょっとゾワゾワするイビルアイ。非常にむず痒い。

 

「ん~…。大丈夫? アイ()?」

 

 ゾワゾワ。

 

「だ、大丈夫だ。きっとすぐ慣れる」

 

「それなら良いんだけど…」

 

 それでもなんとなく口元がムニュムニュ動いてしまうイビルアイ。

 気を取り直すように頭を振って話題を変える。

 

「と、とにかく、これで呼び名は問題ないな。服装も問題なし。他に何か問題になるようなことはあるか?」

 

 そう言われ悟は少し考え込むが、とりあえずは思い浮かばない。

 

「いや、大丈夫だと思う。何か気づいたらその都度教えるつもりだし。ひらがなとカタカナが読めるならなおさら」

 

「そうか、じゃあ明日は出かけるんだな?」

 

「うん。そうしよう。なんか欲しいものとか考えておいてよ」

 

 それを聞いてイビルアイの顔に不敵そうな笑みが浮かぶ。あるいは意地悪な笑みか。

 

「分かった。どこに連れて行ってくれるか楽しみにしておこう。私の世界ではデートのエスコートは男性の役目だしな?」

 

「で、デート!?」

 

 思わぬ単語に素っ頓狂な声を上げてしまう悟。

 

「男女が揃って出かけるんだ。違うのか?」

 

 楽しそうに問いかけてくるイビルアイに悟はキョドりつつ考える。

 

「いや、うん? そう、なのかな?」

 

「じゃあそれで決まりだ。私は食器を片付けてくるよ」

 

 そのままの顔で楽しげに立ち去るイビルアイ。足取りは軽い。

 悟がその様子を見送りながら「デートか…」なんて呟くと脳裏にペロロンチーノの幻影が現れ中指を立てて裏切り者ー!と叫んで消えていった。

 

「別に裏切ってねーし…」




今後は悟が名前を呼ぶだけでめっちゃイチャイチャになる二人です。
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