次の更新は少し間が空くかもしれませんが、気長に御待ち下さい。
それでは、本編をどうぞ。
万里谷祐理はその日、七雄神社に常駐する全ての人間をその場より退避させた。
神殺しの魔王、羅刹の君、暴君と名高い王の一人である草薙護堂と対面するが故の対応であった。正史編纂委員会の工作員であるあの男の言葉を鵜呑みにするワケではないが、実際に相手は美しい少女を愛人として侍らせているような好色な男だ。もし殺されるにしても、この身を汚されるにしても、その犠牲となるのは自分だけでいい。そんな自己犠牲の精神で彼女は人払いを敢行した。
だが、
「――っ」
心の奥底から沸き上がる恐怖心だけはどうしても抑えられなかった。
かつて欧州で出会ったとある魔王の見た者を塩に変えてしまうという炯々と光る緑の眼が、今も彼女の脳裏には焼き付いたままだったからだ。更に思い出すのは、彼の無聊を慰める為だけに敢行された神降ろしの儀式の犠牲となった哀れな巫女たちの姿。もし運が悪ければ、自分もああなっていただろう。単に自分は運が良かっただけだ。
ともすれば恐怖で嘔吐しそうになる自分を叱咤し、一方的な隔意と義憤を糧に彼女は己を保っていた。
だが、そうしている間にも刻一刻と約束の時刻は近付いてくるのだ。白衣と緋袴の巫女装束に包まれた少女の身体は、約束の時間が近付く度に徐々に大きく震えてしまう。止めようとしても止められない。
そんな時だ。
「ま、万里谷さん!!」
正史編纂委員会のエージェントである
それを見た祐理は、言いようの無い不安を覚えた。まだ数える程度しかこの男とは会っていないが、いつも飄々とした態度を崩さないこの男がこうも焦っている時点で何か良からぬ問題が起きた事は明白と言えるだろう。
しかし、これから自分は七人目の魔王である草薙護堂と対面するのだ。余り弱気な態度でいては通せる嘆願も通らなくなる。
だから祐理は表面上は泰然とした態度のまま、甘粕に問い掛けた。
「甘粕さん、どうされました?」
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、甘粕はとんでもない爆弾を放り投げた。
「実は先程、草薙護堂が在野の術者と接触しましてね。どうやらこの
それを聞いて祐理は衝撃を受けた。
相手は神を殺した魔王だというのに、なんという蛮勇な人間だろうか。もし不敬だと思われてしまえば、人の身ではどうしようもない絶大な力が自分に降り注ぐだろうに。その術者は羅刹の君が怖くないのだろうか。
媛巫女と呼ばれる自分ですら、恐怖でどうにかなりそうなのに。
「しかもこの人、最近になって噂が出回りだした『神獣返し』のお弟子さんらしくて、それなりに腕が立つようなんですよね」
祐理もその噂については知っていた。当時を知る媛巫女たちが挙ってその時期の前後に微かな不安を感じていたと彼女は聞かされていたからだ。
そして、今になるまでその不安は、欧州とアメリカに新たに現れたカンピオーネへの警鐘だと思われていた。
「……十一年前、正史編纂委員会に知られる事無く日本に襲来しようとした神獣を退けた人物がいると噂では聞いていましたが、正直を申せば眉唾な話だと思ってました。……ですが、例えその方が御師匠様の御薫陶を受け、神獣を追い返せる実力を得ていたとしても、羅刹の君たる御方には届く筈がありません」
脳裏に思い浮かべるのは、とある老紳士の姿。大学教授然とした老人だが、その本性は傲慢且つ強欲であり、人間どころかまつろわぬ神すらも恐れるような強大な力を自由気侭に振るう獣のような男。例え霊視に長けた祐理でなかったとしても、この老人の気性は簡単に理解出来るだろう。
そんな男の同類である例の少年ならば、暴君になる素養を持ち合わせているに違いないのだ。現に彼はイタリアのミラノを初めとした様々な場所でその権能を使い、その周囲に被害を齎している。その被害の大きさが彼の怒りの大きさを物語っている。
そして、彼女のその認識については甘粕としても異論は無かった。それが裏の世界での常識だからだ。
「はい。勿論向こうもそれは理解しているでしょう。彼は十年前にこちら側へ足を踏み入れた人間ですが、
「だとすると、その人は何を考えて羅刹の君と接触したのでしょう? 幾ら依頼とは言えど、羅刹の君が関わる依頼は忌避するのが普通でしょうし……」
祐理の問いに、甘粕は首を横に振って嘆息した。
「さて、どういう理由なんでしょうねぇ? 私たちが知らない
そう甘粕に言われ、裕理も頷いた。
「解りました。直ぐに着替えてきますので、少し待っていて下さい」
祐理は立ち上がると即座に踵を返して自室へと戻り、外出用の洋服に着替え始めた。白衣と緋袴を脱ぎ、ブラウスとスカートを着込む。地味な服装だが、その装いは少女の雰囲気を決して損なわない。儚げな彼女の雰囲気と相俟って、まるで桜の花ような清廉な印象を見る者に抱かせた。
そして少女は最後に、「とある事情」を抱えている妹と昔一緒に買いに行った御守りを握り締め、甘粕と合流した。
甘粕の案内する場所には車が置いてあった。恐らくは正史編纂委員会の車なのだろう。促されるままに裕理はその車の後部座席に乗り込む。
甘粕は運転席に座ると、キーを回して殊更明るく言った。その裏に微妙な緊張を滲ませて。
「じゃ、行きますよ」
「はい」
そして二人は、神殺しと市井の術者がいるファミレスへと車を走らせた。
真剣な表情で運転する甘粕とは対照的に、後部座席に座る祐理の胸中には確かな安堵があった。幾ら危機的状況を前にして毅然とした態度を取れようとも、祐理はまだ十代の少女なのだ。意思を持った天災と畏れられる存在を前に独りで立つ事がどれ程心理的なストレスになっていたか。そういった意味では甘粕という実力ある同行者が出来たのは嬉しい誤算と言えた。……まあ、それで祐理が甘粕を好きになるかと言われれば否ではあるが。彼女としてはもう少し誠実な人間の方が好ましい。
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そして二人は、草薙護堂と呪術師の男がいるファミレスに足を踏み入れた。
資料で見た通りの少年が、中折れ帽を被った黒いスーツの男と向かい合わせで食事をしている場面を見て、祐理は少々驚いてしまう。魔王である草薙護堂が余りにも一般人らしかったからだ。確かに顔立ちは整っているが、しかしその仕草や態度にはどこにも魔王らしさが見えなかった。精々が少々大食らいの高校生といった所だろうか。魔王そのものであるあの老人とは対極と言えるだろう。
寧ろどちらかと言えば、その反対側に座る術者の男の方がカンピオーネだと言われれば納得してしまうだろう。先程こちらを横目で見た際の鋭い視線と極道幹部とも取られそうな強面の顔は、祐理を少し怯ませたが、彼女は『強い呪術師』という印象しか感じられなかった。
自分たちに気付いているにも関わらず、男は全く気にせずに草薙護堂と会話を進めていく。
草薙護堂がこちらに気付いていないのならばこれ幸いとばかりに甘粕は彼等の隣のボックス席に祐理を引っ張り込んだ。
心臓が早鐘を打ち始める祐理の事など露とも知らずに、隣の二人は話を進めていく。会話を盗み聴くのには些か良心が咎めたが、隣の忍者は必要な事だと小声で祐理に言い聞かせた。
渋々同意する祐理は、耳を澄ませ絶句してしまう。
この国に住まう一個人として、到底許容していい話ではなかったからだ。
愛人に唆されるままに、まつろわぬ神に由来するような神具を日本に持ち帰った。しかもこの神具の半身たるまつろわぬ神は既に顕現している――と術者の男が断言しているではないか。このままでは、この国にまつろわぬ神が来襲してしまう。なのに羅刹の君たる少年は全くその危機を理解していないようだった。どうやらこの少年は一般常識で良くも悪くも動く御方のようだ。
そしてそれ以上に、彼女は羅刹の君に対してまるで不出来な小僧を叱り付ける様に説教を続けている男に戦慄を抱いた。
相手は人の姿をした災害だというのに、なんという胆力だろうか。
だが、彼の言い方では羅刹の君を説き伏せる事が出来ない、と祐利は直感的に理解してしまった。このままでは余計に彼は意固地になってしまうだろう。
これは恐らく、神獣を退ける程度の実力を備えているが故の弊害と言えた。彼にもまた培ってきた矜持があり、それを貫いてきたからこそ、今日まで裏の世界を生き延びてきた実体験があるのだろう。それ故に、一般人でありたいと考えている草薙護堂には届かないのだ。
それが判ったからこそ、祐理は動いた。
ここからの諌言は自分が為さなければならない。二人の会話を盗み聞いて羅刹の君の人となりを知れたのだ。これ以上安全圏で事の成り行きを見続けるのは祐理にとって耐え難いものがあった。
だからこそ、少女は動く。甘粕の制止を振り切って。甘粕としては、カンピオーネと会話をしている彼が苦い部分全てを言い切った後に祐理には出張って欲しかったのだが。そうすればもしそこの魔王が勘気を起こしても、その全てはそこの男に注がれて彼女は難を逃れた筈なのだ。
なのに、彼女は席を立ち、彼等の元へ向かってしまう。
彼女の行動は最良ではないが、しかし最悪ではない。先程の会話からして彼のカンピオーネは力を持て余しているようだ。
ならば、極限状態に追い込まれない限り神より簒奪した権能を使う事は無いだろう
彼女の実家からは彼女の身の安全を最優先に考えて欲しいとも言われている。
「……まあ、話を聞く限り理性的な御方のようですし。癇癪を起こすことないでしょうが……些か軽率過ぎますよ、皆藤雄治さん?」
だがそれは所詮公務員でしかない自分がやるような仕事では無い筈だ。四家を初めとした御偉方たちが動くべきだろう。
それなのに、ここにいるのは四家とは無関係な男に歳若い武蔵野の媛巫女一人に自分。特別手当てが欲しいと思うのは我儘だろうか。
「そうか? ちょっと調べりゃあの小僧が、「一般人でいたい」って考えているのは普通に判るだろ」
「ええ、勿論判ってますよ」
確かに彼は一般人であろうとしている。だが、事が起きてしまえばその権能を振るうのを躊躇わないということも判っているのだ。でなければ神に挑もうとは思わないだろう。
「つまりあの小僧は大義名分が無けりゃ力を振るわないって事だ。それにほら、そっちが連れてきたあの嬢ちゃんにあそこまで言われてもあの小僧はキレてねえだろ? 女好きかどうかはともかく、あの嬢ちゃんにゃ甘いようだしな」
耳を済ませると、雄治以上に祐理が草薙護堂に諌言というか、マジ説教をしているではないか。というか、最初のあの怯えようはどこへ行ったのだろう。
「…………」
その余りの剣幕に甘粕は絶句してしまう。彼女は自分の命が惜しくないのだろうか。
そんな彼の困惑を余所に護堂への祐理の説教は続いていく。遂には彼の妹から伝え聞いている私生活にさえ言及してくるではないか。
しかもその話題の殆どで必ず女性が関わっているというのだ。甘粕としては、そういった人間は画面の向こう側にしかいないと思っていたのである意味新鮮だった。
雄治はと言えば感心した様子で祐理の説教を聴いている。
「……ふーむ、あの嬢ちゃんにとってあの小僧は相性が良かったんだろうな。見事にあの小僧の抉られたくない部分を、的確に抉ってやがる」
「そのようですねぇ……いやはや」
感心したような言葉に、甘粕も無意識に同意を示す。
「……しかし、これはまた……」
何かを言おうとして、しかしそれ以上の言葉が浮かんでこない。
「まるで女にだらしないダメ亭主とそれを叱る姉さん女房だな」
二人は同い歳の筈なのだが。
「……否定出来ませんねぇ」
雄治の比喩が的確過ぎて甘粕は苦笑するしかない。
そんな中、雄治と甘粕はファミレスに足を踏み入れた異国の少女を見て眼を見張った。だが、直ぐに納得の表情を浮かべる。彼女は草薙護堂の『愛人』。ならばイタリアのミラノから日本に来てもおかしくは無いだろう。
雄治は直感的に「ここはもう直ぐ修羅場になる」と悟り、離脱を決意する。
その美しい金髪の少女は、魅力的な肢体を誇るかのように堂々とした態度で護堂と祐理に近付いていく。周囲の客も『すわ何事か?』と彼女の動向に注視している。
そして、草薙護堂も気付く。
その表情が語っている。『待て。なんでお前がここにいる?』そんな事を思っているのだろう。
祐理も近付いてくるのが魔王の愛人であり、イタリアの魔術組織の七大組織『七姉妹』の一つ、魔術結社《赤銅黒十字》に所属する『
「……あははは。これはまた……」
甘粕としてはもう笑うしかない。
赤みがかった金髪の美少女――エリカ・ブランデッリがまるで鼠を前にした猫のような表情を浮かべているのだ。誰が鼠なのかは表情を見れば解り易った。甘粕は思う。本当に彼は魔王なのだろうか、と。
しかし直ぐに思い直す。この状況ではどう考えても分が悪い。頭に血が昇り説教モードに入っている今の彼女ではエリカ・ブランデッリに相対するのは難しいだろう。冷静な判断力を損なっては勝てる勝負にも負けてしまうのだから。
では、どうするべきか……?
甘粕が必死にどうすれば事態がこれ以上ややこしくならないかを考えていると、雄治が全く気にしない様子で立ち上がるのが視界に入った。
「んじゃ、ここらで俺は消えるわ。知りたい事も知れたし、ガキの修羅場なんぞに首を突っ込む程野暮じゃねぇんでな」
そう言い残し、男は席を立つ。
「あ、ちょっと……」
そんな雄治を呼び止めようとして、甘粕は戦慄する事となった。
「――――っ!?」
エリカ・ブランデッリの隣を通り過ぎるのに、彼女は『それ』に気付いていないのだ。彼が移動しているのに気付いているのは自分一人だけ。
それがどれ程規格外な事なのか気配を消す業に長けた忍者である甘粕だからこそ解った。隠形の術に関しては自分と格が違う、と。
「……やはり、神獣と闘うような人間の相手をするのは、一介の忍にはキツいですねぇ」
実はこの甘粕、上司より『もし皆藤雄治がこちらの不利になるような行動に出たら対処しろ』とも言われていたのだ。
だが、甘粕は理解していた。もし自分と雄治が戦えば、十中八九自分が負ける、と。
どうしても勝てるビジョンが浮かんでこないのだ。
そう――まるで、
「…………まさか、ねぇ」
唐突に思い浮かんだ仮説に甘粕は苦笑してしまう。そうポンポンと魔王が誕生して貰っても困る。日本という狭い範囲に魔王が二人もいれば、どんな世紀末な世界になってしまうか想像もつかないのだから。
というか、目下の問題は、
「……いやはや、女の戦いですか。画面の向こうや自分に累が及ばないのならニヤニヤ出来るんですがねぇ」
隣のボックス席で繰り広げられている面白恐ろしい会話に集中する事だ。
そうやら祐理はエリカ・ブランデッリに唆されてこの国に来襲した神の名を霊視させているようだった。
まあ、それが草薙護堂の闘う為の準備ならば、祐理としても協力するのに吝かではないのだろう。
些かマッチポンプ臭いのがなんとも言えないが。
「――――草薙さんが出遭われた神の御名は、アテナです」
どうやら、かなりメジャーな神がこの国に来襲しているようだ。
甘粕は直ぐに上司に連絡を取った。
可及的速やかに事態を収拾しなければ、被害は鼠算式で増してゆくだろう。
ならば、日本を危機に陥れた犯人である草薙護堂には、是非とも最前線にて魔王としての責務を果たして貰わなければならない。
そしてその事は、エリカ・ブランデッリもまた自覚しているようだった。
だからといって、やった事は日本人としては認められたものではないのだが。
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そして草薙護堂はまつろわぬアテナと再会を果たす。
神と神殺し。
両者で出逢えば闘うのが通例。
だが、護堂はそれを無視してアテナに頼み込んだ。『ゴルゴネイオンの事を忘れ、この国から出て行ってくれないか』と。
何も理解していない馬鹿だから出来た発言と言えるだろう。
神にとって、それはあって当然の物なのだ。寧ろそれが手元に無い現状こそが不自然であり、それを取り戻そうと躍起になるのは当然の事であった。
故に、アテナは死の接吻を護堂に与え、東京から光と火を奪い"闇夜"に沈めた。
それも全ては自身の失われた"過去"を取り戻さんが為。
余談ではあるが、草薙護堂はこれでも神や同類との戦いは経験しているのに、何故こうも簡単にアテナの呪いを受けたのだろうか?
勿論これには理由がある。
彼にとって女性はその須らくが立てるべき存在であった。故に彼はアテナの行動に対処が遅れたのだ。職業が女王のような母親を見て育ち、女遊びの達人である祖父の薫陶を受けて育った護堂。そんな少年が見目麗しい美少女の口付けを避けられるだろうか。無理に決まっている。
彼はその時点でアテナをまつろわぬ神ではなく、美しい少女だと認識していたのだ。これがどこぞのラブコメならばそこからラブストーリーが始まるのだろうが、相手はそんなつもりは毛頭無かった。妄言を吐く護堂を即座に殺すくらい、その発言はアテナにとって赦し難かった。
だからこそ、彼を殺すことに躊躇いは無かった。物言わなくなった護堂を一瞥し、再び半身の捜索に移るアテナ。恐らくだが、そう時間は掛からずにゴルゴネイオンは見付かるだろう。お互いに半身を呼び合っているのだ。人間が止められるようなものではない。
女神の死の接吻を受けて死んでしまった護堂だが、雄治は確信していた。神殺しに名を連なるような馬鹿が、こんな無様且つ間抜けな最期を遂げる筈が無い、と。彼を運ぶエリカ・ブランデッリの顔には不安はあれど絶望は無かった。
恐らく一度殺されても生き返る権能を持っているのだろう。どんな制約なのかは解らないが、随分と便利な権能を持っているものだ。
そして、次に立ち向かう護堂は、油断する事無くアテナと戦うだろう。今際の際にアテナを睨む少年の眼には、燃え滾るような闘志が渦巻いていたのだから。
そう。この男は、草薙護堂は、一度殺されて漸くアテナを敵と認識したのだ。
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「成程成程。賢人議会の資料は正しいみたいだな。……十個の権能にはそれぞれ制約があり、無闇矢鱈に使えない、か」
淡々と呟く雄治。
彼がいるのは、闇に沈んだとある公園のベンチである。
そこに一人座り、東京中に放った『夜刀の眷属』である蛇の眼を通じて事の成り行きを観察していたのだ。
その眼は、人では有り得ない鮮やかな『紅』に輝いていた。その瞳孔は縦に開いており、まさしく『蛇の眼』と呼ぶに相応しい。
彼は視る。
忠告を無視した護堂が死に掛ける姿を。
突然の事態に混乱する人々の姿を。
そして、力を取り戻したアテナを。
彼は、視た。
「……さて、御手並み拝見」
そう呟き、雄治は護堂がアテナと対峙するのを観察する。
彼が蛇を通じて視ていると、草薙護堂が媛巫女の許へ風に乗って即座にやって来るではないか。どうやら思考が戦闘モードに移行しているようだ。彼の眼や雰囲気が、先程とはまるで違う。ヘタレた様子が見受けられな。
直に会話して解ったことだが、草薙護堂は多少他の神殺しよりマシなのは確かだった。楽観主義な行動しか取れないのはマイナスだが、一度スイッチが入れば勝つ為に相手を調べ尽くし打倒しようとするその姿勢は評価できる。個人的見解を述べれば「関わりたくない小僧」の一言に集約されるのだが。
そこまで判ったのだから、さっさとまつろわぬアテナを幽世に引き摺り込むべきだと思いはするが、雄治は決して動こうとはしない。
未熟な後進を見ていると、どうしても頼りなく感じてしまうのが普通だ。だからと言って、ここで雄治自身が介入しても意味が無い。
草薙護堂は仮にも神殺し。所詮己のルールでしか生きられない駄目な人間の一人なのだ。自分の尻拭いすら出来ないような半端者が至れる境地に自分たちはいない。
だからこそ、雄治は動かない。護堂が死ぬか、それに相当するような重傷を追う迄、手を出すつもりは無かった。
『まだ動かない方が良い』と、自分の勘が告げているのだ。
そして、事態が動く。
護堂が戦いながら、アテナの歴史を紐解き始めたのだ。その言葉が光の剣となって古き姿を取り戻したアテナを追い詰めていく。
絶世と呼んでも過言ではない美しい顔を憤怒に歪めて、アテナは吼える。
我が過去を嬲るな。その言霊、まことに汚らわしい、と。
それを見て雄治は思う。
「……これって、
あの言霊の剣は、神話を解体する事でその神のみに通用する剣を即席で創り上げる権能のようだ。相手の神の正体が解っていれば確かに頼りになる権能だろう。
雄治個人の感想としては「面倒な権能だなぁ」に集約されるのだが。
そして雄治がポツリと呟いたように、あの少年が神の歴史を紐解く事は、相手からすれば「身に纏う衣服を無理矢理剥がされること」に等しいのだろう。まるで《鋼》の英雄のようだ。
しかしながら、そのような「まつろわぬアテナ」にとって致命傷を与える剣を創造しても、まだアテナの方が優勢であった。ただ単純にアテナの方が護堂よりも地力が上だという事なのだろう。
このままでは、千日手――もしくは護堂の再度の敗北で今回の戦いは幕を下ろすようだ。
「さて――」
そうなったら自分が出張っても問題無い筈――
「――御待ち下さい。羅刹の君よ」
涼やかな女性の声が、雄治を制止する。
「……誰だ?」
雄治が声のした方向を見ると、十二単を着た美しい女性がこちらを見ているではないか。顔立ちは西洋風ではあるもののその容姿と十二単はとても良く似合っていた。美しく長い髪は亜麻色で、澄んだ玻璃色の瞳はまるで凪いだ水面のように穏やかだ。その姿はまさしく人外の美と形容するに相応しい。
気配から察するに、彼女は《神祖》であるようだ。神祖とは、かつて神の座から追われた大地母神の一部が人の姿をとった者を指す――らしい。
それくらいしか雄治は来歴を知らないが、彼女たちが人知を超えた異能と不老不死を持っているという事は理解していた。
そんな彼女が、こちらが神殺しであるという確証を持って接触を図ったところから察するに、どうやら自分の正体はバレていたらしい。それならば何故、十年も接触してこなかったのだろうか。
「アンタは誰だ? 見たところ神祖ってやつみたいだが……?」
色々と疑問はあるが、まずはその正体を訊かなければ話が進まない。
そう判断した雄治は、警戒しながらもその女性に問いを投げ掛けた。
十二単の彼女は深く一礼すると、
「御初に御目に掛かります、竜蛇の王よ。わたくしはこの国にて、「古老」と呼ばれる者の一人に名を連ねる女に御座います」
静かな口調でそう言うではないか。
「古老」。それは確か、正史編纂委員会に強い影響力を持った集団の名前ではなかったか。
雄治もその名前は噂程度ではあるものの知っていた。
「はあ、これはどうも御丁寧に。知っての通り、神殺ししながら探偵やってる皆藤雄治だ。……お名前は?」
「玻璃の媛。そう御呼び下さい」
そう言って女性――玻璃の媛が手を水平にかざすと、中空にここではないどこかの風景が映り出したではないか。
『遠見の術』、『千里眼』等といった「離れた場所を見る術」の一種なのだろう。
そこには、嵐によって荒れ狂う海と空が広がっていた。
直感的に解った。これは「まつろわぬ神」が引き起こしているのだ、と。
あの雷雲の中心に同属の気配を感じるのだから間違いないだろう。
「……これは?」
「今回こうして御身に拝謁したのは他でもありません。この国に迫る脅威を取り除いて頂きたいのです」
「脅威っつーと、「まつろわぬ神」か?」
見た目で言えばこちらが年上だが、どう見ても向こうが上の年齢の筈である。しかし雄治は敬語を使おうと思わなかった。他者に畏まられるのが常の御仁のようだ。そういった女性であるのならば、幾ら神祖とはいえ自分のような無頼漢には余り近づくべきではない。そう雄治は思った。だから敬語抜きで接しているのだ。これで自分を不快に思い、距離を取ってくれたのなら万々歳なのだが、どうやらそうはならないようだ。
目を細め、にこやかに女性が微笑むのを見て、雄治は悟った。こちらの考えが読まれている事に。
どうやらこの御仁、もっと碌でもない男を知っているようだ。そうでなければ雄治にこうも好意的な視線を投げ掛ける筈も無い。「こうなってしまってはいっその事、年齢を理由に敬語に直してやろうか」とも思ったが、止めた。例え神祖であれ、年齢の話は禁句だろう。相手がそれを自嘲して言うならともかく、男の側から年齢を揶揄するような事を言うべきではない。十年も探偵を続けていれば、この程度の処世術は身に着くものだ。
クスクスと鈴の転がるような涼やかな笑い声を小さく零し、しかし直ぐに玻璃の媛は表情を戻して説明を続ける。
「はい。その竜神は、元々ある女神の神獣としてこの世に顕れました。しかし十年以上前に、とある殿方によって撃退され、幽世にて隠遁されておりました」
「…………」
雄治は思う。どこかで聞いた話だな、と。
「そしてその竜神は、幽世にて神としての力を取り戻されました。そして、己に手傷を負わせた殿方に報復せんと、この国に襲来せんとしております。この荒ぶる竜神より、どうかこの国を御救い願えませんでしょうか」
玻璃の媛――そう名乗る女性の申し出を受けて、雄治は考える。
考えるのは草薙護堂の事だ。あの後輩がアテナに勝てる確率は精々四割といったところだろうか。
「まあ、空を飛べる俺の方が対処には向いてるんだろうが……アレを放っておいても大丈夫かね?」
少々防戦一方になり始めた護堂を蛇を通じて視ながら雄治が問うと、玻璃の媛は頷くではないか。どうやら彼女にも、別の場所で戦っている護堂とアテナの姿が見えているようだ。
「大丈夫でしょう。彼の羅刹の君には、股肱の臣がおります故」
そう言った瞬間である。
周囲に光が奔った。
見ると東より太陽の化身らしき『白馬』が天空を駆け抜けてくるではないか。恐らくはウルスラグナの権能の一つ。
闇夜を払う、日の出の神馬。
その怨敵とも呼べる神馬の攻撃を全力で防ぐアテナの背後から――エリカ・ブランデッリの持つ魔剣が突き刺さる。どうやら何か言霊を仕込んでいたようだ。徐々にアテナが弱っていくのが目に見えて解った。
「――成程、勝負有りか」
こうなってはアテナに逆転の目は有り得ない。
最早これまで、か。
雄治は蛇を消して玻璃の媛に向き直る。
「さて、そんじゃその竜神サマに遭ってくるわ。媛さん、どこから来てるか解るかい?」
媛さん、と気安く呼ばれ少々キョトンとした媛ではあったが、直ぐに気を取り直して雄治の問いに答えた。
「彼の竜神は、西の大国――中華と呼ばれし国にて奉られた竜神であります。つまり――」
「西から、か。おやっさんが戦ったのが九州近海っつてたし……となると、上陸地点は九州になるか?」
「はい。ですがそのままこの東京の地へ一直線に来られるでしょう」
雄治の言葉を媛は否定する。
「御忘れですか? 彼の竜神は、己の恥辱を払う為にとある殿方を狙っているのですよ?」
「それがどういう――!? ……まさか」
問い掛けようとして気付いた。
師匠の大吾が撃退した神獣は、確か『龍』ではなかったか。
詰問の意味を込めた雄治の強い視線を受けて、媛は申し訳なさそうに目を伏せた。
「……はい。御身のお師匠様の居場所を、わたくしの同胞が既に彼の竜神に伝えております。故に、もう直ぐここに来られるでしょう」
つまり「古老」と呼ばれる誰かが、大吾を餌に雄治を吊り上げようとしているのだ。
だが、
「済まないが、それを考えたヤツは馬鹿じゃねぇか? ウチの師匠がそう簡単に見付かると思ってんのか?」
「いいえ。……ですが、見付からなくとも良い、とその者は考えているのです。そうなれば、怒り狂った竜神は東京の地で暴れるでしょう。それの対処として貴方様の御名前を世に出すつもりなのです」
つまりその「古老」は、強制的に雄治の名前を世に出して、神殺しとして大々的にアピールするつもりなのだろう。
だが、目の前の媛はそうならないと確信があるようだった。
そしてそれは事実だ。何故なら雄治には、自身の戦場である幽世があるのだから。
「媛さん、だが解らねぇ事がある。俺を含めて竜蛇の神格持ちは、この国で余り活動するのは良くねぇだろ? 「猿」と「最後の王」がいるんだしな。寝た子――つーか神を起こすような真似は控えるべきだろ」
雄治が日光東照宮の「猿」と「最後の王」について知っているのに媛は驚いた。いや、猿の方を知っているのはまだ解る。だが、何故この御方は「最後の王」を知っているのだろうか。
「……何故御身が「最後の王」について知っているのかは存じ上げませんが、猿神の方は大丈夫です。アテナが襲来する事を知った正史編纂委員会が、媛巫女や術師を総動員させて、日光の結界を一時的に強化しましたので」
少なく見ても二日か三日は持つでしょう。そう媛は言った。
しかし媛は、雄治を見詰める。
「ですが御身は、こちらの思惑通りに動かれはしないでしょう」
その瞳には、万感の信頼と期待があった。思わず雄治自身が混乱し、申し訳なく思うくらいに。
「何故なら御身は、強き意志を持った人界の守護者であると――わたくしは知っているのですから」
もうここまで信頼されてしまっては応えないワケにはいかない。というかこの神祖のお媛さまは、一体自分を何だと思っているのだろうか。ただ十年近く人知れずにヒーローの真似事をしているだけの男でしかないというのに。過剰に期待されても応えられるとは限らないと雄治は内心溜め息を吐いた。
「……ま、まぁ、そうだな。師匠どころか親父やお袋のいる九州にだろうと、その竜神は入れさせねぇよ。海の上で迎え討つさ」
そう媛に言うと、雄治の靴が変わった。ヘルメスを斃したことで得た権能の一つ。靴に黄金の線が幾つも入り、側面に小さな翼が描かれ――雄治はまるで階段でも登るように一歩一歩踏み締めながら空を飛んだ。
「んじゃ、往きますか……っ!!」
そして、玻璃の媛が見上げる夜空に『立った』雄治は、一歩その空を蹴るだけで――彼女の視界から消えた。
気配は消しているが姿を隠したのではない。ただ人知を超えた速度で空を駆け抜けていっただけだ。
まさに神速。
「……」
玻璃の媛はただ無言でそれを見送った。
彼女は思う。少なくとも自分は視て知っている。結局のところ、彼は『自分の憧れ』を『自分ルール』で解釈して、その結果が誰も彼を知らない――という現状に繋がっているだけなのだ。
そう、彼は楽しんで生きている。他の神殺しよりも自分に忠実に生き、そして人生を愉しみながら。
理想に囚われる事も無ければ、現実に押し潰される事も無い。
彼としては無理な我慢等していないのだろう。
それも全て、彼が出遭い権能を得たまつろわぬ神が、彼の人生を肯定するような
所詮自分たちが彼に気付いたのは偶然である。『神獣返し』たる結城大吾を次代の神殺し候補として見守っていたからこそ、彼の早期発見に繋がったのだ。そして媛は十年もの間、様々な彼を視てきた。流石に彼の全てを視ていたとは言わないが、十年も視ていればなんとなく解る事もある。
だから、その場で相手を待たずに自分から向かっていくと解ったのだ。
彼は現世でまつろわぬ神との闘う場合に『待つ』という選択肢を選ばない。何をやっても大丈夫な
玻璃の媛は静かに微笑むと、意識を護堂の方にも向けた。
こちらも可愛らしい少年で、媛としては好印象だ。……些か東京が受けた被害は甚大だが、まつろわぬ神を倒さねば被害はもっと拡大していた点を鑑みるに許容範囲だろう。高層建築物の屋上の三分の二が焼失し、その斜め下にある首都高の高架線が焼け落ちていようと、結果を見れば未曾有の災害を防いだ余波と思うべきだ。
しかし彼の隣にいる亜麻色の髪の少女はそうは思っていないらしく、彼に説教を始めている。萎縮している彼とそんな彼を見てニヤニヤと笑う股肱の臣たる異国の少女。
「――ふふ」
そんな彼等を見ていると微笑ましくて口角が緩やかに弧を描いた。
だがいつまでも視ているわけにはいかない。空を駆け抜けていったもう一人の羅刹の君の戦いを見届けねばならないのだから。
「――あら?」
服を引っ張る感覚。下を見ると、彼の『置き土産』があった。
ふ、と笑って彼女はそれを袖口に仕舞う。
玻璃の媛が踵を返した次の瞬間――彼女の姿は無く、まるで煙のように掻き消えた。
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「その者」は雷雲を纏い、東の果ての国のある場所を目指していた。
目的地は、かつて力を取り戻していなかった己を退けた人間の住まう場所。相手の名前も貌も黒衣の木乃伊から得た情報で知っている。
彼が望むのは再戦。不出来な己を再構築し、遥か昔の神であった己を取り戻した。
かつての己は神獣と呼ぶには余りにも弱く、不出来な存在であった。故にあの人間は己に失望したに違いない。だが今は違う。これであの者を失望させる事は無いだろう。
あの人間ともう一度全力を出して戦い、今度こそ勝利する。
それこそが、このまつろわぬ神が望んでいる事であった。
神獣という神格が本来よりも墜ちていた状態での敗北。こちらは幽世に逃げ帰らなければならなかったのに、あの人間は満身創痍でありながら五体で立って己を見送った。
それがどれ程の屈辱だったか。仮にも神である己が、庇護や蹂躙する側である人間よりも弱かったのだ。これは到底認められる事ではなかった。
だからこそ、「その者」は雷雲の衣を纏って雲海を進んでゆく。
派手な演出で己の偉大さを示しながら、あの人間に再戦を申し込むのだ。
『――くくっ』
思わず笑い声が零れた。
あれから人間の時間に換算して十年が経過しているとあの木乃伊は言っていた。
ならばあの人間は十年前よりも強くなっている筈だ。強くなったあの人間と力を取り戻した己が戦うのだ。胸が躍らぬといえば嘘になる。
そう思った時だ。
『――む?』
空を疾走する人間が目の前に現れたのだ。右手で中折れ帽を押さえ、人が走れぬ場所を、人では有り得ない速度で疾走しているのだ。
この男が誰かなど、明白であった。我等が怨敵、神殺しだ。
足に履いている靴からは神具の気配を感じる。恐らくあれがあの神殺しの権能の一つなのだろう。
空中を踏み締める度に黄金の粒子が靴跡を形成し、消えてゆく。
そして――
「いらっっっっっしゃ――――――――――いっっ!!」
空中を更に跳躍。
速度をそのままに、神殺しは己に蹴りを放った。
お互いが高速で移動しているのだ。回避はまず不可能である。故に甘んじて受けて止めなければならなかった。
その瞬間、「その者」は、神殺しによる
『ここは……!?』
「よお、竜神の旦那。アンタ、ウチの師匠に用があるんだってなぁ!? だったら弟子である
蹴り出した態勢のまま、至近距離で睨む男のその言葉で「その者」は悟った。もうあの者は、戦場には出てこれぬのだと。直感に頼った推測ではあるが、的外れでないことは目の前の男が証明している。
その眼に宿る意志が、かつてのあの人間と似通っているのだ。
つまりこの者こそ、あの者が鍛え上げた後継者なのだろう。
そして男が言う。
「ああ、そうだ。旦那にウチの師匠からの伝言だ。聴くかい?」
『無論』
一瞬の逡巡無く「その者」――竜神は頷いた。
それを受けて男は虚空に手を伸ばし、その先に『窓』が開く。その中に躊躇せずに手を突っ込み、目的の何かを取り出した。長方形の何かだ。
神殺しはそれを操作し、その何かから聴いた事のある声が聞こえてきた。
十年振りだが、間違える筈のない声だ。
『よお、元気だったかよ?』
『御蔭様でな』
この神殺しは伝言と言った。つまり返事は聞こえていないのだろう。
しかしそれでもその竜は返事をしてしまう。
『悪いな。俺さ、お前との戦いでもう身体がボロボロになってたんだわ。生きてたのが奇跡だって言われたよ』
『……そうか』
『でもな、それでもお前の眼が忘れられなくてな。「ああ、コイツ絶対また来るだろうな」って、そう思った。で、だ――そうなったら、戦えない俺の代わりに、俺にゃ勿体ねぇ弟子がお前と戦うってよ』
『そうか』
改めて、己に蹴りを叩き込んだ男を見遣る。神殺しとしての力もその両眼より感じる魂も、己と戦うに相応しい。そう思えた。些か贔屓目もあるかもしれないが。
だから、
『保証するぜ。そいつは俺が鍛え上げた最高の弟子だ。絶対にお前が満足出来る力量を備えてる。だから――』
嗚呼、だから――
『自慢させてくれよ。もう何も出来なくなった俺に。俺の最後の敵は俺が知る中で一番強く、俺の弟子は俺にゃ勿体ねぇくらい最高なんだと』
その言葉を最後に長方形の何かからあの者の声は聴こえなくなった。
その声を聴き終えて思う。この己の奥底から湧き出る感情は一体何だ? 何故たかが人間の言葉にこうも己は戦意を昂ぶらせている?
理解出来ない。理解出来ないが――しかし悪い気はしない。
己こそが最強の敵であった。そうあの者は言ったのだ。
神を相手に不敬ではあるが、今はそれが心地いい。
神である己があの者にとって最強の敵。当然である。そうでなければいけない。なんと神を煽てるのが得意な人間だろうか。
良いだろう。目の前にいるあの者の弟子とやらに知らしめてやろうではないか。
己こそが強者である、と。
無論、向こうもそう思っているのだろう。
男は長方形のそれを『窓』の中に放り込んで、それを消し去り、そして言った。
戦場における名乗りである。
「神殺し兼探偵――皆藤雄治だ」
そう言って、己を蹴って距離を取る。地面に立つような気安さで空に立つ男。
名乗られた以上、こちらも名乗り返さねば。
戦の作法は守らねばならない。
『己の名は――応龍』
そして、熱砂の空に龍と人が対峙する。
互いに相手を見据え――
「いざ尋常に――」
『勝負っ!!』
衝突した。
次回は大まかな流れから言えば空中戦になる予定です。
龍と空中戦……さて、どんな形に落ち着けましょうかねぇ。
勝つか負けるか引き分けるか――お楽しみに。
※あと護堂ですが、原作通りにアテナを逃がしています。
というか女に甘くなければ護堂じゃないですしね。