うたわれるもの 路なき先へ   作:水神

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拾壱

 

 さて、唐突だが私には苦手なものがある。

それは不測の事態、突発的な事象が起きた際に落ち着いて対処をするということ。

 

 誰しも経験があるだろう。予定を組み、その通りに物事を動かしていた際中に、それをぶち壊してしまうような衝撃的な出来事が起きてしまうことが。

 私にとってはそれが偶々、今だったというだけの話。

そう、ただそれだけの話なのだ。

 

 帝都の裏道を行く私とチキナロさんはウマ(ウォプタル)を引きつつ各商店を流し見ながら進んでいた。

捌かれ店先に吊るされた新鮮な鶏、パチパチと軽快な音を立てて食欲をそそる香りを振り撒く焼き魚、日の光を照り返し存在を主張する貴金属や陶磁器。

 五感を刺激する品々に私の意識はつい引き寄せられてしまう。

 だが大通りほどではないにしろ、人通りがあり賑わいを見せる道で余所見をしたのがまずかった。

 

正面から来た御仁に気が付かないまま勢い良くぶつかってしまい、咄嗟のことに判断が鈍った。

手綱を引くウマ(ウォプタル)へ向かって傾く視界。

既に態勢を整える時間もなく、背中を打ちつける衝撃に固く身構えた身体を誰かに優しく支えられた。

 チキナロさんは御者台にいるため、違う。

恐る恐る見上げれば見知らぬ男性の腕に抱き留められている。

呆気にとられる私を余所に怪我の有無を確認した男性は頷き。

 

「誠に申し訳ない」

 

と、深々と頭を下げ、それから屈むようにしてこちらと視線を合わせた。

凛々しい顔つきの若武者らしき男性と目が合うと妙な既視感を抱く、私はこのヒトに会ったことがある、と。

短く刈られ髪に逞しい眉をした美丈夫の顔を正面からジッと見つめてみるが答えは……つかえて出てこない。

 

「はて、某の顔に何か付いているだろうか?」

 

「あ、いえ! 私の不注意で武士様のお手を煩わせてしまい申し訳ありません!」

 

「なに、気にする必要はない。大人は子どもを守る責務があるのでな」

 

 そう言い頭に触れる掌の感触は軽く、撫で慣れているようで優しい。

まただ、目の前の光景に何処か記憶が刺激される。

何か見落としていると、勘が告げているのに現実との差異から答えを導き出せない。

そんな私を他所にチキナロさんが男性に頭を下げつつ自分を売り込んでいく。流石は商人(あきんど)、タダでは転ばないその姿勢は実に為になる、是非とも見習わなければ。

 

 漏れ聞こえた話から男性は帝都の役人であり、これから故郷であるエンナカムイへと帰省する道すがら土産を探していたところ、私と正面衝突したとのこと。

仕事から解放され、些か気が弛んでいたのかもしれぬなと笑う姿に迷惑をかけてしまった心が少し軽くなる。

 

「では、お一人で故郷へ?」

 

 その言葉を聞いた男性の変化は、劇的だった。

表情にはいかにもやらかしてしまったとありありと出ており、先程までの落ち着きが嘘のように消え、薄っすらと汗をかいてすらいる。

 

「ク、拙い……待ち人がいたことを失念しておった。慌ただしくてすまないが某はこれにて御免!」

 

 言うが早いか、頭を下げてザッと走り去ること風の如し、男性は止める間もなく私たちの前から姿を消した。

立つ鳥跡を濁さず、ではないが男性がさっきまで此処にいた証は何もない。何処かから批難する子ども特有の高い声が響いてきたがコレは関係ないだろうと思う。

 

 

 ✱ ✱ ✱ ✱ ✱ ✱

 

 なんともモヤモヤとした気持ちを抱えつつ、帝都の中心部から離れた場所までやってきた私たちの前には豪奢な建物が鎮座している。

特徴的な建築様式はトゥスクルのもの、その名も白楼閣(はくろうかく)……となる予定の旅籠屋。

断言できないのは単純に完成していないからだ。

外見は問題無さそうだが内装の着手に手間取っていた為か今は客の姿はなく、職人と関係者しかいない。

 

つまり、私の存在は激しく浮いている。

 

建築現場に幼子が居たら誰であろうと不審がるだろうし、危険性から心配だってするはず。

そんな理由で少し離れた場所からこの建物を眺めている。

大勢の職人の怒号が響き、着々と出来上がっていく建物を観ているのは飽きない。

何よりヒトを観察して行動から思考を読み取ることは勉強になる、視点を変えれば日々の生活から学べることは山ほどあるのだから。

 

そんなことを考えつつ、眺めていた私の視線が妙な人物に留まる。

 

その人物は女性らしいが男衆に負けることなく重そうな資材を抱え、忙しなく動き回っている。

しかし問題はその耳。

私と同じ鳥の翼のような形をしていることからエヴェンクルガ族、それがこんな遠く離れたヤマトの地で同郷の姿を目撃できるとは思わなかった……というかあの人、トウカ様だ。

 

初代トゥスクル(オウルォ)ハクオロ皇の側付けにして位で言えば上から数えた方が早い方……の筈なのだが一体何をされて。

貴い身であるのに人足のように働く姿は何故か板に付き、表情が生き生きとしていてむしろ楽しそうですらある。

 

流石に気になり、話を終えたチキナロさんの袖を引く。

 

 

「おや、どうされ」

 

 言葉を続けるよりも先に私が視線を向ける光景を見て納得したように苦笑し、件の女性の元へと歩みを進める。もちろん私も一緒だ。

 

 「親方殿、これはこちらでよろしいだろうか? ん、おぉ! 商人殿ではないか!」

 

「ハイ、ご無沙汰しておりますトウカ様」

 

 溌剌とした表情で応える姿は若々しく、とてもじゃないが歴戦の猛者とは見て取れない。寧ろ今の格好では健康的な町娘と言われれば信じてしまうだろう。

ふと、その目が私の姿を捉え、止まった。

 

「其方のお子は商人殿のご息女であらせられるか?」

 

妙な圧を感じつつなんとなく右に動いてみる、すると視線も右へ。次に左、やはり視線もつぅっと左へ動き離れない。

困った顔でチキナロさんを見上げるが向こうも困り顔でこちらを見るばかり。

 

「いえいえ、縁がありまして友人の娘さんをお預かりしている次第で御座います、ハイ」

 

 肩にポンと手が置かれ、私も頷く。

 

「ラナヤ、と申します。以後お見知りおきを」

 

 と、公式の場ではないため些か簡単な挨拶に留め、笑顔を向けた。視線の熱量が上がった気がするが気のせいだろう、たぶん。

 

 「あ、ああ、これはご丁寧に。某の名はトウカ。同胞に会うのは久しいもので思わず凝視してしまった、許して欲しい」

 

 今日はやたらと一人称が某のヒトから謝られてばかりいるなと、益体もないことを考えながら気にしていないと頷いてみせる。

 

 「これはこれは忘れておりました、ラナヤさんはトモエ様の娘ですのでトウカ様とは従姉妹で御座いますね、ハイ」

 

 ん、んん?

何か聞き捨てならない言葉が私の耳に飛び込んできましたがチキナロさん。驚きに耳がピンと張りつめて目が点になる。

 

 「は? いや、待って欲しい! 某が知る限り叔母上にお子はいらっしゃらなかったはずだ!」

 

 あちらも知らなかったのか目を白黒させて混乱している、本当にころころと表情の変わる御仁だ。などと感心している場合じゃないどういうこと?

 

 「トウカ様がご存知なかったのも無理ありません。里を出た後に身籠られましたので」

 

 「だ、だが叔母上はそこまで躰が丈夫ではなかった。それに里には戻られなかった……」

 

 なるほど、だから混乱したんですか。

新しい血を入れる為に里を出たのに身籠ったのに

里には帰らなかったのが腑に落ちないのだろう。だけどそれはーー

 

 「トウカ様、申し訳ありません。先に言っておくべきでした。トモエ様は既に亡くなられているのですよ」

 

 あぁ、となんとも言えない言葉を漏らしてチキナロさんの言葉を噛み締めるように目を閉じ、俯くトウカ様。

私には判らないが短くない時間を過ごしたであろう日々が呼び起こされているのだろう。

そう思い、静かに待つ。

ほんの少しの間をおいてトウカ様が顔を上げた。その顔に悲しみはなく、ただ私を見て寂しそうな笑みを浮かべた。

 

 「某としたことが子どもの前でするような話ではなかったな。すまぬ、湿っぽくなってしまった」

 

 先ほどの元気も何処へやら耳もしょんぼりとうなだれている始末。こんな顔をさせたくなかったのに私の境遇がそうはさせじと邪魔をする。

しかし、私はそんじょそこらの童と一緒にしてもらっては困るし、父上と母上に顔向けが出来ないような振る舞いだって御免被る。

 

 暗い空気をかき消すように一歩、前に踏み出す。

 

 そして、言う。

 

 「トウカ様、もっと喜んでください。母上は私を産み、父上は立派に育ててくれた。それ以上に何を望まれるのです?」

 

 一瞬、呆気にとられた様子から破顔一笑。

 

 「そうであったな、叔母上は強い方だった。その娘が立派に育ったと言うのであれば喜ぶ以外にないな!」

 

 打って変わって明るい笑顔で私を抱え上げて新たな同胞が増えたことを純粋に喜んだ。

 女心と秋の空とは言うが本当に落ち着かない方だと心の中で呟きつつも輝くような笑顔に私の心もぽかぽかと暖かくなった。

 

 

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