「いや〜、やってくれるねぇ! 嬢ちゃん!」
何事もなかったかのように振舞うクロウが笑ってみせるも生憎だが私は全然、笑えない。
別の意味で息を呑む子ども達に見守られながら赤面しての謝罪、加えて額に残るイヤな感触に現在進行形で苛まれている。ある意味トラウマに近いのではないだろうか……おでこ洗いたいよぅ。
「髪が少し切れたのですが」
「まぁ、アレだ。こういうのは久々でな? ちょっとばかり熱が入っちまったわけよ」
「……少しですか」
「おう」
少し、というには些か過分な熱の入り様だったのだがここで突っ込むような野暮はしない。きっと嬉々として次からは本気でいくぜ、といったようなことを言われるのが関の山である。
私はもう少し身の丈に合った修練をしたいだけなのに。
「んで、お前さんは此処への新入りってことでいいのかい?」
「いいえ。少々滞在の許可を頂いているだけです」
「なんだよ、鍛え甲斐のある面白ぇのが来たかと思えば肩透かしか……おう、オメェら鍛え直しだからな!」
少し前まで大地の有難みを全身で堪能していた何人かがビクリと躰を震わせた。つまり動きが良かった子等は目の前のこの漢によって鍛えられた輩だったのだ。
なんというはた迷惑な話か、というよりも指導を受けている話をしなかった辺りから察するに彼らは内緒で力試しをして自分達の技量がどれ程のものか知りたかったのだろう。
気持ちは判る、手にした力を使い他者で力量を測ろうとする行為なんて其処ら中に幾らでも転がっている。
だがな、闇雲に挑戦するよりも少し落ち着いてみることも大切なことだ。
そうすれば鍛錬が長引いて私がクロウと仕合ことも無かったし、君たちが余計に扱かれることも回避できたのかもしれないじゃないか。
所詮は可能性の話でしかないのだけれど。
「それにしても嬢ちゃん。なかなかの腕前だったが……ありゃあ、本来の動きじゃねぇよな?」
「はい、本来は守りに重きを置いて、打撃や投げを極めるのが私の立ち回りです……何故判ったのでしょうか」
「防御に自信があるから大きく避けることがなかった。それに加えて枝を受けようとして止めてる場面が結構あったぜ? ありゃあ、得物で受け止めて態勢を崩させる為の動きだ、細枝じゃへし折れるから出来なかったみてぇだけどよ」
「良く見てらっしゃる。その通りです」
「はっ。これでも数多の戦場を潜り抜けた身だぜ?」
嬉しそうに力こぶを見せてにっかり笑う姿はガキ大将のようだ。しかし、観察力もそうだがこの容易に人の懐に入ってくる気質こそが彼の最も厄介な部分である気がする。
どうも裏では考えを巡らせていたり、時には容赦がない行動が原作でも見受けられた所為かいつの間にか気を許していることに気が付いた時につい身構えてしまう。
もしかして今の表情も言葉も演技ではないのかと。
「まあ、その腕前ならいいセンいってるし鍛え続けりゃ将来、大将に口利きしてもいいかと思ってんだがーー」
「いえ、私これでも商人に弟子入りしているので」
「は? おまっ、なんでそこで商人なんだよ!?」
聞き捨てならないと言うように目を剥き、迫る。
肩を揺すられ詰問されるもそれこそ私の埒外だ。未来で商人にしろ武士にしろ何になるかの選択出来る幅が私にはまだ少ない、旅を通してこの幅を広げるつもりなのだから。
故に口約束でも安易にハイとは言わない、位の高いヒトとの約束は簡単なものでさえ将来に響く、何処ぞの許婚のように。
「商人、商人か。予想外過ぎて何も言えねぇ……」
「予想外でしょうか? 行商人は単独であらゆる場に赴くため、満遍なく何でも出来るようにと教わっているのですが」
「誰がそんなこと言ったんだよ」
「師のチキナロさんです」
「…………あの行商人かよ。それこそ例外じゃねぇか」
得心は得たが納得は出来ないような微妙な顔で頷くと憐れむような目で見られた、なんか納得いかない。
二、三度肩をぽんぽんと軽く叩いて笑顔で親指を立ててじゃあな、と立ち去った。
うん、姫君たちを置いて戻ってそれこそ大目玉を食らいそうなんだが大丈夫なのか?
* * * * * *
少し幼いがクオン、フミルィル、そしてクロウとの奇妙な邂逅を経た私だったが更に妙なことになった。
本日二度目の湯に浸かる私の目には蕩けた表情の少女と湯に浮かびクルクルと回る木の玉を突つき弄ぶ少女、前者がクオン、後者がフミルィル。
何故この二人と湯船に浸かるハメになったかといえば、実は特に大きな理由など無い。
なにせ手合わせで埃と汗に塗れた私が躰を浄めていたところに突然、彼女達が現れたので理由など知る由もないし、会話だって挨拶ぐらいで全く出来ていないのだ。
そして、私は大人と話すのは得意だが同年代と話すのは苦手。自然と口も重くなるというもの。
「……ねぇ」
見た目は同年代なのに中身が異なる私なんかが混じって排他されないだろうかと恐れる始末。
「聞いてる? ねぇってば!」
「……え、何でしょうか?」
思考に没頭していた私に詰め寄るようにクオンが膨れっ面で睨んでいた、仲が良いわけでもない相手に無視されていたら機嫌の一つも悪くなるだろう。
威嚇するように口元で湯をブクブクと泡立ている、その後ろでは木の玉をお手玉に見立てて遊ぶフミルィル、お上手ですね。
「聞いても、いいかな?」
「どうぞ」
「貴方……確か、商人なんだよね」
「えぇ、見習いですが」
「じゃあもし……もしもだけど、遠くまで行くとしたらどうすればいいのかな?」
「遠く、具体的には何処へ」
「え? ん……うん、海の向こうとか」
「今日にでも行くとして?」
「別に例えばの話かな! 今すぐにってワケじゃーー」
「そうですね……では行動範囲を広げてください」
「……行動範囲を、広げる?」
「はい。身近な所から少しずつ行ける場所を増やしましょう、旅は慣れです。習うものではありません」
まあ、師の受け売りですけどね。
「慣れなんだ」
「時間は掛かるかもしれませんが出来る事を増やしていけばいつかは何処にでも行けるようになりますよ」
「何処にでも行ける……そっか、貴方って無愛想に見えて結構優しいんだね」
「それ、褒めているんですか?」
「えっ、おかしいかな? あ、あと必要なもの!」
「そちらはチキナロさんにでもお願いしてください」
「うん、わかった!」
言うが早いかザバリと湯を波立たせると脱衣所へと走り去る、慌てて転んだりしなければ良いのですが。
「止めなくて宜しかったのですか?」
ずっと背景となり私とクオンのやり取りを優しく見守っていたフミルィルに話しかける。ちょくちょく背後で何かやっていたので気になる気になる、喚び出したシュマリと洗いっこしていたのには我が目を疑ったが。
「うふふ、クーちゃんの元気が出たんですから止めませんよ?」
「娘が無断で出かければ
「でしたら私やお姉さま方と一緒に行けばいいのです。クーちゃんとおでかけ、とっても楽しみ〜」
この方はトゥスクル勢の中でも特にブレない方だ。それが良いか悪いかは別にしても。
それにしても……この年齢から圧倒的格差が胸部に現れているとは、なんとも恐ろしい。
* * * * * *
「というような事がありました」
「成程、納得がいきました。クオン様が突然飛び込んでいらしたのにはそのような理由があったのですか」
昼下り、軒を連ねる各商店を覗きながら歩む。
色鮮やかな反物に食薬取り揃えたる乾物屋、呼び込み響く露店屋台と目抜き通りは祭りの如く騒がしい。
いや、各種物品溢れかえる正しく祭りなのだろう。
残念なのは人気のある店先は黒山の人集りで何の店かさえ判らぬ点、背の低い私では看板すらも見えやしない。
ああ、いつの世も買い物は女性を変えてしまうのか。
あの中に入って行くのはかなりの勇気と戦闘力が必要だろう、私だったら行きたくはないな。
「クオン様を引き止めるオボロ皇様の狼狽ぶりなど実に気の毒な様子でした……ラナヤさん、皇女を唆したなど知られたら大変です。絶対に他言無用ですよ?」
「勿論。心得ております」
「だと良いのですがね」
心配とも不安とも取れるため息を吐いて肩を落とすチキナロさん、苦労をお掛けして申し訳ないです。
店に寄っては選別し、良い物と悪い物を見比べる。
店先で商品の目利きなど店主にとっては良い迷惑だろうがそこはそれ、同じ商人の誼として目を瞑って頂きたい。若手の教育、未来への投資は大切なのですから。
しかし本当にあらゆる物への造詣が深い。
食物から始まり織物、焼き物、絵画、薬草、酒に果ては玩具と、どの店に入ろうとも知識が披露できる、これほどのものとは。
何処へでも行商に行ける漢は伊達ではなかった。
私が感心している間も淀みなく知識を授け、商いに必要な物や情報を店から受取っていく姿はまさしく商人そのもの。
旅の準備など片手間に終わらせてしまっていた。
さて、日も暮れ今日も孤児寮へと泊まれば明日はもう出発。
目的地は北、寒さ厳しい北国へと向かうらしい。
果たして何が待っているのやら……今日のところは期待を胸に明日を待とうと思う。