side 霊夢
「アンタが異変の主犯?」
「ふん、それがどうした、博麗の巫女」
紅魔館の最深部。
門番とメイドを弾幕でボコボコにした私は、そこまで苦労せずに異変の主犯の元まで辿り着いた。
玉座のような椅子に腰掛け、見下すように私を見るちっこい妖怪は尊大な口調で答える。
私を値踏みするような眼差し。
気に入らないわね。
「さっさと紅い霧出すの止めてちょうだい。洗濯物が乾かなくて迷惑してんの。今日は気分が良いから一発殴るだけで勘弁してやるわ」
「……さすが猿。よく喚くな」
「はぁ!?」
今から洗濯物を干しても、次の日までには乾かないことは承知の上だが、こちらには『浴室乾燥機』という最終兵器を持つお隣さんが存在するのだ。あれがあれば天候気にせず4.5時間で乾く。
私が機嫌が良いのも、昨日の余り物である鶏肉の野菜炒めを朝食として摂取したからだ。
あれは美味しすぎる。
また作ってくれないかしら?
まぁ、鶏肉の野菜炒めを食べて幸せな私でも『猿』と言われて黙っていられない。
今日の晩飯を紫苑さんに作って貰うことを心に決めて、お払い棒と札を構えてちっこい妖怪と対峙した。
「私の名前は博麗霊夢。アンタは?」
その問いに目前の妖怪は嗤った。
椅子から立ち上がった敵は背中の羽を大きく羽ばたかせて宙に浮き、身長の倍はある紅い槍を手に造り、八重歯を覗かせる口で言葉を紡いだ。
「我が名はレミリア・スカーレット。誇り高き吸血鬼の王ヴラド・ツェペシュの孫にして、『スカーレットデビル』の異名を持つ者だ」
その堂々とした名乗りを聞いて。
私は記憶に引っ掛かるものを感じた。
(吸血鬼の……王……?)
『吸血鬼』という西洋の妖怪が幻想郷に来たことは紫から聞いていた。付け加えるのならば、今回の異変は『スペルカードを導入した初の異変』ということで、胡散臭いスキマ妖怪が関わっているのではないかと思っている。
しかし、私が引っ掛かるのは『吸血鬼』という単語ではない。
『吸血鬼の王』
どこかで聞いたことのある言葉に違和感を覚えた。
しかも最近の会話から出てきたはず。
吸血鬼の王なんて単語を口にするような奴、私の周囲で紫以外に存在しただろうか?
魔理沙が本で得た知識なら口にする可能性があるが、残念ながらアイツではないのは確か。アリスは最近博麗神社で見かけないし、藍も言うとは思えない。
他に誰かいるとすれば――
「あー……何となく納得できるわー……」
「??」
思わず漏れた言葉に首をかしげる異変の主犯。
そう、彼――最近引っ越してきた外来人・夜刀神紫苑ならば口にしても違和感が全くない。
他の外来人ならいざ知らず、幻想郷の賢者の師匠であり〔十の化身を操る程度の能力〕なんて規格外な力を持つ少年ならば、吸血鬼の王という単語を言ったかもしれない。
いつ言ったのかは思い出せないけど。
まぁ、今はそんなことはいいか。
「覚悟しなさい、ちっこい吸血鬼」
「その生意気な言葉、いつまで続くか?」
獲物を前にして唇を舐める吸血鬼に、私は早く終わらせて帰ろうと肩をすくめた。
♦♦♦
side 魔理沙
異変だぜ!
私が解決してやる!
そんな意気込みで紅い霧の中を飛び回っていた私だったが、この気持ち悪いくらいに紅い館を霊夢と同時に見つけたときは、この天才肌に絶対負けるもんかといつもの癖が出た。
いつも神社の掃除してるか茶を飲んでる、怠け者で面倒くさがり屋の博麗の巫女。なのに私よりも実力は上。
そんな霊夢を心のどこかで尊敬している一方、努力しなくても何でもできるアイツが嫌いだった。いや、嫌いというよりも嫉妬してる。
だから異変も私が解決して見返してやろうと思った。
……そういえば、他にも天才がいたな。
私の脳裏に思い浮かぶのは黒髪の優男。
明らかに戦闘面では素人の雰囲気を出す外来人は、私との弾幕ごっこで新作スペルカードを悉く避けた。その姿は手慣れているようで、初見で全ての弾幕に対応したアイツにも最初は嫉妬した。
それも昨日までのことだったが。
『あの程度の攻撃なんて、初見で躱せないと簡単に死ぬんだよ。俺がいた世界ではな』
『天才だって努力しなきゃ、努力した秀才に劣る』
『けど――少なくとも、努力しないと結果は出ないよ』
アイツは――私の努力を認めていた。
天才であるアイツも努力していた。
だから今では嫉妬しようなんて微塵も思わなかった。
生き残るために努力して身に付けた実力ならば――私が文句を言ってもいい奴じゃないと理解した。
おっと、今はそんな話している場合じゃない。
箒で紅い館を散策していたら、大きな図書館を見つけた。
どこを見渡しても本だらけ。これを全て読むのにどれくらいの年月が必要なのか想像もつかないが、本好きの私にとっては宝物庫の如く輝いて見えた。
確か紫苑の家の地かにも書庫があったが、ここはそれの数十倍の蔵書があると思う。ざっと見た感じでそう思ったので、もっとあるかもしれないぞ。
その時の私は異変解決のことなど忘れていた。
本棚をざっと確認しながら目ぼしいものを次々と手にとっていく。ちょうど風呂敷も手元にあるし、誰のものかは知らないけど借りていくぜ!
なんて本を十数冊戴いたところで――
「あら、ネズミが入り込んでるわね。こぁは何やってるのかしら?」
目の前に紫色の女がいた。
アメジストの眼差しが私を捉える。
「だ、誰だ!?」
「よく考えて質問しなさい。泥棒以外にここにいる者と言えば……管理者ぐらいしか有り得ないでしょう?」
「異変の主犯はお前か!?」
「私はレミィ――主犯の手伝いをしただけ」
紫色の女は淡々と私の質問に返した。
目を細目ながら答える姿は眠たそう……いや、面倒臭そうな印象を受けた。
コイツが首謀者じゃないのか。
じゃあ用はないな。
「ここはハズレだったか……」
「わざわざ前に出てきてあげたのに、ここの管理者を前にしてハズレとは無礼じゃないかしら?」
「それを言うなら共犯者だろ? 私は異変解決をするつもりなんだ! もうここに用はないぜ」
「さっさと出ていきなさい――その本を置いて」
私は図書館から出ようと放棄に股がろうとしたとき、女が不機嫌そうに呼び止めた。女が指差すのは風呂敷から覗かせる大量の本。
私は親指を立てた。
「死ぬまで借り――ちゃんと返すぜ!」
「『死ぬまで借りてく』って言おうとしたでしょ?」
「そ、そんなことない!」
ちょっと今までの癖が出ただけだ!
女の指摘に私は首を全力で振った。
確かに今までの私なら『死ぬまで借りてくぜ!』と言うだろう。昨日の黒髪の外来人の言葉を聞くまでは。
私は昨日の夜は紫苑の家で晩飯を食べたのだが、その後に本の話をしたら書庫に案内してくれたのだ。ここの図書館ほどではないが、現世から忘れ去られた本しか知らない私にとって、幻想郷では見られない本の数々は魅力的だった。ここでしたように十数冊くらい風呂敷に入れようとしたら紫苑に『おいおい、ちゃんと返せよ?』と言われた。
そして、私はいつもの台詞を口にして――次の紫苑の言葉を戴いた。
『大丈夫、死ぬまで借りていくだけだぜ!』
『つまり魔理沙が死んだら返してくれんの?』
あの時は冷や汗が止まらなかったぜ。
紫苑の言葉は完全に『死んだら』が『殺したら』に聞こえるほどに、黒曜石の瞳が物語っていた。
『じょ、冗談だ。ちゃんと返すぜ……』と生存本能が働き、『冗談か。けど二・三冊くらいにしとけよ』と事なきを得たが、それ以来は死ぬまで借りないようにした。今日もここに来る前にアリスから借りた本は全て返したし。物凄く驚いていたけど。
紫苑に知られたら殺られるからな……。
「今返しなさいって……あぁ、もう。力ずくで取り戻す他無さそうね」
「お、弾幕ごっこなら大歓迎だぜ! いいぜ、私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ」
「私はパチュリー・ノーレッジ。魔女よ」
そうだよ、これがやりたかったんだ!
私は初異変の弾幕ごっこに興奮しつつ、ミニ八掛炉を構えた。目の前の魔女――パチュリーも面倒そうにスペルカードを取り出す。
さぁ、私の
そう意気込んだ瞬間。
どこからか壮絶な爆発音が聞こえた。
♦♦♦
side レミリア
負けてしまった。
それはもう言い訳できないほどに。
「……アンタ、結局何がしたかったの?」
「……貴様には関係のないことだ」
うつ伏せになって倒れている私に、博麗の巫女は呆れたように問う。どちらにせよ本心を答えるつもりはないので、いつも心がけている尊大な口調で返した。
異変を起こした理由は三つ。
一つは我等『紅魔館』の力を幻想郷中に知らしめるためだ。
東洋の妖怪が圧倒的に多い幻想郷において、私達――吸血鬼がどのような妖怪なのかを知る者は少ない。それ故に私達は力を示さなければならなかった。誇り高き吸血鬼が他の有象無象に侮られるのは屈辱の極みなのだから。
二つ目は幻想郷の賢者への借りを返すため。
私達を受け入れた八雲紫は、見返りとして『幻想郷で異変を起こすこと』を提案してきた。スペルカードルールの導入として、異変の先駆けとなって退治されてほしいとのこと。
三つ目は――一つ目の理由に近いが、言わないでおこう。
私は地下に籠っている妹のことを思い出しながら、三つ目の理由を心に留めておく。
「どちらにせよアンタの負け。さっさと霧を消しなさい」
「……もう霧は晴れている」
「本当にアンタは何がしたかったの……?」
主たる私が破れたのだ。
これ以上固執して異変を続かせても、逆に吸血鬼の誇りを傷つけるだけ。潔く敗けを認めることも大切だ。
人間には分からないだろうが。
『負けてもよい。泣いてもよい。誰かにすがっても構わない。だが――誇りだけは失うな』
私の見本であり最強の吸血鬼の言葉は今でも忘れない。
彼の吸血鬼に一歩でも近づくため。今は敗北者の身に甘んじようではないか。
くくっ、と気高く笑う私。
「……倒れながら笑うって、物凄く格好悪くない?」
巫女に指摘されて飛び起きる。
そして急激に頬の温度が増していくのに比例して、巫女のニヤケ面を殴りたくなる衝動に駆られる。外見が幼子に近いだけに、拳を震わせながら睨むが効果が薄い。
ほ、誇りはまだ失ってないわ……!
例え巫女に笑われようとも、『帝王と呼ばれし吸血鬼の孫』の矜持は保っているばず!
『いや、流石にそれは無理じゃろ』
ちょ、記憶の中のおじいさま!?
そこフォローするところでしょ!?
巫女は私の引きつっている表情の裏で何をしているかを知ってか知らずか、彼女は納得のいかない表情で首をかしげていた。
「うーん……なんか引っ掛かるのよね」
「ふん、異変は終わったのではないのか?」
「そうじゃなくて……何かこう……勘よ、勘」
博麗の巫女とは適当なのだな、と笑ってやろうかと思ったが、幻想郷の賢者から『博麗の巫女の勘は異常』なんて言ってたのを思い出す。もしかして妹――フランドール・スカーレットのことに勘づいているのではないだろうか?
まだ確証を持っていないようなので、私はしらを切った。
「貴様の勘違いだろう?」
「……あの人と会ってから自分の勘が信用に値するのか疑わしくなってきたのよね。あの人のことは勘でも読めなかったし、でもあれが例外だとしたら……」
「あの人?」
「最近幻想郷に来た外来人よ。化け物じみた能力を持つ、得たいの知れない人間なんだけど。まぁ、悪い人じゃなさそうだし、博麗神社の隣に住んでるから大丈夫だと思うわ」
歯切れの悪い博麗の巫女の発言に眉を潜める。
本気ではなかったとは言え、私を打ち倒した巫女が『化け物じみた』と称する人間。只者ではないだろう。
私がその人間について問おうとした刹那――
どこからか壮絶な爆発音が聞こえた。
「な、何!?」
巫女は慌てたように周囲を見渡すが、私はその妖力の出所を知っており、事の重大さに思わず叫んだ。
「フラン!」
レミィ「私の格好良いシーンがっ」
霊夢「これが『かりちゅま』なのね」
レミィ「はぁ!? そんなんじゃないし!」
帝王『かりちゅまwwwwwww』
レミィ「おじいさまも草生やさないで!」