44話 宴会の裏舞台
冥界。
四季が明白に彩る亡者達の楽園にして、転生を待つ亡者達の最終地点。
生前の記憶を忘れ、新たな人生を踏み出すまでの安息の地。その楽園は亡者達が転生を見送るくらいに居心地のよい場所だと言う。
天国や極楽があるのなら、きっと冥界のような場所であってほしいと切に祈る。そう思うくらいには冥界は俺の視点でも美しく見えるのだ。
その亡者の楽園の中心ぐらいに存在する、静かな時間の流れる冥界の本山たる白玉楼。
しかし――今日は珍しく慌ただしく騒がしい。
「やっべ火力が足りねぇ! あ、そこ出来たから持っていって!」
「未来さん、そこに大皿ありますよ!」
「キャベツ3玉切り終わったよ! 次何!?」
「紫苑様、これは出しても良いですか!?」
賢者の師、白玉楼の庭師、白髪の切裂き魔、完全で瀟洒な従者の指示が宴会会場に聞こえるくらいに騒がしかった。
台所は小さな戦場と化していたのだ。
こんな忙しいのには理由がある。
事の発端は――俺の義妹の西行寺幽々子。
宴会で使うはずだった食材を食い尽くして、それに妖夢が気づいたのが宴会当日という、どこかのギャグ漫画展開が繰り広げられて今に至る……というわけだ。
白玉楼に早めについた俺と未来は慌てて人里から食材を回収、後から来た咲夜を半強制的に拉致って、宴会始まって酒飲んで騒いでる奴等を尻目に、料理という料理を片っ端から思い付いたものを作っている。主に作ってるのは俺と妖夢で、未来と咲夜には料理を表に出してもらったり野菜を切ってもらったりしてるわけだ。
なお、食材を食い尽くした犯人によると、
『ムシャムシャしてやった。今は反省してる』
全く反省してないらしい。
「人参とジャガイモ、松茸と玉葱! それぞれ一ダース!」
「はいよっ!」
俺の叫び声と同時に、未来は左手で掴んだジャガイモを空中に放り投げて、右手で握った包丁を残像が見える早さで振り回す。危ない使い方だろうけど、やってる奴がプロフェッショナルだから心配ない。
ジャガイモが下の篭に落ちる頃には皮が剥かれ、均等に細分されているから驚きを越えて呆れる。前も見たことあるけど、相変わらず化け物みたいだわ。
その感想を口にすると、
「両手でそれぞれ違う料理を作ってる奴に言われたくない」
と正論で返された。
不本意だが化け物なのはお互い様らしい。
まぁ、これは咲夜にも同じことを言われたが。
白玉楼にある台所のコンロが足りず、我が家からガスコンロを数台持参して使用している。五、六品の料理を同時に作る技術を咲夜は称賛してくれているようだ。
こんなの居酒屋でバイトしてれば身に付くんだけどね。
あと出された料理を片っ端から空にしていく、ブラックホールみたいな胃袋してる土御門の姐さんの相手してたら……そりゃあ、ねぇ?
そんなことを考えていたらジャガイモを一ダース切り終わった未来が、こちらに篭を渡してくる。
流れるように受け取った俺は、大鍋に全部入れて炒める。
左手で牛肉のステーキを器用に引っくり返しながら、隣で作業しているであろう妖夢に、顔を向けずに休憩をとるように言う。
「よし、妖夢は一時間休憩!」
「え!? でも忙しいんじゃ……」
「山場は乗り越えたし、台所は俺と未来だけで十分だ。咲夜には申し訳ないけど運んでもらうとして、初めての宴会に行ってきな。あ、ついでにコレ持って行って」
「料理長、僕も休んでいいっすか」
「黙って人参でも切ってろ」
特製ソースをかけたステーキを妖夢に渡しながら、戯れ言を呟く未来の頼みを一蹴する。この半妖は一度休憩を与えたら戻ってこない可能性がある。
妖夢は宴会……大人数で料理を囲むことが初めてらしい。だからこそ、宴会の準備は念入りに前々から行っていて、当日に幽々子に食材を殲滅させられて絶望していたのだ。俺と未来が来たときに土下座してまで手伝いをお願いされたわ。
だから妖夢には一時間――ぶっちゃけ最後まで宴会楽しんでも問題ないけど、休憩という形で台所から離れさせることにした。責任感強いからね、彼女。
ん? 未来も宴会初めて?
知らんがな。
「あー、疲れたー」
「汗すら出ていませんが……」
足取り軽く台所から離れる妖夢を見送った後、ジト目で睨む咲夜に、未来は笑いながら手を振る。
「精神的にってコト。こういうのは慣れないし、昼からぶっ通しで野菜切ってたら疲れるに決まってるでしょ」
「はいはい、黙れ」
「うぐっ……モグモグ」
五月蝿かったから、白髪の剣王様の口に大きめの唐揚げを突っ込む。
黙って咀嚼するアホを無視して、俺は丼に適当に盛り付けた卵トロトロのカツ丼を咲夜に差し出した。
適当に盛り付けたけど味は保証しよう。
「晩飯には遅いけど、お腹すいたでしょ?」
「あ、ありがとうございます……」
微笑みながら渡すと咲夜は顔を赤くして受け取った。
うーん、ちょっと働かせ過ぎたかな? けど咲夜いないと料理を運ぶ人が減ってしまう。
「カツ丼羨ましーなー。チラチラっ」
「ほれ、お前にもカツ丼をくれてやろう」
「……カツどこいった?」
「俺の胃袋の中」
涙を流しながらカツのないカツ丼をかきこんでいる未来を煽っていると、台所に金髪の少女が顔を覗かせた。
プチ紫――じゃなかった。メリーだ。
「紫苑さん、ちょっといい?」
「ん? 料理足りなくなったか?」
「はい、目を離した間に綺麗になくなってて……」
幽々だな(確信)。
苦笑いを浮かべながら、俺は少し前に作った天ぷらとちらし寿司の皿をメリーに渡そうとする。
一般的な少女が持つには重いので、本当は俺が待っていきたいが、幽々が動き出したとなれば追加で作らないといけない。もしかして幽霊って食材の過剰摂取をしないと消えるのだろうか?
料理を渡すと、メリーは首をかしげて俺に質問をする。
「紫苑さんは宴会に参加しないの? 霊夢やアリスも貴方が来るのを待ってる雰囲気だったわ」
「当分の間は無理そうだなぁ。今回は完全に裏方に回るだろうし、自由になるとしても宴会終盤だろうよ。料理を大量生産できる人材が限りなく少ない」
「あー……」
俺が参加しない理由にメリーが目を逸らす。初めて会ったときも思ったことだが、メリーは深窓の令嬢を彷彿させる第一印象だった。料理を手伝ってもらったときも『人並みにできる』って感じで、手を見ても綺麗で傷一つなかった。つまり家事をあまりしている様子ではないって訳だ。
悪いとは言わないけど、宴会の厨房を任せられる程じゃない。というか俺が知り合った幻想郷の住人の大半はそんな感じ。んな料理を大量生産するスキルなんざ滅多に使わんだろうけど、宴会をこれからも行うならば一人二人は人材が欲しい。
宴会で酒だけ煽るのも味気ないだろう?
酒飲むことを禁じられているからこそ、余計に料理の大切さを実感する俺だった。
「あれ? でも宴会って異変を起こした関係者が開催するのよね? 吸血鬼の男の人……えっと……」
「ヴラドのことか?」
「そうそう、あの人は手伝わないの?」
「「アイツの料理はヤバい」」
メリーの素朴な疑問に俺と未来の声が重なった。
同時に即答したのでメリーと咲夜はやや気圧される。
「誰だって苦手なことの一つ二つは存在するわけだ。ヴラドの場合だと、料理を作ることに関して苦手の域を越える。越えるとかいうレベルじゃない」
「そ、そんなに?」
「プチゆかりんだって美味しいもの食べたいでしょ? 『米研いで』って研磨剤持ってきたり、『野菜洗って』って洗剤使う奴の料理なんて、誰だって食べたくないさ」
一番の問題点は未来の挙げた例の問題点を、あの高慢じーさんが今でも理解してないってところかな。
じゃあ運ぶのくらい手伝えって話なんだが……それができるのならば苦労しない。生粋の王は自分に利益のある行動しかやろうとしないし、孫娘との交流を楽しんでいるアイツは梃子でも動かん。レミリアとフランが頼んだら重い腰を上げそうだけど。
以上の理由を説明すると、未来から来たお嬢様は困ったように笑う。生意気な餓鬼かよ、とかでも思ったのだろう。街に住んでる野郎共の大半が餓鬼なんだから仕方ない。
説明しながらもフライパンを二つ同時に操っている俺に、今度は咲夜が好奇心を表に出した。
「それでは……紫苑様にも苦手なものが?」
「ん? あぁ、俺か。俺は――」
「絵が描けない」
「「……え?」」
俺の苦手分野をさらっと暴露する
別に隠すほどのことでもないが、バラした未来は殴りたくなるような笑顔で語る。
「紫苑は出会ったときから絵が描けない……って表現は正しくないね。人類が理解するには早すぎる絵しか描くことができないのさ。似顔絵を描くと地獄絵図、風景画を描くと閲覧注意、なんか知らないけど精神に異常を訴えられる絵を無意識に描くんだよね……」
「図形なら難なく書ける。それこそ定規を使わずに寸分違わず綺麗な正方形を書けるぜ。でも昔から絵だけは上手く描けないんだよなぁ」
なんか意外、と目を丸くする二人に俺は溜め息をつく。
本人には言ったことないけど、何気に落書き程度の時間で芸術作品を産み出せるヴラドを羨ましく思ったりしてる。油絵やデッサン、デザインや彫刻、それこそ萌え絵すら簡単に書けるのだ。アイツは。
「紫苑さんにも苦手なものがあるんだ……」
「俺そんなに完璧な人間に見えるか?」
「うん」
笑いながら返してみるとメリーに即答された。
酒は飲めないし絵は壊滅的。異性に気の利いた発言などできなければ、行動規準は基本的に自分勝手。挙げようと思えば欠点なんて溢れ出てくるような奴なんだけどな。
むしろ街では『気味の悪い欠陥品』なんて呼ばれてたこともあったから、どうにも彼女等の好評価がむず痒い。
「じゃあ未来さんにも欠点が?」
「あるけど教えないよー。自ら欠点を晒け出すアホがいるわけ――」
「コイツは泳げない」
「………」
やられたら、やり返す。
「……はははっ、世の中には『浮き輪』って素晴らしい文明の利器があってね」
「お前は浮き輪を常備してんのか。つか浮き輪破壊されたら詰むだろ」
「ど、どーせ歩けばいいでしょ!? 水の上くらい!」
「どこの聖人男性だよ」
涙目で弁明する未来は同情するくらい惨めだった。
昔気まぐれで行ったプールにて、水が苦手なはずの吸血鬼の王が綺麗なクロールで泳ぐ横で、浮き輪が流されて沈んでいった切裂き魔の図は動画として残しているくらいには笑えた。タイタニック号ですら真っ青の沈みっぷりだったね。
けれどもコイツは本当に水の上を歩く術を持ってるから、未来が溺れている姿が貴重なのだ。
それを思い出していると、弄りネタを見つけたと換気するように目を輝かせる紅魔のメイド長。
「なるほど、九頭竜様を紅魔館近くの湖に捨てれば万事解決ですね」
「ちょっと待って咲ちゃん。目が本気なんだけど」
「なら湖で一緒に泳ぎませんか? 女の子の水着姿を拝めながら溺れ死――楽しく遊べるのなら男冥利につきるのでは? フラン様も喜んで遊んでくれるでしょう」
「アカン……殺る気満々や……」
次の瞬間には重石をつけられて水に沈められる、哀れな白髪の半妖の姿が簡単に想像できた。慌てて引き上げようとする半霊の美少女もセットで、だ。
俺はその光景を他人事のように「平和だなー」と笑いながら幽々が殲滅した料理を補充するのだった。
俺が宴会に参加できるのは、もう少し後らしい。
紫苑「感想少ないなぁ」
未来「返信してないからじゃない?」
紫苑「してるよ。遅いけど」
未来「ダメじゃん(´・ω・`)」
紫苑「話変わって近日中に新作出します」
未来「(/・ω・)/」
紫苑「また東方のほのぼの系二次創作だぜ。あと俺が主人公」
未来「紫苑が主人公……ほのぼのとは?」
紫苑「大丈夫、マジで平和だから」
未来「なら神殺伝の更新遅れるかな?」
紫苑「かもね」