side 蓮子
昼過ぎ。
霊夢から幻想郷の話を聞いて一段落ついた辺りで、不機嫌そうに紫苑さんが帰ってきた。霊夢からは話の時に呼び捨てで構わないと言われて『さん』をつけないでいるが、彼はなぜか呼び捨てにしようとは思わなかった。紫苑さんが年下なのに不思議と年配者の雰囲気を醸し出しているからか?
彼が帰ってきて最初に起こした行動は――私達に頭を下げることだった。
私とメリーを幻想郷に送った人物は彼の友人であり、その根本的な原因は自分にあると紫苑さんは語った。
そして、私達が元の時代に戻れないことも。
私達はこれからどうなってしまうのか。
不安で仕方がなかった。
不安どころの話ではなかった。
自分の身体が『不安』という概念に押し潰される様、胸が張り裂けそうなほど怖かった。平然を装ってはいたけれど、錯乱して泣き出したかった。
ただ、彼が住む場所を提供してくれると言ってくれたときは、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
ここで放り出されたら……なんて最悪の事態は蹴られたのだから。男の人の家に住むのに抵抗がないとは言えないが、今の私には逆に誰か幻想郷に詳しい者がいてくれることが何よりも重要だった。
彼の家は比較的現代風の内装。
都会出身の私からは時代遅れなものだったけれど、違和感を持つほどの古さではなかった。綺麗に部屋が掃除されていたこともあってか、新築と言われても納得してしまうほど整理してあった。……下手すれば私の部屋より綺麗かも。
「上に何部屋か使ってないところがあるから、それぞれ好きな部屋を選んでいいよ。女の子だし、私室くらい欲しいだろ?」
リビングに通された私とメリーに、紫苑さんは上――正確には二階を差しながら気を遣ってくれる。
私達は二階へと上がろうとしたとき、後ろから声が聞こえた。
「6時くらいには降りてこいよ~」
私とメリーは階段を上ってすぐ近くの部屋を選んだ。
メリーの隣の部屋を選び、中に入ると簡素な机とベッドが視界に入る。広すぎず狭すぎず、家具は目立ったものはなく、どこかの安ホテルに似たような光景だった。
私はベッドの上に寝転ぶ。
仰向けになると、視界を自分の腕で隠した。白い天井が黒い世界に変わる。
「……これから、どうなっちゃうんだろ」
先がどうなるかなんて元いた世界でも同じこと。
なのに……どうしてこうも胸騒ぎが収まらないのか。
メリーがいなかったら本当に取り乱していた。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい――
そう心の中で繰り返しているうちに、私はいつの間にか眠ってしまった。
「――あ!」
目が覚めると外は予想以上に暗かった。
春で日が落ちるのが早いとはいえ、真っ暗になっているということは午後6時を過ぎているはず。私が持っている能力――〔星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力〕で確認したところ……7時を過ぎていた。
慌てて寝ているときに乱れた服装を正し、部屋を出てリビングへと向かった。
リビングにいたのは4人。
そのうち私が知っているのは一人。随分と懐かしい家庭用ゲーム機で遊んでいる霊夢だった。
しかし他の三人……霊夢と対戦している魔法使いのコスプレをした少女と順番待ちをしているであろう人形が周囲に漂っている少女、その様子をソファーに座って眺めているマイペースそうな白髪の少年は初めて見る。
私がリビングに入った瞬間に、少年は私の方を向いて微笑む。
「こんばんは~。よく眠れた感じ?」
「あ、蓮子。遅いわよ」
少年の声に気付いた霊夢が振り返り、その拍子にリビングにいる全員の注目を集めることとなった。
彼女等は一度ゲームを中断し、それぞれ自己紹介をしてくれた。
魔法使いの人は霧雨魔理沙。
人形遣いの人はアリス・マーガトロイド。
白髪の人は九頭竜未来。
最後に彼が自己紹介をし、私はリビングを見渡しながら四人に尋ねた。
「えっと……メリーがどこにいるのか知らない?」
「メリーなら厨房で紫苑と晩飯作ってるぜ」
男の子みたいな口調の魔理沙の言葉通り、キッチンを覗いてみたら紫苑さんとメリーが並んで料理を作っていた。
彼女の姿を確認してホッとしていると、魔理沙もアリスも『何か困ったことがあったら協力する』と私を気遣ってくれた。その言葉に心の底からお礼を言う中、未来が苦笑いを浮かべながら肩をすくめた。
「けど蓮ちょんも災難だったねぇ。まさか暗闇に目をつけられるなんてさ」
「え?」
暗闇……って、確か私達を幻想郷に連れてきた張本人だったはず。
彼はその人物を知っているのだろうか?
そう質問してみると、何も答えない未来はリビングの一角まで移動し何かを取って戻ってくる。取ってきた物を私に差し出して指す。
「その紫苑に抱きついてる銀髪のロリっ子が暗闇」
「……綺麗」
誰が言った言葉かは定かではない。
その写真は八人の男女の集合写真であり、異様な雰囲気漂うメンバーの中でも一番最初に目がいく少女。銀色の長い髪と蒼き瞳、同性異性問わず相手を魅了してしまうような美貌に一瞬だけれど我を忘れてしまいそうになり他のメンバーへと視線を移す。
ドレスを着こなす長身のグラマラス紅髪の女性。
額に二本の角のあるスーツ姿の巨漢。
胡散臭さ満載の燕尾服を着た黒髪の男性。
獰猛な笑みを浮かべる灰色の髪の少年。
何とも言えぬ威圧感を放つ軍服姿の蒼髪の青年。
そして――未来と紫苑さん。
どれも一貫して楽しそうな笑みを浮かべていた。
どこかビルの前で撮影したのだろうか?
「……これ、よく撮れたわね」
霊夢の言葉に私達三人は激しく頷いた。
この銀髪の少女は写真越しでも正気を保っていられるのか怪しいのに、他の人も一筋縄ではない曲者だと見ただけで分かる。未来は笑うだけだった。
「けど暗闇って蓮子を無理やり連れてくるなんて酷い奴だな! というか『暗闇』って偽名だろ!?」
「未来さん、彼女の名前は何なの?」
それは私も知りたかった。
暗闇という名前が本名だとは思わないからだ。
しかし、未来は首を振った。
「アイツに本名なんてないよ」
「「「「え?」」」」
私は目が点になった。
「ポリネシアの諸神話のポー、ゾロアスター教のアンラ・マンユやアングラ・マイニュイ、ユダヤのカラハブ、新約聖書の悪魔やサタン、インカ神話のスーパイ、エジプト神話のアペプ、ギリシャ神話のカオス、マヤ神話のシバルバー……もう挙げたらキリがないけど、それらの大本となった根源にして原点の存在だよ。だから名前なんて腐るほど存在するし、それが本名とも限らない。だから僕達は『暗闇』って呼ぶのさ」
「そ、そんな凄い人だったの!?」
「アリっち、アイツは『人』じゃなくて『自然現象』さ。生半可な存在じゃ太刀打ちどころか目視すらできないし、もちろん文句すら伝えられないからね」
自分がとんでもない化物に目をつけられてしまったのではないかと恐れるが、アリスと魔理沙は眉を潜めて首を傾げたのだった。
恐らく今挙げた『暗闇』の別名が理解できなかったから、どれ程の存在なのか想像できなかったのだろう。それに対して未来は「こう言えな理解できるかな?」と説明を変える。
「あの紫苑に『アイツにはどう逆立ちしても勝てない』って言わせた奴だよ」
「「はぁ!?」」
魔理沙とアリスは目を丸くして驚く。
そこから『紫苑さんへの強さにおける絶対的信頼』が窺えた。
「盛大なブーメランだろうけど、僕達ですら『暗闇の強さは頭おかしいレベル』って断言できるからね。上には上がいるんだよ、うん」
「外の世界って恐ろしい場所なんだな……」
そんな場所に住んでて堪るか。
魔理沙の引きつった表情に心の中でツッコミを入れる。
けど……メリーはそんな化け物に利用価値を見出だされてしまった。
大丈夫かな? 酷い事されたりとか……。
という友人への心配が顔に出ていたのだろう。未来は私の肩を優しく叩きながら穏やかな口調で励ます。
「基本的に暗闇は不干渉を貫いてる。今回が例外中の例外。確かに未開の地で不安はあるだろうけど、どうせ巻き込まれたんなら楽しまなきゃ損だよ? それでも心配なら僕や紫苑を頼るといい。大丈夫、君達が幻想郷で被害に会うことは絶対にないと約束しよう」
そこには自分の力の信頼と、確固たる意思があった。
霊夢達も初めて見たのか、意外と言いたげな顔をする。
「貴方にそういう面があったなんて意外」
「ほら、僕も原因の一つだろうしね?」
彼の言葉を聞いて、今まで感じていた重圧が軽くなった気がした。
私達は『秘封倶楽部』のメンバー。こんなオカルト世界を楽しまない方が勿体ないというもの。
せっかく彼等が安全を保障してくれたのだ。
しがらみもなく義務もない、自由な生き方をしてみるのも一興だと私は思ったのだった。
♦♦♦
side 未来
日付が変わって少し経った時間帯。
シャワーを浴びてすっきりし、バスタオルで髪についている水滴を吸収させながらリビングに戻ると、ソファーで寝そべって本を読んでいる紫苑の姿を見つけた。
冬が終わって少し暖かくなる季節。紫苑は半袖のシャツを着ているのだが、右腕に青紫色の腫れた跡が残っていた。
夕食の時に霊っちに指摘されて、ゆうかりんとの手合わせで受けた傷らしいことが判明した。博麗の巫女さんは口煩く紫苑に説教していたのは面白かった。
「あれ? 蓮ちょんとプチゆかりんは寝たの?」
「お前が風呂入ってる間になー。疲れたんだろうよ。……つか、蓮子はまだ分かるとして、メリーの呼び方は何とかならないか? さすがに本人に失礼だろう?」
「プチゆかりんが止めてって言ったら考える」
呆れているであろう紫苑をよそに、僕はキッチンにある冷蔵庫からオレンジジュースのペットボトルを取り出してリビングに戻る。
それを見た紫苑は体を起こした。
「未来」
「んー?」
僕はペットボトルの蓋を開けて中の液体を喉に流す。
「帝が折れた」
「うごッ……!」
中身を盛大に吹きそうになった。
気管支にオレンジジュースが侵入し、無様に噎せてしまう。普段ならそんな醜態を見せないよう細心の注意を払うけど、紫苑の発言は予想外過ぎて対応できなかった。
何度か咳をした後、僕は上擦った声で問い詰める。
「ちょ、はぁ!? 帝折れたって……壊神の能力ですら軽く耐えられる神器レベルの至宝だよね!? 何をどうしたら折れるのさ!」
「幽香と打ち合ってたら折れた」
「ゆうかりんパネェっす……」
紫苑の弟子である花妖怪に戦慄していると、紫苑はアホかと言いたげに虚空から妖刀であったものを取り出す。
最初は何か分からなかったけど、柄を見て悟った。
「……それ?」
「うん」
紫苑から放り投げられた妖刀の柄を空中で掴む。
見事なまでに中央から真っ二つ。刃が二分の一しか残っていない。
しかし――問題はそこじゃない。
「――神殺、妖力どうした?」
「知らん。折れたときには空っぽ。気配すら燐片も残っちゃいねぇ」
軽く妖刀だった刀を振ってみるが……うん、普通の名刀。
僕は紫苑に投げ返した。
「それで、天下の部隊長様はどう推測する?」
「元な。考えられる要因は複数考えられるけど……如何せん、確証が何一つもないからなぁ。妄言に過ぎないし、不確定情報伝えたところで無駄に不安を煽るのも得策じゃねぇわ」
「『幻想郷は常識に囚われちゃいけない』か。あははっ、もし紫苑の考えてることが僕と同じなら……傑作以外の何物でもないよね」
けれども僕は見てしまった。
『西行寺幽々子』という存在を。
いや、壊神やもこたんの例もあるだろう。常識的ではない推測だが――もし本当ならば。
「いやぁ……ここは面白い場所だよ」
「騒がしくなる、の間違いじゃないか?」
二人の化け物の笑い声が、春の夜に響き渡る。
紫苑「俺も守るんかい」
蓮子「え……」
紫苑「いやいや、ちゃんと責任は取るから」
紫「|д゜)……結婚!?」
紫苑「ちげぇよ!」
紫苑「話変わりまして、今章終わり次第『第一回 東方神殺伝雑談会』を行いまーす」
未来「オリキャラ勢への質問とか、作者への質問とかを活動報告に書いてくれるとうれしいな」
紫苑「なお感想欄に書くと消されるから気を付けてね」
未来「期限は今章終わるまで!」
紫苑「たくさんの質問お待ちしてますm(__)m」