東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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15話 だいたいコイツのせい

side 幽香

 

昔から交流のある妖怪・八雲紫が『太陽の畑』に来たのは2日前のことだった。向日葵に水をあげていた私の前にスキマを広げた上機嫌そうな紫は、私を異変後の宴会に誘ってきたのだ。

私は向日葵の世話で忙しいと断ったのだが、

 

『……本当にいいのかしら?』

 

『……何が言いたいの?』

 

珍しく紫には胡散臭さというものが感じられないことに、私はずいぶん昔の彼女を思い出した。

しかし、胡散臭さはなくとも何かを隠している雰囲気は伝わる。

 

『面白い外来人がやって来たのよ、物凄く強い人間が』

 

『――へぇ、貴女が言うのだから骨のある奴なのね』

 

『少なくとも……私程度が太刀打ちできる相手ではないわ』

 

紫の答えに思わず笑みがこぼれた。

なんという行幸。それほどの強敵が幻想郷に存在し、その人間を殺すことができれば――彼との約束(・・・・・)に一歩近づくことができるはずだ。

そこまで考えて私の心に陰りが差す。

 

自分だって分かっているのだ。

もう彼と会うことは二度とないだろうと。

しかし、彼との約束は私の生きる目標となっている。私が存在するのは彼がいたからだ。たとえ幻想郷の住人から敵視されようが……約束を守るためならば別に構わない。

 

『………』

 

『とても楽しそうね』

 

『当たり前じゃない。その人間を倒せば――私は約束(・・)に近づくことができる』

 

『じゃあ断言してあげるわ――貴女がその外来人に勝つことは絶対に不可能よ』

 

その言葉に反応して、私は紫を睨み付けた。

私の強さは彼女も知っているはず。難しいならまだしも『絶対に不可能』と言われるのは心外だ。

 

『……私がその人間に劣ると?』

 

『そういうわけじゃないけれど、実際に会ってみれば分かるわ』

 

含みのある言い方で、紫は去っていった。

 

そして、宴会当日。

人間にしては比較的強い巫女と魔法使い、蓬莱人に会場で問いただしてるときに、その『外来人』が自らやって来た。

まったくと言っていいほど力を感じない平凡な男。人里にいても不思議ではないほどに、これが紫の言ってた外来人だとは思わなかった。

しかし、それは最初だけ。私はすぐ気づいた。気づいてしまった。

 

艶やかな黒髪。

鋭くも楽しそうに輝く瞳。

中肉中背の体格。

 

あの頃より少し成長しているだろうか?

けど私には分かる。同時に私は紫の言葉の意味を完全に理解した。

 

確かに――この人を殺すことなど私には不可能だ。

 

「俺の名前は――って、あれ? この妖力……幽香か?」

 

「……………………………紫苑?」

 

その反応で確信した。

幻想郷にやって来た、賢者から『物凄く強い』と言わしめた外来人。それは数千年前(・・・・)に出会った比類なき強さをもつ不思議な人間。

 

「幽香か! ひっさしぶりだな! そっかそっか、紫が幻想郷にいる時点で幽香もこっちにいるかもしれないと推測するべきだったわ。あまりにも大きく綺麗に成長していて幽香だって気づかなかった――うわっ!?」

 

「紫苑っ……本物、よね……!?」

 

「ちょ、せ、背骨がっ。ミシミシ鳴ってるんだけどっ!?」

 

思わず日傘を落として反射的に抱きついてしまった。

彼の胸に顔を埋めていると甦る暖かい感覚。私が長年求めていたものであり、もう二度と味わうことができないと思っていたものだった。

 

 

 

夜刀神紫苑。

 

 

 

数千年の時を経て――私は最愛の人間と再開を果たした。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫苑

 

どうも紫苑です。

現在進行形で背骨が召されております。

 

泣きじゃくる幽香をなだめつつ、『マジでお前何者なの?』的な視線を向けてくる霊夢・魔理沙・妹紅に説明しようとしたところで、紫が助け船を出してきた。

正確には『皆疑問に思ってることだし説明ちゃんとしようぜ』って話で、ブルーシートに全員が輪になって座ったところだ。全員とは言っても八雲ファミリーと紅魔館組と人里勢と人間sと妖精と愉快な仲間たちだね。

 

ちなみに幽香さんは俺に背中から抱きついてますよ。

羨ましいだって? 確かに成長した幽香の豊かな胸が押し付けられているが、それより肺が圧迫されて呼吸困難の方が問題だよちくしょう。

誰かが注意しようとしたら睨むし、もう無視することにした。

そして紫、咲夜、藍さん、どうして俺を睨んでるのん?

 

「さーて、紫苑。そろそろ吐いてもらうぜ」

 

魔理沙が本題に入り皆も頷くけれど、俺は何を吐けばいいのか。大妖怪のホールドが強すぎて、違うもの吐きそうなんだけど。

まぁ、分かってはいるが。

 

「紫、説明頼む」

 

「分かりました、師匠」

 

「紫苑さんが説明してくれないの?」

 

霊夢が俺に説明を求める。

師匠である俺が直々に説明するのが道理なのは知ってる。

けれど今は無理だ。

 

 

 

 

 

「肺が圧迫されて長く喋れない」

 

「……何よ」

 

「「「「「………」」」」」

 

 

 

 

 

なるほどね、と皆は納得した。できれば納得するより説得して欲しかったんだけどさ。

誰も幽香に注意を促すことができなかったからな。コイツ、今では幻想郷で最強クラスの妖怪だって聞いたし――あんな約束しなきゃ良かったと軽く後悔している。

 

「それでは……何から話せばいいかしら?」

 

「紫苑君と幽香殿の関係について知りたい」

 

「そこの紫と同じ。師弟関係よ」

 

「ゲホッゲホッ!」

 

慧音の問いに幽香が胸を張って答えた。

その拍子に幽香が離してくれたので、身体が空気を求めて咳をする。咲夜がいつのまにか横に来て麦茶を渡してくれたので、受け取って己の喉を潤すした。

あー死ぬかと思った。

 

「ますます訳が分からないわ。というか矛盾してるし」

 

「アリスの疑問はもっともだな。俺は生物学的に普通の人間であるのに、かつて紫と幽香の師匠をしていた。たかが17年しか生きていない若造が大妖怪に何を教えるのかって話だろうよ」

 

「それは……そうですね」

 

藍さんが控えめに肯定する。

口を開こうとした紫を手で制して、俺が続きを話した。拘束から解放された今なら俺が説明するべきだと思ったからだ。

 

「そんじゃあ、紫と幽香に質問。俺と出会ったのって何年前?」

 

「え!? いや、それは……」

 

「1500年ぐらい前よ」

 

さらっと自分の年齢バラされた紫が、年齢公開になんの恥じらいもない幽香を睨む。

乙女心って複雑だね(他人事)。

 

「ちなみにだけど、俺が二人と会ったのは3年前(・・・)だ」

 

「あれ、ずれてるよね?」

 

フランが首をかしげるのは当たり前。

俺と二人の感覚はずれが生じている。

どうしてかと幻想郷の住人が頭の上に疑問符を浮かべている中、一人だけ紅い目を見開いた者がいた。

 

「――っ!? まさか」

 

「そう、よく気づいたな、スカーレット姉」

 

小さな吸血鬼は気づいたようだ。

他の連中は……まぁ、分からんだろうな。少なくとも普通に生きてれば絶対に起こらない現象だし、姉の方が気づいたのだって、俺が帝王と友人関係だったと知っていたからかもしれない。ルーミアなんて「そーなのかー」って思考放棄してるぜ?

俺のいた場所は幻想郷と同じくらい幻想してたしな。

 

「噛み合ってない時間の感覚。でも俺たちはお互いに知ってる。本来ならば考えられないよな、んなこと。でもさ……種明かしは単純なんだよぜ?」

 

俺は微笑みながら告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は1500年前の世界――過去に飛ばされたことがあるんだよ」

 

 

 

 

 

 

♦♦♦

 

 

 

side 紫

 

「にわかには信じられないが……確かに筋は通るな」

 

「俺だって事故で飛ばされなければ信じなかったさ」

 

驚きの表情を隠せない寺子屋の教師に、師匠は懐かしむように語る。

 

「外の世界で〔時空を遡る程度の能力〕を持つ妖怪が俺の住んでたところで事件を起こして、それを俺と切裂き魔で解決するために乗り出したことがあるんだよ。結局は力ずく(ころしあい)で解決したんだけどね……死ぬ間際に俺を1500年前に飛ばしやがったのさ」

 

本当に事件起こす奴は往生際の悪い奴らばかりだよな……と、師匠は肩を落として愚痴をこぼす。

私も『師匠が生きている時代』を探すのが大変だった。

師匠が『未来から来た』という結論を出すのには時間がかかったし、師匠の服装などから分析して探さなければ、見つけることすらできなかっただろう。どうにか協力者の働きもあり事なきを得たが、見つけた時には亡くなっていたなんて洒落にもならない。

 

「まさか過去に飛ばされたなんて理解出来なかったよ、最初は。だって日本だと西暦500年ぐらいって古墳真っ盛りな時代だぜ? ご先祖様の生活見てビックリしたわ」

 

「まだ人間が妖怪と対抗する術を持っていない時代、だったか?」

 

「やっぱ慧音は歴史に詳しいな。まだ仏教なんてもんが存在しなかったし、もちろん陰陽師や陰陽道なんて確立されていなかったからね。そのせいあってか、妖怪も大して強い奴は少なかったから半年も生き残れたんだ」

 

妖怪とは人の恐怖心から生まれる存在なため、想像力に乏しい古代では強い妖怪は生まれにくい。

特殊な能力を持った妖怪は稀に生まれるけど、最初から大妖怪レベルの化物が生まれることはないのだ。――例えば私のような。

 

「半年も生きられることにもビックリよ」

 

「とりあえずサバイバル生活できるような知識は身に着けていたのが幸いだった。大半は自前の能力のおかげだけどさ。この時ばかりは〔十の化身を操る程度の能力〕に感謝したな」

 

紅魔館の主が驚くのも無理はない。

確かに普通の人間ならば半年経たずに死んでただろう。あいにく、過去に飛ばされた者は人間の域を越えていたが。

 

「お兄様はどうやって元の時間に戻ったの?」

 

「切裂き魔を始めとする仲間たちが頑張ってくれたおかげだな。俺が『別の場所に転送されたのでは?』という可能性もあったから、半年なんて時間がかかったって言ってたよ」

 

「本当に災難でしたね、紫苑様」

 

「まったくだ。……まぁ、紫や幽香と会ったおかげで幻想郷に来れたわけだし、人生なんてどう転がるか分からないもんだぜ」

 

藍の言葉に同意しながら、師匠は私に笑みを向けてきた。

自分の頬が熱くなり、その様子を見ていた幽香に睨まれる。

 

「というわけだ、理解してくれたか?」

 

「紫と幽香と紫苑の関係は分かったけどさぁ、出会いの話とか聞きたいぜっ」

 

この白黒魔法使いがっ……。

霊夢に止めさせろと合図を送ってみるが、本人も聞きたそうに目を輝かせているので意味がない。

 

いや――よく考えてみれば、師匠と私たちの出会いは幻想郷が出来るきっかけとなった話でもある。幻想郷に住む住人が知るのは当然の権利かもしれない。幻想郷を作ったのは私と龍神様ではあるが、提案者は間違いなく師匠なのだから。

隣にいる私の式も目を輝かせているし、話さないわけにはいかないだろう。

私は藍に酒を注がせて、それを口に運んで一口飲む。

 

「はぁ……、なら話してあげるわ。師匠もそれでよろしいでしょうか?」

 

「別にいいよー。あ、ちょっと家に忘れ物してきたから一旦帰るわ」

 

「やったぜっ!」

 

神社を去る師匠とはしゃぐ幻想郷の住人達。

私の勘ではあるけれど……師匠は逃げたわね。そそくさと神社から『風』を使って去って行く師を見送りながら思う。 

 

集まった住人達がある程度収まったのを確認して、私は手元にある扇子を開いたり閉じたりしながら考える。

さて、どこから始めようか。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、語らせてもらうわね。私と師匠が出会った時の話。この幻想郷が出来るきっかけとなった出来事で――私の胡散臭さや幽香が戦闘狂になった原因の物語を」

 

「「「「「アイツが原因かっ!!??」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 




紫苑「湿布湿布……」
霊夢「忘れ物ってそれ?」
紫苑「ついでだ。気休め程度にはなるでしょ」
霊夢「また背骨折られる未来しか見えない」
紫苑「それは言わない約束」

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