それは遠い遠い遥か昔の思い出。
鮮明なものではなく、儚くて夢や幻の如く不確かな記憶。
緑の少ない街、人の溢れ返る乗り物、軽量な通信機械に多種多様な食べ物。記憶に微かに残るその國はそれはそれは豊かな様子だった。
そんなあやふやな記憶の中、はっきりと思い出せるのは一つの創作物。
『うたわれるもの』
文字と絵、そして音楽だけで音声の無いこの作品を最初に目にした時のことは焼けつくように覚えている。
記憶を無くした仮面の男が少女に助けられるこの物語に私は魅了された。日に短い時間しか読めぬ環境で物語を噛み締めるように少しずつ読み進め、一喜一憂した。
後に様々な手が加えられ、声が入り、登場人物は増え、続編までもが生まれて完結を迎えることとなる。
思い入れの深いこの作品だがあくまで創作物に違いなかった。だというのになんの因果か、非常に酷似したこの世界に私は生まれ落ちた。
私は風変わりな赤子だったようだ。
生まれた直後に泣きも怯えもせずに、ただただ不思議そうに周囲の者を凝視していたらしい。又聞きなため、生憎と覚えはないのだがそんな我が子に両親は一体何を思ったのだろうか?
さて、そんな赤子ではあったものの私は集落の新たな住人として皆に見護られ、幸せな日々を過ごしていた。
「我らは
まだ幼き娘に対してこんなことを語る親であるのだからやはり変わり者だったのだろう、私の親父殿は。
そんな堅物の父は私を産んだ時に亡くなった母の分も愛情を注いでくれ、いつも傍らに居てくれた。
親であり、武士でもある父の姿は身内贔屓に見ても素晴らしい漢だった。義に篤く、助けを乞う者を救う姿は誇らしく憧れとなった。
身近なヒトが父だったこともあり私の言葉遣いはこの通り子供らしさの些か欠ける物言いとなってしまった。だが、集落の者からは最愛の父に着いてまわり真似る子供として映ったようだ……概ね間違いではない。
そして、父は死んだ。
父だけではない、面倒をみてくれた乳母もいつも挨拶をしてくれた狩人も皆、いなくなってしまった。
私はひとり、残された。
理由はよくあることだ。実りが悪く十分な租が集まらず野盗に身を窶しただとか負け戦に追いつめられた落人が強盗に及んだなど理由は定かではない。とにかく集落は襲撃者の火の海に沈んだ。
あぁ、しかし……何故だろう。
凍りついたように涙は流れない。
集落の兵は存外優秀だったのか襲撃者もろとも互いに斃れ、私を残した。
父は私を守り、血溜まりに沈んで……もう動かない。
何もかもが終わってしまった集落に取り残された私は森の獣の餌になるか、病か怪我か……遅かれ早かれ皆の仲間入りを果たすことだろう。
「もっと……話したかった」
狩りや武芸、学問に國のこと。
教わりたいことは山ほどあった。
「もっと、色々な物を見たかった」
景色を、ヒトを、皆の喜ぶ顔をーー
立ち昇る炎と煙に見慣れた景色が塗り潰されていく様に胸が苦しくなる。
何故、こんなにも心が動かないのか。
あんなにも大切にあんなにも素敵な日々に華を添えた皆に私は……どうして、涙も感謝も出せないのか。
苦しく、悔しく、歯痒い想いが胸中で渦巻く。
なんの力もない我が身に苛立ちが募る。
そんな私の目に父の姿が留まった。
最後まで我が子を不安にさせない為に笑顔で逝った親父殿の顔が歪み、火の熱に炙られた頬を水滴が流れていく。
「ぁ……」
這いずるように進み、縋りつくと様々な想いが私の中で爆発した。
叩く、叩く。
誰かを護るために鍛えられた身体は硬く、頭を撫でる武骨な掌の感触を思い出し、涙がまた溢れる。
頭を撫でて生真面目に己が心得を説く姿が浮かぶ。
叩く、叩く。
鍛練を真似て木の棒を振るう姿にまだ早いと笑う父。
勝手に山に入り、それを烈火のごとく叱る父。
叩く、叩く。
月の明るい夜に酒盃を傾けながら母のことを語る寂しげな父。
叩く、止まる。
酒に酔い、大きくなった私に酌をしてもらいたいと笑う父の笑顔が目の前の父に重なり、我慢が限界に達した。
「嫌だッ!」
まだ
「大事な娘、泣かせるなよ……」
なんとなく、判った。
私には父しかなかった……嬉しい時も悲しい時も傍らには父がいて私の感情を受け止めてくれた。だから、ひとりでいた時は感情を表に出すことができなかったのだろう。
もう動かない父の傍らで私は泣いて泣いて……意識を失った。