東方神殺伝~八雲紫の師~【リメイク】   作:十六夜やと

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お久しぶりです。
なんか急性気管支炎が再発しました。
生きてます。


55話 大きな壁

 

 

 身体が動かない。

 動かそうとしても激痛で地面に崩れてしまう。

 

 

 

 咳をすると口から血が地面に飛び散る。

 そこまでの量ではないのに、それを見た瞬間視界が歪んで見えた。

 意識が朦朧とする。霊力も残りわずか。

 

 

 

 筋肉が痙攣しているのも理由かもしれないが――大半は目の前にいる者の猛攻を一身に受けたからだろう。

 

 

 

「――天性の才能、か。羨ましい限りだ。……でもよ、天才でも努力しなかったら所詮は宝の持ち腐れってやつだよな」

 

 

 

 目の前で佇む男は苦笑する。

 

「さぁ――もっと俺を楽しませろよ、博麗の巫女」

 

「――っ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間――私の中の何かが弾けた。

 激痛を訴える体を無視して、全力で地面を蹴って男に突っ込む。

 手には札。

 

「神技『八方龍殺陣』っっ!!!」

 

「うん、これは綺麗な弾幕だ」

 

 男は右腕を私に向けて――指を鳴らす。

 刹那、私の足元に位置する地面が爆発を起こしたように弾け、スペカの弾幕もろとも吹き飛ばす。殺傷能力は低かったにせよ全速力で駆けたため、うまく回避できずにそのまま地面に叩きつけられた。

 受け身も取らなかったので背中から見事に落ち、肺にあったはずの空気を全て押し出された。ついでに血も吐く。

 

「その程度の玩具で俺を殺せるとでも思ったか? 舐められたもんだ。そこら辺にいる妖怪ならまだしも、こんなんで傷つけられるくらいなら、俺は今頃死んでるぜ?」

 

「……っ」

 

「これは殺し合いだ。殺るなら『夢想天生』くらいじゃないと。……その『夢想天生』はさっき切り裂いたけどさ」

 

 男は倒れている私の横にしゃがみこむ。

 

 瞳孔が開いたその男の目がすべてを物語っていた。

 絶対的な勝利をつかんできた現人神の、あらゆるものを蹂躙する獣の、切裂き魔・壊神・帝王・詐欺師と並び称され殺しあってきた者の――本当の実力。

 

 

 

 私は消え行く意識のなかで。

 その男――夜刀神紫苑の悲しそうな表情を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ぅ……?」

 

「霊夢!?」

 

「起きたか!」

 

 起きた私の視界に写ったのは、心配そうに私を見下ろす魔理沙とアリスだった。どうやら私は紫苑さんの家の二階にある来客用の寝室に寝かされていたようだ。

 起き上がろうとして、その激痛に顔を歪める。

 私は身体中のあらゆるところに包帯が巻かれていることに気づいた。

 

「おいおい、安静にしてないと駄目だぜ? 紫苑に二階にいる霊夢の治療を頼まれたときは何事かと思ったが……お前はどんな妖怪と戦ったらこんな怪我をするんだ?」

 

「……別にどうってことないわよ。紫苑さんと戦っただけ――いや、あれは殺し合いね。私は紫苑さんと殺し合いをしていたわ」

 

「どうして霊夢が紫苑さんと殺し合いなんかしてるのよ!? さっき会ったときの紫苑さんは全くそんな雰囲気じゃなかったけど」

 

 アリスの疑問はもっともだ。

 彼女は私と紫苑さんとの関係を知らない。

 

「私、紫苑さんに弟子入りしたのよ」

 

「マジか!?」

 

 魔理沙は白玉楼での異変で聞いているから、私が弟子入りを希望する経緯を知っているが、それでも目を丸くして驚いていた。

 

「紫苑さんが強いのは知ってたけど……霊夢と戦えるくらい強かったのね……」

 

「戦う? 違うわ、アリス。紫苑さんは完全に遊んでた(・・・・)。私の『夢想天生』も『戦士』で簡単に無力化されたし」

 

 手加減されていたのは自分でも分かってた。

 私が『夢想天生』の起動を待っていてくれたし、息を整えている間も攻撃をしてこなかった。準備運動を兼ねているのではないかと思うくらいには手を抜かれている感じはした。

 

 けど――あの西行妖のときみたいに黄金の世界を作り出すことなく、剣を一振り造って『夢想天生』を切り裂かれたのはショックだった。横凪ぎに一閃ですべてを片付けられた。

 私の切り札は、夜刀神紫苑の驚異となり得なかったのだ。

 

「紫と幽香の師匠だから相当強いのは分かってたが……霊夢を子供のようにあしらうなんて化物すぎるぜ……」

 

「それにしてもやりすぎじゃない?」

 

「……私がお願いしたのよ」

 

 最初の紫苑さんは困惑していた。『俺と――俺たち(・・)と本気で戦うってことの意味を理解してるのか?』と。

 それでも私は頭を下げてお願いしたのだ。

 自分の実力がどれ程のものなのか、紫苑さんの本気とどれくらい離れているのかを確認したかった。

 

『んじゃあ――喜劇(ころしあい)と洒落込もうぜ』

 

 結果は――単純だった。

 

 

 離れすぎて分からない(・・・・・・・・・・)

 人間と言う立場でこれ程の強さに至るのに、どれ程の研鑽を積んだのか想像できないくらいに。

 

「ねぇ、二人とも。ちょっと部屋から出てくれない?」

 

「え、どうし――」

 

「アリス、出ようぜ」

 

 意思を汲み取ってくれた魔理沙が、アリスを連れて寝室から出ていく。恐らく扉の向こうに待機しているだろうけど、私にはそれだけで十分だった。

 

 私はかろうじで動かせる右腕で視界を隠した。

 誰もいない。

 そう脳が理解した瞬間に、私は自分から込み上げてくるものを押さえられなかった。涙腺が崩壊して、嗚咽が静かな部屋に響き渡る。やるせなさ、やり場のない感情、そのようなものが頭の中をグルグルと回る。

 

 

「どう……して……」

 

 

 私はこんなにも弱いのか。

 こんなにも無力なのか。

 溢れて止まらない涙は枕を濡らし、拳をきつく握りしめた。

 

 

 

 

 

 私が生まれて初めての挫折感。

 それは、憧れの人との実力差だった。

 

 

   ♦♦♦

 

 

 紫苑殿がボロボロの霊夢を抱き抱えて帰ってきたときは驚いた。その原因が紫苑殿にあったのだから尚更だ。

 治療を魔理沙とアリスに任せて、彼は何事もなかったかのように夕食の準備をしている間、私はキッチンのテーブルで茶を飲んでいた。食事関係は紫苑殿に一任している。

 私の隣では宇佐美蓮子が茶菓子を切り分けていた。

 

 

 

「ところで、あなたは何なのですか?」

 

「かかっ、今頃か」

 

 

 

 いつの間にか私の向かい側で紅茶を優雅に嗜んでいる蒼髪の青年を睨んだ。いつどうやって入ってきたのか感知できなかった。一度認識すれば、その圧倒的な存在感に心奪われそうになるのに。

 一方の宇佐美殿は「あ、ヴラドさん」と切り分けていた茶菓子の一つを疑いもなく差し出している辺り、この不思議な現象に慣れているように見受けられる。

 

「儂の名くらいは知っておろう。ヴラド・ツェペシュ、紫苑からは『帝王』の異名で聞いておるかね」

 

「いえ、ですから何故ここにいるのかと」

 

「そんなの玄関からお邪魔させてもらったに決まっておろう。そこの蓮子に案内してもらったが、九尾たる貴様が気づかぬとは情けない」

 

 小馬鹿にするように忍び笑いをする姿も様になっている。

 紅魔館の主が最終形態となった姿――レミリア・スカーレットが目指しているものがこれではないか、と思ってしまうくらいのカリスマ性を放つ男だ。

 身体に力をいれていないと無意識にからだが硬直してしまう。小馬鹿にされたことを怒る気にもなれない。

 これが――彼が紫苑殿の言っていた『帝王』だ。

 

「博霊霊夢は派手にやられておったな。神殺の化身を受けて無事であるはずがないのは知っておったが」

 

「え、霊夢が紫苑さんに?」

 

「切裂き魔の言葉を借りるなら『ワンサイドゲーム』と言うところじゃな。何度でも紫苑に喰らいつく根性は評価できるが、あのような弾幕しか使えぬのなら……まだまだじゃのう」

 

「おぅ、俺の弟子にダメ出しするなんて、お前も偉くなったな老害オタク。表出ろや」

 

 準備を終えた紫苑殿があからさまに不機嫌な表情で私の横の席に座る。まだ配膳するには早いと判断してか、手には缶に入った飲料水を持っている。飲み物は珍しく麦茶ではなく、酒と同じような感覚だからと嫌っていた炭酸飲料水だった。

 それを3本ほどテーブルの上に置く。

 

 それを見たヴラド殿が目を細めた。

 面白いものを見るような目だ。

 

「儂と九尾は炭酸は飲まぬぞ?」

 

「うっせぇ。俺が飲むんだよ」

 

「えっと……大丈夫?」

 

「……まぁ、大丈夫じゃないけど大丈夫」

 

 宇佐美殿の気遣いに一瞬だが不機嫌そうな雰囲気を和らげ、矛盾した言葉を放つ。あまり心配をかけたくないのだろう。

 紫苑殿は1本目を物凄い勢いで飲み干す。

 飲み終わったときの紫苑殿は荒れており、こんなものを飲みたくなかったと言いたげな顔だ。舌打ちもしている辺り、いつもの紫苑殿からは想像もつかないような姿。

 私が見ていることに気づいた彼は、大きくため息をつく。

 

「不機嫌じゃのー」

 

「当たり前だろ。つくづく自分が嫌になってくる」

 

「博霊の巫女をボコボコにしたことかの? あのような傷は街では日常茶飯事だったであろう。お主が気にする必要はないと思うが?」

 

「……お前さ、霊夢が人間だっての忘れてないか?」

 

 紫苑殿はヴラド殿を睨む。

 そして宇佐美殿の心配気な表情を見て、大きく溜め息をつくのだった。

 

「霊夢がガチで強くなりたいと思ってんのは痛いほど分かるけどさ……んな方法を俺が知るわけねーだろ。こちとら人外魔境の連中と殺りあってただけだぞ?」

 

「お主も人間ではないか」

 

「霊夢が不死なら殺す覚悟でやれるけど、霊力がデカイだけの普通の女の子だ。俺みたいに腕もげて足切り裂かれてなんて、そんな実践で覚えろみたいな方法だと死ぬだろうが。ここ幻想郷だから尚更だ」

 

「人の身も難儀だな。知っていたことだが」

 

 紫苑殿は2本目に手を出す。

 私の目から見ても、相当参っているのは感じ取れた。

 

「紫や幽香のように頑丈じゃない、チルノのように消えても復活するわけでもない。頭痛いわ」

 

「それならば霊夢に直接言ってはどうでしょうか? 霊夢を強くするのは無理だと」

 

「真剣に訴えてくるやつの願いを無下にできるほど、俺は人間捨ちゃいねぇ。手探りで分かんないことだらけだけど、何とかして霊夢を強化させるさ」

 

 でもなぁ……と紫苑殿は頭を抱える。

 

「霊夢の心が折れてなけりゃいいけどよ……」

 

「あれ程度で挫折して止めるのであれば、その程度の女よ」

 

「こんのクソジジイがっ」

 

 テーブルに突っ伏す紫苑殿を笑いながら眺めるヴラド殿。

 

 

 

 しかし――私は紫苑殿の考えが杞憂であると思う。

 

 

 

 霊夢は勘の良い娘だ。

 紫苑殿が自分のために頑張ってくれていることは、彼の口から語らずとも理解するはず。

 

「こりゃ霊夢が起きたら土下座だなぁ。それで許してくれると良いけど、自己嫌悪感半端ない」

 

「悩め悩め、小僧」

 

「傍観者だからって……!」

 

「なんというか……紫苑殿も悩むんだなぁ、と安心している自分がいます。長寿の私よりも達観している印象だったので」

 

「達観してるつもりはないけど……悩まない人間は思考放棄してる奴だけだよ。悩んで悩んで、それでも答えがでないこととか星の数ほどあるわ。俺だって人の子だ」

 

 2本目の炭酸飲料水を空にする紫苑殿。

 アルコールで暴走すると本人は言ってたが、炭酸飲料水を飲んでいるだけで気分が悪くなっているようだ。

 

 しかし――こうやって霊夢について真剣に悩んでいる姿を見ると、まるで霊夢の父親のようだ。確か彼女は孤児だったはずで、彼の親など紫様ですら知らないはず。加えて紫苑殿は未成年。父親と呼ぶには早すぎる年齢。

 けれど紫様と同じくらい大切に思ってくれる存在と言うのは、たぶん目の前にいる少年ぐらいだろう。

 

 

 

「霊夢は……強くなれるの?」

 

「さぁ? 不可能ではないと思うぜ、蓮子。俺はそう信じてる」

 

 

 

 その想い。

 きっと――そこの影に隠れている霊夢にも届きますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫苑さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢の囁き声は紫苑殿には聞こえなかった。

 

 

 

 




紫苑「次回が問題」
ヴラド「兼定出すか、始末書出すか?」
紫苑「うん。アイリス回は完全に一からだからなぁ」
ヴラド「兼定側はリメイクになると」
紫苑「(´ー`*)ウンウン。まぁ、お前の出番はないだろうがなw」
ヴラド「(# ゜Д゜)」

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