東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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48話 もう一人の主人公

 

 

 

 あの話を聞かされて、私は彼にどのような顔をすればいいのか。

 

 

 

 戸惑いながらも彼の作った料理を一緒に運びながら、私は人ならざる者達の間を歩く。時折、好意的ではない視線に身が縮こまる想いをするが、隣の彼――紫苑さんは気にする様子もなく突き進む。

 妖怪が(エサ)を襲ってこないのも(ストッパー)がいるから。

 

 私にはそれを頼もしく思うのと同時に――少し、恐ろしい。

 

 理由は語るべくもない。

 吸血鬼の王を名乗る妖怪の言葉が脳裏を過るのだ。

 

「し、紫苑さん」

 

「ん?」

 

 不安定な料理の山を絶妙なバランスを保ったまま歩いていた紫苑さんは、視線だけをこちらに向けながら足を動かす。その歩く速度は私に合わせてもらっている。

 その器用さはどこか手慣れているようだった。

 まるで飲食店のウェイターでもしていたかのよう。

 

 そんな彼に私は出かけた言葉を寸でのところで止める。

 私が今からする質問は本当にしてもよいのだろうか?と理性が働いたからだ。いくら何でも失礼過ぎるとギリギリのところで踏みとどまった私を褒め称えたい。

 だが、声はかけてしまった。

 自然な感じを装う形で質問をすり替える。

 

「なんか妖怪の視線が怖いんだけど……紫苑さんは平気なの?」

 

 本当は『紫苑さんの寿命があと5年って本当なの?』だ。我ながらストレートな疑問を投げかけるところだった。

 質問された彼は周囲を見渡し、首を傾げる。

 

「そんなに怖いか? 襲ってくる様子はないぜ」

 

「いや、それは貴方がいるからだと……」

 

 少し声が震えたのが覚られたのか。

 彼は私を安心させるように微笑みを浮かべる。

 

 あぁ、なんて優しい人なのだろう。

 この笑顔にどれだけ私が救われたか。もう両手では数え切れない。

 

「大丈夫だって。もしマリーが殺されそうになっても、そうなる前に俺がソイツをひき肉(ミンチ)にしてやるからよー」

 

「さらっと怖いこと言ったね……」

 

「にしても『怖い』、ねぇ……」

 

 私の言葉を反復するように呟く紫苑さん。

 彼にとっては未知の感情――だからこそ呟いたのだと私は思ったのだが、黒髪の少年は苦笑しながら懐かしむが如く語る。

 

「懐かしいなぁ……その感情」

 

「へ……?」

 

 思わず素っ頓狂な声がでる。

 それではまるで彼に恐怖心があるように(・・・・・・・・・)聞こえるではないか。

 紫苑さんは呆れを含んだ声色で不服に抗議する。

 

「んだよ……まるで俺が恐怖心のない化物みたいに聞こえるじゃねーか。俺にだって『怖い』って感情くらい存在するさ。……ただ感じにくいだけで」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「他の連中からすればそう見えるかもなー。人生で一度だけだし。なんせ俺がマジで『怖い』って思ったのは――」

 

 彼は足を止めて空を眺める。私も彼と同じ行動を取った。

 夜空は真っ暗。宴会で提灯やら光源となるものが周囲に点在するため、星がを見ることが出来ない。

 どこを見渡しても空は黒・黒・黒。

 そんなの私が住んでいた場所じゃ当たり前の光景のはずなのに――なぜか心臓がきゅっと締まるように不安感が募る。

 

 神秘は存在する。

 ならば私達の知る常識というのは……どこまで幻想郷(ここ)で役立つ?

 

 

 

 

 

「――暗闇と初めて会った時かな」

 

 

 

 

 

 その一度だけ?

 私は声に出したくても言うことが出来なかった。

 

「あれはマジでヤバい。俺もビックリしたぜ。まさか……んな存在すること自体が異質だって在る(・・)だけで理解させる奴がいるなんてよ。あれを見て以来、『怖い』なんて感情なんざ抱かなくなったわ」

 

 私は何と見えなくなった。

 だってそれは壊れてるんじゃなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――壊された、ではないか?

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 私はメリーと紫苑さんが料理を運んでいる姿を妖夢と遠目で眺めながら酒を飲んでいた。

 妖夢にヴラドさんの話をする必要はなかった。彼女はすでに九頭竜さんから聞いてたとか。

 

「霊夢……」

 

「藍、紫のところに行かなくていいの?」

 

「あぁ、紫様は……その、今は声をかけられる様子じゃないからな」

 

 紫の式神が私に声をかけてきた。

 このような藍を見るのは初めてだ。九頭竜さんも紫と何か話してたって隣の庭師も言ってたし、あの胡散臭い妖怪すらも白髪の剣士には敵わないようだ。

 

 私だって彼は苦手の部類に入る。

 心を読まれるから……なんて理由ではなく、彼の呑気な発言は時折私の心を的確に深く抉ってくるのだ。しかも間違ったことを言ってないだけにたちが悪い。

 

「霊夢は……本当に彼等の計画に手を貸すのか?」

 

「……そうなるわね。私だって彼に早死にして欲しくはないもの」

 

「だが――」

 

 それでも尚、藍は言いにくそうに顔をしかめる。

 彼女の気持ちは分からないでもない。

 

 彼等の計画――それは幻想郷の禁忌『人間が妖怪になること』を犯すことに他ならない。

 博麗の巫女というか私が一番危険視しているのは人が人妖になること、つまり幻想郷のバランスを崩壊しかねない『妖怪じみた人間、あるいは人が妖怪に変質した存在』を作ってしまうこと。彼を妖怪にするのならば――博麗の巫女として阻止するのが当然の行動。

 藍はそのことを示唆しているだろう。

 

「私は彼等の行動を止める側の人間。例え彼のために行うとしても、私は九頭竜さんやヴラドさんを退治しなきゃいけないわ」

 

「霊夢さん!?」

 

 過剰反応した妖夢を制して、藍を真正面から見つめる。

 

「でも今回ばかりは私個人の感情で動かせてもらうわ。私だって……ルールばかりを押し付ける無機質な道具じゃないんだから」

 

「霊夢……」

 

 藍は呆れを含みながら苦笑する。

 ……まぁ、それだけが理由ではないが。

 

 

 

 

 

「というか、九頭竜さんとヴラドさんを今の私が退治できると思ってんの?」

 

「「……あー」」

 

 幻想郷のルールを守る守らない云々より、私があの化物集団に勝てる気がしない。

 実質『紫苑さん人妖化』以外に彼等が幻想郷のバランスを崩壊させるようなことをしていないのがせめてもの救いだが、私は彼等を止められるだけの力をつけないといけない。

 博麗の巫女として。

 

 それを考えて内心は溜息をつく。

 彼等を倒せる実力とか、それこそ『人妖』ではないか。

 矛盾してる。

 

「外の世界にも幻想郷と現世の境界線みたいな場所があるんでしょ? そこに住んでる奴等が忘れ去られて幻想郷に来る可能性もあるわけだし、ルールを見直す時期なのかもしれないわね……」

 

「その前に霊夢さんは紫苑さんに勝てると思いますか?」

 

 不安そうに尋ねてくる妖夢に叱咤する。

 私まで不安になってくるじゃない。

 

「そんな辛そうな顔は止めなさい。もう覚悟は決めたんだし、紫苑さんにバレちゃうでしょ」

 

「……そう、ですね」

 

 九頭竜未来の計画。

 

『紫苑が人間に固執してる理由は分からん。其ならば、あのアホが生きたいと思う理由を作ればよい。神殺の限界突破は勝ちたいって想いの強さによって変わるチート能力』

 

『人として死にたいって思わせる以上に、紫苑が生きたいと心を揺さぶれば……勝機はあるんじゃないかな』

 

 私達の勝機。

 それは紫苑さんの『愛情』を利用――要するに紫苑さんや私達(幻想郷の一部の少女達)の恋心を利用した卑劣極まりない作戦。

 

『確かに最悪な作戦だな。儂自身が忌避したかった計画』

 

『まぁ、僕たちは正義の味方でもないし、あの街では卑怯汚いは敗者の戯言。アイツも全力でぶつかって負けたなら本望じゃない? というか、それ以外に方法がないっていうか、あれに勝つ方法なんてほかに思いつかないんだよねー』

 

 反論は出なかった。

 だって紫苑さんのことを異性として好きな女性たちも同じ思いだったからだ。彼に死んでほしくないという共通の想いが。

 

 彼等は言った。

 紫苑を堕とし、紫苑を倒す。

 そして紫苑を人間以外の種族にする。

 本人の意思を完全に無視した下劣で最悪な策を成すために、暗闇に託されて幻想郷に来たと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『紫苑は自分の命は自分のものだからって受け入れてるんだけど、僕に言わせてみればアホらしいね。人と繋がってる時点で、その人の人生はその人のものだけじゃない。だから――やってみようじゃないか。紫苑の想いと僕達の想い。どちらが強いのか』

 

「私は――紫苑さんを倒す」

 

やれるかどうかは分からないけど、私は『打倒・憧れの人』を目指すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

 宴会が終った夜刀神宅。

 同居している二人の少女は二階で寝静まる中、黒髪の少年は月明かり照らすリビングにて、携帯を耳元に当てながら会話をしていた。

 

 会話の音声が聞こえる。

 

『なぁるほどー。やっぱヴラド復活しちゃったか』

 

「……ふん、知ってたくせに白々しいな」

 

 少年は鼻を鳴らす。

 それに会話の相手はふてくされた声色を出す。

 

『そりゃ自他ともに認める全知全能の神様みたいなもんですよーだ。むしろ幻想郷は今より面白くなったんじゃないかな? あー、ボクもそっち行きたーい!』

 

「止めろ。もっと面倒になる。オレの気苦労も察してくれ」

 

 引きつりながらも溜息をつく少年。

 

「あのイカレ破壊神も幻想郷に来てるって話だろ? 冗談じゃねぇ。あの博麗の巫女の面倒を見る予定も入っちまったし、これ以上は手に余る」

 

『つまんないなー』

 

 ソファーに寝そべりながら反論し、会話の相手は笑いこける。

 

『あー、腹痛い。で、どうだい? 幻想郷は』

 

「どう、とは?」

 

『君は楽しいかい? 平和で退屈な忘れ去られた者達の楽園ってのはさ』

 

 少年はリビングの窓から外を見る。

 星々は光瞬き、昼でもないのに少年を明るく照らす。

 

「……悪くはない、と思う」

 

『そっかそっか。そりゃ幻想郷に送った甲斐があったもんだよ』

 

「つか紫が作った楽園だぞ。化物共が襲ってくることもなければ、家が木っ端みじんに吹き飛ぶわけでもない。そもそも弟子が10世紀近くかけて作った場所にケチつけるわけが――」

 

 最初の感想を打ち消すように言葉を並べる少年だったが、会話の相手はそれを遮った。

 それは只の言葉。

 力がこもってなければ、謂れもない。空気を震わせただけの声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは紫苑の感想でしょ? 君はどうなんだい(・・・・・・・・)って聞いてるんだよ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 しかし会話の相手の言葉は彼の表情を能面のように感情を奪った。

 呆れもなく、苦笑もない。感情という感情を根こそぎ奪い、まるで人形のように無表情となった姿は、見たものに恐怖を抱かせるには十分だった。

 誰もいないのが幸いした。

 

『紫苑に取っては余生の地みたいなもんさ。それはそれは楽しいはず。じゃあ、君は(・・)?』

 

「……いつから気づいてた?」

 

『え? だって――全知全能の神様みたいなもんだしぃ?』

 

 氷のように鋭く研ぎ澄まされた少年の声色にも、会話の相手はふざけて返す。

 

『冗談抜きで僕も少しは驚いてるんだよね。まさかアレ(・・)のせいで君が表側に出てくるようになるとは思わなかったんだよ、いやマジでさ。やっぱり紫苑は面白いね!』

 

「それはこっちの台詞だ。オレだって出てきたくて出てきたわけじゃねぇよ」

 

『えー? 君は自分の身体に未練とかないの?』

 

「馬鹿言うな。この体はオレ(・・)じゃなくて()のモンだ」

 

 舌打ちを打つ少年。

 

「どれだけ取り繕うとしたところで、オレの出番は金輪際存在しねぇよ。特にクソ平和な幻想郷では特に、な。俺に好意を寄せてる奴等もいるようだし、尚更表に出る理由がない」

 

『……その好意、どうして君は感づいてるのに、紫苑は気づかないんだろうね』

 

「オレに聞くな。俺に聞け」

 

 そだねー、と軽く返す会話の相手。

 少年は会話を終わらせるために要点だけを伝えた。

 

「――つまりはそういうことだ。後は連中を信じるだけって話」

 

『君は信じてるの?』

 

「知らん。そんな感情は存在しない」

 

『ふーん。まぁ、紫苑が早死にしないことを祈るよ』

 

 そこで電話は切れる。

 形態を机の上に投げた少年は窓際に移動し、月の光に目を細める。

 

 少年は月を隠すように手を広げる。

 

「オレが知りたい。存在する理由なんざ。あの暗闇(やろう)、どこまで考えてんだ?」

 

 少年は無機質に呟く。

 

 

 

 

 

「夜刀神紫苑、か……。そうだ、オレは俺じゃない」

 

 

 

 




紫苑「つわけで宴会パート終了。次回から日常回だな」
未来「ちょい待て。最後のあれ何?」
紫苑「さぁ? リメイク前を読んだ方なら想像つくんじゃない?」
未来「ややこしいもの抱え込んでるな~」
紫苑「それな」

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