side 紫苑
幻想郷の賢者曰く、幻想郷にも現代のものが流れ着いてくることが稀にあるらしい。霊夢や紫の結界も完全というものではなく、時たま神隠しに会ったかのように人や物が幻想郷にたどり着いてしまうとか。
まぁ、この世に完全なものなど存在しないから、彼女等を責めることは神ですら烏滸がましいことだ。
弱肉強食の幻想郷に一般人が流れ着いたならば数日経たずに死んでしまうだろう。俺だって紫いなかったら死んでたかもしれないね、うん。
ならば『物』は?
果たして――生命のない有機物はどこへ往くのか。
「香霖堂?」
その道具屋の話を聞いたのは、晩飯を毎日のように食べに来るようになった魔理沙からだった。
テーブルに出された麻婆豆腐を5人でつついていたある日。魔理沙の家出話をプライバシーに反している程度に教えてもらってるときに、香霖堂という単語を耳にした。反していいのかよと思ったけど、なぜか喋ってくれた。
魔理沙は小さいときに実家から無断で飛び出し、今や絶縁状態にあるという。実家との関係は最悪で、香霖堂を経営しているマイフレンド霖之助に一時期世話になったらしい。
そういえば壊神も家出してたような気がする。いや、アイツの場合は追い出されたのか?
「外の世界の物とか売ってるのよねー」
「へー。例えば?」
「紫苑さんが持ってる……えーと……あの遠くの人と会話できる道具」
「携帯電話か?」
俺は尻ポケットからスマートフォンを取り出す。
それを見て霊夢が『それそれ』と頷き、妹紅が珍しそうにスマホを見る。
「それの分厚いやつね。確か……画面?がついてない」
「液晶画面のないスマホ……あぁ、一昔前のあれか」
妹紅にスマホを渡しながら考える俺。
今でも現役なのかは定かではないけど、恐らく受話器みたいな携帯電話のことだろう。このスマホだって仕事関係で支給されたものだから、詳しいことは知らん。
補足ではあるが、このスマホは電話機能以外は使うことが出来る。というか紫がWi-Fi繋げてくれているんだよな……。どうやってるのかは聞いたこともないし興味もない。
古道具屋か。
これには興味をそそられる。
「一度は行ってみたいな」
「なら明日行く?」
味噌汁を飲み終わったアリスが香霖堂行きに誘ってきた。
というかアリスって箸使えるんだな。西洋風の外見だからスプーンしか使えないイメージがあるわ。
「いいのか?」
「いつも夕食をご馳走してくれるお礼だし、ちょうど私も用事があるからね」
アリス、マジ天使。
金髪の人形遣いを崇め奉りながら、麻婆豆腐を食す他の三人にも明日の予定を聞いてみた。
「三人はどうする?」
「わ、私はツケ払ってないから……」
「明日はキノコ採取があるからパスだぜ」
「慧音の手伝いに行かないと」
目をそらす霊夢と自信満々に答える魔理沙、残念そうに微笑む妹紅。
つまり明日はアリスと香霖堂に行くってワケか。妹紅から返してもらったスマホのスケジュール帳にメモっとこう。今のとこメモしてあるのは一週間後にパチェリーの図書館に行くぐらいか。
「それじゃあ、明日どこかで待ち合わせするか?」
「紫苑さんの家まで迎えに行くわ」
「そうか、それはありがたい」
「まるでデートの待ち合わせみたいだぜ」
魔理沙の発言に、水を飲んでたアリスが吹く。
見事な虹が出来上がり、俺は関心しつつ台拭きでテーブルに散った水を拭き取る。
顔を真っ赤にしたアリスは魔理沙に噛みついた。
「ななななな、何言ってるのよ!?」
「お、これは図星か?」
「魔理沙、俺とデートとかアリスに失礼だろ。ただ道案内をしてくれるだけだって?」
アリスほどの美少女とデートとか、どんだけの幸せもんだよ。
周囲に女性がいなかったわけではないけど、デートなんて人生で一度も経験がないわ。つかデートできる環境じゃなかったわ。
「「「………」」」
何でアリスと霊夢と妹紅は俺を睨んでるの?
というか、最近睨まれることが多くなったな。霊夢とか紫とか藍とか。主に他の幻想卿の住人の話題を出すと目が笑わなくなるし……かと言って心当たりがないから厄介だ。
今度、本人たちに聞いてみるか?
「さて、と。みんな食器を片付けてくれ」
「「「「はーい」」」」
バタバタと自分の使った食器を片付け始める女の子達。
霊夢と魔理沙は使った皿を台所へ運んで洗い始め、アリスと妹紅は上海と蓬莱と掃除機を用いてリビングを綺麗にする。
素直で良い子たちだね。
あ、そうだ。
「デザートにフルーツゼリー作ったんだけど……食べるか?」
「「「「――っ!?」」」」
冷蔵庫に今日作ったスイーツの存在を思い出す。
女の子はデザート大好きだな。
♦♦♦
side アリス
魔界から幻想郷に移住してきたけれど――いや、魔界にいたときもそうだったが、私は異性との交流というものが微塵もなかった。
幻想郷では人形製作や魔法の研究が大半で、魔理沙と霊夢を始めとする同性と雑談するぐらいしか交流がなかった。香霖堂の主人は……なぜか異性と感じない。不思議ね。
だからなのか。
紫苑さんの家の前にいるだけで心臓の鼓動が早い。
前にカレーを食べに行って以来、この家に毎日来るようになったけど、一人で食事に来るのとでは感覚がまったく違う。無意識に服装や髪形を確認している自分がいる。
上海や蓬莱も鏡を持っていてくれていた。
けど、ずっとこんなことをしている場合ではない。
そろそろ香霖堂へ行かないといけないから、紫苑さん家のインターホン(家の中の人を呼び出せる機能らしい)を鳴ら――
ガチャッ
「そろそろアリス来るか――お、いた」
「ひゃうっ!?」
外の世界の服装で家から出てきた紫苑さんと目が合う。
思わずデタラメな声を上げてしまった。
「ごめんな、待たせちまったか?」
「い、いえ……今来たところよ」
まさか2時間前から家の前にいたとか口が裂けても言えない。
「………」
ふと目を細めた紫苑さんは私に近づき――右手を私のおでこに当てる。
一瞬何をされたのか分からなかったが、理解した瞬間に頭が熱くなった。
もう片方の手を自分のおでこにも当てながら、首を傾げて呟く。
「熱は……ないか」
「~~っ!」
「どうした? 顔赤いぞ?」
「な、何でもないわ! 香霖堂へ行きましょ!」
「??」
紫苑さんは頭上に疑問符を浮かべているが、私は彼と香霖堂まで飛んでいく間、彼と目を会わせることができなかった。失礼かもしれなかったけど、こればかりはどうしようもなかった。
飛んでいる間、『体調が悪いんだったら無理しなくていいからな?』って心配してくれる彼の優しさが痛かったわ……。
そんなこんなで、魔法の森近くにある香霖堂に辿り着いた。
人里から少し離れているため、人気が全くと言っていいほどない。彼は人外の客が多いしね。
「何て言えばいいんだろ? 裏路地の老舗の名店って雰囲気だな」
「それは誉めているのかしら?」
「もちろん」
紫苑さんは『お邪魔しまーす』と、店の扉を開けて入っていく。
私もそれに続いて入ろうとするけれど、扉を開けたまま私が入店するのを待ってくれている彼は本当に紳士。
道具屋……とは言っても、香霖堂の商品は拾ったものである。冥界や魔界、幻想郷から現代のものまで売っているせいなのか、店内は物で溢れかえっていた。私が見たことあるようなものや、一見使い道がわからないようなものまで。
そして店の奥のスペースで帳簿に何かを書き込んでいる店主・霖之助さんの姿があった。
私たちの姿を見た霖之助さんは笑みを浮かべる。
「やぁ、アリス、紫苑君、いらっしゃい」
「霖之助さん、こんちは。俺のことは君付けする必要はないぜ」
紫苑さんは本当にフレンドリーね。
その言葉を聞いた霖之助さんは笑って受け入れた。
「あはは、そうか。なら僕のことも呼び捨てで構わないよ。ところで、今日はこの店に何の用だい?」
「とりあえず見物ってところかな。元々用あるのはアリスだし」
「アリスが頼んでたものだね。えーと……これかな?」
店の奥に引っ込んでいった霖之助さんが、数分後に綺麗に折り畳まれた数枚の布を持ってくる。
その間、紫苑さんは香霖堂を歩き回りながら商品を物色していた。
「これでいいかい?」
「えぇ、ありがとう」
霖之助さんに頼んだのは『外の世界の布地』だ。
人形製作なら幻想郷にある布でも構わないが、これほど艶のある触り心地の良い布は外の世界でしか手に入らない。加えて、この布は割りと高価なもので、中々手が出しにくい商品でもあった。
今回は特別に仕入れてもらったけれど、これでまた新しい人形を作れる。
私は霖之助さんに代金を渡す。
当たり前の光景だけれど、霖之助さんは溜息をついて苦笑した。
「毎度ご贔屓に……。霊夢もこうやって払ってくれれば助かるんだけどねぇ……」
「たぶん無理ね」
……もしかしたら今の霊夢なら返す可能性もあるかもしれないが、どのみち金欠の彼女に返済手段はないだろう。少しずつだが黒髪の少年の影響を受けている気がする。
軽く談笑した後、私と霖之助さんは棚の商品を見ている紫苑さんに話しかけた。
「どう? なんか見つかった?」
「……懐かしいものから珍しいものまで、興味深いものが多いな。しかも見たことないものもあるし」
見たことない、とは外の世界以外で仕入れた商品のことだろう。
逆に私は外の世界の商品が珍しい。1つ手に取ってみる。
「これは何かしら?」
「マトリョーシカだな。こんな感じで中央から二分割できて、中から同じような人形が出てくる。確かロシアあたりの名物だったはず」
ろしあ?というのは地名なのだろうか。
木製の人形を二つに割りながら説明する紫苑さんの手元を覗く。
それにしても……これは人形だったのね。私が作っている人形とは違った趣があるわ。
「それにしてもマトリョーシカ置いてあるとかマニアックな店だなココは――」
紫苑さんが棚を眺めていると、ある商品の前で視線を止めた。
それは――黒い扇子だった。
「それは幻想郷で作られた扇子だね。金箔が所々に施されているから、高値で取引されていたみたいだよ。それを開いたとき桜の花弁が端に描かれているんだ」
「へぇ……」
それを聞いた紫苑さんは扇子を広げた。
扇子の持ち方から、どこか幻想郷の賢者を思い起こさせる。
彼はパチンと扇子を閉じると、霖之助さんに向き直った。
「霖之助、これ幾ら?」
「……本当は手元に置いておきたかったけど、君が持っている方が絵になるし――このぐらいの価格でどうだい?」
「……高いな」
霖之助さんが提示した金額は私が買った布の数十倍の値段だ。
一括で払えるかギリギリといったところか。
「これの製作者はもう亡くなっているから、これでも5割は安く提示しているつもりさ。何ならこのブローチもオマケするよ」
「OK、買った」
その値段にも関わらず、紫苑さんは財布を取り出して一括で払ってしまった。何気にお金持ちなのかしら?
扇子と金色の宝石がついたブローチを受け取った紫苑さんは、ブローチの方を私に差し出してきた。
「アリスにあげるよ」
「え? そんな、高価なもの……」
「俺にブローチは似合わないし、香霖堂に連れてきてくれたお礼として貰っといてくれ。嫌ならいいけど」
「い、嫌じゃないわ……」
紫苑さんから貰ったブローチを、さっそく胸元をつけてみた。
霖之助さん曰くトパーズという宝石らしく、金色に輝くブローチをつけている私を見て、紫苑さんは満足そうに笑った。
無邪気に微笑む彼の笑顔を直視できない。そのくらい私の顔は真っ赤になっているだろう。
「おー、似合ってる似合ってる」
「あ、ありがとう」
このブローチは大切に使おうと心に決めた。
霊夢「アリスがブローチつけてる!?」
アリス「別にいじゃない!」
魔理沙「というか紫苑は金持ちなのか?」
紫苑「これでも仕事やってたんだぜ? そこそこ金はあるんだよ」