side 紫苑
俺が幻想郷に来て3日が過ぎようとしていた。
紫は幻想郷の管理の仕事で忙しいし、藍さんはそれの補佐を手伝っているため同様に忙しい。
つまり、俺に幻想郷を案内してくれる人物がいないのだ。
俺も家の中の整理で慌ただしかった。
地下の書庫やリビング、二階の客間を掃除したり。
水道やら電気やらが存在しない幻想郷で、自分の力でどうにか試行錯誤して繋げたりもした。どうやったのかは秘密ってことで。
しかし――3日目となるとやることがない。
つまり暇なのである。
ネットも繋げられないし、家の中で過ごすのもいい加減飽きた。現在進行形でテレビゲームの縛りプレイをする始末。
本も読み終わったから、やることもない。藍さんが明日辺りに人里って場所を案内してくれるらしいが。
今暇なのである。
他人との交流がないのは辛いな。
街に住んでいた頃は、外を出て2.3分すれば顔見知りと遭遇するくらいの友好関係はあったので、幻想郷でも人里とかで情報の輪を広げようと考えていたが、どちらにせよ今の状況が変わることはない。
そんなわけで、縛りプレイしてたゲームを中断して、俺は幻想郷でも唯一知っている観光スポット――博麗神社へと足を運んだ。
玄関から外に出た俺は『風』の化身を利用して飛翔。神社前にある長い階段をショートカットして、博麗神社の境内へと着地した。魔理沙と弾幕ごっこをしたときは狭いと感じた境内は、改めて見てみると無駄に広すぎる。
石畳の上を歩きながら寂れた神社を眺めていると、賽銭箱前で雑談をしている少女達を見つけた。
もしかしなくても霊夢と魔理沙だ。
霊夢は俺(と言う名の金蔓)が来たことによる喜びの笑みを浮かべ、一方の魔理沙は不機嫌そうに俺を睨んでくる。
巫女さんの反応に心当たりはあれど、魔法使いさんの反応に身に覚えはない。内心首をかしげつつ、俺は少女二人の前まで歩いて近づいていった。
「よう、霊夢と魔理沙。こんにちは」
「紫苑さん、今日はどうしたの?」
「暇」
「ふーん……」
たいして俺の来た理由などに興味はなかったのだろう。
俺は財布から500円札(紫から幻想郷で使える金に変えて貰った)を取り出して、賽銭箱――ではなく霊夢に直接渡す。この神社に奉られてる神様はいないし、賽銭は霊夢の生活費になる。直接渡した方が手間が省けて済む。
500円札を渡されて小躍りをする霊夢を横目に、俺は気づかない体で魔理沙に面と向かってにこやかに挨拶。
「魔理沙、元気してるか?」
「……紫苑か」
「なんだ、やけにテンション低いな。なんか辛いこととか悲しいこととかあったのか? 相談くらい乗るぜ」
「……別に」
不貞腐れたようにそっぽを向く魔理沙。
難しい年頃なのかね……と理由をつけて納得しようとすると、ニヤニヤ嫌らしそうに笑う霊夢が理由を説明する。
「魔理沙は昨日の弾幕ごっこで負けたのが悔しいのよ」
「こら、霊夢! 言うなって――!」
「あー、あれかー」
そういえば勝敗は『俺が魔理沙のスペルカードを避けるか否か』だったはず。そのルールに則れば、俺は魔理沙との弾幕ごっこに勝利したことになるな。
俺は勝ったとは思ってないけど。
反応が薄かったことが油を注いだのか、魔理沙は俺に詰め寄って言葉で責め立てる。
「私が数年間頑張って研究して作ったスペルカードなんだぞ! 霊夢も余裕で避けられるとか調子にのって! だから天才は嫌いなんだ!」
「結果の出ない努力なんて、所詮は言い訳でしょ?」
「なんだとっ!?」
怒りの矛先を霊夢に向ける魔理沙と、そっぽを向いて傍観者を演じる霊夢。
でも……なんだか喧嘩慣れしてる印象を持つ。腕っぷしが強いという意味ではなく、いつも二人は喧嘩しているのではないかって意味で、だ。いつものことなのだろうか?
いや、二人の喧嘩は必然なのかもしれない。
俺は二人の様子を眺めながら、数少ない交流から推測する。
魔理沙はさっきの言葉を受けとるのならば、恐らく裏で努力して成果を出す『秀才』なのだろう。才能がないなら数をこなせばいい、努力は必ず実るの精神で己を高めるタイプ。
霊夢は初見で避けるのは難しいと思われるマスタースパークを「余裕で避けられる」と明言しているのならば、魔理沙とは正反対の『天才』だと思われる。たいして努力せずに秀才と同じかそれ以上の域に軽々とたどり着く、人間ならば一度は夢見るタイプ。
そりゃ喧嘩するわけだ。
基本的に『秀才』と『天才』は噛み合わない。
理由なんて簡単――『努力』の価値が全く違うのだから。
「はいはい、ストップストップ。喧嘩はそこまでー」
ヒートアップして殴り合いになりそうだった二人の間に割って入り、両方の肩を掴みながら無理やり引き剥がす。あまり手荒な真似はしたくなかったが、このままだともっと被害が出そうだった。
もちろん引き剥がした代償はある。
霊夢と魔理沙の怒りは俺に向けられた。
「部外者は黙ってろ!」
「部外者どころか喧嘩の原因は俺じゃん」
魔理沙の言葉にも正論で返す。
子供は元気があっていいな……と俺は大きく溜息をついた。
「紫苑だって内心では努力を馬鹿にしてるだろ!? 天才なんてみんなそうだ!」
「確かに紫苑さんって私と同じ雰囲気を感じる。というか努力なんてどうせ報われないわ」
「俺は別に努力を馬鹿にしてるわけじゃないし、加えて天才ってわけでもない。どこに出もいる普通の人間と変わらないよ」
「じゃあ私のマスパをどうして避けられたんだ!?」
どうして、か……。
俺は魔理沙に向かって微笑む。その時の俺が笑みが二人にどのように映ったのかは定かではないが、魔理沙と霊夢は目を見開いて息を飲んだ。
俺は魔理沙の言葉で確信を持った。
それは幻想郷を侮っているわけではなく、ましてや紫を侮辱しているわけでもない。いや、むしろ
紫曰く「博麗の巫女が幻想郷最強」だという言葉、幻想郷において『弾幕ごっこ』が争い事の決着に用いられること、実際に体験した魔理沙との弾幕ごっこ――そして、最後に魔理沙のセリフ。これらから導き出された俺の答え。
――幻想郷は平和すぎる。
だから、魔理沙に俺がマスタースパークを避けた理由を正直に話した。
「あの程度の攻撃なんて、初見で躱せないと簡単に死ぬんだよ。俺がいた世界ではな」
「「――っ!?」」
二人は大きく口を開けて絶句した。
無理もない。藍さんから聞いたことだが、幻想郷の住人は外の世界が『物凄い科学技術を持つ、戦争のない世界』だと思っているらしい。確かに間違いではないけれど――俺が住んでいた街は例外だ。あそこは常識にとらわれていたら次の瞬間には屍と化す。
相変わらず考えてみるだけで恐ろしい街だった。よく生きてたな、俺。
「天才が努力しない? ダイヤモンドの原石だって磨かなきゃ価値は非常に低いんだぞ。んな加工されたままむき出しで発見されるほど、世の中上手くできてはいないさ。それと同じ。天才だって努力しなきゃ、努力した秀才に劣る」
「結果の出ない努力なんて無意味よ」
「霊夢は努力に否定的だなぁ。けど――少なくとも、努力しないと結果は出ないよ」
「紫苑……」
霊夢と魔理沙は何とも言えない微妙な顔をする。
ここまで努力を否定する人間は珍しいが、もしかして『博麗の巫女』と何か関係はあるのだろうか? 俺の知ってる
まぁ、いつ死ぬか分からん世界だった。
出来るだけ死なないように『生きる努力』をしてたんだろ、きっと。
でも、ここは幻想郷。
「幻想郷は平和だから、生きるのに必死だった俺にとっては正に楽園だ。努力しないでも生きられる世界なのに、わざわざ努力するのも面倒か」
「……紫苑さんって、本当は何歳?」
「ん? 17だけど」
「私と2歳しか違わないじゃない……」
その17年が濃密過ぎたんだけどさ。
しかし、俺の説教じみた談議で霊夢と魔理沙の喧嘩を止めることはできた。霊夢は俺の歳を聞いて呆れているし、魔理沙は俯きながら何か考えている様子。
俺はその光景を微笑ましく見つめていると、賽銭箱の下に大きな籠と中に入った色とりどりの野菜が目に入った。
気になったので、霊夢にそれを指差しながら尋ねる。
「それ何?」
「うん? あぁ、なんか藍が持ってきたのよ。自炊しろって言われたけど、野菜使った料理なんて作ったことあるわけないじゃない」
「ふーん……それでなんか作ろうか?」
「え、紫苑さんって料理作れるの?」
「これでも一人暮らし長かったんだぜ」
じゃあ……お願いしようかしら?と霊夢は恥ずかしそうに言った。
霊夢に台所を借りるから野菜を運んどいてくれと指示を出し、俺は『風』で家まで猛スピードで帰宅。台所にあった調味料と冷蔵庫にあった鶏肉を適当に引っ提げて博麗神社まで持っていった。
博麗神社の台所にお邪魔して、なんか昭和どころか江戸レベルの台所に驚きつつ料理を作る。
リズミカルに野菜を切る姿を見ていた霊夢と魔理沙は、調味料を目分量で混ぜていく俺に聞いてくる。
「何作ってるのぜ?」
「鶏肉の野菜炒め。時間があれば他に良さそうなものも作れたんだけど、そんなに待てないって霊夢の顔がそう言ってるから簡単なもの」
「だ、だって……」
「お、そこに米炊いてあるね。
二人が首を横に振ったので、俺はピリ辛味にする旨を話す。
慣れない料理場ではあったが、時間をさほどかけずに料理は完成した。一人暮らしで時間がないときにいつも作ってた料理だから、霊夢と魔理沙には手際よく見えたんだろう。
家からついでに持ってきた皿に盛り付けをして、俺が幻想郷初日に霊夢と会話した場所である居間のちゃぶ台まで運んで置く。
俺が作っている間にご飯を器によそっていた霊夢は目を輝かせんばかりにちゃぶ台前で正座しながら箸をカチカチさせ、魔理沙も米茶碗を片手に持ちながら鶏肉の野菜炒めを美味しそうに見つめる。
「紫苑さん! これ食べていい!?」
「もう待てないのぜ!」
「どうぞどうぞ」
俺はがっつく二人に苦笑しながらちゃぶ台前に座る。
お許しが出た霊夢と魔理沙の食事スピードは早かった。野菜と肉を炒めているときなんて、二人のお腹が鳴る音が聞こえたくらいだ。よほど腹が空いてたのだろう。
「美味っ! これ美味っ!」
「なにこれ、涙が出てきた……久しぶりに美味しい料理……」
「喜んでもらえて何よりだよ」
というか霊夢の言葉が切実すぎて泣けてくる。比喩表現なしで鶏肉の野菜炒めを口に運びながら涙を流しているので、余計に俺の心を抉る感想だった。
野菜炒めを口に含んで米も含む。その単純な行動のはずなのに、俺が皿の野菜炒めがなくなりそうな度に追加の野菜炒めを持ってくる行動を二回繰り返す程に、二人の食事ペースは止まらなかった。
それでも人には限界がある。
二人は同時に箸を置いた。
「「ご馳走様でした!!」」
手を合わせて礼儀正しく言う姿に、俺は内心嬉しかった。
自分の料理を残さず美味しそうに食べてくれる姿は、どこの世界でも嬉しいものだ。
「美味しかった……今まで食べてきた料理の中で一番美味しかった……」
「私も。紫苑さん料理上手すぎ」
「研究と特訓の繰り返しさ」
いかに料理を美味しく作るか。
一時期それだけを考えて生活していたこともあり、友人達を実験台にして何度も料理を作ったもんだ。そのうち調味料や素材を厳選し始めた時なんかは『料理ガチ勢』なんて呼ばれていたこともある。
みんな美味しいもん食いたいじゃん?
特訓の日々を思い返していると、魔理沙は申し訳なさそうにしていた。
どうしたのだろうか。
「紫苑……ごめん」
「魔理沙何かしたっけ?」
「いや、『内心では努力を馬鹿にしてるだろ!』とか言って……本当にごめん」
ちょっと捻くれてる感じはするけれど、本当は優しい良い子なんだな(17歳視点の感想)。
こうやって自分の間違いを素直に訂正できるって良いことだし、こういう心を忘れないで生きて欲しいよ。街の役人とか頭の固い老害ばっかりだから、余計に天使に見える。
霊夢も何か思うことがあるのか、俺の顔をずっと見ていた。
何の変哲もない今日の午後の話。
紫苑「リメイク版で追加された話、どうだったかな?」
霊夢「感想とかもらえると嬉しいわ」
紫苑「そして次回から紅魔編」
魔理沙「異変だぜ!」