side 紫苑
利き腕たる右腕が、肘から先が消えた。
内部の繊維がぐちゃぐちゃに破壊されて、肘辺りが血肉をまき散らしながら吹っ飛んだというべきか。俺の右手が十六夜さんの後ろに落ちてる。
フランドールのやろうとしていることはなんとなく予想はついたし、壊神と同じであればコンマ0秒で能力が発動できることは知っていたので、十六夜さんには手荒だけどド突かせてもらった。破壊系能力は予測が大事なのは体験済みだったので、ある意味では壊神に感謝だ。
十六夜さんは体がミンチになるよりはマシ……と考えてくれれば嬉しいなぁ。十六夜さんが俺の惨状に気づいて思考停止させてるけど、破壊に巻き込まれた形跡はない。
良かった。
俺は全然よくないけど。
「し、紫苑!? だ、大丈夫か!?」
「……これ見て大丈夫だと本当に思うか? とりあえず生きてはいるよ」
魔理沙の発言にツッコミを入れるくらいには意識があるけど、ぶっちゃけクソ痛い。
脳みそが痛みを遮断して、さっきから冷や汗が全然止まらない。ショック死は免れたものの、出血多量死という言葉が冗談じゃなくなってくる。意識なんて気合と根性で保ってるわ。
こんな状況で他人を気にしている場合はないが、冷や汗をかいた顔を動かしフランドールに視線を移す。
彼女は初めての『肉体の破壊』に相当ショックを受けているようだ。
これは――チャンスかもしれない。
俺は床に腰を下ろして服の裾を近くに落ちてたナイフでひも状に切り、口で紐の端を固定しつつ傷口の止血を図る。なんか『死ぬほど痛い』描写をしてはいるが、肉体の欠損なんて初めてではないので器用に血を止めることに成功した。痛いことに変わりはないけど少しの間は大丈夫かな。
応急処置を終え破壊されてない腕で支え立ち上がった俺は――フランの元へ足を運ぶ。
おぼつかない足取り。それでも前へ進む。
「ちょ、人間! 待ちなさ――」
「
「!?」
この紅魔館の主・レミリア・スカーレットに呼び止められた気がするが、顔だけレミリアの方を向きつつ俺は3文字の言葉で一蹴する。痛みで一度に多くのことを考えている余裕はないので放った一言だったが、レミリアは肩をビクッと振るわせて黙ってくれた。ちょっと失礼だったかもしれない。
霊夢や魔理沙、美鈴さんに紫色の女性も何か言いたげな顔だったが声をかけてくることはなかった。正直ありがたい。
フランドールは4人だった分身を解除し、親に怒られる寸前の子供のように怯えている。
俺より数百倍年上だとは思えない。しかし、年齢と中身が一致しない例なんて街で嫌と言うほど見てきた。特に相手は不老不死に近い存在の吸血鬼だしな。
「――おい、フランドール」
「ひぃっ」
俺の言い方がきつかったか? 金髪幼女は後ろに下がろうとしてつまずき座り込んでしまう。
そのためか、悪いとは思っているが俺の脳内は『どういう言葉でフランドールを説得するか?』を全力でまとめているため、フランドールに気を使っている余裕は一切ない。『雄羊』の化身も使う余裕がないし。
後で土下座だな。後があればの話だが。
俺は千切れて止血済みの右腕を見せながら言う。
それを見て肩をビクッと震わせる金髪幼女。
「これがお前の能力が起こした結果だ。――良かったな。これが十六夜さんに直撃してたら、誰だか分からないような肉の塊を見ることになっていたぜ?」
「あ……あぁ……あああ……」
「どうだ? 初めて人を壊した気分は。面白いか? 楽しいか?」
あぁ、俺はなんて最悪な奴なんだろう。
解りきっている残酷な質問を幼子に問うなんて、自分で自分が嫌になってくる。けど、これをしないと子供は理解しない。口で言うだけじゃ実際の恐ろしさは伝わらない。
残酷な世界だよ、俺が言えたもんじゃないけどさ。
フランドールは涙を止めどなく流し、濁音混じりで俺の問いに答える。
「――お、おもじろぐないっ。だ、だのじぐないっ!」
「そうか。じゃあ、なんで面白くもなく、楽しくもないのに壊そうとしたんだ?」
「ごめんなざいっ! こんなことになるとは思わなぐで……!」
いや、普通に考えたら分かるだろ……とは思わない。
495年間も地下に引きこもっていた子供の吸血鬼に、『何をどうしたらこんな結果になる』なんて思考能力を求めるほうがおかしい。知らないものを理解することはできないからな。
はぁ……えーと、次はなんて言うんだっけ? 頭が熱くなって思い出せないや。
俺が酸素不足の脳をフル回転させていると、ボロボロ涙を流して叫ぶフランドールの言葉が聞こえた。
「ごめんなざい! ごめんなざい! もう壊ざないがら! だから……だから……っ」
小さな少女の悲痛の声は、静かな広間に、確かに響く。
「――嫌いに……ならないで……!」
俺は壊れた腕を下ろす。
もう……十分かな。
俺はフランドールに触れられるくらい近づいて――怯えた少女の頭を胸に抱き寄せた。
「……え?」
彼女にとっては予想外の出来事に、小さな吸血鬼は驚いた。
もしかしたらこの少女は――495年間も、こんな風に誰かに抱き締められたことすらないんじゃないだろうか?
「〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕か、辛いよな。ただ単に握りつぶすように破壊するだけの嫌悪感しか起きない、精神がガリガリと削られる能力。そんなの持ってて怖くないはずがないからね」
「しお……ん……?」
「『嫌いにならないで』――お前は能力を制御できないだけだろう? 生きてるもの皆最初は何もできないのが当たり前。これから覚えていけばいいし、俺がフランドールを嫌いになるはずがないだろ」
「……紫苑は私を……嫌いにならないの? ずっと一緒にいてくれる?」
俺を見上げてくる金髪幼女に、俺は笑いかけた。
冷や汗流しながら。
「ずっと……は無理だけど、嫌いになることはねーよ。もうフランドールは自分の能力の恐ろしさをちゃんと理解してるからな」
少女にとって、この言葉が限界だったようだ。
「う、うぅ、うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
安心したのか、拒絶されなかったからなのか、はたまた両方か。
小さな吸血鬼は大声で泣いた。
相当無理をしていたんだろうな。俺には理解しようともできないが。
「ヴラド、これでいいか……?」
たかが17年しか生きてない若造が、495年の孤独を埋められたとは思えない。
それでも――この少女を少しでも救えたなら……あのプライドの高い吸血鬼も安心するだろうよ。
どれ程時間が過ぎただろうか。頭にある酸素が徐々に減って、思考能力をどんどん奪われてゆく。
フランドールが泣き止んだので声をかけた。
「フランドール、ちょっといいか?」
「フランって呼んでいいよ、お兄様」
「そっか……お兄様?」
「うん! ……ダメ?」
「いや……好きに呼んでいいよ、うん」
深く考えずに了承する俺。
んな余裕あるかよ。
「それでどうしたの?」
「俺、もう無理だわ」
とりあえずフランに伝えたいことは全部伝えたので意識を手放し、受け身も取らずに倒れる。
何か叫ぶ声が聞こえるが……俺の耳には入らなかった。
意識が切れるとき、どこからか『かかかっ、上出来だ』という嬉しそうな声が聞こえた気がした。
♦♦♦
『――壊神、人を壊すってどんな感覚なんだ?』
『はァ? どーしたンだ急に。誰か壊してェ相手でもいンのか?』
『お前と一緒にすんな。じーさんの話を聞いて思っただけだよ』
『……なんて言えばいいンかねェ。人壊すたびに大切なものが死んでいくみてェな感覚だな。俺様も最初は人壊した時に発狂したもんだぜ?』
『お前は生まれつき発狂してるわけじゃねーのか』
『黙れぶっ壊すぞ』
『もしもの話なんだけどさ、お前と同じような能力を年端もいかない幼女が持っていたとしたら……どうなると思う?』
『目も当てられねェなァ。少なくとも正気は保てねェだろ』
『ふーん』
『……でもなァ』
『?』
『その能力を持っていても――理解して受け入れてくれる酔狂な野郎がいれば、少しは変わるンじゃねェの? 今の俺様みたいになァ』
♦♦♦
side 魔理沙
霊夢を見返してやるために参加した異変解決。
図書館で紫色の魔女を倒して本を借りようとしていたのに。
まさか――こうなるとは思わなかったぜ。
「お兄様! 目を開けてよ、お兄様ぁ!」
客室のベッドの上にいる紫苑の体を金髪の少女が揺さぶりながら、涙を止めどなく流し悲痛の声を上げる。
動かなくなった紫苑は血の気がなく、生きているのかどうなのかすらわからない。右腕が壊されたせい……ではなく、見た感じ血の量が圧倒的に不足している気がした。
メイドと紫色の魔女が必死になって治療を施しているが、紫苑が目覚める気配がない。
私たちは部屋から静かに出て、何度目か分からないため息をついた。
「……なにがどうなってんだよ」
「それは私のセリフよ、魔理沙。どうして紫苑さんが紅魔館にいるのよ」
霊夢は廊下の壁に体重を預けながら、腕を組んで不機嫌そうに視線を移す。私も紅魔館の主――レミリア・スカーレットだっけか。そいつを睨んだ。
レミリアは覚えがないと首を横に振る。
「私は呼んでないわ。人間が勝手に来たのよ」
「というかアンタ口調変わってない?」
「今はそれどころじゃないでしょ!」
「あの……」
すると紅魔館の門番をしていた……誰だ? とにかく門番が手を上げていた。レミリアが発言を促す。
「美鈴、何か知ってるの?」
「そこの霊夢さんと魔理沙さんが来た少し後に紫苑さんが来たのですが……お嬢様の友人の知り合いから伝言と約束があると言っていました。伝言は分かりませんが、『妹様を救うこと』が約束だったそうです」
「フランの事を最初から知っていて来た……? その私の友人が誰か聞いた?」
「はい。確か……ヴラド公であると」
「おじいさま!?」
レミリアは驚愕の表情を浮かべる。
「誰だぜ? そいつ」
「……外の世界で史実に出てきたのは最近だけど、2000年以上は生きる吸血鬼の中でも最強を誇る大妖怪よ。ただの人間が会えるような方ではないけれど、フランのことを知っているのであれば本当のようね」
「アイツそんな大物と知り合いだったのかよ!」
ただの外来人じゃないのは知っていたけど、まさか吸血鬼の王様と繋がりがあるなんて……外の世界で紫苑は何をやっていたんだ?
その疑問と共に、さっき紫苑がレミリアに放った一言を思い出した。
『
「……っ」
背筋が震えた。あの目は忘れられない。
瞳孔の開いた、抜身の刀よりも鋭いまなざし。少なくとも私の想像していた外の世界の人間が出来るとは思えない
心臓を直に握られたような苦しみを味わった。
まるで……『
一方、霊夢は納得したように頷いていた。
「なるほどね。それが紫苑さんが紅魔館に来た理由か」
「霊夢は驚かないのか?」
「あの紫の師匠やってた人よ? しかも〔十の化身を操る程度の能力〕なんて私でも勝てるかどうかわからない能力持ってる紫苑さんが、外の世界で大妖怪と知り合いとか驚くにも値しないわ」
「霊夢ですら!? それ初耳だぜ!?」
周囲の連中も驚きに声にもならないようだ。
幻想卿で八雲紫の名前を知らない人はいないだろうし、霊夢の強さは戦ったことがあるレミリアと門番も知っている。
しばらくして顔色の悪い紫色の魔女と信じられないものを見たような顔のメイドが部屋から出てきた。金髪の少女も目元を赤く腫らしながらついて来る。
「パチェ! あの人間は大丈夫なの?」
「……その前に、そこの2人に聞きたいことがあるわ」
紫色の魔女――パチュリー・ノーレッジが私と霊夢を見据える。
そして紡がれた言葉は私が一番本人に聞きたいことでもあった。
「彼は……本当に人間なのかしら?」
パチェ「あれ人間じゃないでしょ」
フラン「お兄様はお兄様だからねっ!」
パチェ「そういう意味じゃ……もうそれでいいわ(思考放棄)」
魔理沙「あれで『普通の人間』名乗ってるんだぜ?」
パチェ「あんなのが闊歩する世界って末期でしょ」
紫苑「おい」