side 紫苑
起きたら天井が見えた。
2年と半年ほど前に見たような天井で、ここが白玉楼の寝室であることを推理するのは容易であった。
「……そういえば寝たんだった」
西行妖を倒したあとで眠ってしまったが、誰かがここまで運んできてくれたんだろう。その人には後で感謝しないといけないな。
『戦士』を使った後の弱点とも言えるだろう。神力が枯渇した俺を仏頂面の部下が引きずりながら運ぶってことが多々あったことを思い出す。もっとマシな運び方なかったんだろか?
そう思いながら、俺は満開に咲く外の桜に視線を移した。
風に揺られて花びらが舞い散る。
その光景は美しく、クソ桜と呼んでいたことが嘘のようだ。まぁ、あれは人間の精気を吸収して誕生した妖怪だし、桜そのものに罪はない。
俺が一方的に嫌っていただけだ。
「あ、紫苑さん。起きました?」
頭を空っぽにして桜を眺めていると、ふと寝室の襖を開ける音が聞こえて我に返る。そこには銀髪の少女がいた。
確か――魂魄妖夢だったか?
「今さっきな」
「そうでしたか……。何か不自由な点などはありませんか? 幽々子様から紫苑さんの要望には可能な限り答えるようにと」
「わざわざ部屋まで貸してくれたのに、これ以上贅沢は言えないさ。――あ、でも風呂は入りたいな」
「こちらです」
俺は妖夢が連れられて風呂場へと向かう。
場所は知ってるけど、勝手に行くのは……ねぇ?
その間に少し銀髪の少女と会話。なぜか白玉楼で世話になった偏屈じーさんのことを思い出したからな。
「魂魄……ってことは、もしかして妖忌の孫か?」
「おじ――私の祖父をご存じで?」
「道理で似てると思ったわ。妖忌には昔、世話になったからな」
「そう、ですか」
それ以上は聞いてこなかった。
ここに妖忌が居らず、加えて妖忌の獲物を妖夢が持っていると言うことは……何かしらのことがあったのだろう。もしかしたら込み入った事情があるかもしれないし、深くは尋ねん。
そうこう会話しているうちに、見慣れた風呂場へと辿り着いた。全く変わっておらず、むしろ不思議な気分だ。
「ここが風呂場となっております。着替えは祖父の着ていたものがありますので、そちらをお使い下さい」
「案内ありがとう」
「恐らく誰も入ってないと思われますが……ごゆっくりと」
俺は脱衣場に入って籠に着ていたものを入れる。
スマホや財布などの貴重品は――って、そんな心配する必要ないか。こんなの盗むような物好きが白玉楼にいるわけがないし、何よりアイツらが人のもの盗むとは思えない。あ、未来がいたわ。
なんか危機管理能力が下がっていくなぁ、とスマホと財布を衣類と一緒の籠に入れて、タオル片手に風呂場へと移動。
浴室は物凄く広く、昔も思ったことだけど「二人で住むには大きすぎるだろ……」と呟く。
俺も人のことは言えないけどさ。
まずは身体と髪の毛を洗って、湯船にドボーン。
「あ゛~。生き返る~」
少し熱い程度のお湯加減に、誰も居ないことをいいことに鼻歌を歌い出す俺。やっべ、超気持ち良い。
ふと俺は鼻歌を止める。
「………」
……懐かしいな。
俺の居候時代、こうして妖忌と一緒に入ったっけ。
修練の後とかに一緒に風呂入ってさ、どこが良かったとか悪かったとか語り合ったなぁ。そういえば妖忌はヴラドのじーさんに似てたな。雰囲気とか。
だから後の吸血鬼と仲良くなったのかね。
……妖忌、元気にしてっかなー。
「あ、風呂入ってる最中に幽々が乱入してきて、妖忌がめっちゃ慌て――」
ガラガラガラガラ
「紫苑にぃ、一緒に入っていい?」
「あ、はい。どうぞ――」
ちょっと待てや夜刀神紫苑。
なんかナチュラルに流したけど、よく分析してみる。
風呂場のスライド式扉が開いた音、俺が途中まで口にしたフラグ、先程の声……そこから導き出される答えをじっくり考えること数分。
俺は高温の湯船に浸かっているはずなのに、なぜか冷や汗が止まることがなかった。引きつるくらい笑ってしまう。
幽々入ってきてね?
「隣座るね」
「Huh?」
俺は湯船に座った体勢から、声をかけてくる幽々の姿を見た。見てしまった。モロに見てしまった。
……千年という時の流れは恐ろしいものだ。
幼さが残る少女から大人の女性へと成長した幽々は、西行妖から救ったときも可憐ではあったが、一糸纏わぬ姿はもはや『官能的な美』を集約した姿とも言えるだろう。神話に登場する美の女神ですら足元にも及ばないと勝手に決めつける。
水を弾く陶器のように白い肌、すらっと曲線美を強調する足、メロンを連想させる大きく形の整った胸、艶やかに光る桃色の髪、儚く見つめる薄紅色の瞳。
その佇む姿はさっき見た妖力を失った西行妖が霞むほど美しい。
加えて、その肢体をバスタオルで前だけしか隠していないことを踏まえると、視線を逸らすことなど不可能の域だろう。逸らすことが失礼だ。
つか俺が今何て言ってんのか分かんない。
「ん……」
色っぽい声色で俺の右横に腰を下ろす美女。
もちろんバスタオルで隠していない。
『湯気』さんが仕事しなかったら、この作品がR18指定となるところだったわ。ナイス。
「どうしたの?」
「えっ!? あ、いや、その……」
俺のコミュニケーション能力が仕事しない。
肝心なときに仕事しねぇな対人能力。
裏返る俺の声に、幽々はクスクスと笑った。
「紫苑にぃ、ずっと私の胸を見てるわ」
バレとるやんけ。
俺はようやく視線を逸らすことに成功――したけど回り込まれた。
「やっぱり大きい方が好きなの?」
「お、女の子は胸部で判断しないから……」
「本音は?」
「大好きです」
今日はやけに欲望に忠実だね、俺の口。
ふと帝王の『貧乳こそ至高。巨乳など駄肉』という迷言が発端で、街全体を巻き込んで起こった『第4次胸部戦争』が脳裏をよぎった。ちょうど1年半ほど前だったかな。
巨乳派と貧乳派の戦力が見事に分かれて、1ヶ月は続いてたなぁ。ちなみに切裂き魔は貧乳派、壊神は巨乳派だった。詐欺師は……ちょっと特殊すぎて中立派。
くだらないことを思い出していると、上品に笑う声で我に返った。現実逃避すら許されないのか。
「ふふっ、良かった」
「……お前が嬉しそうで何よりだよ」
なんか幽々に弄ばれてる感。
複雑な気分だ。
苦虫を噛み潰したような顔をしていると、俺の右肩に頭をのせる幽々。湯気で分かりにくいが少し顔が赤いか?
そして無言となる2人。
口火を切ったのは幽々だった。
「……紫苑にぃって、この時代の人だったのね」
「まぁな。最初は紫が幼い頃で暴れまわった後、未来の救出が失敗して幽々の時代に飛ばされたんだよ。ちゃんと分析してから救出してほしいよなぁ?」
「その失敗のお陰で私は紫苑にぃと会えたわ。九頭竜さんには感謝しなくちゃ」
「そう、だな……」
全くもって幽々の言う通りだ。
元の時代に戻ったときの「ごっめーん」と舌を出す未来にはイラッときたが、そこまで怒ることはなかった。
つまりは、そういうことなのだろう。
「いきなり出ていっちゃって……凄く悲しかったのよ?」
「わ、悪いとは思ってる」
「妖忌もあの後寂しそうだったし」
「あの妖忌が? つかアイツどこ行ったんだ?」
妖夢には聞けなかったけど幽々なら聞けるかと思ったが、幽々は俺の腕に手を絡めながら答えた。
「行方不明、よ」
「は?」
「ふらっと何処かに消えたの。楼観剣と白楼剣を妖夢に残して突然居なくなって……」
妖忌が行方不明……なんか訳がありそうだな。
あまりにも情報が少ないからなんとも言えないが、あの幽々に仕えることが生き甲斐だったあの老人が、幽々に理由も話さずに消えるはずがない。それか
外の世界にいる暗闇や土御門の姐さんなら、妖忌の場所を特定する手段を持ってるかもしれないんだけどな。特に暗闇は絶対知ってそうな気がするわ。
難しい顔をしていたのだろう。
幽々まで不安そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。
「紫苑にぃ?」
「あ、悪りぃ――って幽々!? 近い!?」
いつの間にか俺の右腕に胸を押し付ける形で、幽々は絡み付いてきた。弾力のある双丘が形を変えて、俺の腕と思春期真っ盛りな俺の男心を刺激してくる。F……いや、Gか!?
幽々も確信犯なため離す気配が一切ない。
「幽々子様!? あたってますよ!?」
「あててるのよ? 嬉しい?」
「いや、そういう問題じゃなくてな!? こういうことは愛し合う者同士ですることであって、嫁入り前の女性が何処の馬の骨かも分からん男に――」
「……嫌なの?」
「超嬉しいっス!」
俺が流している涙は何が原因だろう?
あぁ! 上目遣いで聞いてきてる幽々の質問を否定できる男を見てみたいわっ! こんなのyes以外の選択肢があるわけないだろ!?
なんか2年半前も同じような感じで、泣き落としと上目遣いで振り回された気がするぞ? 幽々の性格は苦手だわ。嫌いじゃないけど。
ったく、誰の影響だよ。
『幽々、いいか? これからの男尊女卑な時代を生き抜くためには、女の武器を最大限に活かすことが大切だぞ?』
『おいガキ、幽々子様に何を教えてるのじゃ』
『分かった! 紫苑にぃの言うことは間違いないからね!』
『幽々子様ェ……』
あ、俺だわ。
壮大な自業自得だわ。
千年前に余計なこと教えやがった、幼き俺の顎にスカイアッパーをぶちかましたい衝動に駆られていると、何やら外の様子が騒がしい。
嫌な予感と共に。
ドタドタドタドタ、ザッ。
「幽々子! それに師匠!」
物凄い速度で扉をスライドさせたのは紫だった。
スキマでショートカット出来るはずなのに、わざわざ走ってきたのだから随分と焦っているのだろう。
俺は意味も分からず紫に尋ねる。
「どうした、そんなに焦って」
「幽々子が御手洗いに行ってから帰ってこないと思ったら……! 師匠と一緒に入浴なんて羨まけしからんですよ!?」
「あ」
そういえば今の状況は異常だった。
しかも幽々はニヤニヤ笑いながら腕に絡み付く力を強くする。
「いいじゃない。私が紫苑にぃと一緒にお風呂入ろうと、ナニをしようと。あ、紫も一緒に入りましょ?」
「それだわ!」
「それ何にも解決してねぇよ!?」
待て待て待て待て待て!
紫もその気になって服を脱いでやがるぞ!?
あぁ、もう! コイツも抜群のプロポーションだから、俺の紳士力じゃ対応しきれねーぞ!?
「――紫苑様、長風呂で喉が乾いたでしょう。冷たい麦茶をお持ちいたしました」
「あ、ありがとう咲夜ああああああああ!?」
タオルを身体に巻いた咲夜が麦茶を渡してくる。
身体の某部分が幽々&紫ほどではないが、女性らしいボディーラインが俺を追い詰める。
「紫、そっちの腕に絡めたら」
「ナイスよ幽々子」
「マッサージはいかがでしょうか?」
もう勘弁してくれっ!
♦♦♦
side 未来
「やってるやってる~」
「未来さん、楽しそうですね……」
「紫苑の修羅場は見てて飽きないからね!」
「全く……いい趣味してるぜ」
みょんと魔理りんが呆れているけれど、長い付き合いの僕からして見れば、紫苑が困惑する表情なんて女性関係以外には見ることが難しいから、すっごく楽しい。
録画して紫苑を弄るネタにしたいくらいだ。少女3人の盗撮にもなるから実行しないけどね。
僕は隣で難しい顔をしている霊っちに質問する。
「混ざらないの?」
「そ、そんな恥ずかしいことできるわけないでしょ……」
ホントは混ざりたいくせに、素直じゃないね。
まぁ、僕としては恋愛関係は中立派だから別にいいけどさ。
「僕等の街ならまだわかるけど、どうして紫苑は幻想郷の住人に好かれるのかな? あんな気持ち悪い奴にさ」
「どういう意味?」
刺のある言い方が気にさわったのか、霊っちが眉間に皺を寄せて理由を聞いてくる。
紫苑のハーレム化は僕の目的でもあるが、それでもアイツのことを前々から知ってた僕にはゆかりんの姿は異常に見える。恋は盲目ってやつなのかなぁ?
僕はボソリと誰にも聞こえない声で呟いた。
「あんな
それ以降も理由を聞いてくる霊っちだったが、僕はそれ以上のことを言わなかった。
オブラートに包まずに言おう。
夜刀神紫苑は壊れているのだ。
まぁ、それは街に長く住んでる連中全員に当てはまることだけど、紫苑は
それを分かっているであろう八雲紫がなぜ――夜刀神紫苑を愛するのか。
僕は曲がりなりにも覚妖怪。
だからこそ……僕はこう思う。
「まったく、心ってのはよく分からないもんだよ」
紫苑「白玉楼の宴会パートか、間髪入れずにオリジナル異変するか……」
藍「オリジナルを挟むのは決定事項ですか?」
紫苑「うん。どうせ東方二次書くならって、本来なら出て来ないであろうキャラ出したいってさ」
藍「宴会パートなら何を主題として書かれるのでしょう?」
紫苑「未来の最後の言葉を掘り下げるんじゃないかな」
藍「ふむふむ……」
紫苑「迷うからサイコロ振って決めるとか言ってた」
藍「そんな大事なことを!?」