うたわれるもの 路なき先へ   作:水神

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 街道を進む二つの影。

 

 ひとつは柔和な笑みを浮かべた男、もうひとつはウマ(ウォプタル)に跨がる年端もいかない少女。

 父娘にしては雰囲気がだいぶ違う二人が皇都トゥスクルへの道を進んでいた。

 

 

 * * * * * *

 

 

 チキナロさんに旅装とウマ(ウォプタル)を工面していただいた私は埋葬を手伝ってもらった皆さんにお礼をし、ユタフを出て早三日。

 そろそろ旅の目的地であるトゥスクルが見えてきても良いころだ。

 道中は飽きることなどなく、新しい発見が目白押しで未だに興奮冷め止まない。

 集落からあまり離れたことのない私にはただの街道でも絵巻物よりも遙かに面白い、今も駆けて行った速荷が思っていたよりも三割増しは速かった!

それに知識として知ってはいても巻き上げる砂ぼこりと風の凄まじさなど知らなかった……いや、これは別に喜ばしいことではないか。

 

 この旅路で私の知識を本当の意味で『知る』ことができて嬉しく思う。

 

 反面、気を抜くと父にも見せたかったと気持ちが落ち込むような方向へ転がり落ちそうになったりもする。

 子どもらしからぬ弊害がこんなところでも出てきて、本当に困ったものだ。

 

 そんな内心を知ってか知らずか、チキナロさんは特に喋ってはおらず手綱を引いて黙々と歩いている。

このヒトの性格や素性が掴みきれていないこともあり、話が弾むような話題が私には振れない……いや、大人と話が弾む子どもの時点で色々とおかしい。

 

 

「そういえば。何故、トゥスクルなのですか?」

 

 

 今更な質問を前を行くチキナロさんの後頭部に振る。

 

 

「おや、御説明するのを失念しておりました」

 

 

 これはうっかり、と悪びれるように言う姿に聞かれるのを待っていたことが覗える。

 

 

「私、実は全國行脚の行商人でありながらトゥスクルのお抱え商人でもあるのですよ」

 

 

 誇らしげに説明する姿に少し微笑ましくなる。

己の力だけでその地位を手にした姿が何処か宝物を見せびらかす子どものようであったからだ。

 

 

「なんと、それはすごい!」

 

 

 我ながら役者にはなれない大根っぷりに顔が引き攣るのを我慢し、態とらしく驚いてみせる。

 

 

「……張り合いがありませんねぇ」

 

 

 やはり駄目だったか。

 

 と、話している間に立派な物見櫓を設えた関の姿が見えてきた……が、同時に長蛇の列があるのも目に入った。

 

 危険物や持ち込み禁止の品を國中に入れるのを予防するのに必要な措置とはいえ、この人数の荷改めには一刻以上はかかると素人目に見ても判断できる。

 目的地を前に足踏みするような事態に少しやきもきするものの、今一度考え直してみよう。

 

 目的地は目前である、なれば急ぐ必要もない。

 

 私たちの番がくるのをゆっくり待ちながら悠々と周りを観ていれば良い、こんなに沢山のヒトがいるのだから面白いものが幾らか見つかるだろう。

 

 列に並ぶ人々はいずれも苛立つ様子はなく、落ち着いていてこれが何時も通りだということが予想できた。

 

 手ぶらの町人らしきヒトに荷馬車に乗る商人風の装いのヒト、子どもを連れた家族連れ、槍を手にした傭兵(アンクアム)らしき者など様々で実に興味深い。

 

 ふと、何某かの視線を感じて目を向れば先程の家族連れの子どもが無邪気に此方に手を振っていた。

 列は縦なので後ろかと思い振り返るが後ろのヒトも気づいてはいるものの手を振り返す様子も無し。

 ううむ、これは私に振っているということで間違いないのだろうが……年が近いからか?

 

 良くは判らぬが少し見やすいように躰を傾けて手を振ってみると子どもは嬉しそうな顔になり、むふーっと満足気な顔で両親と思しきヒトたちと話している……なんだったんだ、アレは。

 

 困惑する私を余所にチキナロさんが微笑ましいものでも見るように元々細い目を細めて此方を見ている、わけが判らん。

 

 

「子どもというものはそういうものですよ。深い理由など無く、面白そうだったから手を振ったのでしょう」

 

 

 面白そうだからか。成程、ならば仕方がないな。

 

 

「私と同じくあの子も楽しいのですね」

 

「……貴方はもう少し、子どもらしくなさった方が良いのではありませんか、ラナヤさん?」

 

「いや、私も子どもらしくこの先にある未だ見ぬものに気分が些か高揚しているのですが」

 

 

 私の返答にチキナロさんがげんなりした。

 

 

 * * * * * * 

 

 

 無事に関を抜けた我々は途中で寄る場所もなく真っ直ぐに皇都を目指す、少し急がねば日も暮れてしまう。

 そうなれば余程の用事がない限り門前払いされてしまうかもしれないのだ、それは御免こうむりたい。

 幼い我が身には度重なる野宿はなかなか堪える。

 故にしっかりとした寝床と湯浴みを確保するべく、少し速度を上げて進んでいる……んだが、頑張っているのはウマ(ウォプタル)とチキナロさんなんだがな。

 早く大きくなりたいものだ。

 

 向かう道すがら屋台や露天商が幾つも軒を連ねている、見知ったところではモロロ、ムゼウ、アマム、カリンカといったところか、食べ物が多いのは否定しない。

 寧ろ、身近な食べ物以外の物は何に使う物なのか判らない物も多い、短い木筒のような物や陶器の器のような物など様々で目移りするばかり。

 これは急ぎでなければ時間を忘れて梯子してしまったことだろう、明日は少しは時間があると嬉しい。

 

 

「では、物の良し悪しを知る練習として明日は観光と参りましょう、まずは身近なところからです、ハイ」

 

 

 んむむ、私の表情が判り易いのか、はたまた商人として顔色を伺うのが優れているのか判断に迷う反応だ。

 

 

 * * * * * * 

 

 

 なだらかな坂の先に待ち受ける城門と衛兵の姿が見える。

 勿論、此方からも見えるということはあちらからも此方が見えるということだ。案の定、複数の兵が警戒するように我々の前に立ち塞がる。

 

 

「用向きと割符を御確認したいが宜しいか?」

 

「ええ、勿論です。商人のチキナロと申しますです、こちらが割符で御座います」

 

 

 少し変わった寄木細工のような板を懐から取り出し、兵士へと手渡す。

 受け取った兵士は板を対となる板に合わせ、暫し確認をすると板をすぐにチキナロさんへ返した。

 

 

「はい、問題ありません。以降も同じように城門で割符の提示をお願いします」

 

「心得ております、それでは失礼いたします」

 

 

 同じようなやりとりを繰り返し、幾つもの城門を抜けてやっと皇城へと近づいた。

 國の中枢なのだから厳重なのだろう、各所には衛士の姿が見受けられ緊張感があちこちに漂っている。

 既にウマ(ウォプタル)から降ろされ自分の足で歩いているのだが……落ち着かない。

 宮殿内の天井は遙か高く、足元には豪奢な敷物に精緻な彫り物が壁には彫られている。

 これは……不味い、私は徹頭徹尾しがない小市民なのだ、こんな権力と経済力が幅を利かせる場所に居たら気化してしまうやもしれない。

 遅すぎるがとんでもない場所に来てしまった。

 

 場所が場所だけにチキナロさんは無言、気をまぎらわす雑談など期待はできない。

 

 情けなく唸り声を絞り出しながらも、とうとう(オゥルォ)の間に辿り着いた。

 

 もう後戻りはできない、謁見の時が来るのを待つばかり。

 

 位の高い者は相手を待たせて己の地位の方が上であると誇示するという、だからといってこれ以上待たされては私の胃が悲鳴を上げる前に私自身が悲鳴を上げて気絶してしまうのではないかと思い始めたころ。

 頭を下げている為に判らないが周囲からヒトの気配が消え、静謐な静寂に包まれた。

 

 そして気圧されるような気配と視線が降り注ぐ。

 今、玉座にはあの漢が座っているのだろう。

 

 

「両名、面を上げろ」

 

 

 簡潔に言い渡された命令に顔を上げる。

 

 玉座には口元に髭を蓄えた男が座って此方を睥睨している、齢は男盛り、老いは感じられない。

 

 

「ご機嫌麗しゅう御座います、オボロ皇さま。この度はご拝謁の栄誉をいただきましたこと、恐悦至極に御座いますです」

 

「フン、長ったらしい世辞などいらん。何か用があるから顔を出したのだろう」

 

「流石はオボロ皇さま、ご慧眼で御座います。実は先日ユタフに程近い集落が賊により焼き落ちました」

 

「報告は受けている、それがどうした」

 

「どうやら他國の者だと思われますです、ハイ」

 

「ほぅ……詳しく話せ」

 

「御意に。私の見たところ人数は二十人余り、練度や武具に関しても申し分ない者達だった筈で御座います」

 

「その根拠は?」

 

「武具に関しては私の目利きが。練度は先の大戦を戦場で生き抜いた猛者を討つほどの技量、これ以上の根拠など必要でしょうか?」

 

「……判った、詳しく調べてみよう」

 

「ありがとう御座います、ハイ」

 

「ところでーー」

 

 

 会話が途切れたところで視線が動き、私を捉えた。

 

 

「先程から気にはなっていたがその娘はなんだ? 貴様に娘がいるなどといった話は聞いたことはないが。それにその耳は……」

 

 

 今迄は厳しい雰囲気を漂わせていたオボロ皇だが子供相手だからだろうか、幾らか物腰が柔らかい。

 

 

「先の焼け落ちた集落で唯一生き残った娘で御座います。今は私が預かっておりますです」

 

「何故貴様が面倒をみる」

 

「この娘の父親とそう約束していたのです、ハイ」

 

「ふむ……つまりは孤児、なのだな」

 

 

 少し気落ちした様子で見つめてくる静かな瞳の先には私ではない誰かを見ているような気がした。

 と、呆けている場合ではない挨拶せねば。

 

 

「遅れ馳せながらクィゼンが一子ラナヤと申します。畏れながら聖上のご拝謁という誉れ、身に余る光栄で御座いますれば子々孫々に語り継ぐ次第で御座います」

 

「………………おい、コレも貴様の仕込みか」

 

「いえいえ、信じられないかもしれませんがこれがこの娘の普段通りです、ハイ」

 

「ぐっ、別に武官や豪族の娘ではないのだろう?」

 

「勿論で御座いますです」

 

「齢も近いせいか……まるで娘に距離を取られて話されているようでどうにも落ち着かん!」

 

「私に申されても困るのですが……」

 

 

 これは私が悪い……のか?

 しかし、この喋りは私の性分だから仕方がない、あと聖上へのご挨拶なのだから下手な真似はできません。

 それにしても娘が関わることにこうも崩れてしまうとは……知っていたこととはいえ(オゥルォ)として大丈夫なのだろうか、オボロ皇。

 

 ううむ、少し國の先行きが不安である。

 

 

 

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