東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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3話 二振りの刀

side 紫

 

「いつの間に移動させたんだ? 仕事早いなぁ」

 

私と師匠――夜刀神紫苑は博麗神社の階段横にある2階建ての西洋式の家にやって来た。

現代建築を取り入れた師匠の家は、江戸から明治初期あたりの文化が盛んである幻想郷には異質に映るだろう。……最近、幻想郷に来た吸血鬼共に近いかしら?

 

師匠は自分の家と、高所に見える博麗神社を交互に眺めながら、困ったように頬を掻いた。

 

私の我儘で幻想郷にわざわざ移住してくれた最愛の師。

そのせいで彼は外の世界の人間から完全に忘れ去られてしまい、完全に孤独となってしまった。だからこそ、私は師匠の願いを可能な範囲で叶えようと聞いた。

 

「おぉ、マジで神社の横だな。正月はお参りしやすいから便利だわ」

 

「転送したときに思いましたが……師匠1人で住んでいたのですか?」

 

彼の願いは1つだった。

 

 

 

 

 

『家を幻想郷に持って行けない?』

 

 

 

 

 

私は境界を操り、師匠の家を転移させた。

しかし――師匠の家は1人で住むには大きすぎるのだ。

師匠の幻想入りは私の悲願であったが、師匠の人間関係を無理やり壊してしてしまったことに罪悪感を抱いている私にとっては、少しでも私のしでかしたことを知りたい。

私の素朴な質問に対して、師匠は今日の献立を教えるように軽く答えた。

 

「1人暮らしだったぜ。両親の家をそのまま受け継いだだけだし、だからといってリフォームすんのも面倒だなーって、そのまま暮らしてただけだ。時々……というか頻繁にアホ共が泊りに来てたから、狭いって思ったことはなかったな」

 

「! そうですか……」

 

――もう師匠は親友達とも会えないし、亡くなった両親の元にも戻れない。だからと言って私は今さら師匠と離れるつもりなど毛頭ない。

私はそのことを深く胸に刻み付ける。

 

これは――私の犯した罪だ。

私は俯いたまま師匠の隣に経っていたが、隣から大きな溜め息と共に声をかけられる。

 

「……はぁ。ちょいと紫、こっち向け」

 

「はい、なんで――ふぇ?」

 

顔を上げて師匠の方を向くと、いきなり頭に重く――そして、暖かい感触が伝わった。

黒髪の少年は呆れたような、困ったような、そして私を安心させようとしているかのような表情を浮かべ、私の頭に手を置いていた。そしてわしゃわしゃと頭を乱暴になでる。

乱暴に、しかし私は自然と嫌な気持ちにはならなかった。

 

「なーに辛気臭い顔してんだよ。どーせお前のことだから『俺を無理やり連れてきたから、あっちにいる大切な人たちと会えない』なんて無駄に罪悪感抱いてんだろ? お前って会ったときから責任感強かったし、全く変わんねーなー」

 

「そ、それは……」

 

「俺が消えても世界は何も変わらないぜ? あのアホ共は俺がいなくても暴れまわるだろうし、両親は……逆にココに来なかったら怒鳴り散らされるんだろうなぁ」

 

師匠はどこか遠いところを見るように目を細める。

 

「え?」

 

「父さんと母さんの性格的に絶対こう言うだろうぜ?――『迷わず幻想郷行ってこい。私たちのことなんざどうだっていいから、約束を果たして来い』ってな?」

 

つか、あのアホ共と今生の別れとか想像できないし、俺を忘れてると思えないんだよな……と、師匠は呟いていたが、私は師匠の気遣いに涙を出しそうになった。

師匠は私の背中を軽く叩いて、手を振って中に入るジェスチャーをする。

 

「って、立ちながら話すことじゃないな。中に入るぞ」

 

「――あ、はい」

 

西洋式の住居だろうと、内部は現代の日本と変わらない。玄関で私は履いていたブーツを脱いで、師匠の後を追うようについていく。

家の中はシンプルな家具が一通り並べられていて、これといった特徴もない質素なリビングに通された。しいて言うのなら、黒色の家具が多いのが目にはいる。

そして部屋の中央にいたのはーー

 

「お帰りなさいませ、紫様、紫苑殿」

 

「……誰?」

 

私の式神――八雲藍(やくもらん)だった。

勝手に部屋に上がり込んでいる私の式に、師匠も驚いたような様子はなかったが、九つの尾を視界に入れた瞬間に表情が変わる。

 

「申し遅れました、私は八雲藍と申します。紫様の式です」

 

「――九尾、か」

 

「さすが我が主の師匠様……どうなさりました?」

 

九尾と分かった途端、まるで苦虫を噛み潰したような微妙な表情を見せる師匠。彼がこういう顔をするのは初めて見る。

藍も首をかしげていた。

 

「あー……すまん、藍さん。九尾の狐に関して、ちょっと外の世界(あっち)では良くない思い出しかないんでな。悪い」

 

「何があったんです?」

 

私の問いに師匠が少し悩む仕草を見せ、チラッと藍を横目に見ながら、やがて大きなため息をつきながら言った。

 

 

 

 

 

「九尾とは色々あってな。家を5回ほど爆破されたり、何回か殺されかけたり、仕事の邪魔を片手で数えきれないほどされたり、財布盗まれたり……とにかくもう、トラウマみたいなもんになってるんだわ」

「「………」」

 

 

 

 

 

私と藍は口を開けて絶句した。

師匠は九尾に恨まれるようなことでもしたのだろうか?

 

「さぁな? 俺だって誰からも恨まれずに生きてきた訳じゃない。恨み辛みなんて何が引き金になるかも分からない、理不尽な世界だぜ?」

 

藍が申し訳なさそうに頭を下げたが、師匠は笑いながら手を振った。

私としても師匠と藍の中が悪くなってほしいとは思っていない。

 

師匠が「晩飯でも作るか」と台所に移動しようとしたそのとき、藍は不意に師匠を呼び止めた。

 

「紫苑殿、少しよろしいでしょうか?」

「ん? どした?」

「これのことなのですが……」

 

藍はスキマから大きな箱を取り出した。

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 藍

 

私から見た『夜刀神紫苑』という男は、不思議な少年という第一印象だった。

なぜ人間であるにも関わらず霊力ではなく神力を身に宿しているのかは知らないが、少なくとも紫様に害を成すような存在ではないだろうと思っていた。

 

しかし――この少年はおかしい。

人間と妖怪は基本的に相いれない存在。博麗巫女や白黒魔法使いのように、種族関係なく平等に接する人間の方が珍しいのだ。

少年は私のことを『九尾の狐』と知り、一瞬苦手意識を感じたものの、妖怪そのもの(・・・・・・)に嫌悪感というものを一切感じていないのだ。我が主の師匠様だからという問題ではなく、妖怪に畏れを感じていないというべきか。

 

私は理論的に考えすぎなのだろうか?

『何か裏があるのではないのか?』と危惧してしまう。

 

紫苑殿は箱を見た瞬間、眉を潜めて舌打ちをした。

古い木製の箱は細長く、どこか厳かな雰囲気を感じる不思議な物だった。大きさからして棒のような『何か』が入っているように思われる。

 

「あのアホ……今ごろ返しやがったか……」

 

「し、紫苑殿?」

 

「えーと、あー、うん。藍さんありがとう」

 

不機嫌そうな顔をしたのは刹那の時間。私の持ってきた箱を、紫苑殿は何の疑いもせずに笑顔で受け取った。

渡しながら私は考える。紫様から頼まれて持ってきたが、この箱の中に何が入っているのかを聞いてなかった。紫様のことだから、幻想卿に害を与えるようなシロモノではないと思うが……一度気になってしまうと知りたくなる。

 

 

 

――封印の術式が施されていればなおさら。

 

 

 

「これ二階に置いて来るから、二人はそこらへんのソファーにでも腰おろしといてー」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

機箱を脇に抱えながら、居間から離れようとする紫苑殿を引き留める。

 

「その箱には……何が入っているのでしょうか?」

 

「藍」

 

紫様から『余計な検索をするな』と視線で伝えられるが、紫苑殿は隠す気はないのか戻ってくる。

木箱を居間の机に置く。

 

「やっぱ気になるか」

 

「すみません……」

 

「いいって。むしろガチガチに封印されてるわけ分からん箱持って来させられたら、不安になるのが普通だよね。先に言っとけばよかったかなー」

 

箱を机の上に置いた紫苑殿は、箱に張り付けてある紙の上に指を置いて印を切り、封印の結界を解く。

刹那――

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 

 

 

何の変哲もない大きな木箱から、あふれんばかりの妖力や神力が部屋に充満する。

蒼色に揺らめく妖力と、黄金色に輝く神力。

ごちゃ混ぜになった力にあてられて、立っていた私はふらついてしまう。倒れそうになったところで紫苑殿が私を支えてくれた。

 

「おっと……藍さんには少々きついか」

 

紫苑殿は右手で指を鳴らす。

次の瞬間には妖力と神力の塊は紫苑殿の中に吸い込まれ、まるで何事もなかったかのように、部屋の雰囲気が戻った。

 

今のは……一体……?

私は紫苑殿に礼を言い、木箱に近づいてみる。

 

 

 

 

 

箱の中には――二振りの刀だった。

 

 

 

 

 

微かだが、その二振りからはそれぞれ妖力と神力が感じ取られる。

先ほどのような濃い力ではないが、同種であるのは確か。

 

「紫苑殿、これは一体……?」

 

「藍さんでも名前は知ってるんじゃないかな。こっちが『妖刀村正(ようとうむらまさ)』で、これが『天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)』だよ。叢雲のほうは本物じゃなくてレプリカなんだけどね」

 

「レプリカ……?」

 

「うん。スサノオが使ってたアレの偽物。まぁ、レプリカでも膨大な神力宿してるから偽物って言うのもおかしいかもな。村正の方だって、正確に言えば『妖力を宿した名刀村正』だから」

 

尋常ではないほどの力。少なくとも、このような『個の妖力』を宿している刀など聞いたことがない。紫苑殿は「レプリカと紛い物だから大丈夫でしょ?」と紫様に聞いているが、二振りは幻想郷の大妖怪と同等の力を持っていると断言できる。

紫様から彼の能力を聞いているが、これは過剰武装なのではないか? 彼は幻想郷をどうするつもりなのだ……?

 

紫様に咎められることを承知の上で聞く。

 

「紫苑殿、この2つの刀は幻想郷に影響を及ぼす可能性があるものです。貴方はこれで何をするおつもりなのですか?」

 

「藍!」

 

「紫、んな大声出すなよ。っても、どうしようかねぇ……」

 

「どうしよう、とは?」

 

紫苑殿は二振りの刀を両手にそれぞれ持ちながら、私に向かって肩をすくめて困ったように笑う。

 

「これ、村正は友人から貰った大切なものなんだよ」

 

「その妖刀が?」

 

「うん。まぁ、これは前まで普通の名刀だったんだけどさ。叢雲だってレプリカでも神器だぜ? 神器ってのは持ち主を選ぶ(・・)から、そう易々と捨てられないんだよな」

 

「は、はぁ……」

 

「――この二振りには何度も命を救われた。ここに永住する予定の俺としては、これを外の世界に残していきたくはなかったんだ」

 

ここまで言われると、私は彼に刀をどうこうしろとは口が割けても言えない。しかし――と汗をかきつつ悩んでいると、紫苑殿は微笑みながら刀を紫様に手渡した。

突然だったので紫様も「え?」と目を丸くした。

 

「けど幻想郷側から危険視されても困る。そんなに藍さんが心配なら……この二振りは預かっていてもらおうかな」

「え? でもそれは……」

「うん、確かにこれは俺にとって大切なものだ。でも……弟子の式神を不安にさせてまで持っておこうとは思わない。俺の相棒、よろしく頼む」

 

――あぁ、私は最初から勘違いしてたのか。

彼は――私や紫様と同じように、幻想郷を優先的に考えてくれているのだ。でなければ大切な刀を紫様に托したりはしないだろう。

 

私は紫苑殿の前に土下座をした。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした!!」

「ゑ!?」

 

 

   ♦♦♦

 

 

side 紫

 

千五(ゲフンゲフン)――久しぶりに師匠の料理を口にしたが、相変わらず専門家顔負けの味だった。藍も師匠への警戒を解いたようで、味付けの仕方などを一生懸命聞いていた。

 

夕食後、私は居間のふかふかした椅子に座り、師匠の刀の一振り――妖刀村正を抜いて、その刀身を眺める。

僅かながら神力の混ざった妖力が漏れているが、ここまで安定しているのは珍しく、なおかつ純粋な妖力を感じる。

 

「神力が混じっているにもかかわらず、その妖力は純粋な強さを秘めている……。矛盾しているはずなのに、それを正当化させている刀」

 

「珍しい……というよりは、この刀だけでしょう。しかし……紫苑殿は村正を何に使っていたのでしょうか?」

 

隣で腰をおろしている藍が問うてくる。

妖力を持った刀など、基本的には人間に悪影響しか及ぼさない。私が管理する予定の天叢雲剣なら少数の人間にも扱えるが、師匠ほどの能力持ちがリスクを犯しても持つ物なのか? 藍はそう言いたいのだろう。

そもそも師匠の強さならば一振りで事足りる。

 

「確かに師匠には本来不必要なものね。私もこの刀を持つ意味を聞いたことがあるわ」

 

「……つまり理由はあると?」

 

「答えは簡単だったわ。――『対・神力を無力化してくる友人用』って」

 

「………」

 

私の式神は絶句していた。

私も師匠に来たときと同じ反応をしている式神に、思わず吹いて笑ってしまった。やはりそういう反応になる。

 

村正を鞘にしまいスキマに入れると同時に、洗い物を終えた師匠が一升瓶と杯を持ってきた。

洗い物は藍が申し出たが、『客に洗い物させられるか。ゆっくりしときな』と断られたそうだ。

 

「ほれ、祝儀の席じゃないけど祝い酒だ」

 

二人分の杯に酒を注ぎ渡す師匠。

ちなみに師匠は自分の杯に並々と麦茶を注ぐ。

 

「師匠、ありがとうございます」

「紫苑殿、かたじけない」

「俺は悪いけど酒は飲まないぞ。苦手だし」

 

居間の窓を開け、地面――カーペットというものに腰をおろして一息つく師匠。

虫の美しく鳴く音が部屋に響き渡り、満月が雰囲気を盛り立てる。

師匠は自然が奏でる苧とに、瞳を閉じて笑みを浮かべていた。

 

「……いいねぇ。言い方は悪いかもしれないけど、こういう田舎っぽい雰囲気は好みだわ。時間がゆっくり流れていく感じ」

 

「そう言ってくれると幸いですわ」

 

師匠は自分の杯を掲げ、私たちもそれに倣う。

 

 

 

 

 

「幻想入りを祝して――乾杯」

「「乾杯」」

 

 

 

 

 

心地よくも静かな時間が流れた。

 

 

 




紫苑「あんのアホ今頃返しやがって……」
藍「誰でしょう?」
紫苑「街のときの友人。人の物はちゃんと返せよな」
魔理沙「ぎくっ」

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