side 未来
暇潰しで来た幻想郷だけれど、さっそく名物の『異変』に遭遇した僕は心踊っていた。
面白いことが起こりそうだ、と。
僕は霊っち・魔理りん・咲ちゃんと冬の幻想郷の上空を飛んでいた。空を飛ぶよりも地面を蹴りあげて疾走した方が早いんだけど、さすがに霊っちの案内なしでは元凶まで辿り着くのは難しい。
凍てつく冬の風が頬を撫で、僕は紫苑から借りた防寒着に若干感謝しながら移動している。どんどん寒くなっていっていることは、
ふぅ、と白い息が後方に流れていく。
さて、彼女たちの様子を見てみよう。
霊っちは何か思うことがあるのか、ずっと俯きながら飛んでいる。余所見しながら飛ぶと危ないよ?って忠告したいけど、できそうな雰囲気じゃないのはマイペースと言われ続けた僕でも分かる。
次に魔理りんは気まずそうに箒で飛んでいた。自分を『普通の魔法使い』と称していたとおり、外の世界の住人が一目で分かるような姿。ちなみに気まずそうなのは次の人物のせいである。
最後の咲ちゃんは僕の方に殺気を飛ばしながら飛行中。紫苑やフラぽんの前では我慢していたらしく、僕が紫苑を刺したことが余程許せないらしい。とても器用だね。
僕が彼女たちと異変解決に向かっているのは、昨日の僕の発言が原因。
『異変が起きてる?』
『うんうん。恐らく異変は――冥界で起きてるんじゃないかな?』
『やっぱりか……嫌な予感はしていたが』
どうやら紫苑は薄々気づいていたようだ。
まぁ、紫苑の『嫌な予感』は9割当たるから、
『……根拠は?』
『紫苑の嫌な予感が決定的な証拠になるけど、異常なまでの冬の長さとゆかりんの不在かな。あの紫苑崇拝者の化身みたいな彼女が、紫苑の危機に駆けつけないことがおかしいでしょ?』
『寝てるんじゃないかしら?』
『じゃあ、式神が来ないのは?』
『………』
紫苑と風呂に入ってるときに聞いたことだけど、式神が来なくなったのは数週間前。2.3日に一度は来ていた彼女が、パタリと姿が見えないのは何かあったと推測するべきだ。
というか紫苑の嫌な予感でほぼ確定なんだけどね。冥界と推測したのも、あの街で起こった誘拐事件と似たような妖力の流れがあったからだし。
あ、僕が紫苑と風呂に入ったのは時間短縮のため。紫苑の家は風呂が大きいからね。
『分かったわ。明日には行ってみる』
『よし、じゃあ俺も――』
『『『『『貴方は(お兄様)はじっとしてて!』』』』』
『お、おう……』
紫苑の同行に全力で反対する面々。
ちょっとトラウマを植え付けちゃったかな?
『けど心配なんだよな……あ、そうだ。未来行け』
『こ、コレと行くの!?』
霊っちは僕を指しながら言う。
コレはひどくない?
嫌われてるんだろうなって思っていたが、幻想郷の住人にとって紫苑は大きな存在となっているらしい。
『このアホなら戦力になるだろ。とりあえずオマケ感覚でつれていった方がいいぞ。――いざという時の肉盾になるぜ』
『肉盾は嫌だなー』
『散々皆に迷惑かけたお前が何を言う。悪く思ってんなら、ちょっとくらい役に立って死ねや』
まぁ、紫苑の言うことには一理ある。最後を除いて。
紫苑に罪悪感は一ミクロも湧かないけど、少女たちの
『……紫苑さんがそこまで言うのなら』
『なら私も――』
『アリスは紫苑さんが無茶しないように見てて』
『わ、分かったわ』
そんなこともあり、僕を含む4人は異変の大本――冥界へと足を運んでいるというわけだ。ボクに拒否権はなかったけど、面白そうだし流れに身を任せよう。
しかし……ここまで会話がないと退屈だ。
だいたい僕のせいだけど。
「ところで皆――というか霊っちと咲ちゃんに質問なんだけど」
「ど、どうしたのぜ!?」
この空気に耐えられなかったからなのか、魔理りんが『ナイス!』という目で僕を見てきた。
咲ちゃんマジで怖いけどさ。
だからこんな空気を――ぶち壊す。
「霊っちと咲ちゃんって紫苑のこと好きなの?」
「「なぁっ――!?」」
お、こりゃ図星かな。
目に見えるくらいに顔が真っ赤になる霊っちと咲ちゃん。
「わ、わたしは……その……」
「……はい、私は紫苑様を愛しております」
「咲夜!?」
「いいねいいね~。修羅場は見てる分には大歓迎さ!」
やっぱり紫苑の周囲は面白いね!
アイツの面白い環境を無意識に作るセンスは筋金入りだ。
「……それが何か?」
アカン、咲ちゃんのあたりがキツいね。
修羅場という状況を楽しんでいるわけだし、睨まれるのは承知の上だけど、これは憎悪・嫌悪が強すぎるなぁ。
そのうち後ろから刺されそうだ。無理だろうけど。
「ゆかりんの他にもライバルがいるんじゃない?」
「アリスもだぜ」
「さすが鈍感野郎だね」
「紫苑さんのこと悪く言わないで」
むっと霊っちが眉を潜める。
「でも本当のことじゃん。でなければ――
「「「……え?」」」
「あの料理も出来て顔面偏差値高い優良物件に、彼女がいないことが不思議だよ。まぁ、そんなこと考える暇がなかったってのが理由だろうけど」
街に女性が少なかったのは認めるけど、元副官だったアイリスとかは紫苑に好意を寄せていたはず。他にも複数いた。
あのまま居れば彼女が出来たとは思うけど、ある意味自分のフィールドに持っていくゆかりんの戦法は正解だね。アイツはそこまでしないと気づかない。
そこまでしても気づかない可能性もあるけど。
「どのくらいの女性が……その……紫苑様に」
「僕が知ってるだけでも両手じゃ数えられないな」
「………」
「ま、頑張ればなんとかなるさー」
霊っちと咲ちゃんが複雑そうに俯く。
紫苑のあれは見てて楽しかった。
もはや故意だと思ったさ。紫苑にとっては『なんか俺に好意を抱いてるような気がするけど、そんなギャルゲー展開なんてあるわけねーか』的な発想なんだろうね。
ギャルゲーの主人公みたいな奴なのに。
僕は3人には聞こえないくらいの大きさで呟く。
「僕としては誰と紫苑がくっついてもいいんだよね。問題は
僕が幻想郷に来た理由の一つ。
それは紫苑と誰かが相思相愛となることだ。
そうすれば……
アイツは僕たち――それこそ僕らの街の住人の誰よりも
幻想郷の住人もいつかは気づくだろう。ゆかりんはもう知ってるかもしれない。なぜ僕や壊神・詐欺師――そして帝王が『紫苑が誰かを愛することを願う』のか。
僕はそこまで考えて、小さく笑った。
昨日は紫苑を殺そうとしたのに、今では紫苑の幸せを願っている。壊神も帝王も同じようなことを何度もした。詐欺師は比較的平和主義のペテン師だったけど。
恐ろしいほどまでに歪んだ――もはや友人関係すらどうか分からない歪で怪奇な関係。けど、僕たちは互いに
あの街のせいなんだろうね。
いや、あの街だからこそ、か……。
♦♦♦
side 霊夢
――九頭竜未来という少年はなにかを隠している。
彼の表情から、勘ではあるが私はそう感じた。
ただ、紫苑さんに危害が及ぶような秘密ではないと思ったので、咲夜と魔理沙にはなにも言わなかった。
それよりも――私は紫苑さんのことを、どう思っているのだろうか?
最初は『紫が連れてきた外来人』という印象で、次に『夕食を食べさせてくれる近所のお兄さん』に変わった。あと『とにかく無茶をする人』かしらね?
……なら、今はどうなのか?
紫苑さんほど異性――それどころか他人と接したことはない。魔理沙やアリスも神社に来るけれど、毎日顔を会わせていたわけではないから、最近では紫苑さんと一緒にいることが多い。昼に遊びにいくことも多くなった。
博霊の巫女という立場のせいか、人里の者や妖怪からも畏れられる存在になったから、私の抱いているこの
けど――
『どちらかと言えば僕たち寄り――他人を殺すことに何の感情も抱かないタイプの人間だった』
私は紫苑さんのことを何にも知らない。
彼が外の世界で何をして来たのか、私は知るよしもなかった。
よく夕食で私たちは自分のことを話すけど、私は紫苑さんのこと――住んでいた街や彼の過去を何も教えてもらってない。笑ってはぐらかされると思う。
だから、私は九頭竜さんの言った発言が頭から離れないのだ。
彼は紫苑さんの過去を知っている。
私も知りたい。
聞いてみたい。
九頭竜さんと同じように共有したい。
『だからだろうね……僕たちにとって大切なのは
そう語れる九頭竜さんが羨ましかった。
でも――
聞いたら今の関係に戻れなくなるのでは?と考えてしまう。
紫苑さんの過去は生半可なものじゃないのは勘ではなくても理解できる。それを知って――私は紫苑さんの顔を真正面から見られるのか。
私は
「――霊っち」
「――っ!?」
呼び掛けられた方を振り向くと、九頭竜さんが笑っていた。
あの戦闘の時のような相手の背筋を凍らせるものではなく、他者を安心させる慈愛に満ちた笑み。こんな表情もできるのかと魔理沙と咲夜も驚いている。
「もしかして昨日のことで悩んでる?」
「………」
「あんまり深く考えない方がいいよー」
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、九頭竜さんが語り出す。
「もっと自分に素直になりなよ。紫苑に聞きたいことがあれば聞けばいいし、なんなら僕に訪ねてもOKだね。余程踏み込んだ質問じゃない限り何でも答えてくれるさ。――そう、過去のこととか」
「でも」
「僕が保証してあげる。アイツはどんな質問だろうと
……彼は本当に紫苑さんを理解している。
本当に、本当に悔しいわ。
「冥界の門が見えてきました」
咲夜の言葉で我に帰る。
そうだ、今は異変を解決しないと。
紫苑さんの過去はいつでも聞ける。
私たちは気を引き閉めた――
「さーて! 霊っちが愛する紫苑の過去を早く暴露させるために頑張るぞー」
「霊符『夢想封印』!!」
未来「紫苑争奪戦来る?」
咲夜「それより共同して九頭竜様をシバきましょう」
未来「もっとオブラートに包んで咲ちゃん」
咲夜「九頭竜様を×××××しましょう」
未来(アカン、殺される)