東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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46話 半妖の思惑

 恐怖心がない?

 この白髪男は何を言っているのかしら。

 

 その思考が頭を回ったのは数分前。

 紫苑様が「ちょっと運んでくるわ」と、幻想郷の賢者に似た少女――メリー様と厨房から離れて、私と九頭竜だけで料理を作っていたとき、彼は妙なことを口走った。

 それは入れ替わるように入ってきた妖夢にも聞こえたようだ。

 

「咲ちゃんは、あの欠陥品のどこが好きなの?」

 

「……欠陥品?」

 

「そそ。恐怖心を持ち合わせていない、人間として破綻しているアイツのどこが好きなのかなーって」

 

 自分の愛する人を欠陥品呼ばわり。

 手に持った包丁で切り刻んでやろうかと思ったが、続く言葉に私は疑問を持った。聞き捨てならない単語を、この男が口にしたからだ。

 妖夢も同じ疑問を持ったらしく、小さく首を傾げ彼に近づきながら、野菜を切る九頭竜に問う。

 

「未来さん、恐怖心を持たない人間というのは人として成り立つものなのでしょうか?」

 

「僕達『妖怪』と呼ばれるものは人間の『畏れ』や『恐れ』によって生まれる。例外はあれど、人間が心の底から恐怖を抱く者であるから妖怪として在る(・・)ことが出来るのさ」

 

 リズミカルに野菜をまな板の上で切りながら、いきなり妖怪について語り出す九頭竜。先程のように空中で野菜を細切れにするような真似はせず、料理の手本のように丁寧に切っていた。

 我が主が妖怪なのだ。知ってるに決まってる。

 眉間に皺を寄せている私は皮肉の一つ二つでも返そうかと思ったが、彼の隣にいる妖夢が真剣に聞き入っている。

 

 彼女に説明していたのか。

 白玉楼と人里しか出たことがないと言っていた彼女にとって、妖怪の知識は少ないのだろう。

 私は言葉を飲み込んだ。

 

「人は妖怪を恐れる。それは自然の摂理であり、当然のような現象だ。復讐心とか嫌悪感とか、他の感情もあるかもしれないけど、基本的には人は妖怪に恐れを抱く」

 

「あれ? でも霊夢さんや魔理沙さんは……」

 

「彼女等の場合は『慣れ』でしょ? 後から聞いた話だと、ヴラドの呼び出した化け物には少なからず怖いと感じたんじゃないかな?」

 

 確かに博麗の巫女が妖怪に恐れを抱くようでは話にならない。

 しかし、ヴラド公の呼び出した化け物は恐怖を駆り立てるような姿をしていた。

 気圧されるのも無理はなかった。

 

「けど紫苑のそれは根本的に彼女等とは違う。そもそも人間が感じる恐怖の本質とは、生存本能だよ。恐怖を感じることができない人間は、自分の命に危険をもたらす物や状況、人物を避けることができない。恐怖心のないアイツは生きていること(・・・・・・・)自体が奇跡(・・・・・)なんだよ」

 

 タンっ!

 人参の端の部分を切り落とす音が妙に響く。

 

「アイツは本当に人間として狂ってる(・・・・)。僕は紫苑とは長い付き合いだから断言できるけど、戦闘中の紫苑の気味悪さは異常だ。どんな強大な妖怪だろうと、どんな伝承を持つ神だろうと、アイツのスタンスは変わらない」

 

「……どこが気持ち悪いというの?」

 

 思わず自然な口調で九頭竜に尋ねる。

 言い終わったあとに後悔したが、彼は微笑みながら尋ね返してくるのであった。

 

「ヴラド・ツェペシュに会ったとき、咲ちゃんはどう感じた?」

 

「……流石はお嬢様の祖父だと感じたわ。側にいるだけで、心臓を直接握られるような圧倒的恐怖観念に支配されるような……」

 

「うんうん、それが普通」

 

 もう九頭竜に敬語を使うのは止めた。

 素の口調で答えると、彼は納得するように頷く。

 

「それが普通なんだよ。それが普通じゃなきゃおかしい(・・・・)。……でもアイツは違った。紫苑とヴラドが初めて殺し合った日、その翌日に僕の煽りに紫苑は言ったんだ」

 

 

 

『いやー、あの吸血鬼ヤバかったね。僕ですら歯が立つかどうか分からないよ。さっすが天下の特攻部隊長様!』

 

『……あれは二本足で地面に立つ生物だぞ?』

 

『え? そりゃあ、まぁ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 背筋が震えるように凍った。

 

「紫苑はそれを呆れるように言ったんだよね。まるで当然だって言いたげにさ。あろうことかヴラドにも言ったらしいよ。……ねぇ、これを聞いても紫苑がマトモだと思う?」

 

 気にくわない男の問いかけ。私は全力で否定したかったが、これを正常だとはとても思えなかった。

 俯く私をよそに、妖夢は新しい疑問を投げ掛ける。

 

「なら紫苑さんが今まで奇跡的に生きていた理由って何なんですか? 生存本能のない紫苑さんが、どうやって危険を回避してきたのでしょう?」

 

「そりゃ、立ちふさがる敵全員を排除したに決まってる。恐怖心がないからといって、分からないわけじゃないんだから」

 

 疑問符を浮かべる妖夢に九頭竜は笑いかける。

 

「ちょっと話が難しくなるかな? アイツだって馬鹿じゃない。いや、むしろ天才なんだよ。用兵の天才で、戦術の天才。だからこそ夜刀神紫苑は生き残ることができたんだ」

 

「??」

 

「うーん……やっぱり説明するのは難しいなぁ。こういうの苦手だし。えっとね、紫苑は『恐怖心』を『損害』で補う考え方で生きてきたんだ。『○○をしたら○○を失う。よし、割に合わないし逃げるか』とか『○○なら大丈夫。よし、殺しとくか』みたいな感じでね。感覚じゃなくて理性で今まで生き残ってきたと言い換えてもいい」

 

「それではまるで――」

 

 ――機械では。

 

 そう言いかけた私に頷く九頭竜。

 切った野菜を水にはった鍋へ投入し,紫苑様がここを離れる前に指示していた分量の香辛料を順番に入れてゆく。

 香ばしい匂いが厨房を充満した。

 

「本当に冗談みたいな奴なんだよ、マジでさぁ。『自分より敵が強いからと言って、別に殺して死なない相手じゃない』とか『殺して死なないが、殺し続けて死なない保証はない』なんて迷言を次々と生み出すし、それを有言実行するもんだから」

 

「「………」」

 

「あ、今は違うよ? 僕が紫苑と会った時――ヴラドや壊神が知らない時期の紫苑が言ってたことだよ。ゆかりんと会う前だね」

 

 鍋の中をかき混ぜながら、彼は顔を厨房の入り口に向けた。

 「そうだよね?」と誰もいない空間に声をかけると、何回か見たことあるスキマから幻想郷の賢者――八雲紫が姿を現した。

 ……まさかスキマ妖怪が出てくる場所を予測してたのか?

 

 幻想郷の賢者は警戒するような表情で九頭竜を睨んでいた。

 その気持ちは分からないでもないが、なぜ彼女が彼を警戒するのかが読めない。ちょうど九頭竜と紫の間に立っていた妖夢が気まずそうにオロオロする。

 

「はははっ、ゆかりん顔怖いよ~。僕なんか悪いことした?」

 

「……心当たりがあるんじゃないかしら?」

 

「うーん、思いつかないね。ほら、僕って品行方正だし」

 

 何と白々しい態度か。

 八雲紫の険悪な視線すら、彼の前では効果がなかった。

 

「じゃあ、単刀直入に尋ねるわ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――マエリベリー・ハーンと宇佐美蓮子を幻想郷に呼び寄せたのは貴方でしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衝撃の発言に思わず私は九頭竜の顔を凝視した。白髪の半妖は一瞬驚いたように目を見開いたが、目を細めて楽しそうに微笑みながら答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが(・・・)?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    ♦♦♦

 

 

 

 余裕を取り繕いながらも、内心は舌を巻いていた。

 まさか幻想郷の賢者に見抜かれるとは。さっすが紫苑の弟子。

 

「その応答は肯定と捉えていいのね」

 

「ゆかりんは確証があるんでしょ? なら隠す必要もない」

 

 おっかしーなー。

 バレないように演技も完璧にしたはずだし、知ってるのはごく僅かのメンバーだけだから、まだ隠し通せると思ったんだけどなぁ。どこから情報が漏れたのやら……まさか紫苑も欺いた演技がバレたとでも!?

 割と真剣に悩んでいると、溜息をつきながらも幻想郷の賢者は述べる。

 

「……暗闇殿から聞いたのよ」

 

「……へ?」

 

 いやいやいやいや、君共犯でしょ!?

 この答えには余裕を取り繕うことはできなかった。笑っていた表情は引きつり、こめかみをピクピクを震わせる。

 ゆかりんの言う通り、暗闇が首謀者として詐欺師が二人を拉致したのは事実だが、それを促したのは紛れもなく僕だ。彼女等をターゲットにしたわけじゃないけれど、間接的に二人の誘拐の原因を作った張本人なのは確か。

 ……異変後からゆかりんの姿を見ないなーって思ってたけど、なるほどそういうことか。暗闇のところに行ってたわけだね。

 

 咲ちゃんはジト目で僕を睨み、みょんは「なぜそんなことを?」と言いたげに悲しそうに僕を見る。

 僕は笑顔を崩して舌打ちをした。

 

「それ言うなら理由も説明しろっての……」

 

「教えて頂きましょうか。貴方が二人を幻想郷に呼んだ理由を」

 

「はいはい、ちゃんと説明するから咲ちゃんも睨まないでくれよ~。みょんも心配しないでって」

 

 小声で暗闇に悪態をついたが、これだと誤魔化しきれない。

 肩を落としながらも半眼で気怠そうに声を出す僕。

 

「紫苑の異常さを説明した後に、また説明とか……」

 

「……師匠の悪口は許さないわよ? 自業自得なんだから説明位しないと納得できないわ」

 

「――何被害者面してんのさ。元をたどれば君のせいだよ?」

 

 悪いのは街メンバーなのは確定であるが、ゆかりんも無関係ではない。

 そこんところも暗闇が説明してくれればよかったのに……と思う面もあり、ゆかりんへ返した言葉は少し棘のあるものになってしまった。

 

 しかし僕の言葉も事実。

 幻想郷の賢者は眉をひそめた。

 

「君が管理している結界、今物凄く不安定なんじゃないの? そりゃ当たり前だ。外の世界出身者が六人(・・)も幻想入りしてるんだから、いくら幻想郷の賢者だろうと耐えられるもんじゃ――」

 

「待って、六人?」

 

 僕のセリフを中断したのは紅魔館のメイド長。

 庭師も指を折りながら確認している。

 

「六人だよ。プチゆかりんに蓮ちょん、紫苑とヴラド。そして僕」

 

「五人じゃないですか」

 

 

 

 

 

「――加えて『壊神』」

 

 

 

 

 

 大きく目を開いたのはゆかりんだった。

 

「なぁ――!?」

 

「どこで何してるのかなんて僕には分からないさ。でも壊神が幻想入りしているのは確かだよ」

 

「かい……しん……?」

 

 みょんは可愛らしく首を傾げる。

 あ、そっか。みょん知らないか。

 

「街における敵対してはならない化物の六人目で、『六重奏(セクステット)』や『壊神(Set)』の異名を持つ、女嫌いの人殺し。街でも火力面ならつっちーの次に強くて、紫苑と同じくらい狂った思考の持ち主だね」

 

「紫苑様と一緒にしないでください」

 

「一緒だよ。というか街出身の連中全員がマトモじゃない。まともな性格で街で生き抜くなんて妄言もいいところさ」

 

 おっと、話がそれてしまった。

 

「そんな化物が四人もいるんだ。結界も不安定になるからプチゆかりんを招き入れた」

 

「私の力不足であることは認めるわ! 理由も知っている! でも不安定だからと言って、今から出も少しずつ安定させれば――」

 

 

 

 

 

「――なんてのは建前。本当は僕等が僅かしか能力を使えないからさ」

 

 

 

 

 

 茶色になった鍋内の液体をかき混ぜつつ、火の調整をする僕。

 もう少しで紫苑が帰ってくるかもしれない。なるべくプチゆかりんに長引かせるように言ったが、アイツに聞かれるのはマズいし、カレーできてなかったら違う意味でもマズい。

 

「僅かって……未来さんは全力を出したいのですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけどね? ある程度は僕等が力を出せるくらいの結界を維持してもらわないと困るんだ。悠長にしているわけにもいかないし」

 

 せめて……と僕は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――紫苑を殺せるくらいには全力を出したいね」

 

 

 

 




紫苑「そろそろ物語の目標出さないとな」
未来「僕が完全に悪役じゃん」
紫苑「そう言う立ち位置好きだろ?」
未来「早く続き!」
紫苑「おい、作者は三日後にテストだぞ」
未来「あ」

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