東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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54話 不死と女神

 

 今日は珍しく人里を歩いていた。

 基本的には妖怪の森を中心とする活動範囲を展開する私にとって、人里を歩くというのは珍しい光景だ。久々なだけに少しではあるが人里が少し変わっていた。 仙人という立場にあるので、修行として妖怪の山に籠りっきりなのは仕方のないことだと私は考える。

 

 というわけで、いつも賑やかな人里を歩いていたわけだが……。

 

「――ん?」

 

 珍しい人間を見つけた。

 いや、人間と言っていいのか?

 

 その人間――男は不思議な格好をしていた。

 外の世界の服装に似ているような気もするし……もしかして外来人だろうか。

 年齢は目測になるが、人間ならば成人していないだろう。身長はそこまで高くはなく、灰色の長い髪の毛を一つに束ねており、何かに飢えてるような赤い瞳をのぞかせる男だ。一度その外見を見れば当分忘れることが出来ない出で立ち。

 

 

 

 しかし――私が注目したのは。

 

 

 

 彼の左腕に巻かれた包帯(・・・・・・・・・)だ。

 

 

 

 私も事情により右腕に包帯を巻いているが、彼の左腕からもそのような気配を漂わせるものを感じた。いや、根本的に私とは別の理由なんだろうが、それが『彼が人間なのか』と思わせる原因でもある。

 彼は危険な人物なのか。

 気になって私は彼を呼び止めた。

 

「待ちなさい、そこの男」

 

「――んァ?」

 

 抜身の刃より鋭い瞳がこちらをとらえる。

 少なくとも友好的には思えない。初対面で声をかけただけで、ここまで相手を睨み付けるだろうか?

 

「貴方は外来人でしょうか?」

 

「ンだよ。幻想郷では外から来た人間は人里すら歩けねェのか?」

 

 答えるのすら面倒と言いたげに頭を掻く男。

 その態度に思わずムッとしてしまい、私は説教しようと口を開こうとするが、

 

「……貴方――」

 

「人に質問するンならまず自分が名乗れや。人にいきなり外来人かとか失礼にも程があるだろォ? ったく、幻想郷の人間は無礼な奴しかいねェのか」

 

「……茨華仙と申します」

 

「あァ、仙人の類いか、道理で普通じゃねェ気配がするわけだ。俺様は名乗らンけどよ」

 

 ククッ、と人を小ばかにする笑いを見せる男に、私は怒りをこらえるのが難しかった。思いっきり約束を破られた形だ。

 彼と私は根本的に相容れない存在なのではないか?と、私の直感が告げていた。上手く表すことが出来ないが、行動の一つ一つが相手を挑発するものを含んでいる。幻想郷の住人で例えるなら……四季のフラワーマスター・風見幽香だろうか? いや、あれより酷いかもしれない。

 引きつった顔を隠しつつ、私は男に対応する。

 

「名乗り返すのが礼儀でしょう? 『外来人全員が無礼だ』と、貴方は幻想郷の住人に思わせるのですよ」

 

「無礼で結構。テメェが勝手に名乗ったンだから、俺様が名乗り返す必要性はないだろ? 俺様の言動程度でここの連中が判断すンなら、所詮はその程度の奴等だ」

 

「……屁理屈ですね」

 

「屁理屈も理屈だぜ?」

 

 思わず舌打ちをしてしまうくらいに苛立っている自分。

 こういうタイプの人間は何を説教しても反省することはない。この灰色の髪の少年は、誰からどう思われようが一切の関心がないのだろう。言葉の節々からそれを物語っている。

 

 この男をどうしようか迷っていると、なにやら外野が騒がしい。

 少し離れたところで人だかりができていた。

 加えて大きめの妖力の気配を察知し、男を放置してその人が集まる方向へと走っていく。ただ事ではない。

 そこには――

 

「か、華仙殿!」

 

「慧音さん!?」

 

 妖怪に捕まっている上白沢慧音の姿があった。

 彼女は本来半妖なので、そこら辺の妖怪に捕まるなんてことはないはずなのだが、今の彼女からは妖力を感じない。

 人里に侵入している妖怪は10ほど。

 多くもなく少なくもなく、だが厄介なのは確か。

 

「す、すまない……妹紅は永遠亭に出向いていて、私の妖怪としての部分が消える時間帯を狙われた……!」

 

「くっ……」

 

 つまり人里を襲っている妖怪には知性があるということか。

 慧音を拘束している妖怪は大妖怪一歩手前の強者。恐らくこの妖怪が妹紅が不在で慧音が人間である時期を狙ったのだろう。

 

「グハハハ! こんな上玉がぁ手に入るなんてなぁ!」

 

 不愉快なダミ声を発する妖怪。

 思わず握り拳に力を入れる。

 

「私のことはいい! 早く妹紅に知らせてくれ!」

 

「いえ、この程度なら私がっ」

 

「おい、そこの桃色の仙人! そこを動いたら――この女がどうなるかぁ分かってるよなぁ?」

 

 その妖怪は手触のようなもので慧音を拘束し、警告と共に慧音に絡み付いている手触で強く絞める。慧音の苦しそうな声が響き、私を含めたそこにいる人々が悔しがる。

 

 やろうと思えば目の前にいる妖怪なんて簡単に退治できる。

 けれど、下手に動けば慧音の命が危うい。さすがに長年の付き合いのある彼女を傷つけるのは本意ではないからだ。

 何もできないやるせなさに左の拳をきつく握りしめる。

 

 その時。

 

 

 

 

 

「へェ、おもしれェことになってンじゃんか」

 

 

 

 

 

 あの男が人混みの中から顔を出した。

 この状況を把握してないという足取りで、私のところに近づいてきた。

 何という緊張感のなさか。私は思わず怒鳴りつけた。

 

「貴方はこの状況を理解しなさい!」

 

「うっせェなァ。行きなりお説教か? あの妖怪が人里襲って人質とってンのは見なくても」

 

 男が妖怪の方を見て――固まった。

 正確には妖怪に捕まっている慧音を見て、だが。

 その様子に私や慧音、目の前の妖怪ですら怪訝な表情を浮かべる。

 

「………」

 

「どうしたガキ。この俺の恐ろしさに声も」

 

 

 

 

 

「……綺麗だ」

 

 

 

 

 

「「「「「……は?」」」」」

 

 何を言っているのだ、この男は。

 男以外の全員が疑問の声を口にする中、男は慧音から視線を離さずに頭を抱えた。

 

「やべェ、やべェよ。超好みなンですけど。うわっ、超会話してェ。女なんて全員クソみたいな生き物だと思ってたけどよォ……あァ、幻想郷最高だぜ!」

 

「な、何を言ってるんですか!? それより早く彼女を妖怪から助けないと――」

 

 そう口にした瞬間――私の横で変なことをブツブツ呟いていた男が消えていた。神隠しのように突如として消えた男を探し、ふと視線を前に移すと男が大妖怪の顔面を右手で掴んでいるのを捉えた。男と妖怪の身長差は大きく、男は飛ぶような形で妖怪の顔を握りしめる。

 彼の表情は見えないけれど、慧音を捕まえている妖怪が震えながら男を見ている限り、あまり想像もしたくない顔をしているのだろう。

 

 

 

 

 

「――そこのねーちゃん離せ、クソ妖怪」

 

 

 

 

 

 それが大妖怪一歩手前まで登り詰めた妖怪の聞いた最後の言葉だった。男が掴んでいた妖怪の顔がミシミシと鳴り、内側から爆発したかのように四散して絶命した。巨体が慧音を押し潰すような形で倒れそうになったが、男が慧音を素早く救出したので事なきを得る。

 人の握力だけで顔を潰せるはずがない。

 何者だ!?

 

 ちなみに慧音は男に抱き抱えられた状態――いわゆる『お姫様抱っこ』と言われる形で救出されたので、彼女は頬を赤く染めていた。

 

「え、えっと……」

 

「ねーちゃん、名前は?」

 

「か、上白沢慧音だ」

 

「慧音さん、か。ちょっとそこら辺の茶屋で話でもしねェか? 俺様が代金全部持つからよォ」

 

「あ、あぁ――って、今はそれどころじゃない! 他にも妖怪が人里に入り込んでいるから、それの対処を」

 

「つまり人里に入り込ンでる妖怪を皆殺し(・・・)にすりゃいいンだな? この俺様に任せろ」

 

 気遣うようにゆっくりと慧音を丁重に下ろした少年は、リーダー格であった大妖怪に群がっている妖怪に嗤いを向ける。

 その時の表情を私は忘れない。あの大妖怪が放った畏れなど小さなものと思わせるくらい、万人に恐怖を抱かせる笑顔。口が裂けているかのように歪めて、獲物を見つけた獰猛な野獣の如く静かに歩く。

 

 

 

 

「テメェらに恨みはねェが――皆殺しだ」

 

 

 

 

 ……そこからは、もはや殺戮であった。

 男が殴れば妖怪の身体が吹き飛び、男が蹴れば半身が消し飛ぶ。妖怪の臓物が舞い、男の狂った嗤いがこだまする。野次馬が恐怖のあまり逃げた後も、男の殺戮は続く。小さな妖怪の体を引きちぎり、中級の妖怪の頭を抉り出す。

 彼に慈悲など存在しなかった。

 皆平等に――悲惨な死を遂げる。

 

 

 その悲惨な姿に私と慧音は戦慄した。

 

 

 全てを殺し尽くした男は、妖怪の死骸の中央に立ちながらこちらを向く。人里を脅かす妖怪は消えたはずなのに、それを素直に喜べない自分がいる。

 

「けっ、手応えのねェ相手だったぜ」

 

「君は……何者なんだ?」

 

 慧音の問いに、男は嗤いながら答える。

 顔だけを私達の方に向け、紅い瞳孔を開きながら妖怪の頭だったものを握りつぶす。

 

 

「慧音さんの質問なら、答えねェわけにはいかねェ」

 

 

 妖怪の血に汚れた顔を歪める少年。

 

 

 

 

 

 

「俺様の名前は獅子王兼定(ししおうかねさだ)。壊神って呼んでもいいぜ?」

 

 

 

 

 

 

   ♦♦♦

 

 

 

「君、クビね」

 

「そう」

 

「――いやいやいやいや、ちょっと待ってよアイリスちゃん! 普通理由とか聞くもんじゃないの!? 何で物凄く自然な形で部屋を出ようとしているの!?」

 

 自分の執務室に呼び出した独立治安維持部隊第一隊長のアイリス・ワルフラーン――通称『ロリ巨乳』に部隊長の任を解いたところ、仏頂面の彼女は軽く頷いて部屋を出ようとしたのだ。

 この展開は全知全能たる暗闇(ボク)ですら読めなかった。千里眼を封じていて不自由な状態を楽しむボクだが、未だに生き年生ける存在の思考を把握するのは難しい。

 それが面白いんだけどさ。

 

 いつも通りの仏頂面で首を傾げる彼女に、何でこうなっちゃったかなぁと溜め息をつくボク。常識外の行動をする点に関してならば、重奏メンバーに引けをとらないだろう。

 

「どうして?」

 

「そこで疑問に持つ辺り、君は本当に第一部隊(もんだいじ)なんだって痛感するよ。紫苑に似たのかな……?」

 

「最高の誉め言葉」

 

「HAHAHA、皮肉すら通じないね!」

 

 最初は意地悪のつもりで、紫苑に問題児達を押し付けて、喜怒哀楽を表に見せなかった彼が慌て困る様を楽しむつもりだった。そのくらい癖の強い異端者を、当時『使い捨て部隊』と蔑まれたところに配属させたはずだった……そう、はずだった。

 それがコレだ。あの個性が強すぎる連中を上手に束ねて、紫苑が独自に加えたりもして、彼が辞めたにも関わらず隊長がこんなんでも統率の取れた集団を保ちつつある。

 さすが『流した血によって繋がる集団』なんて揶揄されるわけだ。

 

 特に初期から第一部隊に所属するアイリスちゃんを含む数十名は、紫苑ですら「どーしてこうなった?」と唖然するほど、隊長の彼を狂信していた。

 新興宗教かな?ってぐらい。

 裏を返せば紫苑がいないと手に負えないんだよね。マジで。

 

「まぁ、この際それは置いておこう。第一部隊の部隊長の任を解くとして、君に新しい仕事を頼みたいんだ」

 

「ん」

 

「お、引き受けてくれるかい?」

 

「面倒だけど、私は貴女だから(・・・・・・・)

 

 そうなんだよね……。

 あらゆる人々が紡ぎ産み出す神話の原点はボクであり、ほぼ全ての神話に登場する神々のモデルとなったのは何を隠そう、このボクだ。この街に住む神々は、人々の信仰心で生まれた存在であり、本人と言えば本人だが、厳格には違うと言っても間違いじゃない。ボクの起こした行動が、人間に影響を与えて産み出された存在たからね。

 目の前の彼女だってそうだ。アイリス・ワルフラーンも某神話の女神だし、今の台詞も本当のこと。だから渋々ながらも彼女はボクの言うことは聞くのだろう。

 

 ……人間は何をトチ狂って彼女をイメージしたのかな?

 こんな頭おかしいことした覚えがないんだけど。

 まぁ、そこんところは置いておくとして、ボクは新しい任務内容をアイリスちゃんに説明する。

 

「君には幻想郷に行ってもらって、紫苑の――」

 

「行ってくる」

 

 『幻想郷』と『紫苑』という単語が出てきた刹那、全貌を聞かぬまま部屋から出ていってしまった。言葉にできない。伊達に『紫苑の弾丸』なんて通り名をつけられた女神じゃないね。

 そして扉の向こう側で第一部隊の他メンバーの喜びの声が聞こえる。何だかんだで皆が紫苑のことを心配し、アイリスちゃんの新しい任務の門出を祝福しているのだろう。

 ボクは嘆息しながら苦笑する。

 

「……まったく」

 

 後からメールで詳細を送ればいいや。

 紫苑がどう反応するのか、幻想郷にどのような影響を与えるのか、ボクはワクワクしながらも新しい部隊長(・・・・・・)を呼び寄せるのだった。

 

 

 

 




紫苑「物凄く嫌な予感が」
ヴラド「楽しみだな(∩´∀`)∩」
紫苑「あ?( ゜Д゜)」

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