東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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16話 名もなき少女のファンタジア

あれは私が生まれて間もない頃。

名前すらなかった頃。

 

ある小さな妖怪集団の末端として奴隷のように働いていた頃よ。

当時は幻想郷とは比べ物にならないほど実力主義の社会だったから、生まれたばかりの下級妖怪は集団の庇護下に入らないと死んでしまうような世界だったわ。

力のない妖怪だった私は、毎日を『どうやって生き抜くか』ということだけ考えて、集団の長から捨てられないように媚を売るだけの生活だった。

 

その長が最低な奴でね。

私を拾った理由なんて『成長したら自分の女にする』だったわ。

まぁ、集団に所属してないと死ぬし、私は諦めたように奴隷のごとく働いてた。

 

 

 

そんなある秋の日、私たちの集団が人の村を襲うことになったの。

要するに食料確保ね。そこそこの集団だったから、村一つ襲うにも苦労しないほどの戦力はあったし。

 

集団が住んでいた森を下ろうとしたとき、私たちは森のなかで食事をしている人間を見つけたの。川が近くにあったし、魚を取って食べていたらしいわね。どちらにせよ、妖怪が住む森で食事をするなんて自殺行為だけど。

 

私たちは人間が逃げられないように、数十匹で囲んで追い詰めたわ。

相手は一人、しかも人間。難なく包囲できた。

 

 

 

 

 

「え、まさかそれって……」

 

「えぇ、食事してたのは師匠よ」

 

 

 

 

 

大柄な長は食事している小柄な人間に言ったわ。

 

『我等が領域で無防備に食事をするなど、間抜けな人間よな!』

 

『――んぁ?』

 

私は黒髪の人間と目を会わせた。

合わせてしまったのが間違いだった。

触れたら細切れにされるかと錯覚してしまうほどの鋭い瞳からは、静かな殺気が含まれていた。まるで何千の生命体を無慈悲に殺してきた瞳。私たちよりは非力な人間が出すような殺気ではなく、明らかに私の本能が『敵対してはいけない』と告げていた。

服装も見たことがなかったし、明らかに普通の人間ではなかった。

その人間は首を振り、手にしていた焼き魚を投げ捨てた。

 

『何の用だ?』

 

『妖怪と人間が出会えば、一方的な虐殺であろう?』

 

『そうか』

 

下品な笑いを浮かべる妖怪達。

私にはその光景が理解できなかった。なぜ逃げないのか。これ(・・)は私達が食料とする類の枠に当てはまらない人間だと何故気づかないのか。

人間は一言呟くと、地面においていた白銀の刀を手にして抜いた。

 

 

 

『――さて、一方的な虐殺だな?』

 

 

 

刹那――長の首が空中を舞った。

首が弧を描いて川に落ちると同時に、長の体も細切れに分解されて血飛沫を出しながら地面に倒れた。そこにいる誰もが、その光景を理解するのに時間がかかった。

私の反射速度では彼が『斬った』のが見えず、余計に頭で処理するのに時間がかかったのだが。

――まぁ、理解するのが遅かったけど。

 

妖怪の集団は地面から現れた数々の黄金の剣と、人間の持つ神力を纏う刀でバラバラに引き裂かれたわ。成す術もなく、逃げ出す者も泣き出す者も容赦なく、ね。妖怪の反撃も黄金の剣によって弾かれて串刺しにされ、数分もしないうちに私以外が全滅した。

 

仲間がバラバラにされることも恐ろしかったけど、何よりも機械的に妖怪を刺殺・斬殺していく人間が怖かった。

妖怪の血で真っ赤に染めらた地面を歩きながら、歪みから見せる何百の黄金の剣を顕現させながら、黒髪の男は私のほうへ歩みを進める。

 

『――残りはお前だけか』

 

刀の血を払って私に近づいてきた。

 

 

 

 

 

「まてまてまて! 紫を殺そうとしてないか?」

 

「切り捨てるつもりだったのよ……。あの時の師匠はイライラしてたし。いきなり未開の地に飛ばされたあとだったから、そこで自分を殺そうとした妖怪集団に八つ当たりしたらしいわ。襲ったのは私達の方だし、自業自得だけどね」

 

「「「「「怖っ」」」」」

 

 

 

 

 

無機質な表情の人間から逃げようとスキマを開いたけど、どこからか飛んできた黄金の剣によってスキマは切り裂かれて消えた。

腰か抜けて走ることもできなかったわ。黒曜石の無機質な瞳に私を映しながら近づいてくる人間から。

だから――生き残るために私は人間に命乞いをした。

 

『た、たすけ――』

 

『俺を殺そうとしたくせに今さら命乞いか? 冗談きついぜ。――潔くここで死ね』

 

もはや恥や外聞なんて関係なかった。

とにかく生き残りたかった。

だから、私は無様に人間に土下座をした。

 

『い、命だけは助けてください……っ』

 

『………』

 

『………』

 

どれほど身近に迫る死の恐怖に怯えながら頭を垂れただろうか。

頭を下げていて前は見えなかったが、溜息をつくような音が聞こえたのは理解できた。

 

『……はぁ、なんか少女に土下座させてるとか変態かよ』

 

私が頭をゆっくり上げると、黒髪の人間は刀を鞘に戻し、黄金の剣も空間の歪みも霧散して消していた。

困惑の表情を浮かべながら、そこに佇んでいたのだ。

 

『お前だけは最初から敵意なかったし、今回だけは見逃してやる』

 

『……え』

 

『ほら、さっさと行け。助けてやるって言ってんだよ』

 

『………』

 

私は一刻も早く去ろうとして――動きを止めた。

急に止まった私に、人間は訝しげな表情をした。

 

『どうした? 早く逃げないのか?』

 

『わ、私は……』

 

『??』

 

『わ、私は――どこに行けばいいんですか?』

 

『え、そりゃ――あ』

 

 

 

 

 

「森一帯は師匠が潰した集団の支配地域だったから、私の帰る場所は無くなってしまった。悲しくはなかったけど、絶望的だったわね」

 

「他の集団に入るのは無理だってことか」

 

「えぇ、そもそも妖怪自体が珍しかったから、他の集団を探すなんてもってのほかだった。だから私は最後の手段――師匠に弟子入りすることにしたのよ」

 

「なんで弟子入りなんだぜ?」

 

「その人間が私を庇護下に置く理由がないからよ。師匠は最初は断ったけれど……最終的には渋々弟子にしてくれたわ」

 

 

 

 

 

『――仕方ねぇな、少しの間だけだぞ? 俺が仲間を皆殺しにしたから起きたことだし……めんどくせー』

 

『あ、ありがとうございます!』

 

『こんな血が飛び散ってる場所じゃ眠れねーし、さっさと違う場所に移動すんぞ。あ、そういえばお前の名前は何ていうんだ?』

 

『――え?』

 

場を離れようとした私の師は、振り返りざまに私の名を聞いた。

集団で何の力もなかった私には名前なんて付けてはもらえなかった。下級妖怪によくあることだけれど、生き残ることしか考えていなかった私に名前はどうでもいいもの。考えたことすらなかった。

何も答えない私に、人間――師匠は驚く表情を見せた。

 

『……まさか名前ないの?』

 

『………』(コクコク)

 

『マジかよ……』

 

こりゃ参ったな……と師匠は天を仰いで考えること数秒、不安そうに見つめる私に告げた。

 

『なら、呼び合うのに名前ないと不便だし、俺がつけてやるよ。お前の名前』

 

『私の……名前……?』

 

『何がいいかなー? なんか要望ある?』

 

何度も言うが当時の私は下級妖怪。学があるはずもなく、文字の読み書きなんてできるような知識がなかったのだ。

私が首を振ると、師匠は苦笑しながら近くの木の枝を拾った。

 

『そっかー。あまりひねった名前を付けると時間かかるし、パパッと決めようぜ』

 

『は、はい』

 

『うーん………………………これはどう?』

 

師匠は地面に字を書いた。私には読めなかったけど。

 

 

 

     八雲 紫

 

 

 

『俺の義母親方の旧姓【八雲】が苗字で、俺の名前の一部を取って読み方を変えて【紫】』

 

『やくも……ゆかり……』

 

私は一字一句噛み締めるように呟いて、近くの木の枝で師匠の書いた字を真似した。

生まれて始めて文字なんて書いたから、歪な形になってしまった。

けれど、私は『自分のために考えてくれた自分だけの名前』が心の底から嬉しかった。記憶に何度も刻むように名前を繰り返す私に、師匠は頭をぐりぐりと撫でまわしながら問う。

 

『気に入ったか?』

 

『はいっ』

 

『んじゃあ、今からお前の名前は八雲紫だ。俺の名前は夜刀神紫苑。よろしくな』

 

これが八雲紫と夜刀神紫苑との出会い。

私は最悪の仲間を失って、師と名前を得た。

 

 

 

 

 

「紫様の名前は紫苑殿が考えたのですか!?」

 

「そうよ。師匠曰はく『もう会うことはないと思ったから自分の名前の一部つけてもいいかな』って。気に入らなければ好きに改名してもいいと師匠は言ってたけど、私の中に生まれて初めてもらった名前を変える選択肢は存在しなかったわ」

 

「紫苑さんが名付け親ねぇ……なんとなく紫が紫苑さんを狂信してる理由が分かったわね」

 

「きょ、狂信って。まぁ、否定できないけど」

 

「それで? その後紫苑さん達はどうしたの?」

 

「いろいろ、よ。半年なのに私の生で一番濃かった期間だったわ」

 

 

 

 

 

いつだか覚えてないけど、ある日師匠は私に聞いたわ。

 

『そういや思ったんだけどさ、お前を切り殺そうとしたとき出した裂け目って何?』

 

『えっと……よくわからないけど、色々な物を入れられます。あと、他の場所にも移動できます』

 

『えらく曖昧だな。自分の能力を把握しとかないと後々面倒になるぜ? ……ちょっと、その裂け目を見せてくれないか?』

 

『分かりました』

 

私がスキマを開くと、師匠はスキマを360度から観察したり、裂け目の縁を触ったり、スキマの中に首を突っ込んで様子を見たり、私に開いておくよう命じて中に入ったりした。

しばらくして冷や汗をかく師匠が出てきた。

そして頭を抱えていた。

 

『師匠、どうでしたか?』

 

『……アカンわ、これ』

 

『え!?』

 

『なんか別次元に繋がってるところがあるし、明らかに移動とか保存とか生易しい能力じゃねーぞ。さしずめ――〔境界を操る程度の能力〕って言ったところか。うわぁ、壊神や切裂き魔と同レベルのチート能力だぞ、これ』

 

妖怪数十匹を手玉に取った師匠ですら呻くような能力を持っていたことに私は絶句した。

まさか自分の能力がちーと(師匠が言うに規格外のとこ)だとは思わなかった。説明を聞くと、どうやら私の能力は境界線を操って、自分を世界から隔離したり、認識を起こせない結界を張ることが可能だそうだ。

大妖怪ですら稀に見ない能力。

 

『けど、紫の妖力が少なすぎて移動や保存しかできないみたいだな。――どうせ俺がいなくなったときに一人で生きられないと話になんねーし、ちょっと強引だけど妖力を強制的に上げるか』

 

『え、でも……妖力はそんな簡単に上げられないんじゃ』

 

『あぁ、簡単じゃないぞ。けど短期間で上級妖怪まで上げることは可能だよ。切裂き魔も言ってたけど、あんまり良いやり方じゃないんだがなぁ……そうしないと俺が安心できない』

 

『私が……上級妖怪に……』

 

切裂き魔というのが誰なのかはわからなかったが、今まで虐げられてきた奴等以上の存在になれる。力を得ることができる。

それだけで私は心が踊った。

 

『強制的に上げるって意味から辛いのを察してほしいし、最悪死ぬかもしれない。紫には切裂き魔ほどの化物じみた才能(・・・・・・・)はないから、簡単じゃないのは確実だろう。もちろん無理強いはしないけど、どうする? 紫が決めることだ』

 

『――やります、やらせてください!』

 

即答した私に師匠は苦笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

「そんな方法が!? ぜひ詳細を!」

 

「今の幻想郷では出来ない方法だから、新聞には書けないわよ。書いたとしても私が止めるし」

 

「幻想郷では不可能?」

 

「えぇ、だって――片っ端から上位の妖怪に喧嘩を売って殺す、そういう野蛮かつ残虐な方法だからよ」

 

 

 

「「「「「はぁっ!?」」」」」

 

 

 

 




紫苑「これから時々、タイトルに楽曲名を混ぜる予定」
幽香「今回は分かりやすいようで無理やりすぎないかしら?」
紫苑「こういうのはわかりゃいいんだよ」
幽香「なるほどね」
魔理沙「……あれ本当に幽香か?」
霊夢「素直過ぎて怖い」

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