13話 初めての宴会
side 霊夢
「宴会か……俺はパスかな」
今日もご飯を食べに――紫苑さんのお見舞いに、神社の隣に建っている家にお邪魔した。
藍の作った晩飯をご馳走になりながら、私は明日の宴会に紫苑さんを誘ったのだが……本人は困ったような顔をして断った。何かしらの苦手意識と遠慮があるように見える。
私は理由を聞いてみることにした。
「どうして?」
「俺はお酒飲めないからなー。飲めない奴が行ったって周りをしらけさせるだけだし」
どうやらお酒へが苦手であることと、周囲の空気に配慮して断ったようだ。外の世界での経験談も含まれているようにも思える。
しかし――ここで引き下がるわけにはいかない。
幻想郷では異変解決後に宴会が行われる。
その宴会には異変の首謀者や解決した立役者などが参加するけれど――解決したのは博霊の巫女であると周囲は思っている。しかし、実質的に異変を解決したのは目の前に座っている紫苑さんだ。
この前紅魔館に足を運んだが、レミリアと妹のフランの仲睦まじさは異変最中の喧嘩が嘘のような光景だった。紫苑さんがいなければスカーレット姉妹は
というか……昨日、首謀者であるレミリア本人から紫苑さんを宴会に誘ってほしいと頼まれた。ちゃんと謝りたいと言ってたけれど、紫苑さんには内緒だ。
面倒な依頼だったけど、異変時に魔理沙と壊した紅魔館の修繕費を盾にされると断ることはできなかった。払えるか、あんな額。
という裏の事情もあり、是非とも紫苑さんに参加してほしいのだが、
「しかもスカーレット姉を始めとする紅魔館組も来るんだろ? 俺はあの人たちから嫌われてるから、あまり宴会を殺伐とさせたくないし止めとくわ」
首謀者のせいで紫苑さんが説得出来ない。
あの吸血鬼何したのよ。
どう説得しようかと眉間を揉んでいると、隣に座っていた藍が助け船を出してくれた。
「私からも参加をお願い致します。これは異変解決の宴会というだけでなく……紫苑殿の歓迎会も含まれておりますので」
「え? マジで?」
「宴会の主役がいないのはおかしな話ですし……紫様が明日の宴会のために服を全力で選んでいる姿を見る限り、紫苑殿が参加しないと主が泣きますので」
紫……恋する乙女かっ。
鏡の前で服を着回して考えている紫が想像できて、なんとも言えない気持ちになる私。
けれど、藍の言葉が決定打となったようで、紫苑さんは数分考えた後苦笑いを浮かべた。
「うーん……そこまで言われちゃあ、参加しないわけにはいかないか」
彼が出てほしいという願いは、藍の個人的な感情も含まれている気がするけどね。
藍の表情を見れば勘じゃなくても分かる。
参加するのなら……と紫苑さんは宴会のことについて質問してくる。
「その宴会って、どのくらいの規模で開催するんだ?」
「人間じゃない奴らが大量に来るわよ。慧音や妹紅も参加するとか言ってたかしら?」
「ふーん」
というか私と魔理沙ぐらいだ、人間は。
(一応)人間である紫苑さんの歓迎会に妖怪が参加するのもおかしい気がするが、その説明を聞いて「ふーん」で済ませる紫苑さんだから大丈夫か。心なしか嬉しそうな表情だ。
「宴会かー……、少人数の飲み会か堅苦しいパーティーぐらいしか出たことないからな」
「どうせ理由つけて酒のみたい奴らの集まりだから、そう緊張しなくて大丈夫よ。というか博霊神社で開催するのはいいけど、後片付けするのはいつも私なのよね……」
「片付けぐらいは手伝うよ。こんな手だけどさ」
紫苑さんはない右手を振った。異変で跡形もなく消えたはずの腕は、ようやく手首まで生えてきている。あと数日で完治するそうだ。
異変で(一応)一般人に怪我人が出てしまったことを再確認して、私の胸がチクリと傷んだ。
「本当に治るんだ……その腕」
「なんだ? 信じてなかったのか」
「そういうわけじゃないけど、普通の人間は欠落した腕なんて生えてこないから、なんだか化け物じみてるなーって」
「霊夢、さすがに言い過ぎだぞ」
藍は眉を潜めたが、案の定紫苑さんは笑うだけだった。
化け物という言葉に気を悪くした様子はないし、そもそも彼が怒ったところなんて見たことがない。
「あははっ、確かにそうかもな」
「……紫苑さんって怒らないのね」
「図星なのに怒る必要ないだろ?」
なんというか……素直な人だなぁと思った。素直というより大人?
こういうタイプの幻想郷の住人なんて霖之助ぐらいだろう。
どうしてこんな立派な師匠から、あんな胡散臭い弟子が生まれたのか、本当に不思議だ。
♦♦♦
side 紫苑
霊夢が飯食いに来た次の日。
要するに宴会当日。
手ぶらで宴会行くのもどうかと思ったので、片手で頑張って作った稲荷寿司を持って博麗神社にやって来た。作ってるところを藍さんに見つかって怒られたが、稲荷寿司を献上して怒りを納めてもらった。150個あれば足りるだろ、多分。
最近は左手だけで何かをすることに慣れてる自分がいる。
夕日を背景にして、博麗神社で楽しんでいる宴会に集まった方々が騒がしい。
指定されていた時間にやって来たけれど、もう宴会が始まっていた。幻想郷の住人は時間にルーズではないらしい。そして人間がほとんどいないな。
俺は宴会の空気を物珍しそうに見渡しながら、賽銭箱の前にいる霊夢と魔理沙の元へと足を運ぶ。
「よーっす、来たぞ」
「あ、紫苑さん!」
「やっと主役の登場だぜ」
軽く挨拶して、500円玉を霊夢に渡す。
嬉し泣きをしている霊夢を生暖かい目で見守りながら、俺は魔理沙に話しかけた。
「遅くなってすまんな」
「勝手に酒飲み始めたのはアイツらだから気にしなくていいぜ。それはなんなんだぜ?」
「これか? 稲荷寿司だけど」
重箱の中身を見せると、魔理沙は顔をほころばせながらガッツポーズをとる。そして霊夢とハイタッチ。
そんなに嬉しいのか?
「紫苑の料理だぜ!」
「喜んでくれて何より。えっと、これどこに置けばいい?」
「――では、稲荷寿司は私の方で配っておきますので、紫苑様は宴会に参加なさってください」
「あ、咲夜。久しぶりー」
いきなり霊夢の横に現れた紅魔館のメイドに挨拶する俺。
なんの前触れもなく現れる現象だが、驚くことなど一切ない。なんか現れ方からして時間操ってるような気がするが、所詮は『ような気がする』だけだ。
「んじゃあ、少し回ってみるか。霊夢、麦茶くれない?」
「えー、ここは酒飲もうぜ!?」
魔理沙が酒瓶を押し付けてくる。
外の世界ならばまだしも、ここは飲酒の法律がない幻想郷なのだ。別に未成年者の飲酒を咎めるつもりはないが、酒瓶押し付けてくるなよ。
第一、俺には酒が飲めない理由がある。
「俺は酒が苦手だから無理だって。酔った時に大惨事になるぞ?」
「大丈夫だって! 気にする奴なんていないぜ?」
気にする奴はいない、か。
俺は考え込み、なら……と俺は酒を受けとる。
「分かった、酒飲むか」
「羽目を外すのも大切よ」
「飲み比べでもするか!?」
「無理なさらないよう注意してくださいね」
「了解。あ、霊夢。――酔って神社を更地にしたらごめんな」
「「「ちょっと待て」」」
酒瓶持って宴会に混ざろうとしたところで3人に呼び止められた。
「ん? どした?」
「いやいやいやいや、更地ってなんなんだぜ!?」
「俺って酔うと何するか分からないんだよ。前回飲んだときは能力で建物一棟全焼させたからさ。どうやら俺はアルコールに弱いらしい。だから博麗神社なくなる可能性大ってことで――」
「紫苑様、麦茶です」
咲夜が麦茶の入ったコップを渡してきたので、俺は酒瓶と交換する。他人事じゃない霊夢なんか涙目で首を横に振ってる。
やっぱりダメかー。
幻想郷は全てを受け入れてくれるというキャッチコピーがあった気がするが、どうやら俺の泥酔は受け入れてくれないらしい。まぁ、受け入れられても困るのだが。
胸を撫で下ろした三人と別れて、麦茶片手に宴会参加者を眺めながら会場を歩く。
ざっと見て2.30人といったところか。
大きなビニールシートを敷き、その上に料理やら何やらを置いている感じだ。日本で言う花見に近い宴会だなーっと感じた。ビニールシートにいくつかの輪が出来上がっていることや、ビニールシートが幻想入りしていることにも驚いたが。
あてもなくフラフラ麦茶を嗜みながら歩いていると、俺を呼ぶ声を耳にして振り返る。
「師匠、こちらです」
「お、紫か」
声をした方を見ると、弟子が優雅にビニールシートの上に座っていた。隣に藍さんと膝に猫の妖怪・橙が鎮座していた。八雲一家だね。
呼ばれたからということでお邪魔し、俺は空いていた紫と藍さんの間に胡坐をかいて座った。
紫と軽い挨拶をして、近況報告をしながら料理をつまむ。
腕を失ったことは藍さんから聞いていたようで、しきりに心配していたが、俺が大丈夫だと何十回も説明したら渋々納得してくれた。あと、帝を藍さんから返してもらったことも知っていたようだ。
重要なことを話し終えて雑談をしていると、慧音と……水色の髪をした少女、緑髪をサイドポニーでまとめている少女、金髪の少女がこちらに歩いてくるのが見えた。
正確には慧音が三人を連れて来たって図だな。
「慧音、どうしたんだ?」
「いや、今回は紫苑君の歓迎会だと聞いてね。彼女たちを紹介しようと思った――」
「アンタが夜刀神紫苑ね!」
「あ、あぁ、そうだけど」
慧音の言葉をさえぎって、水色の髪の少女が小生意気に指さしてきた。外見的にはフランと同じくらいだろうか? ただ、ここの連中は外見と年齢を人間基準で考えちゃいけないからなぁ
「アタイはげんそーきょー最強の妖精、チルノだ!」
「幻想郷最強の妖精、か。そりゃまた凄い。」
「チルノちゃん……いきなり失礼だよ……?」
「そーなのかー」
緑髪の少女が諫めようとするが、水色の髪の少女――チルノは止まらない。金髪の少女なんて何を納得してるのか分からない。
緑と水色の二人の力関係が分かる構図だった。いや、この緑髪の少女が気が弱いだけかもしれないけどさ。
「そんで? 君の名前は?」
「あ、はい。私は大妖精って言います。皆からは大ちゃんって呼ばれいます。よろしくお願いします!」
「そっか。よろしくね、大ちゃん。そこの金髪は?」
「ルーミアだよ? 人間さんは食べてもいい人間?」
「残念ながら俺は食べられない人間さ。食べてもいい人間自体少ないけどね」
そーなのかー、とルーミアは納得した。それでいいのか妖怪。
なぜか紫と藍さんが俺とルーミアが話していたときだけ、警戒するような気配を感じた。横目で見てみるとルーミアとなんか因縁でもあるのかってぐらい、厳しい表情をしている。コイツ何かしたのかな? 人間なら警戒してもおかしくない自己紹介をしてきたが、大妖怪二人がその言葉だけで警戒するとも思えない。
それとも――頭につけてるリボン型の封印が関係してるのかな?
「最強、大ちゃん、そーなのかー、って覚えるよ。よろしくな」
「紫苑は分かってるわね! アタイの子分にしてあげる!」
「よ、よろしくお願いします……」
「そーなのかー」
そして俺は生意気妖精の子分となった。
少し離れたところで慧音が苦笑いをしながら頭を下げていた。相手してくれてありがとう的な意味合いだろう。俺は左手をあげて気にしなくていいよと意思表示をしとく。
「紫苑は人気者だなー」
賑やかな妖精達を微笑ましく観察していると、ほろ酔いの魔理沙も乱入してきた。隣に金髪の美少女もいる。
その少女は西洋人形のように美しく、少女の周辺には本物の西洋人形が2体ほど浮いていた。世の男達なら見惚れる美しさだが、俺は街にいた別の人形遣いを思い出す。
人形……爆発……うっ、頭が。
「初めまして、私はアリス・マーガトロイド。魔理沙の近所に住んでるわ。この子達は上海と蓬莱よ」
「シャンハーイ」「ホウラーイ」
「そ、そうか。俺の名前は夜刀神紫苑。普通の人間だ」
どこが普通の人間だ?という視線は無視する。
それよりも俺は聞かないといけないことがある。
アリスさんの近くで人畜無害そうに浮いてる人形に怯えながら、俺は恐る恐る尋ねた。
「なぁ、アリスさん。一つ聞いていいか?」
「呼び捨てでいいわよ。どうしたの?」
お許しも出たので、俺はアリスの人形を指差して問う。
「その人形――爆発四散してウィルス撒き散らす大量殺戮兵器とかじゃないよね?」
「そんなわけないでしょ!?」
アリスのツッコミが響き渡った。
紫苑「今章から宴会パート」
魔理沙「じゃんじゃん騒げえええええ!!」
アリス「それより大量殺戮兵器って何!?」
紫苑「……まぁ、色々あったんよ」