49話 吸血鬼の古戦場(上)
俺の何気ない一言が。
彼女の生を狂わせた。
彼女は〔運命を操る程度の能力〕を持っていたのだから――あるいは、その運命を回避することが出来たのかもしれない。今となっては、後の祭りとも言えるだろうが。
いや、彼女も誇り高き吸血鬼だ。
例え先が見えたのだとしても、
流れる
身体がそう求めるのだろう。
魂が震えるほどに叫ぶのだろう。
「このクッキー美味しいな。咲夜さんの手作り?」
「えぇ、紫苑様のデザートよりは劣りますが……」
「咲夜はね、こういうお菓子を作るのも得意なのよ」
「へー、少し甘すぎるような――いや、この紅茶を飲むなら絶妙な甘さか。紅茶に合わせて菓子の砂糖の量を変えてるのか?」
修羅の道だと分かっておきながら、それを止めない吸血鬼の王も人が悪い。
運命が狂気の沙汰とも呼ばれようが、道を究めたヴラドにとっては楽園に等しいのだろう。レミリア・スカーレットがそうだとは限らないのに。
彼女にその素質があることを見抜いたのだろうか?
なくても、その道に引きずり込んでいたのだろうか?
「さすが我が孫娘の従者」
「恐縮です」
「あ、フラン! クッキーぽろぽろ落とさないの!」
血が何だろうが定が何だろうが。
きっかけを与えたのは俺であり、諸悪の根源は俺だ。
先の見えない茨の世界に、俺が落したのだ。
後悔したって遅い。それは俺の何億ある罪の一つに加えられた。
「パチュリーさん何読んでんの?」
「ちょ、顔近っ! むきゅ~!!」
「――パチュリー様、このお菓子はどうでしょうか? 美味しいですヨ?」
「痛い痛い痛い! アンタが嫉妬してるのは分かったからっ!」
後の彼女は後悔したのだろうか?
まさか紅魔館の仲間も巻き込んでしまったことに、罪悪感を覚えたのだろうか?
彼女等が気にしなくとも、レミリア・スカーレットは責任感の強い吸血鬼だ。俺にはどうすることもできないけれども、彼女を支えることが少しでも罪滅ぼしになるのならば、この命尽きるまで付き合ってやろうではないか。
毒を食らわば皿まで。
地獄まで一緒に相乗りしてやる。
「そういやさ、ヴラドは最近『Yamitter』見てる?」
「うむ? そう言えば見ておらぬな」
「んじゃ知らねーか。暗闇がツイートしてたんだけどさ――」
その世界は戦場。
帝王と呼ばれた男ですら、血反吐を吐き、全身全霊を尽くす戦域。
かつて帝王は言った。『我が生き様こそ真の王道。王道を謳い、王道を歩み、王道を世に示す。見えぬ遥か彼方の栄を目指すのだ』と。
俺が何が言いたいかと言うならば。
要約すれば。
「再来週に『闇マ(暗闇主催のコミックマーケット)』だってよ」
――後の『美少女絵師・うー☆』誕生の序章である。
♦♦♦
『吸血鬼』という種族を、読者の皆様がどう認識しているのかは別として。
俺にとって吸血鬼は『誇り高き一族』であり『流れる血によって結ばれた同胞』であり――『自分の好きな事柄や興味のある分野に、異常なまでに極端に傾倒する種族』だ。
彼等の名誉のためにも伏せたい事実だが、もうハッキリ言おう。
世間一般では『オタク』と呼ばれている。
俺の認識の後者はここ数年に新たに生まれた認識なため、街でも知っている者は極めて少ない。
『自分の好きな事柄や興味のある分野に、異常なまでに極端に傾倒する種族』などと曖昧に言ってみたが、彼等はぶっちゃけアニメや漫画、ゲームなどの日本のサブカルチャーをこよなく愛している傾向にある。老若男女関係なく、俺の知る吸血鬼は何らかのオタクなのだ。
アニメのOPやらED、ましてやキャラソンのCDを買い漁る。自分の気に入った漫画やラノベは最新刊まで全て買い揃える。もちろんグッズも可能な限り収集する。日本で行われるイベントやらライブなどには
そのような(別の意味で)結束の固い一族である。
どうしてこうなってしまったのか。
今思えば……もしかしなくても俺が原因なのだろう。
日本のサブカルチャーたる某アニメをヴラドに紹介したのが全ての始まりだった。現在の
ヴラドと初めて出会って一ヶ月そこらだったか? 暇してたアイツにアニメのDVDを貸してみたのだ。あの頃の俺は、渡した物が吸血鬼という一族を根本的に変えてしまうとは夢にも思わなかったアホだったから許してほしい。
『んじゃ、これでも見てみろよ。日本で割と人気のある作品なんだぜ?』
『……貴様、馬鹿にしておるのか? 儂がそのような下等生物の作った玩具を視界に映すとでも?』
『まぁまぁ、騙されたと思って~』
そしてヴラドは俺から借りたDVDを見た。
見なければ次の日にクッソ満面の笑みを浮かべて、貸した作品を語るなんてことはしなかっただろうし。
これがヴラドの今後を変えた。ついでに吸血鬼一族も。
何を血迷ったか自分もイラストレーターを目指した帝王は元より、ヴラドと一緒に鑑賞していた吸血鬼の面々も日本のサブカルチャーを布教し始めた。感染力は凄まじく、数か月後には秋葉原でグッズを買い漁っていても不思議じゃない
串刺し公ヴラドも一年後には日本でも名の知れたイラストレーター『てい☆おう』とデビューし、没する間際までイラストレーター活動を続けていた。
それに感化されたのかは俺の知る由もない。ヴラド公は高いカリスマと人望で一族を従えていた王だ。影響力は絶大だったといっても過言ではない。
吸血鬼の三分の一が同じように絵師を目指し始め、時には他種族も巻き込み、暗闇が日本の某イベントをオマージュした『闇マ』を開催するレベルにまで発展した。素人から玄人まで、自分の描いた同人誌を売買するのだ。あ、著作権等は心配しなくてもいい。俺や部下が不眠不休で死ぬかと思ったといっとけば伝わるだろう。問い合わせとか俺の仕事じゃねーよな?
まぁ、素人とは言っても化物じみた連中だ。彼等は闇マに普通に同人誌として通用するものを同士に提供していた。
ここまで説明して俺が説明したいこと。
それは――
「――レミリアよ、ここのペン入れを頼むぞ! ――あそこのベタ塗りが疎かになっておったぞ、魔女と門番! ――メイドと蓮子のトーンの貼り方は完璧だ! 褒めて遣わす! ――紫苑は文字の校正は終わったのか!?」
急遽、紅魔館の一室に作られた作業場で全員が目の下にクマを作りながら、死んだ魚よりも濁り切った瞳で黙々と作業を続けていた。
俺の場合は紅魔勢よりマシだ。仕上げされた原稿に指定された文字を打ち込むだけの作業。これと彼女等の食事作りだ。中でも鬼気迫る指示を出しているヴラドに乾いた笑いを室内に響かせながら、俺はPCに文字を打ち込む作業を続ける。
――俺は
「再来週に闇マ」の発言をした瞬間、俺はヴラドに印刷所の手配を命じられた。
この時の帝王を止めることなど暗闇でも不可能ではないかと思いながら、俺は外の世界の暗闇とかに連絡をとって、同人誌制作の手配を行った。
数日後に紅魔館に行くと、既に紅魔館メンバーは9割方精神的に死んでた。なぜか作業に人数分ある、絵を描くのに必要なIT機器。液晶タブレットを用いて、物凄い勢いでプロット・ネーム・下書きをしていくヴラド。テーブルに噛り付く勢いで一心不乱に己の仕事を続ける、作業場の面々。
家で面倒見てるフランに見せられない光景だったとだけ言っておこう。
締め切り前の絵師は、これほどまでに悲惨なのか。
俺は過去に目にしたことがあっても尚、その姿に唖然としていた。
ヴラドは顔を上げずに俺に声をかける。
「……紫苑、人手が足らん。あと二作品作るに人手が足りぬ」
「それ人手じゃなくて時間の間違いじゃないか? 未来も白玉楼に出払っているし、いきなり絵を描けって言われても応じる奴なんざ――へいへい、探してきますよっと」
何度も言わせるなって睨まれた俺は渋々探しに行く。
趣味に没頭している重奏に逆らうなんざ、たとえ天地が崩壊しても難しい。
とは言ったものの、漫画を書いたことがある幻想郷の住人を探すなんて無茶な話。最終的には家に居候している蓮子に協力をお願いした。
「私も昔、少しだけ漫画書いたことあるんだ。本格的に同人誌制作に関われるなんて夢のよう! 簡単な作業しかできないけど任せて!」
彼女は作業室に入って刹那、自分の発言に深く後悔したらしいが。
ついでに俺も捕まった。俺一人逃げるわけにもいかんかった。
昔コイツの同人誌制作を手伝って、俺の画力のなさは露呈している。
なので絵とはあまり関係ない文字入力・推敲の仕事を任された。こういうのは本来は製作所がやってくれるらしいが、時間が圧倒的に足りない今は俺が高速で原稿に目を走らせる。
〆切が残り五日の現在でも、それはラストスパートに近づいてる。
「……ヴラド、ここの文法間違ってる。×××××じゃないか?」
「そこは修正するのじゃ。今すぐ」
「了解」
時々俺とヴラドが会話をする以外、作業場は時折出る電子音以外は静か。
誰も不満を漏らさないのはある意味凄いとは思う。ヴラドの気迫に飲まれて仕方なくやっているのか、自分達の主が作業しているからやらざるを得ないのか。俺が見た限りだと前者ではないのだろう。誰もが真剣に作業をしている。
その姿はある意味感心する。
例え描いてる作品がR18指定だとしても。
純愛物の同人誌とはいえ成人指定の漫画。
黙々と今でも作業しているし指摘出来なかったけど、女の子たちに手伝わせる作品ではないと思うのは俺だけだろうか? 作業場入りした時点では皆が恥じらいもなく自分の与えられた仕事をしているもんだから、蓮子が顔真っ赤にするまで俺がおかしいんじゃないかと思ったわ。補足だが今では蓮子も慣れたようにトーン貼ってる。
『なんで卑猥なセリフを黙々と打ち込んでるんだろ……?』と思いながらも頑張ってる俺。
驚異的な速さで作品を作り上げる紅魔館メンバー+α。
すべての下書きが終ったヴラドは手伝うかと思えば、今度は画集の追加イラストを描くなんて場面もあったが、どうにか闇マ三日前に全ての作業が終了した。
俺が最後の台詞を打ち込んだ後、大声で叫ぶ。
「お疲れっした!!」
「「「「「お疲れっした!!!」」」」」
喜んだのも束の間、紅魔館メンバーと蓮子は崩れ落ちるように自分の作業していた机の上で寝息を奏で始める。時折休憩していた皆とは違って、作品を作り始めてから今まで一睡もしなかったヴラドは、俺に印刷の指示を出したのちに寝室へと戻っていった。
その足取りはゾンビのようだった。
寝息しか聞こえない作業場で、俺はスマホを取りだして連絡する。
相手は暗闇だ。
「終った」
『マジすか』
「後でデータ送る。眠い」
『お、お疲れ……すぐに印刷して明日には送るよ。闇マも壁にしといたからね』
「ん」
通話時間10秒。
PCでデータを送った後、俺も皆と一緒に机の上で眠りにつく。
闇マまで後3日。
紫苑「日常パート最初っからギャグ回」
レミィ「やはり貴様のせいか」
紫苑「しゃーねーじゃん。もともとそういう種族だったんじゃないの?」
レミィ「誇りって何なのか分からなくなってきたわ」
紫苑「知らんがな」