竜(龍)蛇の王は、ヒーローの夢を見る   作:名無しの百号

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お久し振りです。なんとか書き終わりました。


紫の五爪の龍

 本気を出せ。

 そう応龍は吼える。

 雄治はそれに応えるように神の力を解放する。しかし、決して一気に全力を出そうとはしなかった。

 勿論それには理由はある。いきなり「全開」にしてしまうと、自分でも制御が出来ず暴走してしまうからだ。過去に数度ではあるが、神殺しとなった自分がどれ程の事が出来るのかを検証する一環で、一気に力をフルスロットルで解放したのだが、その結果は散々な物であった。

 竜、もしくは大蛇となった己の肉体が、いきなりの全力に耐えられなかったのだ。

 外側が幾ら人以上の耐久力を誇る竜蛇の肉体であれど、その中身は神殺しとは言え脆弱な人間。芋虫が(さなぎ)を経て蝶へと肉体を変態させるのと同様に、内側の人としての機能を外側に馴染ませる必要があったのだ。

 これは、雄治が竜蛇の姿に憧れを抱いた弊害と言えるだろう。普通ならば、奪った権能は使用者が望むようにアジャストされるのが普通だ。しかしそれを雄治はある程度「そのまま」に取り込んでしまった。多少姿形を弄りはしたが、本質的な部分は一切削っていないのだ。

 神殺しとは言え人は人。そんな事をしてしまえば、草薙護堂のように権能に厳しい制約が敷かれるのが当然であった。

 ならば、皆藤雄治にとっての制約とは何か?

 言ってしまえば、暴走である。

 不用意に権能の出力調整を誤れば、自我を喪失し、二神の抱える憤怒や絶望の儘に暴れ回り、例え己が死のうとも相手を討ち滅ぼさんとする幾つもの負の感情を煮詰め凝縮した狂気によって暴走が始まってしまう。仮に狂気に支配されなくとも、竜蛇の姿であって初めて十全に扱える権能なのだ。外側(ハード)だけは一丁前に変えられても、内側(ソフト)をそれにアジャスト出来なければ意味がない。如何に車の運転が上手い人間であれ、いきなり馬力が桁違いなモンスターマシンをトップスピードで運転することは難しいものだ。感覚が馴染まない内に無茶な運転をすれば、大事故の原因になるのは目に見えている。

 だからこそ、雄治はサマエルの権能の出力を徐々に解放させているのだ。

 その他にも雄治が力を出し惜しみしている――せざるを得ない理由があった。

 その理由の一つに、変神した際の姿がある。

 過日、ヘルメスを斃し彼の道具の幾つかを簒奪した雄治ではあるが、使用する為には「人型の手足」が必要なのだ。

 故に、サマエルの姿ならばヘルメスの権能を併用出来るが、しかし四肢を持たない夜刀の神の姿では使えない。夜刀の神で唯一使えるヘルメスの権能は、姿を隠す『冥王(ハデス)の兜』のみ。

 つまり、雄治にとって空を飛ぶ敵は比較的苦手な部類に入るのだ。

 だからと言って勝てる見込みが無い、というワケではない。

 雄治には『奥の手』があるからだ。彼が死ぬ間際になる迄は、決して切る事のない『奥の手』。

 それこそが権能の“融合”である。

 “併用”ではなく、“融合”。

 神殺しとなって幾度となく遭遇したまつろわぬ神との戦い。その中で雄治はこの“融合”を使わなければ勝てない戦いが何度かあった。

 だがそれを使えば、雄治は自我を保てず暴走してしまう。唯の一度も雄治は意識を保った儘、『奥の手』を使いこなせたことはない。故にヘルメス以前に手負い関係なく戦ったまつろわぬ神たちの権能を得る事は出来なかったのだ。

 『暴走して前後不覚の儘で手に入れようとした力なんか認めませんっ』とはパンドラの談だ。彼女としては討ち斃すその前後の意識が無くなる程度なら許せるが、流石に暴走しての勝利は認められなかったのだ。

 雄治が力を出し惜しみしてしまう最後の理由がこれである。

 つまり、雄治はこの応龍の力を欲していた。師である結城大吾と因縁があり、神殺しに真っ向勝負を挑んでくる龍神。

 この神と闘えば暴走せずに権能や『奥の手』を使いこなせる切っ掛けを得られる。――そんな直感が働いたのだ。

 ヘルメスと戦う迄、まつろわぬ神と戦えば高確率で何度も暴走し、死に掛けていた雄治だ。

 必要ならば死に掛ける事も厭わないが、だからと言って戦う度に死に掛けていては堪らない。どこぞの野菜の国からやって来た超戦士ではないのだ。戦う以外にも楽しみたい趣味はあるのだから。

 だからこそ、雄治は心に言い聞かせる。在り来たりな言葉ではあるが、しかし戦う者にとって大事な心構えを。

(……心は熱く、頭は冷静に……っ!)

 例えどれだけ戦いに熱狂しようと、決して我を忘れてはならない。

 雄治はそう自分に言い聞かせながら戦う。

 それに、戦いの“熱”に赴く儘に狂えば、即座に「死ぬ」と解っているからだ。

 

 

 

 ――つまりこの応龍は、今のサマエル(ゆうじ)よりも強い。

 

 

 

 と、言うことになる。

 

 

 

 

 

 

 

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 風を刃や槌に形成させて放つだけでも厄介だった応龍の攻撃は、更に竜巻や水面より伸びる水槍や岩槍を出現させ、空を雲で覆い有り得ぬ速さで雹雨を撃ち出し、全身から紫電蒼雷を迸らせ、そして龍の顎より吐き出される劫火によって、更にその激しさを増していく。

 応龍による怒涛の攻撃をなんとか回避しようとした雄治だが、それらの攻撃は一キロ以上ある巨大な龍からのもの。どうしても完全に回避するのは不可能だった。

 背丈の高い者と低い者が戦う場合、背が高い者には戦いで利用され易い死角や隙が相手よりも多く存る。どうしても小さい者の方が小回りや俊敏性等で相手に勝るからだ。

 逆に、勝っているであろう「それら」ですら負けていたのならば、背の低い者が勝利する可能性は限りなく低くなってしまうが。無論、これは「人間」だけの話ではない。

 では、今闘っている雄治と応龍はどうだろうか。

 雄治は六メートルという人では到底到達出来ない大きさだが、しかし応龍は一キロ以上という巨大さを誇っているのだ。確かに速度と俊敏性などは小さい雄治の方へ軍配は上がるだろう。だが応龍はそれらが若干劣っているだけに過ぎず、それ以外の点では寧ろ雄治を圧倒しているのが現状だ。

 故に応龍は全方位へ攻撃を絶え間なく放ち続けた。

 雄治が如何に神速で動こうとも、そうなってしまえば――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな事は雄治も解っていた。

 だからこそ、敢えて避けない。降り懸かる全てを手にしていた自身の身の丈以上ある巨大な大剣を二刀の小太刀に変化させて応龍の攻撃を叩き落としてゆく。大剣では捌き切れないと雄治は判断したからだ。既にその身には防げなかった大きな傷が斜めに走っている。水の槍が回転し、傷口を抉ったせいで少なくない血が溢れているではないか。

 確かに硬化した残り八枚の翼と身に纏う甲殻と鱗は、応龍の引き起こす天変地異の大部分を防いだ。しかし、その大攻勢を隠れ蓑にした様々な必殺の一撃は自慢の竜体(にくたい)では防げないぐらいに強い。ただ漫然とその致命的な攻撃を他の攻撃と同様に被弾し続けていれば、如何に神殺しと言えどもその命に届いてしまうのは当然だと言えるだろう。

 だからこそ、雄治はそれらの本命『と認識した』攻撃を翼四枚分の力によって生み出された二つの小太刀で斬り裂いていく。

 超人的な直感と鋭敏になった五感、そして磨かれた第六感をフルに使用し、雄治は応龍の猛攻を防いでいる。

『皆藤雄治よ、貴様にはどうやらまだまだ上があるようだなっ! 我が再三「本気を出せ」と言っておるにも関わらず、徐々にしか権能を解放しておらぬ理由は訊かぬ。どうやら「そうせねばならぬ理由」があるようだからな! しかし、だからと言って手加減はせんぞ!!』

 その言葉と共に、攻撃は形を変える。

 応龍が三爪から五爪となった爪の内の一つで虚空に文字を書く。

 古来より五爪の龍は中華皇帝の化身であり、最も権威の高い存在であるとされており、この応龍は、黄龍や皇帝でもあるのだ。

 最も権威神意が高い龍と成った為か、その龍が世界に書く『文字』は、それ自体が『術』と成る。

 書かれた文字は、自身を指し示す『龍』。

 その文字はすぐさま霧散、いや総てに拡散し伝播してゆく。

 次の瞬間、水が、岩が、土が、木が、氷が、炎が、風が、雷が、その姿を変えてゆくではないか。

 その姿とは、――文字通りの『龍』。

『龍だと!?』

 今まで行ってきた攻撃の総てを応龍は「龍」に姿を似せて再度撃ち出してきた。

 これが人間の術者が行った形態を模倣する術ならば、雄治もそこまで危機感を覚えはしない。確かに姿形を(あやか)る事で対象の力の一部を宿す術など魔術でも呪術でも良くある常套手段だ。しかしそれは、人間が相手であったならの話でもある。

 今、雄治が相手をしているのは、中国神話に登場する創造神である伏羲(ふっき)女媧(じょか)という蛇身人首の神と争った最古の龍だ。彼等と争い敗北したが故に神僕と化し女媧やその子孫である黄帝の遣いとなったが、元は(雄治は知らないが)古代中国神話で崇められた龍神である。

 ――嘗て、天上に在った神々が人と争った際、神々と袂を分かち人々を守護したせいで地上へと追放され共丘山という霊山に住まねばならなくなったとあるが、裏を返せばその力は負けて尚驚異的だったという証左だ。

 余談ではあるが、中国には鳥獣や昆虫、果ては龍等の動物の動きを武術にした象形拳、またの名を形意拳が存在し、太極拳、八卦掌と共に内家拳(古い歴史を持った拳法)の代表格と称されていた。つまり、古来より中国人は動物の優れた部分を模倣し、その果てに一端の武術へと昇華させてきたのだ。

 

 

 

 つまり、何が言いたいのかと言えば――応龍という龍の王が龍の姿を付与してしまえば、その事象は「龍そのもの」と成るのである。

 

 

 つまり、即席とはいえ「龍」の大軍勢が、同じ速度と物量で雄治に襲い掛かってきているのだ。

 強くなった分、一つ一つの「(こうげき)」は大きいので対処は先程よりも簡単そうに見えるが、実際はそうではなかった。

 「龍」と成った事象は、()()()()()()()()()()()()

 二刀を文字通り手足のように操って一切合切を斬り伏せようとしたが、なんと「龍」たちは、身を捩って雄治の攻撃を回避したではないか。

『なん……っ!?』

 その出来事に驚愕する雄治。だが、神殺しとしての本能が自身に警鐘を鳴らす――よりも早く、雄治の身に全方向から総ての「龍」が襲い掛かった。

 無数に生み出された炎の龍が、水の龍が、土の龍が、木の龍が、岩の龍が、風の龍が、氷の龍が、雷の龍が、たった一人の元人間(かみごろし)を葬る為に殺到してゆく。

 そして、殺到する「龍」たちに呑まれ、雄治の姿は見えなくなった。

 だが、その様を見ても応龍は戦意を鎮めない。

 

 

 

 ――例え(くび)だけになろうと、気を抜けばあの男はこちらを喰らいに来る。

 

 

 

 応龍にはそれが手に取るように解った。だから油断などしない。するつもりもない。

 それは何故か。

 自分であれば“そう”すると解っているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雄治は『怒濤』と文字通り形容されるような連続攻撃を受け続けていた。腕や翼で致命的な箇所に直接攻撃が当たらないように防御してはいるが、完全には防げていない。

 それも当然であると言えよう。

 背の鱗を翡翠から紫に転じさせ、四肢の先にある三爪を最も尊き五爪に増やし、腹側の鱗を金に近い黄へと色を濃くしたその龍は、「真なる応龍」という自らの名乗りに恥じない力を発揮しているのだから。

 自然総てを「龍」に転じての攻撃は、一撃一撃が重く疾く、そして深い。自然そのものをぶつけられるよりも殺傷力は格段に高いのだと、文字通り骨身に染みて解った。

 このまま受け続けたら死ぬ。

 それが解る程度には、雄治は『死』に近付いていた。

 恐らく、このまま攻撃を受け続ければ、確実に暴走してしまう。

 故に、思う。

(このままじゃあ、終われねぇよなぁ……っ!!)

 勝ちたい、と。

 目の前に在る巨大且つ偉大な龍に、一矢報いるのではなく、完全に勝利したい、と。

 だからだろうか。

 ――雄治の中で、『歯車』が()()、噛み合った。

『――――っ!?』

 まるで、今まで何度も転んで乗れなかった自転車に、初めて乗れたかのような唐突さ。

 そのせいか、雄治は怒濤の攻撃に曝されながらも、一瞬だけ呆けてしまった。

 だが、次の瞬間には彼は手にしていた小太刀を握り締め、叫ぶように唱えた。

 

 

 

『赤き竜の剣に宿れ、碧の蛇よ!!』

 

 

 

 それは、新たな聖句。

 赤き竜の身でありながら、碧の蛇の力を振るう為の権能。

 本来ならば、これを習得して初めて「権能の融合」を使えたのだろう。

 今までの暴走は、この聖句を発現させていなかったが故に起きていたのだ。

 そう雄治は確信していた。

 要するに技能LVが規定値に達していないのにハイパー○ーラ斬りを使おうとしたようなものだ。

 無理があったのは当然と言えた。

 しかし今、雄治は十全に振るう為の新たな聖句を手にした。

 

 

 

『その身の如き刃と成り、我が敵を斬り臥せよ!!』

 

 

 

 両の小太刀が変化する。

 蛇骨を思わせるような小さな刃を幾つも連結させた剣に。

 剣、と言っても両刃の剣ではない。まるで日本刀のような片刃をしているが、しかし刀身は西洋風である。

 その先端にある刀身には、眼のような意匠が両側にあり、蛇を連想させた。

 蛇腹刀(じゃばらとう)

 或いは蛇腹剣、間接剣等の俗称で知られる剣だ。二十年以上前から構想されていた剣だが、しかし構造の複雑さから作成される事はなく、現実には実存しない剣と言える。

 雄治はそんな二振りの蛇腹刀を巧みに操り、自身に襲い掛かってくる「龍」の総てを斬り裂いた。

 欠片のような刀身同士が分離し、それらを糸が繋いでいるのだ。故に射程距離は普通の剣よりも長く、そして蛇の概念を付与されてある故に操作は自由自在。

 しかもその付与された蛇は『夜刀の神』。見ただけで相手どころか一族郎党総てに死を与える蛇神である。故に刀身に宿る力は夜刀の神の権能。

 そんな権能(ちから)を内包した剣によって、「龍」たちは為す術も無く切り裂かれていく。

 生み出した「龍」が無惨に斬り捨てられていく中、応龍は呵々と笑う。

『ほう、それが貴様の使わなかった権能か。いや、使えなかった、か? 見えるぞ、敗北し、まつろわされた蛇神が。その権能は、己を観たモノに『死』を与える呪いを伝播させる物っ!!』

 そして剣の効果を看破した。

 この場は幽世。宇宙開闢から終焉までの総ての叡智が在る場所。

 故にその権能を看破すればそれがどのような由来でどのような代物か、神々や神殺しは容易に識る事が出来る。尤も、神殺しの場合は激痛のおまけが付随する場合もあるが。

『其が蛇神の名は、夜刀の神。我と違い人に敗北し、そしてまつろわされた蛇神。……まさか、似たような境遇の龍蛇の神を二柱も斃しておるとはな。だが、我は負けんぞ!!』

 応龍の言葉と共に、口腔の奥に輝く『光』が見えた。

 描かれた文字は、『砲撃』・『雷光』・『樹木』・『焔火』・『土石』・『金鋼』・『氷水』。

 木火土金水――五行と雷。

 それらの気を周囲より掻き集め、口腔に呑む応龍。

 そして、応龍が構築した『応龍の世界』が消失し、サマエルの熱砂の世界に戻った。

『……おおう、こりゃまた……』

 雄治は唖然とした様子で蛇腹刀を操り、元の剣へ、そして翼へと姿を戻していく。

 諦めたのか?

 いや、違う。

 応龍は直感する。あれは、鞘に収められ、今か今かと抜かれるのを待つ刀のようだ、と。

 抜刀術。別の名を居合い抜き。

 幽世より手に入れた情報によれば、その技術の生まれは日本。古き時代より受け継がれてきた後の先――つまり相手の攻撃を受けてそれよりも疾く鞘から刀身を滑らせ斬り捨てる剣術だとあった。

 その静謐にして必殺の威が、赤い竜の全身から感じられる。

 先程よりも、強く濃く。

 つまりあの竜は、既に攻撃――いや、迎撃の態勢を整えている。恐らくは全霊で。

 ならば、応えなければならない。

 呵々と哄笑って、応龍も腹を括る。

 己の世界すらも糧とし、応龍は文字通り『総て』を一撃に込めたではないか。

『先の斬撃、まともに喰らえば我も危なかった。そして、それが貴様の全力の一撃と見た! ならば、我も全力の術法を見せようではないかっ!!』

 声でなく、思念を飛ばす応龍。

 既に口腔の奥には集められた総ての気に増幅と圧縮を繰り返し、威力を極限まで高められた龍の閃砲が放たれる瞬間を待っている。

 そして、赤い竜が全身の力を抜いた。

 脱力。

 しかしその緩みは、最速で最短距離を疾駆し、応龍の頸を斬り捨てんとする武芸者の姿勢。

 それを見誤り侮れば、敗北を呼び込んでしまうだろう。

 言われるまでもない戦場での常識。

 だが応龍は解っている。理解している。

 この一撃にて両者の勝敗は決し、負けた者は勝者の糧となる事を。

 そして別のことを思う。

 観戦者たちのことだ。

 先程からこの一戦を視ている者たちは、一騎打ちの美学をよく解っている。

 声を掛けなず、手出しもせず、ただ観戦しているのだ。

 自分と相手が横槍を嫌っているのをよく理解している。

 一柱(ひとり)は神殺しの元締めでもあるパンドラだろう。

 後の数柱(すうにん)は誰か解らないが、恐らく日の本に由来のある存在なのだろう。恐らくは嘗ての好敵手の居場所を伝えに来た黒衣の僧正の関係者たちだ。

 しかし観戦者たちのことは直ぐに応龍の脳裏からは消える。

 そんな事よりも、赤い竜――皆藤雄治との一戦の方が重要で、心が躍るのだから。

『………………』

『………………』

 お互いが無言。

 しかし戦意と呪力は高まっている。

 ただ高まっているのではない。

 研磨し、錬磨されていく。

 一瞬。

 ただその「一撃」が放たれる一瞬を待つ二柱。

 お互いの眼が物語るのは、狙う場所と攻撃方法。

 応龍は、隠すことなく掻き集めた必滅の閃砲。

 雄治は、全身に呪力を纏っての体当たり。

 両者共に、「その時」が訪れるのを、待った。

 

 

 

 そして――来た。「その瞬間」が。

 

 

 

 よくある映画や物語のように「合図」などは無かった。

 それも当然。

 ここは熱砂の世界。

 一面に広がるは砂ばかり。遠くにオアシスが見えるが、葉擦れる音を奏でる風は、今は凪いでいる。

 そう、喉焦がす熱風すら、今は吹かない。

 限りなく無音の世界において、高められた戦意「そのもの」が引き金となったのだ。

 何かを合図にしたわけではない。

 ただ、「往く」と決めたから二柱は動いた。

 同時に。

 秒どころか、刹那さえ違わずに。

 

 

 

『――――ッ!!!!』

『――――っ!!!!』

 

 

 

 言葉は、無かった。

 いや、吐き出す言葉さえ惜しんで、二柱は攻撃を繰り出したのだ。

 応龍の閃砲は、総てが混ざって『白』かった。

 その白い閃光に喰らいつく赤い竜。

 避けるつもりもいなすつもりも無く、雄治は正面からぶつかった。

 呪力によって強化した竜体。その強度を信じているからこその荒業。

 そしてそれを証明するかのように、白い砲を掻き分けていく雄治。

 まるで牛歩のそれだが、しかし確実に、応龍の攻撃に耐えているではないか。

 そして応龍は、

『面白いっ!!!』

 全身に漲る力を総動員させることで、更に威力を上げた。

 

 

 

 

 

 

●ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー●

 

 

 

 

 

 

 

『--ぐぉ……っ!!』

 つい声が漏れてしまう。

 応龍の放った白い閃光の威力が桁違いに上昇したせいだ。

(なんつー威力だ……ッ。さっきまではちとキツいが、なんとかなったのによぉ……!)

 これでは体当たりを選んだ自分の判断ミスではないか。

 いや、ミスはミスだ。

 要はそのミスを帳消しに出来る戦果があれば問題無いのだ。具体的に言えばこの闘いの勝利。

 決闘という過程は充分に堪能した。

 その終盤では、サマエルの状態で夜刀の神の権能も扱えるようになった。

 夜刀の神とサマエル。

 並列での使用は今まで出来なかったのに、だ。

 徐々に竜体が圧し戻されていく。

 このままでは、甲殻と鱗、そして肉体の全てを消滅させられるだろう。

 この攻撃には、それだけの威力があった。

 今は呪力の鎧で持ち堪えているが、それでも長くは持たない。

(さあ、どうする……なーんて考えてる間に終わるか。正直、反動で死にそうになるし、どうなるかも解ってねえが、やらなきゃ死ぬだけ、か)

 呪力の鎧が減少していくにも関わらず、雄治の精神は凪いでいた。

 だがそれは、「嵐の前の静けさ」のようなものだ。

 既に彼の腹は決まっていた。

 故に彼は「使う」事にした。

 『奥の手』を。

 

 

 

『--合・神』

 

 

 

 変神ではなく、合神。

 そう、権能の融合である。

 雄治は、サマエルの竜体をベースに夜刀の神を合一させようとしているのだ。

 今までは権能同士が反発し、暴走していた。

 だが、今の雄治には二つの権能を同時に使用出来る。

 だからこそ、雄治には本能的な『確信』があった。

 「使える」と言う『確信』が。

 そしてそれは、正しかった。

『----ぐぉ……っ!!』

 徐々に竜体が変化していくのだ。

 しかし理性は残っている。本来ならば既に暴走しているのに、その兆候は見られない。

 確かに息苦しさを感じるが、これはどちらかと言えば、硬い(さなぎ)の殻を破って羽ばたこうとする蝶のような高揚感が全身を包んでいる。

 即ち--雄治は、文字通り羽化しようとしているのだ。

 新たなる竜へと。

 赤い体色は深い碧へと変化し、額から鼻先を通る刃のような角が生え、全身に甲殻は広がり更に鋭角さを増していく。

 そして、雄治は吼えた。

 

 

 

『おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお--------っ!!!!』 

 

 

 

 十二の翼はただ雄治に追従するのではなく、彼の両腕へと集う。

 強大にして巨大な翼となった腕を広げ、雄治は更に閃光の中を進む。

 徐々にであることには変わらないが、しかしその速度は少しずつ増している。

 吼える雄治の声は、更なる呪力を身体の奥底から絞り出させた。

 莫大な呪力が引き金となり、碧の竜は毒と呪いを身に纏う。

 毒は、致死の毒。呪いもまた、致死の呪い。死に至る呪毒は、容赦無く白い閃光を「殺して」いく。

 最早それは、死の概念そのものと成った。

 そしてそれは、神すらも殺し尽くす毒と呪い。

 それが解ったのか、

『まさか、二つの権能を融合させるとは……。神殺しならではの発想だな』

 思念を声として発する応龍。

 その声は、静かだった。

 雄治は即座に『飛翔する靴』を発動。たった一歩、強烈な踏み込みによる爆発的な加速を得るために。

 その加速が最後の後押しとなった。

 暴虐と呼ぶに相応しい白い閃光を中を貫き抜いて、

『統合した呪力と権能を纏っての体当たり。……どうやら、我が力を僅かながら越えた、か』

 応龍のその身を、雄治は貫いた。

 貫いた瞬間--応龍の全身に亀裂が走る。

 その亀裂の走る龍体を見下ろして、応龍は笑った。

 全てを出し切って負けたのだ。悔いはあるだろうが、それ以上に満足そうに笑っていた。

『良いだろう、皆藤雄治よ。我が権能を貴様に託そう。強くなれ、今よりも何者よりも。いずれ末世が来れば、総てを無へと還す《鋼》が起きる。ならば、その《鋼》すら喰らい、生き抜いてみせよ』

 瞼を閉じる。

 --悪くない。

 強き神殺しと全力を出し合い競い合い、そして力を託すというのは。

 だが、応龍は思う。

 この世界の法則は、神と人の争乱を望んでいる。如何に心を通わせようと、神と人は争い合ってしまう。

 故に思ってしまう。

 神と人が、共に生きて往ける世界があれば良い、と。

 そんな世界が在るのなら、この男がその世界でも「この男」であるのなら、自分は見守ってやってもいい。

 そんな事を思うくらいには、応龍はこの男を気に入っていた。

 

 

 

『--新たな神話を紡ぐがいい』

 

 

 

 そして、願わくば--再びこの男と出逢い、共に在らんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 碧の竜の姿から人の姿へと戻った雄治は、空に立ち既に死んだ好敵手へ手向けの言葉を告げる。

「--楽しかったわ。次は、一緒に酒呑んだり、飯食ったりしようぜ。……応龍」

 暫くして雄治は、鍵を使ってもう一つの幽世から細く長い煙草とライターを取り出す。

 これは裏の世界で流通している特殊な煙草で、煙を吸い込んで体内の呪的毒素をただの呪力に分解させて煙と共に吐き出す代物だ。裏では結構売れているメジャー商品だ。煙草の品種としては、既に販売が中止されている『JOKER』に似ている。どうやら制作元がこの煙草のファンだったらしい。

 如何に自分に自分の毒や呪いが効かないにしても、残っていれば要らぬ誤解を周囲に与えてしまう。

 だから雄治は吸うのだ。

 尤も、この煙草の味が気に入っているというのも確かだが。

 類似品に煙管もあり、こちらは裏の趣味人に需要がある。

 まあ、そんな趣味人御用達の煙管も雄治は煙草と同じように愛用しているのだが。

「----ふぅー…………」

 思うのは、これからの事。

 既に正史編纂委員会の裏のトップには面が割れている。

 いずれ表の主要人物とも面通ししなければならないだろう。

 だが、だからと言って自分の情報を「はいどうぞ」と提供するつもりはない。

 と、なれば--

「仮装、つーか、変装しねえとなぁ」

 指を鳴らし、召喚した中折れ帽(ハデスのかぶと)を人差し指で回し、頭に被る。

 懐から鍵を取り出しそれに呪力を通す。そして空間に鍵を差し込み捻れば、現世への扉が開く。

「さぁて、帰ってどんな格好にするか決めないとなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 この日、裏の世界に激震が走った。

 誰にも知られなかった魔王がいた事を魔術師たちは知ったのだから。

 日本の正史編纂委員会の上層部から発信されたその情報は、驚愕と困惑と絶望と僅かばかりの歓喜を世界中に齎した。

 そして、続いて発信された情報に、世界は硬直する事になる。

 三日後、その魔王が正史編纂委員会と会談を開くと言うのだ。しかも七番目の魔王草薙護堂もその場には臨席するらしいではないか。

 この報を受けて各国の一般的な魔術師たちは思う。

『暫く日本には近づかないようにしよう』と。

 そして名のある魔術組織は、この会談を試金石として見ていた。

 会談の結果次第でアプローチを考えなければならないからだ。

 アプローチする事自体が魔王の逆鱗になるかもしれない、とは考えもせずに彼らは会談を見守る事にした。

 

 

 

 そして約束の日がやってきた。

 この日、二人の魔王が邂逅する。

 世界はその邂逅を、固唾を飲んで見守った。




次回より、『竜蛇の王は、ヒーローの夢を見る』に題名を変えたいと思います。
流石に『碧の蛇/赤い竜/紫の龍~』だと長過ぎるので。

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