荒々しい風切り音が鳴り響く中、中庭には息を呑んで見守る子ども達の姿があった。
皆の視線は常に動き続ける二つの人物に縫い留められている。
その豪腕を如何なく発揮し、振るう木の枝はまるで鞭のように
対するは縦横無尽に迫る枝を時には跳び、時には無様に転がり形振り構わぬ動きで掻い潜り続ける少女。
この戦いははっきり言ってしまえばクロウの圧勝であり、少女に勝てる要素は微塵も無い。
少女の生きてきた時間以上を戦場で生きてきた男に勝てる見込みなど始めから存在しないのだ。
だからこそ、漢は昂ぶる。
一打も当てていない。
今、この瞬間まで一度として木の枝という刃は彼女を捉えてはいない。
目でも追えている、彼女が動く先も容易に読むことが出来る。そして刃を降らすも……空を斬る、果たしてこれで何度目なのか。
本気を出せば一瞬で終わる相手。
だからこそ堪えきれるか堪えきれないかの瀬戸際での力加減だというのにーー
「おっと。やべェな」
口から吐き出された言葉からは喜びが感じられた。
まだまだ実力を隠しているのか、追い詰められて成長しているのか判らないがまだ限界を迎えてはいないようで首の皮一枚だが動けている。
もう少し、本気を出してやるかと猛々しい笑顔を浮かべると、更に速度を上げて猛然と踏み込んでいった。
* * * * * *
第一にイカレていると思った。
そして、第二に死ぬかと思った。
このヒトのありとあらゆる剣戟には殺気が篭っている、だからこそ幸いにもまだ避けきれている。
濃い殺気が吹き荒れる本気の一撃に私の脆い躰は鋭敏に反応し、際どくはあるものの決定打となるような斬撃を受けてはいない。
自らを襲う殺気を元に回避する訓練は初めてではない。
殺気が飛び交う戦場で己を狙う殺気だけを感じ取る術は必須なのだと亡き父に厳しく教わり、鍛えられた。
そのお陰で今では意識を割くよりも早く躰の方が殺気混じりの剣戟を避けていたという訳だ。
実際は枝なのだから死にはしないが……この威力だと最低切り傷ぐらいは覚悟しておかないといけないだろう。
こんな私ではあるが一応
それにしても実に容赦のない攻め様。子どもを相手に大人げないと思わないのだろうか。
ここは不満の一つでも口にしてやりたいところだがーー
「ーーッ! は、はぁ、ふーっ!」
御覧の通りでまともに喋る余裕などありはしない。
心臓は五月蝿いし、汗は止まらない、意識は若干朦朧としてさえいる。無事な部分の方が少ない程で本当に嫌になる。
一瞬でも相手の姿を見失えばその時点で終わり。
「いいねェ! 満身創痍で後がない。そういう土壇場ほどてめぇの本気が発揮出来るってモンよォ!」
爛々と輝く野獣が如き瞳には薄汚れた私が映る。目の動きからは残念ながら狙う太刀筋は判りそうにない。
何処を狙って斬りつけるつもりなのか検討もつかない上に、頭は茹だって躰は重い、足は根を下ろしたように動きさえしてくれない。
正に八方塞がり、手の出しようがなく本当に意識がぼんやりと霧に包まれてきた。
「そっちが来ないってンならこっちから行くぜぇ!!」
「ーッ!!」
そして、とうとうクロウが動いた。
踏み込みは今迄で最速。大地に衝撃が走るかのような足捌きに砂煙が立ち昇り、恐ろしく早い振り下ろしが頭上から真っ直ぐに襲い掛かってくる。
その動きは凡そ目に追えるものではなく、焦る私は遅れて踏み込んだ……ところでたたらを踏み足をもつれさせて前のめりに倒れた。
驚いたことに運良く凶刃は私の背後を抜け、私の刃もまたクロウには掠りもせずに通過し。
そして……運悪く、倒れ込んだ私の額が漢のオトコを強打した。
額に感じる何とも言えない微妙な感触と温度に固まる私だがそれ以上に非道いのはクロウである。
「オグゴッ!? お、ふぉ、くおおぁぉぉっ………!?」
途端に噴き出す脂汗に、呼吸が上手く出来ない口からはひたすら意味のない単語と空気が吐き出され、地面の上に膝を着いて動かない。
決まり手、急所への頭突き。
寒空の下で行われた一方的な仕合は予想もしなかった虚しい決着で幕を下ろした……どうしよう、私悪くないよね?
先程まで感じていた疲れは吹き飛び、やらかしてしまったとき特有の変な空気を払拭しようと試みるがどうすれば良いのやら。
庭の真ん中では大の大人が涙を流して蹲り、それを囲む大勢の困惑した子どもと私という図。
誰かしら何か言ってくれればまだ救いはあるのに誰も話さない。いや、私と同じで何を言えば良いのか判らないんだろうな、これは。
「……あ、あの、ごめんなさい」
とりあえず、謝って腰をトントンしてみた。
答えは返ってこないけれど少しは効果があるのか呼吸が徐々に落ち着いてきている。痙攣するような小刻みな震えも減り、動いてーーあ、いや、まだ駄目みたい。
あんなにも逞しい益荒男っぷりが今は見る影もなく内股で震え、涙しているなんと惨いことか。
ただ、あの痛みは男には耐えられないのだろう。
周りの男子もおなじ場所を押さえて顔を顰めているぐらいだ。中には顔を青ざめさせている者もいる。
もう本当にどうしよう、近付く子はいないし、クロウはまだ時間が必要みたいだし、私も他に出来ることはないし……
「あら、大変。大丈夫ですか? クロウさま」
小走りに近寄るフミルィルに大丈夫だとでも言うように蹲ったまま手を振るクロウ、周りの空気も気にせず来れるフミルィルの胆力に感心しつつも何やら様子がおかしい。
「お怪我でしたら
そう言うフミルィルを囲むように淡い輝きと共に光が生まれ、輝きは増すと方陣が大地へと一瞬だけ刻まれた。すると其処には見たことのない白い獣が姿を現しているではないか、ちなみに小さく可愛い。
しかし、すぐに姿は消えてしまい、残された光の残滓だけが癒すようにクロウの下半身を優しく包み込むと神々しく輝いた。
「お、おおぉぉーっ!? 痛くねぇ!?」
なんだこの非道い絵面は。
もう少しなんとか出来なかったのだろうか、元気になったのは良いが今の幻想的なはずなのにこれっぽっちも嬉しくない光景に思わず目眩を堪える。
せめて全身を包み込んでくれたらまだ良かったんだが……私が生まれて初めて見た法術は下半身が光る男の姿だと思うと、凄く残念な気持ちになるのだった。
……本当に法術自体は綺麗だったんだけどなぁ。