うたわれるもの 路なき先へ   作:水神

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 早朝、冬を目前にした肌寒い空気が吹き荒ぶ空の下、私は中庭の外れにいた。

目的は鍛錬のため。

父娘二人で続けてきた習慣を今更止めるつもりもなく、今日もまた思い出すように躰を動かす。

足元から膝へ、膝から腰へと動かす箇所を上げていき丁寧な動作で曲げ、伸ばし、解きほぐしていくと徐々に躰から冷気は抜けて温かくなる。

躰のどの部分を使っているのか、意識しながら動かすことが大事だ。

頭と躰の両方をつかえば効果も高まるし、痛めた時に何処を治せば良いのか実体験で覚えられる……そう、教わった。

 

 少し汗ばむ掌を握り締め十手を振り下ろす。

人であった頃の記憶は忘却の彼方だがコレが異常なのは理解できる、子どもの体格では振ることは疎か、持ち上げることだって出来ないだろう金属の得物を自由に振り回す、少し重みに引っ張られるが動かすことに問題はない程度のブレ。

 打ち、払い、突き、受け、足運びと連動して振るわれる凶器が風を切る音が辺りに散り、砂塵が舞う。

 

 動きを止めれば周囲は朝の静けさを取り戻す。

 

 風はまた、寒さを突き刺すように吹きつけてくる。

慣らしは済んだ、薄っすら汗をかく額を拭って目を閉じれば自然と心は落ち着いていく。

 

 自分の中に意識を向け、奥底にある力に集中すれば途端に気温が上がっていくのを感じる。いや、上がっているのは気温ではない。自身から沸き上がる熱が周りの空気を熱しているのだ。

 

 私は火神(ヒムカミ)に親和性があるのか、高熱を帯びる、それは燃え上がるほどに熱い。

実際に私の手にした十手は火で炙ったように熱を帯び、真っ赤に色付いている、普通に考えればこんな物で殴られれば打撲と火傷で大怪我をしてしまうはず。

 

つくづく不可思議なものである、神憑(カムナ)と呼ばれるこの現象だが実は珍しいものではない。

火神(ヒムカミ)水神(クスカミ)土神(テヌカミ)風神(フムカミ)の四柱。そして特殊な相反する光と闇、この二つは大神(オンカミ)ウィツァルネミテアとの繋がりが深い者にしか顕現はしない。

大抵は四柱のいずれかが発現する、あとは早いか遅いかの違いぐらいだ。

 

 ともすれば私の顕現は些か早い部類にある。

 

 しかしながら昔から武に携わる者は性格からなのか火神(ヒムカミ)が多いという。

血気盛んで、燃え上がりやすく荒っぽい性格な者がなると聞いてはいたが私は……荒々しい性格とは対極にあると思うのだがその辺りはまるで性格診断や占いのように当て嵌まるヒトもいれば当て嵌まらないヒトもいるのかもしれない。

 

 赤熱した十手が空を灼き、踏み込んだ足元が焦げる。

短時間しか発現しないとはいえ、改めてこの世界の力が歪であることがよく判る。

 

 長く息を吐き、心を鎮めれば躰から沸き上がる熱は徐々に引き、汗が大量に吹き出し寒さが戻ってきた。

 

 躰が出来上がらないうちはやはり多用はできそうにない、負担があまりにも強すぎて継戦力に欠けるためまだまだ使えたものでは無いようだ。

 

 汗にぐっしょりと濡れた衣を絞り、鼻唄まじりに足を向けるのは浴場。

 

 朝湯もまた格別、満喫できるうちにしっかりと堪能しておかねば損である。

 

 

 * * * * * * 

 

 

 今日の湯には変わった物が浮いている。

 

 袋に入った入浴剤らしき物と木の玉、これは……アレだ、微かに見憶えがある!

 

 香りを愉しむために湯に入れる木で確か……。

 

 

「エ……エノキ? 違う、ヒノキ、檜だったはず」

 

 

 杢目の浮いた木の玉がぷかぷかと浮かぶ様を満足げに頷き眺める、正確な名称は判らないが香りや色、薬湯などの工夫を凝らした風呂の用意に唸るばかりだ。

 もしや、毎日風呂の湯にこんな手が加えられているとすれば羨ましい、私なら毎日通いで入りに来たくなるだろう。

 

 良いな、良いなと妬みつつまた長湯をぷかぷかと過ごした。

 

 

 * * * * * * 

 

 

 以前にも言ったがこの孤児寮は様々な年齢の孤児が生活をしている。各部屋にはそれぞれ年上の者が年下の者の面倒を観ることで生活を行なっているのだ。

上の者は下の者の手本となるように下の者はそんな上の者の良い所を更に下の者に伝える、とても良い流れが出来ている中に異物がブチ込まれた、私である。

 

 事の発端は朝餉の後、思い思いの時間を過ごしていた。

 

 年長組は家事の手伝いや勉学の準備を、年少組は外に出て庭でちゃんばら遊びをしたり暴れ回っている。

 すると庭の片隅に少し焦げた跡と地面の擦れが残っていたのを見つけた子ども達が何だ何だと集まり始め、原因を探して探検ごっこを始めた。

 これには焦った、なにせ相手は動きの読めない子ども達。

危ない場所にも果敢に突っ込んで行きそうだ。

現に小さい子が宮殿へ向かうのを急いで止める羽目に。

仕方なく朝の鍛錬の時についたものだと伝えたのだが……こうなってしまうなんて予想できなかった。

 

 

「やぁぁーッ!」

 

「……ッと」

 

 

 元気な掛け声と共に木の枝が風を切る音が鳴る、私は何故か剣術の指導をしていた。

元々武芸は門下生となり月謝を納めなければ教えを受けることは出来ない、又は弟子入りするなど無償で教わることなど滅多にない。

つまり孤児である彼らは教わる機会に恵まれないのだ。

 そんな訳でこれ幸いと年長組は面倒を放棄して元気が有り余る年少組の男子を送り込んだ、年長組も中々強かな性格である。

そして教えて教えてとせがんでくる彼らを私は断れなかった。

 

しかし、同年代の子どもとはいえ囲まれるのは意外と怖いものだ……

 

 

「腰が入っていない」

 

「わ、わ! あいたっ!?」

 

 

 上手く教えられない私は実際に打ち込ませて稽古をしている、近寄らせないように動きながら尻や得物である枝だけを打ち、他は狙わない。

駄目な部分を逐一口にしながら直させてはいるものの、成果は期待出来ないことは判っている。

なにせ、下地がないのに動きを直したところで目に見えた成長はない、ここから更に鍛え、研鑽し身に付くのが武芸なのだ。

これに近道など存在しない。

 

 

「う~、あ、あたら……ない」

 

「手元が疎かです」

 

 

 言うと同時に絡ませた枝を思い切り巻き上げ、大きく刎ね飛ばした。枝は手元から離れ、空高く舞い上がる。

 

 枝に急激にかかった力に態勢を崩し、飛んで行った枝と自分の手を見比べて目と口を真ん丸にした。

 

 

「お疲れ様でした、少し休んで下さい」

 

 

 次第に何をされたか理解すると目を輝かせながら尻尾を振り回し、休憩に走って行った。

無邪気な反応に和みながら……次の相手に対峙する。

果たして、この稽古の終わりは一体何時になるのやら。

小さく息を吐き、枝を握りなおした。

 

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