ベルセルクはいいぞ
イギリス。いわゆる魔術協会の総本山である『時計塔』。ロンドンの大英博物館を拠点としたそこは、我こそはと、野望に満ちた魔術師達が世界中から集う場所だ。
しかし、その野望が叶わず道半ばで挫折することは確実だ。もっとも、例外は存在するが。
少なくとも、自分には関係ないことだ。そう思いながらガッツは廊下を歩く。
前から生徒が歩いてくる。目が合った、と同時にその生徒は顔を引き攣らせながら、ガッツと目が合わないよう廊下の端を全力で歩く。
思わず嘆息をもらしてしまう。
魔術師の中には薬物か、または魔術によるせいか、異形とも呼べる姿になることもある。しかし、それは恥ではなく、むしろその魔術師にとって誇るべきものである。決して卑下するようなことではない、というのが魔術師にとっての常識だ。――それにもかかわらず、避けられる。これは流石に嫌われ過ぎではないかとガッツは思ってしまう。
外を歩けば、警察官から職務質問。警備担当の魔術師からの詰問。廊下で出会う生徒が回れ右したことすらあった。
そこまで怯えなくても……と思う。多少自分の外見を自覚しているが、自分ではどうしようもないし、変えようとも思わない。
そう思うガッツは、隻眼隻腕、筋骨隆々な肉体、失った左腕には鋼鉄の義手。戦場を駆け抜けたが故に漂う濃厚な血の匂い。そして、とある呪い。いかに魔術師とはいえ、恐ろしいものは恐ろしいのだ。
「避けられたくなくば、もっと愛嬌のある姿にでも変えるのだな」
「俺に愛嬌なんて求めんな。そんなもん俺には似合わねえ。アンタもそう思うだろ、ロード・エルメロイ」
「二世だ。二世を付けてくれ。そうでなければエルメロイの名など痒くて耐えられん」
「そいつは悪い事をした、エルメロイ二世」
「気持ちのない謝罪ほどイラつくものはないな、ファックめ! とっとと座れ」
エルメロイ二世に促されるまま来賓用のソファーに体を沈ませた。出された薬湯を啜り、噎せ返るほど辛かったが、話によると疲労回復効果があるらしいので我慢して受け入れた。
「お前を呼んだのは他でもない。『冬木の』聖杯戦争は知っているな?」
それを聞き、ガッツは顔を顰めた。ガッツにとって一番聞きたくなかった単語だ。
「……噂程度にな」
「なら話は早いな」
「待て待て。基盤である大聖杯が消息を絶ったんじゃねえのか? もう冬木では聖杯戦争は起こらないはずだ」
まあ待て、とエルメロイ二世は何故か慌てているガッツを制止する。
「実は三ヶ月前、それが遂に発見された。発見された、というよりは隠されていたのが分かったと言うべきだが」
「……んで、場所は?」
「ルーマニア、トランシルヴァニア地方の外れにある都市トゥリファス。その都市最古の建造物であるミレニア城塞に設置しているらしい」
「俺にそれを確保しろ、か」
自分で言いながら嘆息がでる。気分を落ち着ける為に再び薬湯を啜る。薬湯の辛味を感じると共に気分が徐々に落ち着いてゆく。
「依頼の目的はそのようなものだ。だが、厄介事がある。聖杯の情報をもたらしたのが、ユグドミレニア一族の長、ダーニックだ」
「……『八枚舌の』ダーニックだっけか」
「その通りだ。そして詳細は省くが、ユグドミレニア一族が魔術協会から離反した。そして、サーヴァントを召喚し、事もあろうに既に七人のマスターを揃えた」
「おいおいそりゃ……」
思わず嘆きたくなる状況だ。冬木の聖杯戦争のシステムならば、サーヴァントは最大で七騎であり、マスターは七人である。つまり、手出しが出来ない、詰んだ状況と言える。
「まさか、サーヴァントと戦え、ってことか? 悪いがサーヴァントと戦うなんて勘弁だぞ」
「お前の鎧と剣ならば不可能ではなさそうだがな。まあそうは言わん。こちらの依頼は、サーヴァントを召喚して戦ってもらう、というだ」
「はぁ? ……ああ、そういうことか。予備システムか」
おかしなことを…と思ったが、ある事実を思い出し、納得した。それならば可能だと。
「む、既に知っていたか。聖杯の予備システムにより、今回の召喚可能なサーヴァントの数は十四だ。こちらも七騎のサーヴァントを召喚し、奴らを討つ。……依頼を受けるか?」
ガッツは即答を避けた。足元を見られる等といった理由ではなく、ちょっとした個人的な理由だ。確かに聖杯は魅力的であるが、その分リスクを伴う。どうしたものかとしばらく悩み……
「……サーヴァントを召喚するには触媒が必要なはずだ。用意はあるのか?」
その言葉にエルメロイ二世は頷く。しかし、厳密に言うと触媒は必要という訳では無い。触媒が無くとも召喚は無論できる。が、触媒なしの場合は強さに関係なく、術者の精神性に類似している英霊が選ばれる。
だが、多くのマスターはそれを避けるために触媒を用意する。
「そうか、なら前払いでギャラを半分よこせ。良ければ契約成立だ」
「いいだろう。お前の口座に振り込んでおく。それでいいな?」
勿論ガッツは頷く。お互いに条件に納得し、ここに契約は成立した。
「なら、ルーマニアに飛べ。監督官と他のマスターへは私から連絡を入れておく。入国すれば、向こうからお前にコンタクトを取りに来るだろう」
「あいよ。あんま期待せずに待ってな」
残っていた薬湯を飲み終え、ソファーから立ち上がり部屋から去ろうとする。が、一つの忘れていた。
「そういえば、向こうの監督官の名前は?」
去り際に思いだしてガッツはエルメロイ二世に尋ねた。できれば、自分の予想が外れていてくれと淡い期待を寄せながら……。しかし、その淡い期待はエルメロイ二世の言葉で壊される。
「ああ、確か…………………………シロウといったか」
全くの無名の人物であったが、ガッツはその名前に聞き覚えがあった。そして、自分の運のなさに絶望した。
☆
――ある日、気がついたら見知らぬ土地にいた。周りには何もなく、辺り一面暗い場所。
周りには彼と同じような境遇な者達が大勢おり、何故自分達はここにいるのかと騒いでいた。幾らか時間が経過した時、何処からか声が聞こえた。あれだけ騒いでいたにも関わらず聞こえた、心に直接話し掛けてきたような声。
他の者にも聞こえたのだろう。騒ぐ者はいなくなり、皆がその声に耳を傾ける。
――――君達は選ばれし者達、神の座につく権利を与えられた名誉ある者達だ。試練を乗り越えた者を神の座に迎えよう。
なんだそれは、巫山戯ているのか。なんの悪戯だ、胸糞悪い。そう彼が思ったと同時に、地獄が始まった。辺りに数多くの化物が現れ、蹂躙していく。男が、女が、老人が、子供が、その場にいた者皆が蹂躙の対象だった。
その後の事は、彼は殆ど覚えてはいない。死にたくないの一心でただがむしゃらに逃げ、それでも自身の左腕と片目を失った。辺り一面が血の海となっており、生きている者は彼以外存在しなかった。
――――見事だ。君は素晴らしい、逸材だ。
何が見事なのか、誰が逸材か。今の彼にその褒め言葉を受け取る程の余裕などありはしないし、むしろ、声の主への憎しみで頭は一杯だ。自分を試練という名の元に殺そうとした者を憎まずにいることなど不可能だ。
「てめぇ、ふざけるのもいい加減にしやがれ! 皆殺しにしといて、人をなんだと思ってやがる! 」
彼の周りに散らばるのは、先ほどまで人の形をしていたモノだ。もう、とてもではないが人とは言えない。
――――彼らなら安心したまえ。既に元の世界へ帰っており、死んでなどいない。それに、この事を覚えてもいないし、思い出すこともない。
元に戻ったから平気だと、この声は言った。しかし、それを確認する術を彼は持たない。その声が嘘を言っていようと、彼には見抜くことは出来ないし、出来たとしても、何も出来ない。
ふざけるな、何様のつもりだ!?
憎しみは増すばかり。憎悪が彼の心を支配し、憎しみに囚われる。だが、それでも構わないとさえ彼は思ってしまった。
憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
――――強くなれ。君には、その資格があるのだから。
いいだろう。強くなってやる。
ただひたすらに強さを求めよう。
復讐の為だけに。
そうして彼は、元いた世界とは別の世界へ飛ばされることになった。
飛ばされると同時に彼は力を与えられた。与えられし力は、『狂戦士の甲冑』、『ドラゴンころし』である。彼の記憶から引っ張り出してきたのか、または皮肉を込めて送ってきたのか……
しかし、与えられたものはそれらだけでなく、魔を引き寄せる『呪い』まで与えられた。
彼は己の名を『ガッツ』とし、復讐へと身を投じていった。
☆
ガッツはロンドンからルーマニアへと旅立ち、空港へと降り立つ。それと同時に、手の甲に若干の痛みが走り、刺青のような紋様が刻まれた。聖杯が、ガッツに令呪を顕現させたのだ。
これでようやく、聖杯戦争のスタートラインに立つことができたのだ。
ガッツは聖杯戦争……いや、聖杯大戦の舞台となるトゥリファスには向かわず、先にサーヴァントを召喚することにした。トゥリファスは戦いの舞台であると同時に、敵の本拠地だ。わざわざ敵のど真ん中で召喚することは無い。
ルーマニアの首都であるブカレストで霊脈を探し、サーヴァントを召喚する。それが彼の判断だ。
魔法陣を仕上げ、後は召喚をするのみ。そこでガッツは、この聖杯大戦について考える。自分の知っている聖杯大戦通りならば、参加する英霊は
漠然と己の願いの再確認した。望むのは復讐。しかし、如何に万能の願望機たる聖杯でも叶えることができるのか。それが彼にとって唯一の不安だった。
だが、それでも止まれない。前に進むしか、道は無いのだ。
「さて、始めるか」
微かな緊張。どうやら精神は良いらしい。
用意された触媒を設置し、召喚の時はきた。ガッツが召喚するサーヴァントはキャスター。聖杯戦争ならば、生き残るのが難しいクラスだが、今回は聖杯大戦。団体戦ならば話は別だ。もっとも、ガッツは一部を除き、他のマスターと共闘するつもりは更々ないが。
「告げる」
ガッツは英霊召喚という、極大の神秘に触れた。
しかし、魔法陣の中に現れたサーヴァントの姿を見たとき、我が目を疑った。
所々が赤く染まっており、ボロボロになっている黒マント。
薄暗いその場所でも照らされてきらめく髪と金色に染まっている瞳。
剣と旗を持ち、黒を基調とした軽鎧を纏ったその女性。
「サーヴァント、アヴェンジャー。召喚に応じ参上しました。……どうしました、その顔は。さ、契約書です」
続くかどうかは未定