東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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43話 時を経て

 

 

 

月は刻々と満月に近づく。

蒼き月は全てを飲み込む様に輝き、忘れ去られた幻想郷に相応しくなく、圧倒的な包容力を以てそこに在り続ける。

 

しかし、その月の蒼い明るさに慣れてしまった私達には気づく様子はなかった。

噂で奇妙な化け物の集団が人里を襲っているという話を耳にしたが、あろうことか紅魔館にも現れたのだ。その噂の提供者――八雲紫は十分に気をつけるよう忠告したが、あの化け物外見を鑑みるに警戒しないはずがないだろう。

 

「ふ――っ!」

 

門前で食い止めている美鈴の蹴りが七つの首を持った蛇を後方に吹き飛ばす。私は門の上でパチェと待機し、美鈴(ぜんえい)のサポートに徹していた。咲夜には他方からの応援を要請しており、フランは紅魔館に待機させている。

パチェ曰く、彼女の推測が正しければ、あの蛇の体内には血の代わりに猛毒の液体が流れていると言った。妖怪でも容易に即死してしまう凶悪な代物であるとも。

だから美鈴を噛み砕こうと牙を向ける蛇に対しては、パチェの魔法や私のグングニルで頭を貫いているのだ。

 

と言っている傍から、牙を出す魔物。

私は手にした赤い槍を投擲して、蛇の頭を粉砕した。

しかし破壊したのは七つある頭の一つだ。蛇の頭は時間をあまりかけずに復活してしまう。

私は舌打ちをする。

 

「あの再生能力は本当に厄介ね……。まるで神話のヒュドラみたいだわ」

 

「近からずも遠からず……って感じね。たぶんアレはギリシャ神話のヒュドラの原点とも言える存在よ。ヒュドラは頭全部を封じれば復活しないだろうけど、果たしてアレに通用する手段かどうか……」

 

「お嬢様~。これ殴っても蹴っても復活しますよ~」

 

悲痛な面持ちで私に抗議する美鈴。

けれども私に顔を向ける隙に攻撃してきた蛇の尾の攻撃を手で受け止めて投げ飛ばす辺り、普段は門前で寝ている怠惰な門番は戦闘面に関しては有能なのだと思った。もうちょっと紅魔館の門番としての自覚を持って欲しいところなのだが。

尾をつかんで他の蛇に投げつける美鈴に、私は門の上から命ずる。

 

「とりあえず耐えなさい。パチェが解析している最中だから、それまで」

 

「はい……」

 

何とも言い難い表情をする美鈴の気持ちは分からないでもない。こんな何度も何度も殺しても復活してくるような奴の相手を永遠とするなんて苦痛としか言いようがないわ。

 

しかし、私たちも門の上で楽観視しているわけにもいかなかった。

月が満月に近づくにつれて、徐々に化け物共の力が増しているように感じたのだ。さすがの美鈴も押され始めて、門をよじ登ろうとする輩まで現れ始める始末。

パチェは顎に手を当てながら呟く。

 

「……レミィが目的?」

 

「美鈴! そこで化け物をできる限り食い止めなさい! 最悪紅魔館の中庭に通してもいいから、貴女と私達で挟み撃ちにするわよ!」

 

「了解しました!」

 

この指示を、後に私の盟友――夜刀神紫苑はこう評価した。

 

『寡兵の状態で兵を分散するなんざ愚の骨頂だろ? ましてや勝算が確実でなければなおさらだ。……ん? 俺ならどうするかだって? 逃げるの一択以外にありえない。無駄に犠牲を増やすような選択よりも、移動速度が遅い相手なら簡単に逃げられるし、他の勢力(じゅうみん)と合流して撃破した方がより安全だと思うな。まぁ、今回は相手が悪かったが』

 

厳しい評価だったが真実であることは確かだった。

私達には彼等を倒しうる手札がなく、実際に美鈴と挟み撃ちにして撃破する構図には至らなかった。

美鈴も門前で三匹食い止めるのに精一杯で、中庭には六匹の醜悪な化け物の侵入を許してしまった。異変の時は博麗の巫女が『スペルカードルール』の範囲で強行突破したが、現在は敵を殺すために全力を出した状態で押されている。

 

赤い霧を発生させて奴等を弱体化させようかと考えた矢先、背中合わせで魔法を連発していたパチェが乾いた咳と共に崩れ落ちる。

 

「ゲホッ……ゲホッ……」

 

「パチェ!? っ! コイツ等……!」

 

友人は喉から『ヒューヒュー』と高音の笛のような音をたてる。喘息が厳しくなったときの発作のようなものだ。すぐに薬を飲ませて安静にさせなければならないが、敵に囲まれている現状況でそれは非常に難しい。

夜刀神の後の評価に「パチュリーさんの発作を出させないためにも、逃げられるうちに逃げるのが一番だったんだよ」と付け加えていたのだが、今の私はパチェを守りながら猛攻を防ぐのが精一杯だった。

 

それだけならまだ良かった。

いや、現段階でも危機的状況なのだが、もっと悪いことが起こってしまったと言うべきか。

 

私に噛みつこうとした化け物の首が突然弾け飛んだのだ。

誰が破壊したかなんて見なくてもわかる。

 

「フラン!?」

 

「私も……戦わなくちゃ! お姉様を死なせたくない!」

 

そこには紅魔館の門前で能力を発動させた妹がいた。

なんという姉妹愛。状況が状況なら涙を流して喜ぶのだが、今は勇敢と無謀は違うものであることを見せつけるだけの結果となった。

パチェを守っている私に群がる敵の半分がフランへと殺到する。

 

私達が苦戦する相手をフランが相手できるかなんて火を見るよりも明らか。私は有らん限り叫んだ。

喉が枯れるのではないかと思わんばかりに。

 

「今すぐ逃げなさいっ!!」

 

「う……あ……」

 

フランには私の声が聞こえなかったのだろう。自分より何倍も大きな敵意ある化け物が目の前にいるのだから。

嗚咽を漏らしながら硬直するフラン。足は目に見えて震えており、目尻には大粒の涙が光る。

私はパチェを抱き抱えてフランの元まで全速力で飛び、パチェをフランの後ろに投げ捨てて、妹を庇うように抱き締める。敵に背後を見せる姿となり、化け物の牙は容易に私の背中を噛み砕くだろう。

 

それでも良かった。

妹を救えるのならば……私の命なんて幾らでも投げ捨ててやる。

 

誇りなんて微塵もなく、敵に背中を見せるなど誇り高き吸血鬼にあるまじき行為だ。

それでも――それでも、おじいさまなら許してくれるはずだ。

彼の王は同胞を何よりも大切にする吸血鬼(ひと)だった。

 

ぎゅっと抱き締めてフランの口許が近いからこそ聞こえた。

か細い悲痛な叫びを。

 

 

 

「助けて……誰が助けてよぅ……。咲夜……お兄様――」

 

 

 

そして――フランは呟く。

会ったことのない彼の名を。

私達にしか許されない呼称で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おじーさま……お姉様を助けて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

改めて考えてみれば、それは当然のことだったのかもしれない。

私の自慢のおじいさまは――仲間を絶対に見捨てない。最後の最後まで同胞を守ることを諦めない生粋の王なのだから。

 

ずんと骨に染みるような地面の揺れが姉妹を襲った。

自分と化け物の間に起こったのは分かったが、私達が吹き飛ばされるわけでもなく、不思議に思って私は振り返った。

そこには大きな土煙が浮かび、高身長のシルエットが確認できた。このタイミングで助けに来るとすれば夜刀神辺りだろうが、彼にしては身長が高すぎると感じた。

 

けど私は彼が誰なのか分かった。

分かったけど――脳が理解しなかった。

え、ちょ、待、は?

 

「だ、だれ?」

 

フランは首をかしげた。

土煙が落ち着き、その介入者の全体像が見えてきたところで、その若々しい声が耳を刺激する。

 

「――我が従僕よ、貴様が噛み砕かんとする幼き吸血鬼が、儂の孫娘であると知って牙を向けるのか?」

 

その男――見慣れない軍服のような服を着た、美しく透き通った蒼い髪を風に揺らす吸血鬼の王は一括した。

 

 

 

 

 

「貴様等の王の従僕としての誇りはどうしたァ! 我が同胞に対する不敬、万死に値する!」

 

 

 

 

 

一括する声は紅魔館のステンドグラスを割ってしまうのではないかと思えるほどに響き渡り、久方ぶりの威圧感に言葉すら出ない。

それもそうだ。

あの方のカリスマ性は、そこに在る(・・)だけで他者が膝をつくのだから。けれども私は脳が働いてなかった。だって……。

 

蒼き髪の青年は振り返る。

琥珀色の瞳が姉妹を捕らえ、ゆっくりと微笑む。

芸術の塊とも表現できるような造りをした唇を開いた吸血鬼の王は、感動の再開である言葉を宣う。

 

「久しいな、レミリア・スカーレットよ。見ないうちに成長したではないか。儂は嬉しく思うぞ」

 

「……あぁ……!」

 

偽物である可能性も否定できなかったが、おじいさまの微笑にすべての可能性が吹っ飛ぶ。

紛れもないほどに本物。彼こそ我らが崇め奉る至高の王だ。頬から無意識に涙が流れるけれども、そのようなことを気にする余裕がなかった。高貴な吸血鬼なら余裕を常に持たなければならない。しかし、今だけは許して欲し――

 

 

 

「レミィたああああああん!! フランたああああああん!!」

 

「ちょ、おじいさま! 今シリアスな場面――」

 

 

 

目にも止まらぬ早さで移動した吸血鬼の王は、私とフランを強く抱き締めた。

それは私に夢ではないと思わせる感触を与えると同時に、長年求めていた暖かさを満たしていった。抱き締めながら器用に両手で頭を撫でてくるので、目を細めて感動に浸ってしまう。

うん、感動させてくれる……はずなんだが。

 

「もしかして……おじーさま?」

 

「然り! 儂の名はヴラド・ツェペシュ! 吸血鬼の王にして至高の吸血鬼――って肩書きはぶっちゃけどーでも良いわ! フランたんのおじーちゃんじゃぞ!」

 

そこにはカリスマ性はなかった。

さっきの威厳は何?と思わせるような豹変ぶりに、私は違う意味で頭を抱える。あれ、これ本当に我らが王?

 

「おじーさまが助けてくれたの?」

 

「うむ、レミィたんとフランたんの危機じゃったから、気合いで復活してしもうたわ。まったく、儂の従僕とあろう者達が情けない」

 

ちなみに化け物共は跡形もなく霧散しており、様子を見に来た美鈴が間抜け面で口を大きく開けてる。

うん、分からんでもない。

私がこの状況を説明してほしいくらいだ。

 

しかし、ここにそれをツッコめる人材はいない。

美鈴はアホ面を晒し、パチェは喘息でダウン。咲夜はまだ帰ってこないし、フランはキラキラした目で自分の叔父を称える。私はおじいさまの胸に顔を埋めながら涙を流した。

いろんな意味で。

 

「凄いよ! さすがおじーさま!」

 

「かかかっ、そうじゃろう、そうじゃろう!」

 

 

 

 

 

誰か説明して。

この状況。

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「あの、紫苑様。あれは一体……?」

 

「ヴラド・ツェペシュだろ?」

 

紅魔館の屋根の上で、俺は抜刀していた叢雲を鞘に納めながら咲夜の質問に答える。咲夜の指す方向には、吸血鬼幼女二人とオタクの姿が。

俺は肩をすくめて苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

どっかの誰かさんが増やしてくださった始末書を整理していたときに、咲夜が血相変えて俺の家までやって来たのだ。七つの首の蛇――ムシュマッヘが紅魔館で暴れてると言い、俺は慌てて紅魔館まで赴いた次第。

まさかヴラドの象徴である蒼い月が出てたり、博麗神社で紫が無双ゲーみたいなことしてたり、始末書書いてる間に色々在りすぎだろ……と頭を抱えたくなった。

 

「しかしヴラド公は一年前に」

 

「まぁ、俺もそう思ってた。でもさ、吸血鬼って言わば不老不死と似たようなもんなんだよ。殺しても死なない、生と死の狭間を生きる者……その代表格みたいなアイツが簡単に死ぬことがおかしかったんだ」

 

つまり、俺達はジジイのなんちゃって死にまんまと引っ掛かってしまったというわけだ。あとでアイツ殺すわ。

そもそも何がアイツを復活させるトリガーになったのか、こうして帝王が復活した今でも不明。たぶん前兆として村正が粉砕したのだろうが、分からないことだらけであることに代わりはない。

 

まぁ、考えても無駄だろうな。

ここは常識にとらわれない幻想郷だし。

俺の予測とも言えない予測に苦笑しながら肯定するメイド長。

 

「しかし……お嬢様のあんなに嬉しそうな表情は今まで見たことがありません。ヴラド公の復活は、私にとっても嬉しいことだと考えましょう」

 

「今以上に騒がしくなるかもなぁ」

 

「それは楽しみですわ」

 

違いないと俺と咲夜は微笑む。

あの帝王が満面の笑みを浮かべているのには腹立つけど、レミリアとフランも同じく笑っているのだ。今回ばかりは見逃してやろうかと思う。家族の再会にしゃしゃり出るのも無粋だろうから。

 

「あの化け物共はじーさんの能力で造られた神話生物、蒼い月はアイツの象徴を再現して造られた天体、有力者を襲う傾向にあるのは――それはじーさんが使っていた戦術の一つだから。……ったく、俺も人のことは言えねーけど、少しは自重してほしいぜ」

 

俺はヴラドの様子を眺めながら舌打ちする。

あの頃と……死んだあのときと変わらない姿を視界に納めながら。

 

 

 

「チッ……戻るんなら戻るって言えっての」

 

 

 

蒼い月は三人の吸血鬼を淡く照らす。

その光景を、俺は忘れることはないだろう。

 

 

 

 




紫苑「つわけで今章完結です」
未来「早すぎ」
紫苑「単にヴラド復活の回だったからね」
未来「出番ない秘封倶楽部のメンツが可哀想だね」
紫苑「ほら、次宴会だから」

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