からくりパレェド ~エクストラキャストは躍り狂う~ 作:紙ブクロ
もうすぐ日の暮れるロンドンの街を一台の車が猛スピードで走り抜けていく。そのハンドルを握るのはこの街をよく知るストレイド警部、その隣にクィンが座り、大河が後部座席から身を乗り出して喚く。
「オッサン、急げ! もうすぐ日が暮れっちまう!」
「うるせえ! 目一杯飛ばしてんだよ!」
「ボーモン刑事は約一年前から頻繁に黒博物館へ見学にいていたようです。最初は学芸員が案内していたそうですが、そのうち一人でゆっくりと見たいと申し出たそうです。
「つまり、いくらでもチャンスはあったと…」
「はい、恐らく学芸員の目を盗み少しずつパーツを偽物と交換していったのでしょう」
「…ふざけんな。アイツがそんな事するわけないだろ」
大河とクィンの会話にストレイド警部がが割って入る。その声は静かだが内に確かな怒気を含ませている。
「…いずれにせよ、彼に会って確かめる必要があります。携帯も繋がらない以上、直接自宅に伺うしかありません、どうか…」
「わかってるよ、チッキショウ!」
「オッサン…」
ロンドンの外れ、古めかしい屋敷の前に車を止めるストレイド。
「結構大きな家だな…」
「アイツは元々この辺の土地を管理していた領主の家系でな、もっとも何代か前に没落したらしいがそれでもこの屋敷と多少の財産は相続したんだとよ。…オレの実家も近くで、気の合った俺たちはよくこの周りで遊んだもんさ。……オラ、入るぜ」
灯りは消えて不気味なくらいに静かだ。入り口の前に立ちベルを鳴らすが一向に誰かが出てくる気配は無い。我慢しきれずストレイドが扉を叩く。
「おい、ボーモン いるのか!? 返事しろ! チッ、居ないのか?」
「失礼…、カギは開いているようです、入ってみましょう」
「おい勝手に…、クソ!」
ストレイドが反論する前にすたすたと扉を開けて入っていくクィン、その後ろから大河としぶしぶストレイドが続く。
「広い屋敷です。手分けして捜索しましょう。私はこっちを…」
「人の相棒を犯人みたいに言いやがって…」
「容疑者には間違いないでしょう?」
「…チィ! オレはこっちだ、ついてくんな」
そう言ってドカドカと足音を立てて離れていく。
「大河様はあちらを、では」
「お、おう…」
クィンも離れて行った。
『おっかないのう』
「仕方ねぇサ、俺たちも行こう」
各自が部屋を見て回るが、少し散らかっていた以外は特に変わったモノは見当たらなかった。探している内に窓の外は暗くなり夜が訪れる。埒が明かないので一度ボーモンの書斎で集まることにする。
「何にもねぇなあ」
「ストレイド警部、ボーモン刑事とは連絡は?」
「電話に出ねぇんだよ! くそ! 一体どうしたんだ…」
『…大河、あそこの本棚…』
「ん? どうした?」
蒼太郎が大河を呼び止める。
『あの大きな本だけ埃がかかってないんじゃ、何かあるかもしれん…』
「ッ! ホントかそれ!?」
蒼太郎が指さす本を引き抜いてみる、するとそこには何かのスイッチレバーがあった。それを引いて動かすと隣の本棚が動き出し隠されていた部屋が現れる。
「な!? こんなものが!?」
「…とにかく調べてみましょう」
固まるストレイドを余所にクィンが部屋へと入っていく。
「お、おい。待てよ」
大河もあとに続く。中は暗く埃臭い。むき出しのレンガの壁の傍には椅子などの家具やよくわからない機器の数々が置かれている。部屋の中央には大きな台があり、何かが置かれていた跡がある。
「大河様…」
「どうした? 何かあったか?」
クィンが見つめる一点、奥の壁の上方を見やる、そこには、
紅く、大きく、その文字は薄暗い部屋の明かりに照らされていた。
「ああ、なんてことだ…」
後ろを振り向くとストレイドが立っていた。
「オッサン、これは…」
「…話は後だ。所に連絡する。応援を呼んでボーモンを見つけなくては」
そう言って携帯を取り出したが、
「おやめなさい」
その手をクィンが掴む。
「な!? 離せ! こんなことしてる場合じゃ…」
振り払おうと力を籠めるが腕は全く動かすことが出来ない。当のクィンはいつもの無表情である。
「おい、何やってんだクィン話してやれよ!」
「よろしいのですか?」
「なんだよ?」
「これで警察が本格的に、動き出せば貴方は彼に近づくことが出来ず、旦那様の依頼を果たすことが不可能になりますが…」
「そ、それは」
「それに、今大々的に警察を動かせば事はロンドンだけでは済まなくなりますよ」
「なに!? どういうことだ!」
「彼が今までロンドンに留まっていたのは、【バネ足ジャック】であるからです。このロンドンで彼の怪人と同じ犯行を犯すということが重要だったのでしょう。しかし正体がバレ、ロンドン中を追い回されるとあらばここにいる意味はありません。バネ足ジャックはロンドンを越えてその名をとどろかさんとするでしょう。それをさせる口実を彼に与えてもよいと?」
「グ…、ムウウ…」
クィンの指摘にぐうの音もでないストレイド。しかしこのまま何もせずに見過ごす事はできない、何か手はないかと頭を抱えた時。
「あのよ…、オレちょっと考えがあるんだ…」
「何! 本当か!? どうしたらいい!?」
大河の声に皆の視線が集中する。
「この作戦にゃ、二人の協力が絶対不可欠だ。上手くすれば、奴に一泡吹かせられるかもしれないぜ…」
そう言っていたずらな顔でニヤリと片方の頬を吊り上げた。
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深夜、ロンドンの街並みの屋根の上、見晴らしのいい場所で奴は眠る町を怪人の仮面越しに見下ろしていた。頭上を見上げれば大きな月が出ていて、遮るもののないその光を全身に浴びることが出来る。その光のせいか、別の理由か、彼はひどく気分が高揚していた。これほどの高まりは、初めてこの姿で殺人を犯して以来だろう。
あの二人組を見た時、怪人は直感で子の者たちは自分を追うものだと分かった、遅かれ早かれ正体に気づき迫っているだろうと、だからもはや未練の欠片もない人間としての自分を捨て、新たに真の【バネ足ジャック】となったのだ。
「あぁ、いい夜だ…。散歩をするにはとっても…」
そうして湧き上がる気持ちに浸りながらも片隅では別の思考も働いていた。
(静かすぎるな…、今夜は警察共が五月蠅く駆けずり回ると思っていたが…)
ストレイドの奴はしつこくピッタリとあの二人に付いているだろうから、今頃仲間に連絡していると予想していた。しかし、街は何時も通り、いや少し静かなくらいだ。中々獲物になりそうな独り歩きの女が見当たらない。いたかと思っても隣に男がいる。一緒に襲っても良かったが恐らく最後になるであろうロンドンでの犯行、変なケチはつけたくなかった。まだ夜は長い、と舌なめずりをしながら見ていると視界の端にふわりと揺れるモノを捉えた。
「…ちょっと、高い追加料金払うからってわざわざここまで出てきたのに何十分たっても誰も来やしないのよ! もういいから早く迎え寄こしてよ!」
露出の多い赤いドレスの女だった。
「娼婦か、いいぞ…、丁度良い獲物だ」
仮面の下で舌舐めずりをする、立ち上がりポンッと一つとんだ後一気に一跳びでその女の前に踊り出る。
「ヒ、ヒィッ!? 何なのあんた!」
「やあ、お嬢さん。ごきげんよう」
ジャックを見た女の顔が見る見る恐怖に歪んでゆく、ゾクゾクと背骨に快感が這い寄ってくる。鋭い指先を少し動かし、そのドレスの裾を引っ掻く、サッと布が裂けて美しい足が覗く。悲鳴を上げてジャックに背を向けて通りの路地へと逃げ込む女、都合のいい展開だ、一気に仕留めずにゆっくりと追い込んでいこう。そう思い後を追っていく。
一方通行の路地を女が必死に走っていく、それを追う笑い声が後ろから響くとうとう足がもつれて道に倒れる女、その近くにふわりと降り立つジャック。
「ヒ、ヒィィィィィィッ!」
「鬼ごっこはお仕舞いかい?」
頬が吊り上がる、これから起こす行為の快感に身が震える、その鋭く尖った爪が女の血を欲していた。
「さぁ、お仕舞いだぁ! 綺麗な血の華を魅せておくれよ女ァ!!!」
凶刃が振り下ろされるその時、
「……生憎ですが、私に人のような血液は流れておりませんので…
女の方から何かが放たれジャックを攻撃する。
「グアッ!? 何だこれは!? ワイヤーの付いたダガー?」
その身に刺さったダガーを抜き、確認する。
「これは、ピエロのシール?」
「【メイド長の隠し道具】、
その声と同時にジャックの目の前で小規模の爆発が起こる。
「ギャアッ!? 畜生ッ、この娼婦がァ!」
「一番爆発力の小さいステッカーを使ったのでダメージはほぼ無いでしょうが、貴方の曇った目には丁度良いアラームでございましょう? それともまだお気づきになりませんか?」
「何!? いや、貴様はッ!」
女の顔をよく見るとそこには着ている服、施した化粧こそ違うが昼間警察署で見たのと同じ顔がある。
「あの時のおかしなメイドか…、随分と化けるものだな」
「貴方には言われたくありませんわ、刑事さん。私の格好も大概ですが、センスの無さでは今の貴方にはかないそうにもありませんわ」
「ほざけぇぇえ!」
そうしてまた爪を振り上げようとした時、ジャックの後ろより一発の銃声が響く。
「……あぁ、そうか。この女がいるということは、君も必然的に居るという事か…」
ゆっくりと怪人が後ろを振り向く。そこにいるのは、
「なぁストレイド…。いや、ジェイムズゥゥゥゥ」
「…よう、ウォルター」
天に銃口を向け立っているストレイド警部、そして刀の柄に手をかけ臨戦態勢の大河がいた。ストレイドはそのまま銃口を前に向けて構え直しながら、目の前の相棒であったはずの男に語り掛ける。
「抵抗をするなら撃つ。大人しく連行されろ」
「やってみろよ、この姿は外骨格式でしっかりと防弾できる仕様だ。このコートも防刃、防火の処理をしていてね、ちょっとやそっとじゃ傷つかない。それよりも、やるじゃないかこの俺様に追いつくとは…。他の奴らは?」
「…署の奴らは今ロンドン中を回ってるよ、ただし、サイレンは緊急時以外決して鳴らず私服でな。女が一人歩きをしてよううもんならついてって家まで送るように言ってる」
「なるほど、道理で獲物が中々見つからなかった筈だ、まんまと嵌められたよ、あきゃきゃきゃっ!」
こうして対峙しても、ストレイドにはまだ信じられなかった。彼の知るウォルター・ボーモンという男は決してこんなことをする男ではなかった筈だ。しかし確かに居間目の前の鉄仮面の男の声は彼の良く知る幼馴染の相棒の声だった。表にださぬよう気を張っていたが内心ストレイドは激しく動揺していた。
「一体…どうしちまったんだよウォルター? 何でこんなことやってんだよ!?」
「…………ククッ」
「お前は優秀な刑事で皆の模範だった! オレの相棒で…」
「クックックッ…」
「生まれたころからの親友だった! どうしちまったんだ、いつからこんなことに…」
「あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!! いつから!? いつからだってジェイムズ!?」
ストレイドの話に突然狂ったように笑いだすボーモン。
「教えてやるよ! 最初っからサ! 最初っから僕の人生全てが偽りの造り物だったんだ!」
「何!?」
「物心ついたころからもう何となく理解していた。俺は、傷つけることでしか生きる実感を得ることが出来ない人間だと」
そしてそんな人間は社会では異常でしかないことも分かっていた。だからウォルター・ボーモンは今まで色々な仮面を被って生きてきた。気弱な少年、成績優秀な優等生、職務に忠実な刑事と。
「刑事になったのはもっとも暴力と死にに近い職業の一つだったからさ。それになにか問題が起こっても多少なら上手くもみ消せる権力が手に入る」
「そんな話、信じられるか!」
「あきゃきゃ! バカだな…、ジェイムズ。…あぁ、そうだ、なぁヘイムッシュを覚えているかい?小さい頃僕の家で飼っていた大きな栗色の毛の犬」
ボーモンの口調がジャックの凶暴なものからフッといつもの様子に戻り、ストレイドに語り掛ける。ストレイドの頭に当時の記憶が蘇る。二人で可愛がっていた犬。よくウォルターの敷地内を一緒に走り回っていた、二人の絆の思い出。しかし、
「あぁ、覚えているよ。でも、ある時、急にいなくなっちまった」
「二人で泣きながら辺りを探したっけ…、結局どこを探しても見つけられなかった、あぁ懐かしい。……なぁジェイムズ、ヘイムッシュは本当ォはどこに行ったと思うぅぅぅ?」
「…嘘だろ…。まさか、お前…」
「あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!! そうだよォ! オレが殺してやったんだ! 後で俺の家の庭の木の下を掘ってみな、久しぶりにヘイムッシュとご対面できるぜぇ!!」
「貴様ァァァア!!」
もはや変わり果てた友に向かって引き金を引く。弾は胴体に着弾するも本人が言った通り効いた様子がない。
「あばよ、ジェイムズ!」
蛇腹状になった伸縮自在のジャックの腕が伸びてストレイド警部を襲う。やられる、ストレイドがそう覚悟しかけた瞬間、
「させるかよォ!」
今まで沈黙を守っていた大河が割って入り、その腕を流走で弾く。
「お前!?」
「あぁ? ガキが、邪魔しやがって…」
そう毒づくボーモンを睨み、流走を握る手に力が籠る大河。
「ストレイドのオッサンはよお、ずっとお前を信じてたんだよ…、あの部屋であの字を見た後だって、最後までお前を! それを全部踏みにじりやがって! ぜってえ許さねえ!」
そう言いながら、己のベルトに刀を挟み込み帯刀、流走を抜き放ち切っ先を倒すべき怪人に向ける。
「あきゃきゃきゃ! やる気かよガキィ!」
ボーモンも腕を広げ本格的に臨戦態勢に入る。対して大河は腰を落とし、両手で真っ直ぐ、所謂【正眼の構え】をとる。見る者が見れば、その構えの美しさに大河の力量が現れているとわかるものであった。
「大河様、ここからはご自分でお相手を。私は監視の任がありますので…」
「わ~てるよ、うるせえナ!」
『大河、落ち着いて、稽古通りじゃ。そうすりゃ後はなんとかなる』
「あぁ、そんじゃ、行くぜ!」
「シャァァアッ!!」
お互い同時に距離を詰める、先に仕掛けたのはボーモン、その伸びる腕を剣で弾きながら捌き、懐に入る大河。
「シッ!」
「きゃきゃっ!」
そのまま切りかかるも、後ろに跳んで躱される。再び距離を詰めようと迫るが今度は頭上をふわりと飛び越えられてしまう。
「クソォ、ちょろちょろと!」
「あきゃきゃきゃ! 無駄無駄! 捕まえられるわけないだろ、お前如きに! 俺はバネ足ジャックだぞ、ここの屋根の上だって一ッ跳びサ! こんな風にな!」
そういうが早いか大きく踏み込んであっという間に高く飛び上がる。もう少しで周りの屋根を越そうとした時、
グンッ
何かに阻まれて勢いが止まる。
「!? 何ぃ!?」
「あぁ、言い忘れておりました、貴方に逃げられるとミッションになりませんので、あらかじめ【私に繋がる操り糸】を上に張り巡らせておきました。この暗闇では、糸の合間を抜けることは不可能でしょうね」
「おのれぇぇぇぇえ!」
空中でバランスを崩し、落下していくボーモン、そこに待ち構える大河。必死に腕をのばし抵抗するがそれを掻い潜り近づく。
着地と同時に大河の袈裟切りが放たれる。ボーモンは身をよじって躱すも、剣先が胴体を捉える。
「ギャアッ!」
直ぐに跳躍で距離をおくボーモン。己が切られたところを見ると浅くはあるが装甲を切り裂いてそこから血がにじむ。信じられないことだった。特殊合金と繊維で作られ、先程銃弾も通さなかったこの外骨格をいとも簡単に切り裂いて見せたのである。ここで初めてボーモンは大河が己の天敵であると悟る。同時に怒りが沸き起こる、何者にも脅かされることの無いはずの自身が、今日本人のガキと場違いのメイドに追い詰めらているのである。
「チッキショウォォォォォォオ!!」
怒りに任せて凶爪を大河に伸ばす。対する大河、それを避けず、静かに上段の構えをとる。目の前に迫った瞬間、真っ向切り一閃、見事にから竹割に切って伏せた。
「あ、あぁ…」
「終わりだよ、ボーモン」
破壊された腕を見て崩れ落ちるボーモン。それを確認し切っ先を下ろしてゆっくりと近づく。
「お前の爪はオレには届かねぇ。逃げ回ってもそのうち出血で動けなくなる。負けを認めて大人しくオッサンに捕まれよ」
そういって更に近づくこうとすると、
「捕まる!? この俺が!? そんなこと認められるかぁぁぁア!!!」
そう言ってあげた仮面の顔の口から青白い火炎が放たれる。
『大河、危ない!』
「うおおおお!? まだそんな仕掛けが!?」
間一髪躱すがそれもお構いなしに周囲に火炎をまき散らすボーモン。次々と炎が燃え広がってくる。
「アイツこの辺一帯を火事で巻きぞえにする気か!?」
「手前ェ! 苦し紛れでとち狂ってんじゃねえ!」
「はたしてそうかなぁ、ケァッ!」
そういうと高々と飛び上がっていく。しかし今度は糸に阻まれることなく屋根へと移っていく。
「!? しまった。そういう事ですか」
「そうか! 燃え移った炎の灯りで糸を可視化したのか!?」
「このままじゃ逃げられっちまう! クィン」
「私に捕まって! 【私に繋がる操り糸】」
ダガーを上に飛ばしてひっかるとモーターが糸を巻き上げる。屋根のうえに上がると、路地を一つ跨いで向こう側でボーモンがこちらを嘲笑いながら見ていた。
「あきゃきゃ! 残念だったなぁ、もう少しだったのによぅ」
「手前ェ! 逃げんじゃねェ!」
「乗るかよ、馬~~~~鹿! お前はそこでオレの後ろ姿を歯噛みして見ていな!」
「待て! クソッ、早くワイヤーを!」
クィンの糸を橋渡しに追おうとするが相手の機動力に敵わない。それを嘲笑いながら高々と見せつける様に飛び上がるボーモン。
「あきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!! ざまあみろ! 俺は【バネ足ジャック】だ! 誰よりも高く跳んで行く! 誰も俺を止めることなどできはしないんだぁぁあ!!」
「……果たして、本当にそうだろうか?」
声を張り上げ一層高く跳びあがったボーモン。しかし突然後ろから声がかかる、と同時に彼を照らしていた月明かりが何かによって阻まれる。
「はたき落とせ、【ペンタゴナ・ノッカー】ペイン・トルネード!」
「ぎゃあああああああああ!!」
名前を呼ばれた【ソレ】が手に持った棍棒のような武器で勢いよくボーモンを打ち付ける。不意を衝かれその直撃を喰らい地面へと堕とされる。
「人間相手に使った事が無いから心配だったが…、フム、生きているようだね」
「あ、がが……、だ、誰……」
「何故君の前のバネ足ジャックが破壊されたと思うかね? 答えは簡単だ、君たちよりも更に上に跳べるものがいたからさ…」
その言葉を最後に気絶するボーモン、そうしている間に大河達がワイヤーで屋根を越えながらやっとおいつく。そこでやっとボーモンを撃ち落とした相手の姿がはっきり確認できるがその姿を見て思わず息を飲む。
「やぁ君か、また会ったね」
「あ、アンタ昼間の…、いや……」
その顔は昼間のロンドンであったあの紳士であった。しかしあの時の優しい笑顔は消え失せ横のメイドといい勝負の金属でできたような冷たい眼差しをしていた。何よりも大きな違いは彼の眼と髪が月光に照らされ鈍く銀色に輝いていた。彼の後ろには懸糸傀儡と思われる人形がたたずんでいる。それは大河の知り合いの彼女の姿を連想させるもので、思わず口を吐く。
「……しろ、がね…?」
「ほう、我々のことを知っているようだね」
「我々? なんのことだよ!?」
「ん? 知っているから私を【しろがね】と呼んだのだろう?」
「!? それってどういう……」
「申し訳ありませんミスター。彼はオーディションの最中ですので、必要以上の情報の漏出はお控えください」
質問をしようとする大河の前にでてこれ以上の会話を阻むクィン。
「君は……、あぁそうか、【彼】のところの。また何か妙な事を始めているようだね」
「おい! まだ何も聞いてねぇぞ! アンタ一体誰なんだ!」
「事情は知らないが、悪いことは言わない、これ以上関わらない方がいい。わざわざ虎がいると分かる巣穴に入る人はいない。頭から喰われる前に引き返すことだ」
「ハッ! 虎ならこの前ブッ倒したサ、誰がなんて言ったってオレは諦めねぇ! 絶対に真実に近づいてみせる!」
決意をもって相手を見つめる大河、その真っ直ぐな視線が銀色の髪の紳士を捉える。
「……フッ。そうか」
ふと、無機質な表情から、昼間見たような柔らかい笑みがこぼれる。
「なんだよ? なんかおかしいか?」
「いや、すまない。君を甘く見ていたようだ。……フム、まぁ今はお目付け役もいるようだし、あまり話せることはないが、バネ足ジャックを足止めしてくれた礼もある、オーディションが終わった後、もしもまた出会うようなことがあればその時は自己紹介でもさせてもらうよ。それでは、ペンタゴナ・ノッカー!」
そういうと人形に自分を抱えさせ跳んでいってしまった。
「一体、なんなんだよ…」
残された大河は、彼の姿が見えなくなった闇をただ眺めるしかなかった。
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『それでは事件は無事解決という事だね?』
「結果だけでいえば、そのようになります」
ロンドンから離れたところ、一つの大きな屋敷の一室でクィンが自身の主に第一課題の報告をしていた。ここは日本で生活していたのと同じく【あしながおじさん】の所有する土地の一つであった。
『で、どうだね彼は?』
「【蟲】でご覧になっていたのでしょう? 私からご報告することはもうないと思われますが…」
『君の意見が聞きたいんだ。タイガ君は次の課題に進む資格があると思うかね?』
「私の意見、ですか?」
そう言われクィンは首をひねる。今まで言われたことを忠実にこなすだけだったクィンにとって自分の意見を主人に伝える、ということは初めてだったし、必要とも思っていなかった。しかし求められているのならば、それに従うだけである。少し考えて口を開く。
「行き当たりばったりの行動が多く、思慮に欠け、感情的、戦闘でも最後の詰めの甘さでボーモンを取り逃がしかけました。今回事件を解決出来たのは運が良かったと言わざるおえないでしょう。……ですが、」
『ですが、何だね』
「観察力やとっさの判断力に優れる面をみせる時もありました。彼が居なくてもバネ足はあの方が撃退していたでしょうが、彼が居なければ我々は【真実】にたどり着くことはなかったでしょう」
『では、タイガ君には次に進む資格ありと?』
「さぁ? 私には決める権限は持ち合わせておりませんので。敢えて言えと仰るのなら、大負けに負けて【可】、といったところでしょう」
『フフフ。よかろう! 次のステップへ移ろうじゃないか、早速準備をしたまえ』
「お次は彼に何処へ行かせようとお考えですか?」
『そうだなぁ…』
第一試験は辛くも突破した。次の試練が大河を待ち受けている。
『ホラーハウス、などというのはどうだろうね?』
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ロンドン、事件の後、黒博物館に一人の来訪者が訪れた。
「ほらよ、本物のバネ足ジャックのパーツ、やっと許可が下りて持ってこれたぜ」
「まぁ、ありがとうございますわ!」
来訪者ストレイド警部が手に持った小包を目の前の学芸員に手渡す。彼女はそれを嬉しそうに笑顔で受け取る。
「今回のこと、色々迷惑かけてすまねぇな」
「そんな…、ストレイド警部のほうが、その…、お辛い筈でしょう?」
「あぁ、まあな…」
闇に堕ちて行った相棒の顔が脳裏に浮かぶ。あの後彼は逮捕され警察の管理下の病院にいる。ケガの具合も酷かったが何よりも心が壊れてしまっていた。どこか一点を見つめて何かブツブツと呟くばかりでとても取り調べ等ができるような有様ではなかった。
「信じていたご友人に…、心中お察しいたしますわ」
「……あの後よ、皆でボーモンの屋敷を徹底的に調べ回ったんだ。屋敷のいたるところから奴が弄んだであろう動物の骨や標本が見つかったよ。庭からも昔可愛がっていた犬のモノも…」
思はず息を飲む学芸員。
「でもよ、その中には一本も
「え?」
「これは俺の想像がよ…アイツは幼い頃っからその身に悍ましい怪物を飼っていた。けれど、その衝動に任せて罪もない動物を殺すという行為を犯しながらも、殺人という最後の一線は越えないよう必死におさえていたんじゃないかって…」
あの日、あの時ここでバネ足ジャックに出会うまでは…。
「ま、全部俺の想像なんだけどな!」
「ストレイド警部……」
「……もしかしたら、人は皆あんな怪物をその身に潜ませているのかもな。そして、何かのきっかけで自分と怪物が入れ替わっちまう。あの時のボーモンみたいに」
「けれど……、もしそれが本当なのだとしたら…」
ストレイドの言葉に学芸員が答える。
「その悍ましいモノがいるのと同じように、人それぞれの中に本当に尊い、素晴らしいものもまたあるのかもしれませんわ」
「…‥‥、ハッ! そうかもな、そうだといいなぁ、学芸員のお嬢さん!」
本当に心からそう願う。いや、もしかしたらもう自分はその一旦をもう垣間見たのかもしれない、といつの間にか姿をくらませてしまっていた一人の日本人の顔を思い出す。
いつかまた会えたのなら今回の礼に飯でもおごろうか、と思う。
「いけねぇ、長居しちまった。じゃあな学芸員サン、今度ランチでもご馳走させてくれ、この近くで旨い店をしっているんだ」
「えぇ、ストレイド警部。楽しみにしていますわ」
じゃ、と軽く会釈をして出ていくストレイド警部。
かくして黒博物館の扉は閉じられる。いつかここを必要とする誰かが、このにあるなにか必要な展示品を求めて。それがいつのことになるのか、誰が訪れてくるのか…、
「それはヒミツ♪」
あけましておめでとうございます!