うたわれるもの 路なき先へ   作:水神

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 空と海だけが果てしなく広がる。

母なる海、多くの生命が生まれる大いなる海原。

遙か古代に原初の生命が有毒であった其処から力強く誕生したその素晴らしき懐にて私は今、精一杯の還元を行なっている。

 

主に口から。

 

 

「うぅ、オボロロロォェェ……」

 

 

 乙女にあるまじき呻き声を上げながら魚に餌を撒き散らすその姿は他所様には見せられないほど酷い。

絵面もそうだが、青ざめた顔は血の気を失い、場所が場所なら病気の可能性を疑うだろう。

しかし、ただの船酔いだ。

北の地に足を踏み入れる前に通った海峡では特に問題は無かったため、気にもしていなかったが今はその浅はかな選択を後悔している。

今更、ここまで酷い状態で酔い止めを飲んだところで効いてくる頃には恐らく胃の中は空っぽになっているはず。

そういう訳で船の縁にしがみつき、こんな有り様に。

 

 重苦しい鉛色の曇天に黒々とした海は波を高くし、船の揺れは激しくなる一方で天地がひっくり返っているように感じる。いや、これは私の平衡感覚が狂っているだけか。

船外へ振り落とされぬよう手摺(てすり)に掴まり躰を支えるも足元は覚束ず、波間に揺れる海藻のごとくフラつくばかり、そして戻す。

 

 以下、繰り返し。

 

 風に当れば少しは気分が良くなるかもしれないという希望は儚くも崩れ去った。

船酔いに良いと船員にウニンカを貰ったが酸味は十分に堪能したので香りだけを今は楽しませて貰う。

柑橘類特有の爽やかな香りに気分が少しだけ良くなった気がする。

揺れる世界に抗いつつ、牛歩の如き遅さで船室へと向かう。

狭く暗い船室に網を渡して作られた寝床に横になると意識はスッと闇に落ちた、後は語るべくもない。

船が陸地に着くまで私は薄暗い船室の住人となり、何日も外へ出ることなく引き籠もり続けた。

こんなことを言っても仕方がないが荒れた海に出る船はもうこりごりだ。

 

 

 * * * * * * 

 

 

 三日、いや四日だろうか?

憔悴した私が大地に足を着けることが出来たのは数日後のことだ。因みに船室に行ってからの記憶は朧気で覚えていることは殆どない、残っているのは吐き気だけ。

これほどまでに陸の有り難みを感じたことはなく、思わず涙ぐんでしまい、可笑しなものを見るような目で見られた。

未だに揺れているように感じる躰に活を入れ、背筋を伸ばし前を向く。

此処は北方の大國、ヤマト。

周辺諸國は言うに及ばずこの長大な大陸そのものがヤマトの國土、まさに超大國である。

此処に来るまでにナコク、シャッホロと特色豊かな國があるわけだが残念ながら用があるのは首都であるヤマトな為、寄ることなく進むこととなった。

白磁(イナヴァ)の大橋は首都からも目に出来るので是非とも観ておきたい、私にまた観る機会があるとは限らないことだし、物見遊山ではないがこれぐらいは役得だろう。

だなんて口にしたらその程度の我儘なら言ってくださいと苦言を申し立てられそうだ。

 

山を迂回する進路を選び、だいぶ雪の積もる山並みを眺めつつ進む。ヒトの往来が多いのだろう、周辺の積雪に比べ道に雪は少ない。

ある程度の手入れがされているのが見て取れる。

車輪のガタガタと揺れる音に耳を傾け、なだらかな丘を越えたところで視界が開けた。

 

 

「おぉ……これが……」 

 

 

 その光景に、目を奪われる。

見下ろす先に広がるのは正しくこの地にうたわれる都、帝都に相違ない。

視界の端まで広がる壁に、今までに観たことのない規模で建ち並ぶ綺麗な建物群、そして長大な河川が大都市を横断して雄大に流れている姿は圧巻。

よもやこれほどのものとは。

絶句、感嘆とも言い表せられない強い感動が胸に湧く。

大きい物とはそれだけで何かしら心動かされると聞くがどうやら真実だったようだ。

 

 

「これまでの疲れなど吹き飛んでしまう光景でしょう」

 

 

 あんぐりと口を開き、ただただ見つめる私を隣りから楽しそうに見るチキナロさん。

その巨大な様も然ることながら色鮮やかな建築様式はトゥスクルの落ち着いた様式とは異なり、尚のこと目を惹く。

 

 

「チキナロさん! ほら、早く参りましょう!」

 

「おや、これは刺激が強過ぎましたかね?」

 

 

 なんとも生暖かい視線を感じながらもウマ(ウォプタル)の轡を引く、これは是非とも間近で見てみたい。

逸る気持ちを抑えつつ、少々駆け足に門へ向かう。

舗装された石畳はこれまでに進んできた道よりも遙かに走りやすく、この先に待つであろう未体験の景観に胸が更に高鳴る。

あぁ、改めて私は此処いるのだと。

 

 気が付けば、門を前に停まっていた。

私が小さいことを加味してもその大きさは威容。

馬車どころか家屋すら容易に通れるだろうその大きさに首は真上を向いて動かない。

つい先程までは見下ろして驚き、今では見上げて呆けている始末とは。なんと忙しないものか、帝都に入る前に首を痛めてしまいそうだとくだらない言葉が頭を過ぎる。

 

 

「帝都はどれも大きいものばかりなのですねぇ」

 

 

 見れば私のように固まり、立ち止まる者の姿がちらほらと散見できる。やはりこの光景は衝撃的なのだ。

 

 

「おやおや、足を止めていては日が暮れてしまいますよ。さぁさ、先へ進みましょう」

 

「あ……判りました」

 

 

 促されて門を抜ければ其処は多くのヒトが(ひし)めき合う天下の大通り。人混みの隙間から見える景色の先には遙か遠くに巨大な霊廟の姿を捉えたがあまりにも大きく、まるで山。

自分の知る建築物が馬鹿らしいくらいの物が辺りに在り過ぎて気分の昂ぶりが変な方向に向きそう。

それに少し落ち着いてみれば大きいだけでは無い。

街中に等間隔に植えられた木など景観にも気が遣われ、ただ大きいだけではないことが判る。

寧ろ、広範囲による伐採により周囲に木が存在しない國など思い返してみればなかった。

どこか自然を残す街並みが多く、この國が歪なほどに近代的な区画整理を敷いていることが改めて感じられる。

やはりその辺りの感性が現代人寄りなのだろうか。

 

 

「ラナヤさん、この人混みでは些か予定よりも遅れてしまいそうです。申し訳ありませんが大通りは避け、小路に入り向かいましょう」

 

 

 ん、雇い主でもあるのですから気遣い無用なのですが契約がある為か変に義理堅いです。

問題ありませんと笑顔で応え、私たちは裏通りへと向かいました……其処で何があるかも知らずに。

 

 

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