初めての宴会。
本当なら心踊る展開のはずだが、状況が状況だけに心の底から楽しめずにいた。メリーが右隣にいるのに楽しくないのは珍しいが、一番の要因を挙げるとすれば、
「――かかかっ、そこまで固くなることもなかろう。ほれ、存分に飲んで騒ぐが良い! 儂が許す」
「は、はい……」
左隣にいる吸血鬼の王様のせいだと思う。
大きな桜の真下にあるブルーシートを陣取り、胡座をかいて日本酒の入ったワイングラスを片手に宴会を楽しんでいた。両方の太股にそれぞれ金髪と紫髪の少女を乗せており、彼の笑顔に拍車がかかっている。
酒を嗜む姿は優雅で美しく、不適に笑う表情が様になっていた。とても二人の美幼女の祖父だとは思えない。しかも日本酒は水やお湯で割らずに飲んでいるのに、酔う素振りすら見せないのだ。
この外見20代前半の吸血鬼に絡まれる原因は数時間前。
紫苑さんと白玉楼まで来た私とメリーだったのだが、料理の手伝いをすると私達と別れたのがきっかけだ。
人妖蔓延る幻想郷の宴会で、防衛手段のない人間がいることが危険なのは彼等から嫌と言うほど聞いた。紫苑さんの友人が合流してくれると聞いて待っていたのだが、待機時間の妖怪からの視線が本当に怖かった。メリーと何気ない話をしながら気をまぎらわせていると、
『ほぅ、貴様等が紫苑の言ってた娘等か?』
とんでもない人が来た。
蒼い髪が特徴的な美青年。歴史で習ったことのある百数十年前の日本の軍服を身に纏い、手を後ろに組んで歩く様は貴族を彷彿させた。鋭く光る琥珀色の瞳は私とメリーを捉え、ある意味そこら辺で私達を狙っている妖怪よりも恐ろしい。蛇に睨まれたカエルとは、正にこの事だろう。
彼の後ろには紫髪の大人しい子と金髪の可愛らしい子、それと中華服の女性と本を読んでいる女性が続いている。
一見モデルの集まりに参加したんじゃないかと錯覚するレベル。
っと、そんな場合ではなかった。
私は動揺を隠すように肯定する。
『そ、そうだと思います』
『レミたん、フランたん、ここで酒盛りをするぞ』
『おじいさま、真剣な表情でその呼び方は止めて……』
『わかった!』
こうして桜の木の下は個性的な面子によって占拠され、私とメリーは平穏と引き換えに安全を手に入れたのだった。
それから顔見知りの幻想郷の住人が数人集まり、このような状況を形成しているわけだ。そこに在るだけで生命の危機を感じてしまう吸血鬼が近くにいるので、素直に楽しめないのだが。
ちらっと横目でメリーを伺う。
友人は酒の入ったコップを片手に、霊夢と楽しそうに会話を楽しんでいた。私と違って胆が座っている。
私はメリーに宴会の感想を聞いてみる。
「宴会楽しんでる?」
「あら、蓮子は楽しくないの?」
メリーは意外と言いたげに目を丸くした。彼女は隣にいる吸血鬼のカリスマに当てられていないからだろうか?
すると遠くにいた魔理沙が私の前まで移動してきて、会話の輪に私を強制的に入れる。空になっていた私のコップに酒瓶から透明の液体を流し込み、太陽のような笑顔を向けてくる。
「なんだ、楽しくないのか?」
「えっと……ちょっと緊張しちゃって」
「隣にカリスマの化け物がいるから仕方ないぜ。こういうとき紫苑とか未来がいれば、もう少し楽だったのにな」
同世代のように気軽に話せて、しかも実家のような安心感を与えてくれる彼等ならば、肩身の狭い思いは絶対にしなかっただろう。
溜め息をついているとメリーと霊夢が励ましてくれる。
「蓮子の大好きな『神秘』がたくさんあるのに、楽しまないのは損だと思うわ。ほら、あそにいるのとか本でしか見たことない妖怪じゃない」
「確かに緊張するのは分かる。レミリアも相当なカリスマの持ち主だとは思ってたけど、ヴラドさんの
その人と対等に話せる外来人組も大概だけど、という霊夢の付け加えた発言に、その場にいる全員が首を縦に振った。私達も外来人組だけれど、どちらかといえば幻想郷の住人に近いと自負してる。流石に彼等と同類だとは思わない。
そこまで考えたところで、私は思わず笑みが溢れる。
自分が求めていた『神秘』。忘れ去られた私達の時代には残っておらず、御伽話の世界だけだと思っていたもの。叶わないからこそ追いかけ、メリーと共に語り合った数々の伝承。
あのとき昼食を頼んでいたときまで、その平凡な日常が続くとさえ思っていたのだ。
まさか一つのきっかけが、一つの出会いが、私達の持つ用途の定かではない能力が、このような結果を産み出すなんて想像すらしなかった。
今でも不安がないと言えば嘘になる。
しかし――楽しくないと言っても嘘になる。
「お、やっと蓮子が笑ったぜ」
「そうそう、蓮子は笑ってる姿の方が可愛いわ」
「か、可愛いって!? 茶化さないでよ!」
紫苑さんの家でするような会話で盛り上がり、アリスが屋敷のキッチンから料理を持ってきて更に盛り上がっていく。
私が狙っていた料理に手を出そうとすると、その料理は違う人の手によって消える。食べたかったものなだけに不満そうにその人を睨――
「苦味が抑えられおり、旨味が増しておる。この苦瓜が美味になるとは、あ奴の料理の腕は認めざるを得んな」
私の真横から顔を覗かせている吸血鬼に息が止まる。
それは周囲の面々も同じだった。
「ヴ、ヴラドさん」
「どうした、小娘。儂の顔に何かついておるか?」
割り込んでメリーと私の間に座るヴラドさんは、心底不思議そうに私が凝視している理由を求める。
そりゃ、私の時代でも歴史の本に載ってる有名人物が目の前にいて驚かないわけがない。私の場合は違う意味でも驚いてるけど。
「レミリアとフランは放っておいていいのかしら」
「博麗の巫女よ孫娘は儂が独り占めするには出来すぎた者達じゃ。それに紅魔館へ帰れば幾らでも戯れよう」
「親馬鹿だぜ……いや、孫馬鹿か?」
確かにのぅ、と豪快に笑う吸血鬼の王様。
それに物怖じすることなく質問するのは私の友人だった。
「ヴラドさんって案外フレンドリーな吸血鬼なんですね。もっと怖くて恐ろしい人だと思ってた」
「かかかっ、本来ならば雑種如きが儂と対等に口を利くことは死に値する。だが、祝い事でそのようなことを気にする必要はなかろうて。ましてや今の儂は元・吸血鬼の王」
昔ほど気にする必要はない、と酒を煽る元・王様。
近いからこそ聞こえたが、この人はボソッと「つか儂と対等に話せる奴少ないし、いちいち処断するとか面倒」と問題発言をしていた。
なんだろう、このカリスマあるのかないのかハッキリしない吸血鬼は。
「昔、ですか」
「ふん、あの男と関わってから、儂も丸くなったもんじゃ」
「あの男……紫苑さんのことですね」
メリーの推測は正しかったのだろう。鼻を鳴らしながらヴラドさんは肯定の意を示した。
それに目を輝かせる友人。
「紫苑さんのことを詳しく教えていただけませんか? 彼のことについてもっと知りたいんです!」
「「「「私も!」」」」
「き、貴様等……」
メリーに便乗する女子勢。
他の面子がどのような思惑で知りたがっているか知らないけど、個人的に彼の過去には興味がある。自分よりも年下なのに、語り聞かせること全てに重みがある理由が知れるかもしれない。
引きつった表情を見せるヴラドさん。
勢いで何とかなるかなと浅はかな考えを抱いていたが、嘆息しながらもヴラドさんは答えてくれた。
「……よかろう、特別に話してやろうではないか。あの欠陥品の話とやらを」
「未来さんもそんな呼び方をしてたわよね? それって彼の住んでた街に居たときの渾名みたいなものなの?」
「一部の者だけが、あれをそう呼んでいただけじゃ。
そう前置きをして、ヴラドさんは語り始めた。
吸血鬼の王様から見た『夜刀神紫苑』という人を。
♦♦♦
紫苑と会ったのは何年前だったか。
2000年も生きておれば片手で数えられるほどの年月など昨日今日とたいして変わらん。人の寿命が刹那とも呼べるくらいにはな。
しかし儂にとっては死する前の数年間は愉快であった。
特に人の身でありながら妖魔神霊の巣食う街で生き、人類最強とまで言わしめた紫苑を評価しないのは王として失格であろう?
「え、人って紫苑さんだけだったの!?」
ふん、博麗の巫女は勘違いをしておるのではないか? あの街は並みの人間が住めるような地ではない。言わば『世界から隔離された街』じゃ。
街に住まうものは。
40%は妖魔だった。
30%は神仏、20%は異界の者。
5%は混血。
残りの5%は――知らぬ。
あの土御門や暗闇のような者であったとだけ述べておこう。知りたいのであれば未来や紫苑に聞け。
少なくとも儂は街に滞在していたとき、あの欠陥品以外の人間に会ったことないわ。どの世界よりも『生と死』が隣り合わせであった街なぞ、人間が数歩歩いていただけで屍となる。
「物騒だなぁ」
そこの白黒。
貴様等も無関係だと思っているわけではなかろうな?
「「「「「え?」」」」」
幻想郷。
忘れ去られた者達の楽園で、外の世界の科学的発展により切り捨てられた存在の行き着く先。神妖が大半を占める世界。外の世界を『現実』とするならば、幻想郷は正に『幻想』とも呼べるだろうよ。
八雲紫も酔狂なことをする。忘れ去られたものなど居る価値などなかろうに、それを集めて世界を作るとは。面白い。
そこで貴様等に尋ねようではないか。
妖魔や神霊が『お伽噺話』の世界となった現代。
忘れ去られた者達が幻想郷に集うのは納得できよう。
――なら、『忘れ去られておらぬ神秘』はどうする?
何も全てが忘れ去られたわけではない。
世界の片隅に追いやられようが、神秘というものは確かに存在する。要するに『幻想郷に行く程には忘れ去られていない』わけじゃ。
「……! まさか!?」
そう、察しが良いの。小娘。
暗闇は言った。
中途半端に存在する儂等に居所などない。
ならば作れば良い、と。
魑魅魍魎闊歩する混沌世界。
妖魔神霊の集い、忘れ去られるまでの安息の地。
科学と神秘が両立し、現実と幻想の狭間に存在する災悪。
『
それが儂等の街の名じゃ。
「どうして紫苑も未来もその名前で呼ばないんだぜ?」
え? だってダサいって言われたし。
「「「「「………」」」」」
儂も暗闇から聞いたときは『やべぇ、超カッコいい』と思ったのじゃが、どうやら外の世界では受け入れられない総称らしいのだ。だから儂等も『街』と呼ぶのじゃ。
外の世界の者の感覚は分からん。
一部の人間は共感するらしいのだが……まぁ、雑種の中にも理解できる賢者がいるらしい。
話が大きく逸れたな。
紫苑の話であったか。
紫苑が化け物の一人として数えられるのは知っておろう?
確かに奴は人類最強じゃ。あんな人間が簡単にいるわけがない。
しかし――その実力が儂等に通用する訳ではない。
あの男を真正面から叩き潰すのは容易だ。
それこそ儂の部下でも容易い。八雲紫や風見幽香でも可能。
ならば夜刀神紫苑が化け物の一人として数えられるのは何故か? 候補にすら劣る実力で儂等と対等を名乗れる理由とは?
夜刀神紫苑は『天才』なのだ。
しかも『戦術の天才』だ。
どのような強大な敵であろうと、どのような劣性であろうと、力量差を『個の才』で食い潰すのが夜刀神紫苑という男なんじゃよ。殺し合いを自分の領域に持っていき、有利な状況を作り出す才能において、紫苑は詐欺師以上の手強さを持つ。
しかも〔十の化身を操る程度の能力〕は、能力者の想いに合わせて強弱の変化する。
あれほど奴との相性の良い能力は知らん。
だから奴と初見で殺し合ったときは
あんなん初見で殺せるか!
力こそ全て。
実力至上主義の街の住人相手に、これほど相性の悪い相手はいない。
そしてあの男は。
生物に必要不可欠の感情。
『恐怖心』がない。
紫苑「久しぶりの投稿」
ヴラド「新年早々儂参上」
紫苑「『何の話書いてたっけ?』って作者が言ってた」
ヴラド「それな」