side 霊夢
紫苑さんに弟子入りする。
そう決断するには簡単ではあったが、問題は『どうやってお願いするか』だった。恐らくこれが一番の鬼門であろうと推測する。
博麗の巫女が(分類上)一般人である者に教えを請うなど前代未聞であるからして、ぶっちゃけて言えばお願いの仕方が分からないのだ。こういうとき、魔理沙やアリスしか交流がなかったのが本当に悔やまれる。
紫からどうやって弟子入りしたのか聞いてみたところ、
『え、土下座だけど?』
最終手段を最初から使っていたらしい。
参考にすらならなかった。
しかし、私にも具体的な手段がある訳ではないので、土下座も考慮し始めた今日この頃。
「霊夢ー、外来人拾ったー」
紫苑さんが外来人二人を連れて博麗神社にやって来た。
まるで捨て猫でも拾ったような軽さだった。
私はちょうど賽銭箱前で雑談していた相手――紫を反射的に睨む。幻想入りの原因の7割強はスキマ妖怪の気まぐれであることは、博麗の巫女たる私だからこそ知っている。
けれども、紫の反応は違った。
「今回は違うわよ……」と言いつつ、紫苑さんが連れて来た外来人の一人――金髪の少女を目を細めて観察していた。初めて見る様子に私もただ事ではないと気を引き締めた。
博麗神社の居間に案内した私は、紫苑さんにお茶を頼みつつ二人に状況説明や私達のことを説明する。私の右隣に紫、左隣に茶髪の少女。向かいに金髪の少女がちゃぶ台を囲むように座ったのだ。
外来人にするお決まりのようなものであり、数ヵ月前に紫苑さんにも行ったことだ。……そこで私は九頭竜さんには説明を一切していなかったことを思い出す。まぁ、あの人なら大丈夫でしょ。
「ここは現代で忘れ去られた者達の集う楽園、幻想郷。私の名前は博麗霊夢。で、そっちの胡散臭い奴が八雲紫」
「えっと、超統一物理学専攻の宇佐美連子です」
「マエリベリー・ハーンって言います。メリーって呼んでください」
「質問なんだけど、貴女方はどうやって幻想郷に来たの?」
超統一物理学って何なんだろう?と思いつつも、私は自分の無知さを悟らせないように平然を装いつつ幻想郷に来た方法を尋ねる。
紫苑さんが持ってきた茶をちゃぶ台に並べた。
それにメリーが礼を言って説明し始める。
「私達は大学のカフェテラスで食事をとるつもりだったんですけど、そこで不思議な人に会って、会話してたら意識を失って……気がついたら森にいたんです」
「そりゃ災難としか言いようがないな。その不思議な人って誰なのかは覚えてるか? あと敬語とか使わなくていいよ。俺は君達より年下だしな」
「「え!?」」
紫とメリーの間に座りながら微笑む紫苑さんに、二人は口を開けるくらい驚いていた。私としても彼女達が紫苑さんよりも年上だということに、少なからずビックリしたけれど。
最初に落ち着きを取り戻した連子が続きを語る。
「黒い髪の女の子よ。物凄く綺麗な人で、なんか深窓の令嬢みたいな雰囲気だったわ」
「それだけじゃ分からんな。もっと情報があれば特定できるかもしれないぜ?」
「あとは……自分のことをプロメテウスって言ってた」
「……は?」
プロメテウス?
その単語を聞いた瞬間の紫苑さんの黒曜石の瞳は鋭くなり、紫も意味を知っているのか目を見開く。先程まで温厚な対応をしていた黒髪の少年が、人が変わったかの如く冷たい目をしたことに、二人の外来人は小さな悲鳴を漏らす。
紫苑さんは声を低くして問う。
「そいつは他にも何か言ってなかったか? どんな些細なことでもいいから、教えてくれると嬉しい」
「わ、私達に近づいた理由が、なんか上司に言われてとか何とか……」
メリーの言葉に紫苑さんは舌打ちして立ち上がる。
そこには温厚な少年はいなかった。
冷徹なまでの鋭く鋭利な刃物を彷彿させる雰囲気を纏い、居間から退出しようとした。
振り向き様に紫に言葉を残す。
一方の紫は緊張しているのだろうか? 慌てて姿勢を正していた。
「ちょっと席外す」
「は、はい! いってらっしゃいませ……」
紫の賢者としての威厳なんてそこにはなかった。
紫苑さんが去って微妙な空気漂う居間に、耐えられなくなった私は慌てて話題を変えようとしたところで、連子が小声で聞いてくる。
「紫苑さんって……あんな感じなの?」
「……あの人があれほど怒っている姿なんて、数ヵ月は一緒に居たけど見たことないわ。魔理沙――私の友人が間違えて、味噌汁を彼の顔面にブチ撒けても、逆に魔理沙に火傷がなかったかを心配するくらいお人好しなのよ?」
「そうなんだ……」
あれが彼の本性だとは思われたくない。
彼をあそこまで豹変させてしまう『プロメテウス』という人物が気がかりではあった。しかし、それを殺気立つ今の紫苑さんに聞こうとはとても思えず、不満ばかりが募る。
やはり私の知らないことが多すぎる。
プロメテウスとは誰か? 彼女等を幻想郷に送り込んだ黒幕は誰か?
もしかして――これも異変なのだろうか?
「……格好いい」
「「え?」」
頬を赤く染めながら紫苑さんが去った方向を見て呟く金髪の少女。
ちょっとメリーの言ってることが分からなかった。
♦♦♦
side 紫苑
『街における最強とは誰か?』
このような質問をされたとき、新参者であれば『二つ名持ち』やら『重奏』のメンバーを挙げるだろう。重奏は特に『絶対に敵対してはならない化け物』なんて言われているくらいだからな。
確かに街に住まう奴等は人間から見れば絶対的強者に他ならない。でなければ他国が自治権を認めたりしないだろう。あの街は『街』と呼ばれてはいるが、どの国からも干渉を受けない独立国家と同じようなものである。
そんな街における最強。
けど――街の古参ならば口を揃えて同じ名を言う。
俺も、切裂き魔も、壊神も、帝王も、詐欺師も、『
『暗闇』と。
俺は博麗神社の階段の最上段に腰掛けて、スマホを取りだし電話を掛ける。本来ならば電話機能は使い物にならないのは知っているが、俺は『ある奴』に用があった。
数回のコールの後、
もちろん俺は驚かない。
『やっほー。紫苑からかけてくるなんて珍しいね~』
「……俺だって幻想郷に来てまで仕事上の元上司に電話かけるとは思いたくなかったわ」
『あ、ちょっと電話かけ直してくれない? まだ素材ドロップしてなくてクエスト進まないんだよ。運営これ確率絞ってるよね。これは引退ものですわー』
「今から真面目な話する予定なのにオンラインゲームしながら聞くんじゃねーよ、このヒキニートが。予想だけとお前が詰まってるクエストの素材って、他のクエストの報酬でゲットできるはずだぜ?」
『……ゑ? マジ!?』
緊張感のない会話に怒りを通り越して呆れる俺。
これが『最強』だと思うと涙が出る。
――暗闇。
街の統括者兼、事実上の独立治安維持部隊の最高責任者。しかし、実は俺もコイツの正体を把握していない。
クエストの内容を尋ねてくる奴ではあるが、生命というものが『畏れ』というものを抱いた瞬間に誕生した最古の妖怪。特定の名を持たず、あらゆる神話の頂点に立つ神格の原点たる存在。
能力は『闇』。程度をつけることすら烏滸がましい。
始祖にして原点。頂点にして絶対。
指を鳴らすだけで世界を終らす――なんて噂が真実だと思わせる程の強さを持つ、過去・現在・未来に生きる『自然現象』。
ぶっちゃけて言うならば『全次元を司る神様的存在』なのだ。
暗闇を知ってる奴ほど思い知らされる。絶対に勝てないと。
オンラインゲーム嗜んでやがるけど。
「つかクエストの内容とか
『
暗闇の楽しそうな声。
そう、コイツなら全てを知れる筈なのだ。
それを敢えてしないのが暗闇っていう奴であり、現世の事柄に不干渉を貫いている。街のことは口を出さないし、面白いことがあれば率先して参加しようとする。
快楽主義の絶対者。
「なら取引だ」
『何をお望みなのかな?』
「質問に答えろ。宇佐美連子とマエリベリー・ハーンを幻想郷に送った首謀者はお前だろ?」
『うん』
あっさり――隠すことなく堂々と俺の質問に答える。
その様子に、俺は肩を落とすしかなかった。
長年の付き合いでわかる。
コイツは連子とメリーを元の時代に戻す気が
詐欺師が彼女等を未来から呼び寄せたのは二人の会話から推測できたし、あのペテン師なら時間の平行移動もできる。できなかったところで暗闇本人が可能だ。
暗闇は一度決めたことは頑なに撤回しない。
彼女等には後で土下座することを心に決め、せめてコイツの考えている意図くらいは聞こうと思った。
それでも納得できないことに変わりはない。
柄にもなく悪態をついた。
「連子やメリーにだって生活や家族はいるはずだ。なんで先の世界から彼女等のを拐った!? てめぇの自分勝手な余興に巻き込みやがって……二人に罪はないだろ!?」
『関係がない――とは一概には言えないけど、確かに宇佐美連子とマエリベリー・ハーンは無関係ではあるね。ボクとしても目的は後者だけだったし』
「メリーが?」
『君だって彼女の能力に気づいているだろう?』
メリーの能力。
二人を博麗神社に連れていく間に教えてもらったが、彼女は〔結界の境界が見える程度の能力〕というものを持っているとか言ってたな。
紫とは似ているとは思ったが。
オンラインゲームをしながら語っているとは思えないほどの真剣な口調で暗闇は言う。
『マエリベリー君の存在がボクの目的であり、宇佐美君はマエリベリー君のために連れて来たものさ。どちらか欠ければ精神が不安定になりかねないしね。さて、その目的にはいくつかあるけど……君も幻想郷には二つの結界があるのは知ってるはずだ。博麗大結界と――』
「――幻と実体の境界」
正解、と不出来な生徒に教える教員のように呟く暗闇。
現世で忘れ去られた全世界の妖怪を集め、現世から幻想郷を見えなくする結界だと紫から聞いた気がする。
『まぁ、分かりやすく言えば後者の強化が目的ってこと。マエリベリー君はそのために呼んだってワケ。今の幻と実体の境界は不安定だからね』
「不安定? んなこと紫から聞いてないぞ」
『そりゃ紫苑には言わないでしょ。――原因は紫苑達なんだし』
俺は一瞬だが思考が固まった。
俺が原因?
『幻想郷ってのは忘れ去られた者達の楽園だ。現世で存在すら保てなくなるくらい朧気な者達の世界。逆に紫苑と未来はどうだい? 普通の人間なら一人二人幻想入りしたところで結界には響かないけど、街でも屈指の存在たる君達だよ? 結界に響くってもんさ』
「……なら」
『紫苑と未来が幻想郷から抜ければいい……って君なら考えると思ったけど、それは紫君が許さないだろうね。だからボクが彼女の張る結界をサポートする存在――〔結界の境界が見える程度の能力〕を持つ未来人を送った』
つまりは俺達のせいか。
俺と未来が幻想郷に来たせいで、連子とメリーは拉致された。その事実が俺に重くのし掛かる。
俺の舌打ちに電話の向こうから苦笑いが聞こえた。
『まぁ、君達なら数百年経てば存在が忘れ去られるだろうから、一時的な処置ってことだよ。彼女等も幻想になるけどね、うん』
「じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ……」
『責任とって彼女等を嫁にしちゃいなよyou』
「殺す」
『やれるもんならねー』
暗闇の戯れ言に俺は大きく溜め息をついた。
衣食住の提供以外に、彼女等にしてやれることって何なんだろう? この自然現象が黒幕とはいえ、原因は俺にある。彼女等を元の時代に返せたら……なんて考えるけど机上の空論に過ぎない。
行き場のない苛立ち。
だからとりあえず。
『ほれほれ~、クエスト内容教えて~』
「お前
『やめて!? ボクのレベルは紫苑より低いんだよ!?』
オンラインゲーム内でモンスターけしかけて、暗闇のキャラを妨害することにした。
暗闇「アカン! 紫苑しつこすぎ!」
アイリス「??」
暗闇「アイリス君か! ちょっと少女二人を面白半分で誘拐したら紫苑が怒ってボクをMPKし始めたんだ! 助けて!」
アイリス「……紫苑の手伝いしてくる」
暗闇「まさかの裏切り!?」
アイリス「部隊のみんな誘ってMPK」
暗闇「洒落にならんから止め――」
※良い子は真似しないでね☆