side 紫苑
冬なのに肌寒い。訂正、冬だからこそ肌寒い。
正確に言えばダイヤモンドダストが現れるくらいには寒い、とでも言うべきか。もちろん、この吹き荒れるダイヤモンドダストは自然に起きた現象ではない。
その空には黄色と青色の弾幕が煌めく。
「……ねぇ、紫苑さん」
「……言うな、霊夢。俺も反省してる」
頭上に響く爆発音。
俺と霊夢は――弾幕ごっこで魔理沙を圧倒しているチルノを眺めながら、大きくため息をついた。
話は一ヶ月前……俺がスペルカードを作った次の日に遡る。
~一ヶ月前~
俺は今日の晩飯は魚のムニエルにしようと、川まで釣りにやって来た。
外の世界なら許可やら何やらが面倒だし、そもそも俺の住んでいた街に川は存在しなかったけど、ここでは無断漁業は犯罪にはないと紫は言っていた。
というか人里の外――妖怪に襲われる可能性がある外に、魚を取りに行く方が自殺行為なのだろう。
肌寒い中、ボーッと釣りをしている俺。
ふと視線を上に向けると、
「ん? 最強と大ちゃんか?」
テンションが低い最強と、それを必死にフォローしている大ちゃんを見つけた。あちらも釣りをしている俺に気づいたらしく、俺のところまで飛んでくる。
涙目の最強に、俺は軽く挨拶。
「よう、宴会以来だな。どうして泣いてるんだ?」
「……えぐっ……ぐすん……」
「チルノちゃん、弾幕ごっこで魔理沙さんに負けちゃったんです。それで……」
「なるほど、理解した」
悔しい、ってことなんだろうな。敗北が死を意味する世界で生きていた俺には縁のない感情だけどね。
俺は釣竿を仕舞って、最強の前まで移動する。
今の最強を見ていると――あの泣き虫妖怪を思い出す。今では賢者とか大層な名で呼ばれているらしいが。
「最強は弾幕ごっこで負けて悔しいんだな」
「紫苑……アタイ、最強じゃないのかな?」
「弾幕ごっこは『いかに魅せるか』だろ? 勝ち負けなんて関係ないたろ、普通は」
「アタイは負けたくないの!」
最強の子供っぽい理論に思わず笑ってしまうが……まぁ、理解できなくもない悩みでもある。少なからず交流のある妖精達の涙を見て、俺が何もしないわけにもいかないかな。
そんじゃあ――俺も一肌脱ごうか。
「確かに最強――チルノは最強ではないな。つか弱い」
「……っ!」
「でもさ……弱いなりにも工夫次第で強くなれるんだぜ? 紫や幽香も最初から強かった訳じゃないし、チルノより弱い奴が鬼神に勝利した例も見たことある」
「……え?」
その鬼神に勝利した奴――あの仏頂面の言うこと聞かない副隊長の姿が脳裏に過る。
俺はチルノに手を差し伸べた。
「二ヶ月……いや、一ヶ月で十分だ。決して簡単じゃないし、辛いとは思うが――今より強くなりたいか?」
「……うん! アタイ、魔理沙に負けないくらい強くなりたい!」
「そうか――なら、
こうしてチルノ最強化計画が始まった。
毎日、暇になる時間帯に川に集まっては、チルノ(と大ちゃんを巻き込んで)、魔理沙より強くするために特訓をした。
その光景を一度だけ目にした幻想卿の賢者は、
「……本気に近い攻撃ね」
太陽の畑に住んでるフラワーマスターは、
「……いつ見てもあれに勝てる気がしないわ」
暇なときについてきた博霊の巫女は、
「チルノ虐待じゃない?」
寺子屋の教師をやっている半人半妖は、
「最近、授業中にチルノが寝ているが……これが原因か」
取材に来た鴉天狗は、
「どうも~、清く正しい鴉天狗の――え、ちょ待、焔がぎゃあああああああああああ!!??」
それぞれチルノを憐れんだらしい。
まぁ、最初の1週間は『チルノが二度と最強と言えなくする』ように、心が折れるまで能力をぶち込むことだった。慢心ほど恐ろしいものはないからな。
そういえば3年前に紫を育成したときに『妖怪より師匠の攻撃の方が鬼畜』とか言われた記憶があるから、この攻撃に慣れさせる意味合いも兼ねている。
ちょっと大地が更地になったけど、チルノの目から光が消えたところで次のステップに移行させる。
次の1週間は『弾幕操作』である。
霊夢からは『華やかさに欠ける』と言われた弾幕だが、チルノが格上の魔理沙に勝つには、無理にでも覚えてもらうしかない。
⑨には無理だって? 無理矢理覚えさせんだよ。
「アタイには無理だよ、教官」
「弾幕操作なんて慣れだ。これをこうやって……」
「チルノちゃん頑張って!」
「そーなのかー」
1つ疑問に思ったのだが、コイツのことを馬鹿とか⑨とか言い始めた奴は誰なんだ? 確かに要領は悪いけど、ちゃんと教えたら自分のものにしていくぜ?
慧音曰く「妖精という種族は複数のことを記憶できない」と言っていたが、そんなの俺には関係なかった。記憶できないのなら魂に直接刻んでやるだけだしね?
そんなこんなで1週間を少し越えてしまったが、どうにかチルノは弾幕操作を覚えることができた。
お次は新スペルカード製作。
コイツのスペルカード・氷符『アイシクルフォール』は隙が多いことが判明した。ぶっちゃけ能力使わなくても避けられる。
このスペルカード改良と同時平行でのスペルカード製作。
「教官! これなんてどう?」
「後ががら空きじゃねーか」
「これは?」
「上が隙だらけだぜ?」
「……これは?」
「俺のパクリか。悪いとは言わないけどさ」
なんか俺の能力に近いスペルカード(氷ver)が完成した。
締めは実践あるのみ。
これは俺のスペルカード練習も兼ねていて、『風』の化身で飛びながらチルノと弾幕ごっこを始める。
もちろん対魔理沙戦の練習だから、俺は魔理沙と同じように弾幕をばら蒔いている。スペルカードまでは再現出来ないけれど、似たようなスペルカードで代用した。
「氷符『アイシクルフォール』!」
「うおっと、防壁『難攻不落の大要塞』!」
大量の氷の弾幕を、俺は黄金に輝く外の世界の要塞を彷彿させる建物を権現させてやり過ごす。
スペルカード改良も見事に成功して、俺が持つ防御用のスペルカードで防ぐのが精一杯となった。これならば、魔理沙相手でも優位に立つことが可能かもしれない。
♦♦♦
side 魔理沙
チルノが弾幕ごっこを仕掛けてきた。
別に珍しいことでもないし、ちょうど新しいスペルカードの練習台として相手してやろうと思った。なんか様子がいつもと違う気がするけど、あの馬鹿のことだからどーでもいいかって解釈した。
その筈だったのだが……。
「何なんだぜ……これ……!」
箒に乗ってチルノの弾幕をかわしているのだが、おかしいというレベルじゃない。
追ってくるのだ。しかもチルノとは思えないほど正確な攻撃もしてくる。チルノの周囲には自分を守るように、氷の刃らしきものが回っていて隙がないのだ。
弾幕をチルノに放っても氷の刃で弾かれる。
というか本当にチルノなのか?
終止一徹『最強』という言葉を発さないし、瞳が氷のように冷たく――それこそ戦闘中の紫苑と同じような雰囲気を感じる。アイツ程ではないけど、あの馬鹿が冷静沈着なのである。
いつもなら『アタイったら最強ね!』なんて隙だらけの攻撃が、『うーん? 修正が必要だわ』なんて分析しながら弾幕を放つ。
「この……! 魔符『スターダストレヴァリエ』!」
「氷符『アイシクルフォール』」
私のスペルカードから黄色の弾幕が放たれるが――相殺するようにチルノのスペルカードで防がれる。このスペルカードは見たことあるが、ここまで威力や精密性は高くなかったはずだ。
仕方ないが――私の新作を披露する。
スペルカードをチルノに向けて構えて、その名前を高々に叫ぶ。
「星符『メテオニックシャワー』!」
「……魔理沙」
新作のスペルカードがチルノの襲う。
たとえチルノの弾幕だろうと貫通するスペルカードだから、氷の刃を見事にすり抜けて馬鹿に殺到する。避ける素振りすら見せないアイツに弾幕が当た――
「――隙だらけよ?」
「へ?」
ふと声のするほう……上を見上げると、そこにはスペルカードを構えるチルノが。
なら目の前にいるのは?と前に視線を移すと、新作スペルカードに当たったチルノは氷となって弾け飛ぶ。まさか氷で作られたダミーか!?
「嘘だ――」
「氷刃『ダイヤモンドダンス』」
放たれた言葉と共に、私の周囲に氷の剣が形成された。
上下左右前後、どこを見ても蒼く輝く剣が私のほうを向いている。その水晶の如く透明な剣が綺麗に包囲する光景は神秘的で――羨ましいくらいに美しい。
私は蒼い剣を受けながら悔しがった。
♦♦♦
side 紫苑
「まさかチルノの圧勝で終わるとはねぇ……」
「紫苑さんが指導したんでしょ?」
大ちゃんやそーなのかーに称賛されて照れているチルノを暖かな目で見守っていると、隣でジト目の霊夢に返される。魔理沙は俺たちの後ろに落ちてきた。
雪に埋まって反応しない魔理沙をスルーしながら、俺と霊夢は会話を続けた。
「良くて辛勝くらいかなって思ってたよ」
「というか戦闘中のチルノが別人なんだけど」
「そりゃあ、慢心させないように心折ったからな」
スペルカードなんて生ぬるいモノではなく、紫育成の時以上に厳しい攻撃を繰り出してやったからな。それこそ――あのアホ共と殺し合う一歩手前くらいの威力を考えなしに撃ち込んだ。
本気ではなかったけど。
「弱者にとって慢心は敵だし」
「師匠の言う通りですね」
「だろ?」
「……幻想郷の賢者と、その師匠の言葉って考えると複雑な気分ね。というか紫さらっと入ってきたし」
慢心するのは帝王だけで十分だわ。
いつもと同じようにスキマから現れる紫と笑い合う。
すると、いつもの妖精3人組(妖怪混ざってるけど)が、俺たちのもとへ飛んできた。釣りしていたあのときと違って、チルノは満面の笑みを浮かべている。
「教官! 見ててくれた!? アタイ勝ったよ!」
「おめでと。お前の努力の結果だ」
妖精は飽きっぽい性格だと霊夢から聞いていたら、2日もてばいいかな程度に思っていたけど、コイツは弱音吐きながらも必死に頑張っていた。その結果がこれだ。
俺はチルノの頭を撫でる。
「よーしよし」
「~~♪」
「これからも精進しろよー」
「うん!」
妖精は忘れっぽいとも霊夢から聞いたな。
コイツ(妖精全体的にだが)大丈夫か?
大丈夫であると信じたい。
「――おい! もう一回勝負だ!」
気絶から復帰した魔理沙が、チルノを睨んでいた。
よっぽど悔しかったんだろうな、様子を見る限り。
「もう遅いから、また今度にしなさい」
「でも……!」
霊夢が諌めるけれど納得できない魔理沙。
負けず嫌いなのは結構だが、これ以上は日が暮れてしまう。
仕方ないが最後の手段。
「――今日の晩飯はキノコパスタ」
「キノコ取ってくるぜ!!」
土埃を上げながら魔理沙は飛んでいった。
それを笑いながら見る他の連中。
「さて、俺ん家行くぞ」
「「「「「はーい」」」」」
――この日を境に、馬鹿とか⑨とか言われていたチルノは『普段は⑨だけど、戦闘になると紅魔の主以上のカリスマを発揮する』と言われるようになった。後の妖精最強である。
紫苑「さて、実はこの話題完結してないんだよね」
藍「と言いますと?」
紫苑「まぁ……そのうち分かるんじゃないかな?」
藍「嫌な予感が……」