東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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37話 再臨の兆し

side 紫苑

 

『まさか、こうなるとは思わなかった』なんて言い訳を使う人は、現代でも多いと思う。

こういうタイプには二種類あり、『とりあえず言い訳として使う』と『マジで予想外のことが起きた』のどちらかだと俺は考える。少なくとも俺が生きてきた17年間、その二つしか見たことがなかった。

 

俺自身はこの言葉を使ったことがない。

不規則の事態なんて街に住んでいれば毎日起こるレベルだったし、対応できないようでは死ぬのは当たり前だった。

 

 

 

しかし――その言葉を使うときが来るとは思わなかった。

 

 

 

あれは何気ない日常の中だった。

春雪異変の数週間後、雪が溶けて少し暖かくなった頃。

幽香が俺の家にやって来て「手合わせしてくれない?」とか言ってきたので、本当は乗り気ではなかったけど応じたのだった。ちょうど家にアリスがいて、目をキラキラさせながら期待の眼差しを俺に向けていたからだ。

あの空気で断れって方が難しい。

 

それで所変わって魔法の森近くの草原。

俺と幽香は一定の距離を置いて対峙し、被害が出ないようなところでアリスと人形達が体育座りで観戦している。

俺は頭を掻きながら不適に笑う幽香に確認した。

 

「えっと、ルールは1500年前と同じ?」

 

「えぇ、もちろん」

 

ルールと言っても複雑なことは縛っていない。

というか1500年前に幽香との特訓のルールは俺に対する縛りであり、ある化身を使用してはいけないというものだった。

その化身は太陽神の象徴たる第三の化身『白馬』。あらゆるものを焼き尽くす鉄槌の焔を顕現させる力なのだが、幽香は昔からこの化身が好きではないと言う。『白馬』を使って植物やらを燃やしてしまうことを懸念しているからだろう。

俺も弟子が嫌がることを率先して行うほど性格は悪くないが……堂々とルール適応に頷く幽香に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

だってルール適応は1500年前の話だよ?

あのときは幽香も中級レベルの妖怪だったけども! 今じゃ幻想郷最強と謳われる大妖怪だぜ?

 

俺は溜め息をつきながら妖刀を抜く。

それに合わせて幽香も傘を凛々しく払う。

 

「貴方にボコボコにされたことが昨日のことに感じるわ」

 

「怒ってらっしゃったのか……」

 

「そんな訳ないじゃない。強さの骨頂を見せつけられて、どれだけ私が期待したと思っているの?」

 

「それなら未来のアレはどうなんだ? あれこそ強さの骨頂……ってよりも、もはや完成形の類いだぜ?」

 

未来の名前を出すとあからさまに不機嫌になる幽香。

俺は気絶していて一部始終を見ていなかったけど、確か未来に軽くあしらわれたんだっけか。加えてアイツの性格は俺以上のマイペース。一部の奴には好かれるけど、嫌う奴はとことん理解できない思考回路だからなぁ。

雰囲気からして『負けて悔しい』って彼女からは感情が読み取れるけどさ。

 

俺は苦笑いを浮かべて刀を構えた。

我流ではあるけれど隙はない……はず。

 

「んじゃ、いくぞ~。――始めッ!」

 

刹那、俺は『大鴉』の化身を用いて幽香との距離を詰め、幽香の目の前で第二の化身『雄牛』に切り替える。

『雄牛』の能力は『筋力の向上』。場合によっては外界の鬼とすら素手で殴り合うこともできるほど、人間では考えられない腕力を作る化身。妖怪との接近戦を人間の筋力で行うほど馬鹿じゃない。

『雄牛』で強化された筋力での妖刀の斬撃を遠慮なく繰り出す。

 

昔の幽香なら吹っ飛ばされていたであろう一撃。

1500年の時を越えて、その一撃は幽香の傘に激突し拮抗する。

腕が少し震えているように見受けられるが、それでもしっかりと俺の妖刀を受け止めている姿に思わず笑みが溢れる。

 

「へぇ……! さっすが幻想郷最強の大妖怪。肩書きは伊達じゃないってか?」

 

「貴方ほどの一撃を叩き出す人間なんて……幻想郷には存在しないのよ……!」

 

お返しとばかりに幽香の傘が俺の眉間目掛けて振り下ろされる。

もちろん素直に食らってやる訳にもいかない。俺は妖刀で受け止めるのだが、ズシンと骨の髄まで響く重さに目を丸くした。街の連中でも上位に位置する奴等の一撃に相当する幽香の傘攻撃は、関心と呆れを含んだ笑いしか出なかった。

 

「おまっ、本当に幻想郷の妖怪かよ……!」

 

「私や紫が何もしないで1500年間を過ごしてきたと思っているのかしら……!? あの胡散臭いスキマ妖怪も私も、貴方の在り方(・・・)を目指して生きてきたのよ……!」

 

それから数合打ち合ってみたが、もうコイツあの街で過ごせよってほどの力をつけていた。

あの負けず嫌いの花妖怪がここまで強くなったことを誇りに思うと同時に、これほどの大妖怪が今でも俺のことを師と仰ぐことに物凄い違和感を覚えるのであった。

 

 

 

教えられることはないのに。

師匠面する気はないのに。

俺の弟子なんて肩書きは邪魔だろうに。

 

 

 

どうして俺のことをコイツ等は『師匠』と呼ぶのだろうか。

人間を師事したなんて、妖怪にとっては侮られる原因を作るだけなのに、コイツ等――特に紫は俺に敬意を払うのか。

 

なんて考えていたからなのかは定かではない。

不安や疑念があると剣筋が鈍るなんてよく言われ、それに対して未来は「言い訳乙」と反応していたが、これから起こった事件は本当に予測がつかなかった。

 

 

 

 

 

その悲劇は運命の10合目に起こった。

 

 

 

 

 

彼の帝王の妖力を宿す妖刀と打ち合える傘に若干驚いていたことは否定できない。

これが終わったら聞いてみようと思っていると、幽香は大妖怪に相応しい速度で傘で俺の身体を薙ぐ。

我流の俺の剣技に型はなく、昔は長めのナイフを使っていた名残とは言わないけれど、刀を逆手に持って傘を受け止めた。筋力をフルで使って幽香の一撃を凌ぐ。

 

そこでピシッと何かにヒビが入る音がした。

 

最初は幽香の傘が耐えられなくなったと思った。

しまったと俺が顔をしかめたときは遅く、弾ける音と共に得物は中間部位から折れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――鬼刀・帝が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「え」」

 

妖刀が折れれば傘は貫通する。

折れた刀の先に『雄牛』で強化されていた腕があったのは幸いだった。もし普通に刀を構えていたら、無防備な胴体に妖刀と打ち合える斬撃が俺を真っ二つに切り裂いていただろう。

銀色の破片を撒き散らしながら、傘が俺の腕に当たって数十メートル先まで俺は吹っ飛ばされた。

 

地面に転がる前に刀を手放し、勢いを抑えながら無様に受け身をとって数メートル転がって停止する。

仰向けに倒れた状態の俺は何が起こったのかを頭で理解するのが遅く、じんじんと痛む右腕を太陽に翳す。化身で強化されていたとはいえ、傘を受けた部分が青紫に変色していた。

 

「マジか……」

 

「紫苑さん! 大丈夫!?」

 

心配そうな表情で走ってくるアリスに、大丈夫であると手を振る。

肉体的には大丈夫だけど、精神的に大丈夫とは限らないが。

 

「って、右腕が腫れてるじゃない!」

 

「んなことはどうだっていい。それより妖刀は――」

 

腕以外は外傷はないので、俺は走って幽香と打ち合った所まで戻る。

顔を真っ青にしている幽香には焦った。

 

「し、紫苑……私……」

 

「ゆ、幽香!? しっかりしろ!」

 

「ごめ、ごめんなさ……」

 

情緒不安定な幽香を必死に宥めつつ、俺は真っ二つに折れてしまった妖刀を横目に観察していた。

 

中間部分は破片となっており修復はほぼ不可能。

それよりも疑問に思ったことは――帝からは妖力が一切感じられなかったのだ。帝王の妖力を失った村正は一般的な名刀でしかなく、幽香の傘で折れたのも頷けた。

 

しかしだ。

 

 

 

なら、帝王の妖力はどこへ消えた?

 

 

 

疑問に思うことは多かれど、あの切裂き魔と殺し合っているときに折れなかったのは幸いだ。

いや、西行妖のときもだな。

それならば腕が腫れる程度の怪我だけですんだのは安い。

 

上海と蓬莱が刀の破片を集めている中、俺は内心で大きな溜め息をついていた。厄介事が起きそうな予感と、一年少しの間は愛用していた得物が失われた虚無感。

壊れてしまったものは仕方がない。

 

 

 

 

 

幽香がどうにか落ち着き、アリスと人形達が刀の残骸を集め終わった頃、森から悲鳴のような声が聞こえた気がした。本当に微かと言えるほどには小さな音で、通夜に近い雰囲気の中では耳に届かなかったんじゃないかな。

いや、んなことはどうだっていい。

もしかして人里の人間が襲われているのか?

 

これには幽香もアリスも気づいたらしい。

俺は上海と蓬莱に妖刀の残骸を託し、『大鴉』の化身を使って地面を駆けた。

 

「幽香! アリス! あとは頼んだ!」

 

「紫苑さん、怪我――」

 

人形遣いに止められた気もするが、人間を襲う妖怪を退治するのは博麗の巫女の勤め。それを手伝うと言った俺には、人里に住まう人間を助ける義務が発生する。

森に生い茂る木々の間を縫うように走りながら、悲鳴が聞こえた場所を算出しつつ現場へ向かう。背景が後ろに飛ぶような『大鴉』を使うときのいつもの感覚。

 

そして視界が開けると大型の妖怪が少女二人に襲いかからんと牙を向けていたのだ。胴体は人間で頭は狼のそれ。強そうに見えるが中級になったばかりの妖怪だと判断した。

被害者である少女二人は……もしかして外来人だろうか? 服装が外の世界で見た現代チックなものだったた。詳しいことは未来とかが知っているだろうが、ここにマイペースな白髪の半妖は不在である。

どう対処するべきか数秒悩んで諦めた。

 

「チッ……」

 

このときの俺は少し苛ついていた。幽香に怒りを覚えている訳ではなく、ナイーブになっていた状況で面倒事を起こしやがった狼モドキが苛立ちの原因。

 

 

 

だからストレスの発散として轢くことにした(・・・・・・)

 

 

 

狼の手前で『大鴉』を解除し、スピードを残したまま『雄牛』の化身で右足を強化し、狼の顔めがけて渾身の蹴りを叩き込んだのだった。

鬼と殴り合える筋力の蹴りを、中級妖怪の顔にめり込んだらどうなっしてまうのか。そんなの人里にいる子供ですら結果なんて分かるだろう。

頭から出てはいけない音が綺麗に響きながら、多くの木を巻き込んで狼は吹っ飛んで消えた。

生死なんて確認する必要もない。

 

「あー、スッキリしたー」

 

渾身の蹴りは個人的に文句のつけようがなかった。

底知れぬ清々しさに酔いつつ、俺は襲われる寸前であった少女二人に微笑みかけた。

 

「大丈夫か? 怪我ない?」

 

「「………」」

 

ふむ、見たところ外傷はないようだ。

濃い茶髪の少女と、金髪の少女。

後者は昔の紫にどことなく似ているような印象を受けるが、妖怪ではないらしい。

二人に共通することは、互いに抱き合って半泣きで俺を見つめている……所だろう。第三者からは完全な犯罪者に見えるに違いない。

 

それだけはアカン。

ひとまず自分の身元を説明する。

 

「俺の名前は夜刀神紫苑。信じてもらえるかどうかは君達次第だけど、生物学上は普通の人間だ」

 

最近は『生物学上は』という単語をつけないと、真顔で「は?」とジト目をしてくる幻想郷の住人が多くなった。

世知辛い世の中になったわ。

 

「あ、貴方は人間……なの?」

 

「うん、マジで」

 

金髪の少女の震える質問に笑顔で答えた。

どうして博麗の巫女様は人間と認識されるのに、俺を見ると高確率で神様と見間違われるのだろうと前々から疑問に思う。神力纏ってるせいかね?

 

ここで俺は考えが浅かったことを次の瞬間には悟る。

ワケわからん未開の地に放り出されて、怖い化け物に襲われる。そんなの普通の女の子が体験して心細かったのは当然なはず。彼女等の悲鳴もそういう意味だったのだろう。

さて、そこで現れる同族が怖い化け物を追い払う。

身の危険は一瞬にして消えた。

 

んじゃ、次に彼女等がとる行動とは?

 

 

 

 

 

「「うわああああああああああ!!!」」

 

「へ? ちょ、待――」

 

 

 

 

 

――この後、駆けつけた幽香とアリスが、不思議な格好の少女二人に押し倒される俺の姿を目撃し、一悶着あったのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、訂正。

ご想像にお任せします。

 

 

 

 




紫苑「接着剤どこー?」
アリス「それで直るの!?」
紫苑「――ほれ完成」
アリス「ゑ」

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